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2025-01-28 23:39:41 +09:00

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「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」レビューガンダムもエヴァも嫌いだ 2025-01-28T14:53:36+09:00 true
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最初に言っておくが僕はガンダムもエヴァンゲリオンも嫌いだ。まず、ミリタリーなんだかオカルトなんだか結局よく分からないところが気に入らない。言うまでもなく、ファーストガンダムの革新性は「白衣を着た謎の科学者だか秘密結社だかが頑張って作った」みたいな解像度に留まっていた”ロボットアニメ”をミリタリー作品の水準に押し上げたことだった。

つまり、”ロボット”――モビルスーツは作中の軍需企業が製造し、資金は政府が拠出する。事前の計画やデータに基づいて設計が行われ、必要に応じて中断や進展、量産化もありえる。殊に量産化の概念は本作の”ロボット”が操縦手の相棒でも友達でもなく、純然たる兵器、道具に過ぎない側面を効果的に演出している。

そこで描かれるのはまことにリアルな戦争の様相だ。主人公だからといってやることなすことが正しい方向には進まない。善悪と関係なく人々は戦禍に巻き込まれ死に、戦うかぎりは誰でも人間を殺す。戦わなければ自分が殺される。当時のアニメ業界においてその領域に踏み込んだのはたいへんな偉業だったと思う。

しかし結局は徹底しきれなかった。作中でどんなにモビルスーツの兵器性を強調しても予定調和的にアムロがガンダムに乗り、続編ではカミーユがガンダムに乗る。シャアのザクは赤く塗られた専用品でどう見ても道具以上の愛着めいたものが宿っている。これはミリタリー作品のあるべき姿ではない。士官とはいえ現場のいち兵士に道具を選り好みする権利などない。目の前にボールがあったらボールで出ろ!

ニュータイプの設定に至っては最悪の一言に尽きる。せっかくわざわざミリタリーSFに相応しい設定を丹念に積み上げてきたのに、どうしてわざわざそれを根底から無に帰すような真似をしたんだ しかし富野監督曰く、人間同士が真に分かり合うというテーマ性においてはむしろこっちの方が重要な要素らしい。じゃあもうマクロスでいいじゃん。そういう話ならあっちの方がよっぽど素直だよ。

あまつさえそのニュータイプはしっかり軍事運用されて、後半ではニュータイプ専用のモビルスーツまで出る始末である。以降の続編ではますます優位性が開いて通常のモビルスーツなど噛ませ犬以外のなにものでもない。これではニュータイプが優生的な思想を持つのもさもありなんというか、仮に持たなくても「優位性を認識した上で手加減する」というような態度を内面化せざるをえず、どちらにしてもグロテスクさが付きまとう。

それゆえ歴代の作品でいかに主人公(当然、ほぼ例外なくニュータイプである)が平和や平等を叫ぼうとも、かえって嫌味ったらしい自己欺瞞にしか聞こえない。そこまで能力的に秀でているなら遅かれ早かれオールドタイプを統治する役回りに選ばれるのは必然的であり、むしろ清濁を呑み込んで指導者として名乗りを上げる方が潔いとさえ感じる。

エヴァはある意味でもっとひどい。ミリタリー的な要素を広く継承しつつも、エヴァそのものに内包されたオカルト性がすべてを台無しにしている。もはやニュータイプどころの騒ぎじゃないし根本的に理解させるのを拒んでいるとしか思えない。ここまで来るといっそエヴァンゲリオン自体がいらない。エヴァで面白いのはエヴァンゲリオン以外の兵器で戦っているシーンだ。エヴァンゲリオン抜きのエヴァが作られるべきだった。僕は割と本気でそう思う。

次に、作品展開が無責任なのが気に入らない。ファーストガンダムやテレビ放映版のエヴァンゲリオンが実質的に未完で終わったのは、まあ仕方がない。両作とも予算の都合やテレビ局の意向でどうにもならないところはあった。しかし、以降の続編にそんな言い訳は立たない。

Zガンダムの展開は本来許してはならない。ファーストガンダムの課題を回収するどころか50話かけて逆に事を荒立て、さらにZZガンダムと逆シャアに始末をぶん投げてしまう愚行を犯した。前者におけるカミーユはあまりにも超越者然としすぎていて、これが富野監督にとっての目指すべき人類像なのだとしたら強迫的にもほどがあると言わざるをえないし、後者は後者で逆にシャアを俗物的に描きすぎだと思う。最終的に皆殺しにするならZガンダムで頑張っていたのは一体なんだったの

そしてエヴァはやはりもっとひどい。劇場版Airをやって完全に墓に押し込んだはずの作品を、なぜかもう一度掘り起こして作り直した。それでなにがどうテーマ性が昇華されたのかと言えば、特にそういう気配はない。同じ話が繰り返されるどころか、ゲンドウ本人に全部喋らせたぶん脚本面ではむしろ退行している。エヴァファンの連中は本当にあんな台詞回しで納得したのか

その点、漫画版の「ガンダム THE ORIGIN」とコミカライズはいいものだ。あらゆる課題が作品内で回収され、説明すべきところを説明しきり、クリーンに完結している。こういう責任ある態度こそを今後の作り手にも、自分自身にも強く求めていきたい。どんな物語もまずは正しく終わらなければならないのだ。

ところがそんな折に、性懲りもなくガンダムの新作が降って湧いた。その名も『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』だ。なんでもサンライズとカラーの共同開発で、しかも宇宙世紀ものだと言う。その上、あまり関わっていはいないとうそぶきつつもしっかり脚本にクレジットされている庵野監督。僕の嫌いなガンダムとエヴァがあろうことか合体しやがったのだ

これを観ない選択肢はありえない。是が非でも劇場に駆け込んで文句をつけなければ収まりようがない。そう意気込んで鑑賞したのが先週の土曜日の話である。結論から言うと、意外に気に入って困惑している。そういう手で来られるとは想定していなかった。本稿では前半と後半のパートに分けてレビューを行う。

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