11話の途中から
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Rikuoh Tsujitani 2024-02-07 15:12:58 +09:00
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@ -799,7 +799,7 @@ tags: ['novel']
<あったわ、施設。街から少し外れた場所にある。中心部で合流してから向かいましょう> <あったわ、施設。街から少し外れた場所にある。中心部で合流してから向かいましょう>
 ポーゼンは本当に無人のようだった。ちぎれそうな足の冷たさを除いて、なに一つ支障なく私たちは合流を果たした。さしものパウル一等兵も安心しきったのか私の前を歩きはじめた。「足音が多い方が大尉殿も歩きやすいでしょう」しかし、私はやっぱり馬鹿にされている気がした。  ポーゼンは本当に無人のようだった。ちぎれそうな足の冷たさを除いて、なに一つ支障なく私たちは合流を果たした。さしものパウル一等兵も安心しきったのか私の前を歩きはじめた。「足音が多い方が大尉殿も歩きやすいでしょう」しかし、私はやっぱり馬鹿にされている気がした。
「ここよ」 「ここよ」
 ハンス一等兵がはきはきと「フォンテイン&キンダー食品加工研究所」と、おそらくは看板かなにかに記された文字を読み上げる。  ハンス一等兵がはきはきと「フォンテイン&ポルトフ食品加工研究所」と、おそらくは看板かなにかに記された文字を読み上げる。
「まあ、無論、実際には違うんでしょうけど。さっさと壊すわよ」 「まあ、無論、実際には違うんでしょうけど。さっさと壊すわよ」
 そう言って、彼女は私の肩に手を置いた。  そう言って、彼女は私の肩に手を置いた。
「あちこちボロボロだったけどこの建物はピンピンしてる。上から壊した方が手っ取り早いかも」 「あちこちボロボロだったけどこの建物はピンピンしてる。上から壊した方が手っ取り早いかも」
@ -808,14 +808,19 @@ tags: ['novel']
「でもそんなことしろなんて言われてないよ?」 「でもそんなことしろなんて言われてないよ?」
 一回の発話では伍長さんがどこにいるのか分からなかったので、適当な方を向いて答えた。リザちゃんが「彼はここよ」と身体を動かしてくれたので次ははっきりと位置を掴めた。  一回の発話では伍長さんがどこにいるのか分からなかったので、適当な方を向いて答えた。リザちゃんが「彼はここよ」と身体を動かしてくれたので次ははっきりと位置を掴めた。
「第一に、先ほどリザ大尉が仰ったように、この建物だけ無事なのは妙です。なにかあるかもしれません」 「第一に、先ほどリザ大尉が仰ったように、この建物だけ無事なのは妙です。なにかあるかもしれません」
「敵が立てこもっているとか――」 「敵が仮本営に使っているとか――」
 ハンス一等兵の補足にパウル一等兵がうめき声をあげる。「俺はここで待機してていいっすかね」伍長さんは無視して続けた。  ハンス一等兵の補足にパウル一等兵がうめき声をあげる。「俺はここで待機してていいっすかね」伍長さんは無視して続けた。
「第二に、食品加工研究所、というのが偽装だとしても、大抵は上っ面を取り繕うはずです。申し訳程度にでもなにか備蓄食糧があるかもしれない。ここを再占領するにせよ、ベルリンに帰るにせよ食い物は欲しい」 「第二に、食品加工研究所、というのが偽装だとしても、大抵は上っ面を取り繕うはずです。申し訳程度にでもなにか備蓄食糧があるかもしれない。ここを再占領するにせよ、ベルリンに帰るにせよ食い物は欲しい」
 またしても伍長さんの言い分は筋が通っている。家で「セッシュウ」した干し肉や缶詰は元々そんなに多くはなかった。持ってあと二日程度だろう。  またしても伍長さんの言い分は筋が通っている。家で「セッシュウ」した干し肉や缶詰は元々そんなに多くはなかった。持ってあと二日程度だろう。
「あまり時間は使えないのよ」 「あまり時間は使えないのよ」
 暗に、ベルリンの状況を指しているのだと思われた。  暗に、ベルリンの状況を指しているのだと思われた。
「見たところそこそこデカい建物ですが食い物を探す程度なら大した手間にはならんでしょう」 「見たところそこそこデカい建物ですが食い物を探す程度なら大した手間にはならんでしょう」
 先ほどの余裕を失って分隊の列の後ろに引っ込んだパウル一等兵はともかくとして、全体の方針は決定されたようだった。リザちゃんを先頭に私たちは施設の中へと足を踏み入れる。前後でちゃきちゃきと金属音が鳴って、さっきまでは下りていた味方の小銃が胸の高さまで持ち上がったのだと分かった。  先ほどの余裕を失って分隊の列の後ろに引っ込んだパウル一等兵はともかくとして、全体の方針は決定されたようだった。リザちゃんを先頭に私たちは施設の中へと足を踏み入れる。前後でかちゃかちゃと金属音が鳴って、さっきまでは下りていた味方の小銃が胸の高さまで持ち上がったのだと分かった。
 私にとって室内はありがたかった。少なくとも今以上に濡れる心配はないし、足音がよく響く。波打つ白点の集合が通路の精密な輪郭を描くのに大して時間はかからなかった。「灯りがついているな。しかも電灯だ」伍長さんが訝しげにつぶやく。
 私にとってはなんの意味もない光も、普通の人たちにとってはなくはならないものだ。裏を返せば、明かりが灯っている場所には人がいる。慎重ながらも淀むところがない一行の歩みを見るに、この建物は隅から隅まで明かりが行き届いている。
 足裏の感触からして建物には損傷もないようだった。つるつるとした均一な感触にどことない不穏さを感じる。ぼろぼろになった街の中で唯一、ここだけが無傷だった。私たちの知らない指揮系統下で「フォンテイン&ポルトフ食品加工研究所を守れ」と厳命されていたとしか思えない。それも、ドイツ、ソ連双方の指示によって。