11話の途中’
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Rikuoh Tsujitani 2024-02-06 22:20:58 +09:00
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「とっとと伏せなさい!」
 鋭い白線が目の前を瞬時に横切っていった。着弾の音からして真横の木の中に埋まったのだと思われる。続けて、何発もの銃弾が飛来する。モシン・ナガンの重苦しい銃声が耳を突き刺す。間一髪、彼女の檄が功を奏してそのどれもが友軍を模る白線の上を通り過ぎた。
 射撃精度からして流れ弾ではない。敵はこちらの位置を把握している。
 ならば、と私は腰の革製ホルスターからステッキを抜き取り切り裂いた空気が封で閉じられていくかのように薄れていく白線の軌跡を追い、その始端に向けて魔法を射出した。
 ならば、と私は腰の革製ホルスターからステッキを抜き取り――旅行鞄を投げ捨てる――切り裂いた空気が封で閉じられていくかのように薄れていく白線の軌跡を追い、その始端に向けて魔法を射出した。
 炸裂音の直後に悲鳴がこだまする。森の中にあって敵の姿は見えないが手応えはある。リザちゃんも追撃の魔法を放つ。
「応射だ、応射しろ」
 奇襲からいちはやく立ち直った伍長さんが部下をけしかけつつ、自分自身も小銃を構えて撃ちはじめた。遅れて、一等兵さんたちもなんとか応射を開始する。
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 案の定、ポーゼンは静まり返っていた。街の規模に対してあてがわれている歩哨の数はごくまばら、サーチライトの類もない。おそらく主力部隊は一律でベルリンに投入されていて、通り道の街の占領は私たちの軍でいうところの警察大隊に任されているのだろう。となれば、問題の施設の破壊もそう難しくはなさそうに思える。
「大尉殿、もうちっとゆっくり歩ませんかね。こちとら一発でも弾が当たったらおっ死んじまうんで」
 案の定、ポーゼンは静まり返っていた。街の規模に対してあてがわれている歩哨の数はごくまばら、サーチライトの類もない。おそらく主力部隊は一律でベルリンに投入されていて、通り道の街の占領は私たちの軍でいうところの警察大隊――治安維持部隊――に任されているのだろう。となれば、問題の施設の破壊もそう難しくはなさそうに思える。
「大尉殿、もうちっとゆっくり歩ませんかね。こちとら一発でも弾が当たったらおっ死んじまうんで」
しかし、その好条件を覆しかねない友軍が私の背後にいた。パウル一等兵である。我々は集中砲火を避けるべくリザちゃんと二手に別れて撹乱する作戦を採った。四人いる分隊員が二つに分割されて、伍長さんとハンス一等兵が彼女に、パウル一等兵と物静かなエルマー一等兵が私の下に振り分けられたのだった。
「出だしが揃わなかったらどっちかがもっと撃たれちゃうよ」
 手を変え品を変え繰り返される彼のわがままにもいい加減慣れてきた。さらりと受け流して無線機越しに話しかける。
@ -771,24 +771,54 @@ tags: ['novel']
「了解」
「ほら、行くよ。エルマーさん、お願い」
「はい」
 返事はそっけないがしっかりした足取りでエルマー一等兵が先陣を切る。歩哨も息を潜める夜の占領地は、戦闘が起こるまで私の目にほとんどなにも映さない。数歩先を行くおとなしい部下の輪郭だけがぼんやりと白のもやを作り出している。
 返事はそっけないがしっかりした足取りでエルマー一等兵が先陣を切る。歩哨も息を潜める夜の占領地は、戦闘が起こるまで私の目にほとんどなにも映さない。数歩先を行くおとなしい部下の輪郭だけがぼんやりと白のもやを作り出している。ぎゅむ、ぎゅむ、と重く締まった積雪を踏む音は音の大きさに反して位置が掴みづらい。足音の距離間隔や個人差を雪が覆い隠してしまうためだ。先の戦闘直前から半日以上に渡って降り続けたこの雪では、今では一面の銀世界を築き上げているという。銀色ってどんな色か分からない。人は雪を白色だというけれど、私の知っている白とは少し違うのかもしれない。
 ロングブーツの中は溶けた雪が染み込んでとっくにびしゃびしゃに濡れていた。替えの靴下は持っていても替えのブーツは持ってきていない。これでは靴下を履き替えても無意味だ。私はあまり雪と仲良くなれそうにない。雪だるまも作れないし、雪合戦もできない。ただ押し黙って降り積もり、私を凍えさせるだけ。
 早く暖炉のそばで温まりたかった。
「こりゃひでえや」
 しばらく歩くと後ろでうるさい方の部下がつぶやいた。なにがひどいのか聞くまでもなく、足元で鳴る砂利や石塊の感触でだいたい分かる。きっとポーゼンはぼろぼろなんだろう。雨あられのようにソ連兵が押し寄せた後で無事でいられるはずがない。
 街の人たちはうまく逃げられたのだろうか。住む家がなくなったらどこかに行くしかない。そう思ったところで、私たちのいないケルンの街が今どうなっているか急に心配になった
 あの後も空襲は続いているに違いない。ダンケルクをとって、ブリュッセルもとったら、次はリエージュ、その次はケルン。どれほどの戦闘機を落としても、何人もの歩兵を倒しても手のひらの隙間から水が漏れ出るように敵が街に攻め込んでくる。
 本当に私たちは勝っているのかしら、と浮かんだ疑問を慌てて振り払う。これは施設で散々叱られた「敗北主義」という考え方だ。私たちは今、お互いに全力を尽くしている。先に諦めた方が負ける。エルマー一等兵がぼそりと言った。
 街の人たちはうまく逃げられたのだろうか。この寒さの中、住む家がなくなったらどこか別の街に行くしかない。私たちのいないケルンの街は今どうなっているのか
 あの後も空襲は続いているに違いない。ダンケルクをとられて、ブリュッセルもとられたら、次はリエージュ、その次はケルン。どれほどの戦闘機を落としても、何人もの歩兵を倒しても手のひらの隙間から水が漏れ出るように敵が街に攻め込んでくる。
 本当に私たちは勝っているのかしら、と浮かんだ疑問を慌てて振り払う。これは施設で散々叱られた「敗北主義」という考え方だ。私たちは今、お互いに全力を尽くしている。先に諦めた方が負ける。唐突に、エルマー一等兵がぼそりと言った。
「瓦礫だ」
 白い靄が揺れて右に動く。細道を選んでるとはいえだいぶ街の中心に近づいているのに敵の気配はない。「実は誰もいないんじゃないですか。こんな廃墟に兵隊を置いたって意味ないすよ」あわよくばそうあってほしいと言いたげなパウル一等兵の消え入るような声さえ、この静けさでは辺りによく響いた。思わず「しっ」と制する私の声も冷たい空気の隅々にこだまする。
 白い靄が揺れて右に動く。細道を選んでるとはいえだいぶ街の中心に近づいているのに敵の気配はない。「実は誰もいないんじゃないですか、ねえ」あわよくばそうあってほしいと言いたげなパウル一等兵の消え入るような声さえ、この静けさでは辺りによく響いた。思わず「しっ」と制する私の声も冷たい空気の隅々にこだまする。
 でも、そうだ。確かにいない可能性もある。
 伍長さんが言った通り、ドイツ国防軍の本隊が撤退したのならわざわざ後方に戦力を割く理由はない。補給拠点にするにしても街全体が廃墟では用をなさない。
「リザちゃん、敵、いないかも」
 伍長さんが言った通り、ドイツ国防軍の本隊が撤退したのならわざわざ後方に戦力を割く理由はない。補給拠点にするにしても街全体が廃墟では用をなさない。
「リザちゃん、敵、いないかも」
<……そうかもね>
 ややあって返ってきた無線は同意を示す。
「だとしたら、急いで作戦を遂行してベルリンに戻った方がいいと思うの」
 静かな夜だとハムノイズがよく聞こえる。私たちが急ぐ、ということは空を飛ぶという意味だ。もし敵が街の奪還を警戒してどこかに潜んでいたら見つかるのは時間の問題だろう。万全を期すのなら不用意に飛行すべきではない。
 だが。
「早くベルリンを守らないと」
 声色に湿り気が混じる。私たちが見過ごしたソ連兵が今日明日にも帝都を焼くかもしれないのだ。その実感は森の中で一日を追うたびに増していっている。
 声色に湿り気が混じる。私たちが見過ごしたソ連兵が今日明日にも帝都を焼くかもしれないのだ。その実感は森の中で一日を追うたびに増していっている。
<……分かった。でも飛ぶのは私だけよ。空から目視で施設を探して、見つけたら報告する>
 動かず音もたてない建物は私の目には決して映らない。正しい判断だった。
「……わかった」
 ヒュッと空気を切る音が一瞬、無線機越しに入った後、スイッチを切ったのか音が途切れた。
 再び無線機から声がしたのはわずか数分後、ちょっと上ずった調子でリザちゃんが言う。
<あったわ、施設。街から少し外れた場所にある。中心部で合流してから向かいましょう>
 ポーゼンは本当に無人のようだった。ちぎれそうな足の冷たさを除いて、なに一つ支障なく私たちは合流を果たした。さしものパウル一等兵も安心しきったのか私の前を歩きはじめた。「足音が多い方が大尉殿も歩きやすいでしょう」しかし、私はやっぱり馬鹿にされている気がした。
「ここよ」
 ハンス一等兵がはきはきと「フォンテイン&キンダー食品加工研究所」と、おそらくは看板かなにかに記された文字を読み上げる。
「まあ、無論、実際には違うんでしょうけど。さっさと壊すわよ」
 そう言って、彼女は私の肩に手を置いた。
「あちこちボロボロだったけどこの建物はピンピンしてる。上から壊した方が手っ取り早いかも」
 なるほど、と素直にうなずいて踵を浮かせかけたところで、伍長さんが声を発した。
「ちょっと待ってください。私はこの施設の調査を具申します」
「でもそんなことしろなんて言われてないよ?」
 一回の発話では伍長さんがどこにいるのか分からなかったので、適当な方を向いて答えた。リザちゃんが「彼はここよ」と身体を動かしてくれたので次ははっきりと位置を掴めた。
「第一に、先ほどリザ大尉が仰ったように、この建物だけ無事なのは妙です。なにかあるかもしれません」
「敵が立てこもっているとか――」
 ハンス一等兵の補足にパウル一等兵がうめき声をあげる。「俺はここで待機してていいっすかね」伍長さんは無視して続けた。
「第二に、食品加工研究所、というのが偽装だとしても、大抵は上っ面を取り繕うはずです。申し訳程度にでもなにか備蓄食糧があるかもしれない。ここを再占領するにせよ、ベルリンに帰るにせよ食い物は欲しい」
 またしても伍長さんの言い分は筋が通っている。家で「セッシュウ」した干し肉や缶詰は元々そんなに多くはなかった。持ってあと二日程度だろう。
「あまり時間は使えないのよ」
 暗に、ベルリンの状況を指しているのだと思われた。
「見たところそこそこデカい建物ですが食い物を探す程度なら大した手間にはならんでしょう」
 先ほどの余裕を失って分隊の列の後ろに引っ込んだパウル一等兵はともかくとして、全体の方針は決定されたようだった。リザちゃんを先頭に私たちは施設の中へと足を踏み入れる。前後でちゃきちゃきと金属音が鳴って、さっきまでは下りていた味方の小銃が胸の高さまで持ち上がったのだと分かった。