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2025-03-11 23:28:27 +09:00

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title: "生地選び"
date: 2025-03-11T10:47:42+09:00
draft: true
tags: ['diary']
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鞄と靴が一通り揃ったので次はテーラードジャケットとトラウザー、すなわちスーツを選ぶ。こういう話をすると周りからは大抵怪訝な顔をされる。「せっかく背広など着ずに済む職業なのに、ずいぶん面倒な真似をするぢゃないか」とは友人の弁。しかし、僕は三十路過ぎまで生きてきて自分の性癖を十分に理解した。僕は面倒くさいことをするのが好きなのだ。
今こうして書いている文章からしてそうだ。わざわざ面倒くさいLinuxディストリビューションを立ち上げ、面倒くさいウインドウマネージャ上で面倒くさいエディタを使って面倒くさい自作キーボードを叩いてブログをしたためている。言い回しも面倒くさそうだし、ブログ自体も面倒くさい方法で構築されている。家に帰ったらまずは革鞄と革靴をブラッシングする。月一でクリームも塗る。
であれば、服飾の関心もいずれ面倒くさそうな方向に進むのは当然の帰結であった。これまでの人生でスーツを着なければならない時期がほぼなかったために発見が遅れていただけに過ぎない。とはいえ、難易度はこれまでとは比べものにならない。なにしろ現代の日本で面倒くさい服を着こなすのは非常に困難が伴う。
たとえば、わざわざ面倒くさくするからにはもちろん素材も面倒くさいものを選びたい。ポリウレタンやナイロンなどの機能性素材を避けてあえてウール100を選ぶ。やっていることは鞄や靴と同じでも我が国の気候がその前に立ちはだかる。現代の日本に四季があるなどというのは真っ赤な嘘であり、実質にはまあまあ暑い夏と、殺人的に暑い夏、そして短い冬しかない。北方では単純にこれが逆転する。
そのような過酷極まる条件下にあたって、ウール100の服を着るのはたいへん辛い。となると真夏だけジャケットを脱いでリネンのシャツを一枚だけ着るとか、いっそジャケットもリネンにしてしまうなどの工夫が要る。工夫が多くなければなるほど揃えなければいけないバリエーションの数が増え、すさまじい勢いでお金が飛んでいく。
服飾の世界は鞄や靴よりも格段に財布への当たりが強い。僕は何個も持っているが、たとえ持っている鞄がお気に入りの一つだけだとしても自己表現にはさほど事欠かないだろう。靴も、やはり僕は何足も持っているがせいぜい二、三足もあれば事足りなくはない。対して服はたとえ二桁の上下セットを持っていていてもまだ倹しい方とされる。ファストファッションの流行がワードローブの限界を押し広げてしまったのだ。
この状況を鑑みると、一着あたりの単価が高いフォーマルでトラッドなスタイルで自己表現を貫徹するにはかなり険しい道のり予想される。季節感、組み合わせ、考えるべきことは山ほどある。しかし、その面倒くささこそを僕は求めていたのであった。革を手懐けられるなら毛や綿だってなんとかなるだろう、たぶん。
さしあたってはまずスーツのことを調べなければならなかった。今回はさすがに仕立ての細かい仕事の質にまでは気を払えない――一着あたりに十何万もかけていたらトライアンドエラーを積み重ねていく上では非効率だからだ。当面は生地自体の品質が満たせていればよいとして、幸いにも今時はまさしくそういう渡りに船的な選択肢が存在している。
[KASHIYAMA]()というテーラーは創業百年の老舗ながら中国・大連に自社工場を建てて、オーダーメイドのプレミア感とコストパフォーマンスを両立させているとのことだった。実際に[注文ページ]()を見ると、生地からなにからずいぶん細かく選べるようでオタク筋が刺激される。前から思っていたがファッションの世界って完全にオタクだ。確かに輸入生地のスーツが5、6万円で仕立てられるのはすごい。
つまり、合計10万円ちょっとも出せば春夏用のジャケットとトラウザーが2つずつ手に入る。僕の期待するフォーマル度を下回らなければ必ずしも上下を揃えて着る必要はない。というか、上下を揃えて着るつもり自体がもともとなかった。僕の求めるフォーマル度はビジネスフォーマルの一歩後ろくらいだ。雰囲気があえば下はジーンズでも構わない。セットアップで揃えるのはコスパを意識してのことだ。
前述したように真夏では上をリネンシャツにしたりポロシャツに変えればさらに着こなし感が上がってくる。季節が過ぎてまた秋冬になれば今度は厚手の生地でさらに2着を仕立て、チェスターフィールドコートも追加する。これを2、3年も繰り返せば最終的に満足のいくワードローブを構築できるだろう。こればかりは体験と価値観を一致させないとその時々の最良の答えが出せないので、一息に買い揃えて終了というわけにはいかない。
なんとなく予感していたがいざ本気で買うつもりになって輸入生地の歴史や特徴などを調べていたら脳汁が出まくって仕方がなかった。やはり僕は面倒くさいのが好きらしい。それなりに金の余った三十路の男が十年くらいかけて取り組む課題としては、まあ悪くなさそうだ。
ところで、最初の友人との会話には続きがある。「そんなに面倒くさいのが好きならいい加減に所帯でも持ち給え、細君も子もいない人生ではそれこそ先細りぢゃないか」僕は切子を置いて「それは言うな」と答えた。所帯なんて持ったら最後、勢いで革靴を買って帰った日には家の門を締め切られてしまうよ。