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title: 二度目の機会ならある
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date: 2018-06-06T18:01:44+09:00
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draft: false
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tags: ["essay"]
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なにかと悪い方向に物事を考えるくせがある。いかにも企業の危機管理部が提起しそうな「最悪の想定」を大幅に越えて、ほとんどサスペンスかホラーの域に到達するまで妄想をやめられない。そのせいか現実の話ならともかく、とんとん拍子にうまく展開が進む手合いのフィクションはどうにも苦手だ。
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これは必ずしもリアリティの話ではない。創作だからこそどんなに極端に後味が悪くても楽しむ事ができるのに、わざわざ底抜けにお気楽な内容にしてしまう意義があるだろうか。せっかく刺激的な人物や設定を作ってもそれでは自ら魅力を殺いでしまっているようなものだ。
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なんでも、聞いた話では二度目の人生がどうとかといった題名の作品が炎上したらしい。日本刀で戦時中に数千人も殺した元軍人が、老衰で逝去した後に異世界で活躍する話だそうだ。ありきたりな筋書きだが驚くべき事に十八巻まで刊行されていてアニメ化も決定していた。
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もっとも、炎上の理由は物語が退屈だからではない。作者のヘイトスピーチに因るものだ。あまり僕のブログの品性を汚したくないので具体的な内容には言及しない。あえて言うなら、まがりなりにも物書きをやっている割には語彙力がえらく貧相に見えた。
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せめて彼のヘイトスピーチと作品にまったく関連性がなかったのなら、作品そのものへの批判は回避できた可能性もある。ところが戦時中に数千人も殺したともなれば、その中に作者がTwitterで差別感情をぶつけた中国人や韓国人も大勢含まれているはずだ。
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事実、中国大陸では日本兵が日本刀で殺した数の競争をしていたとの記録も残されている。そんな殺戮に与していたかもしれない主人公が、特に反省の色もなく大往生して異世界でお気楽に過ごすなど到底穏やかな話ではない。殺した数をゲームスコアのように示す書き方も度を越した浅慮さだ。
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ここまで始末が悪いと作者と作品は別との言い分も通りにくくならざるを得ない。彼がそれを勝手に公表する自由はあれども、アニメーション会社や出版社にリスクを冒してまで後援する義理はない。結果、くだんの作品のアニメ化企画は主要声優の全員が自主的に降板、原作も全巻出荷差し止めといった自己防衛的な企業判断に落ち着いた。
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結局、作者や彼のコンテンツを擁護してくれる人たちはほとんどいなかったようだ。なにも道徳や倫理に反する作家や作品は彼だけに限った話ではない。かの夏目漱石が自著の「韓満所感」で帝国主義むき出しの傲慢な発想をもとに、中国人や朝鮮人を見下していたのはよく知られた話である。
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> 歴遊の際もう一つ感じた事は、余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼蹐(きょくせき)してゐる間は、日本人程憐れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、日本人も甚だ頼母しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた。同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵児と云はねばならぬ。
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当時でも日韓併合や植民地政策に批判的な作家は決して少なくなかったので、夏目漱石の言動はその時の価値観に照らし合わせてもなお迎合的だったと言わざるを得ない。それでも彼の作品が愛され続けているのは作品に独立した評価を与えうる余地があったからだ。
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しかし、くだんの作者はどういうわけか自身の思想と作品世界をほとんど一体化させてしまった。戦争で敵を大勢殺した元軍人が、特に葛藤もなく英雄として往生した上に異世界で再び活躍するなど、いかにも無学なネット右翼が考えつきそうな話に思える。彼の作品には独立の余地がなかったのだ。
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ここまで書いてようやく彼の書いた小説のタイトルを検索する気になった。「二度目の人生を異世界で」というらしい。現実に二度目の人生はないが二度目の機会ならある。ヘイトスピーチやその他狭量な言説には我慢ならないが、彼はまだ字面の上で過ちを犯したに過ぎない。
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どんな悪人にもやり直す権利はあるのだから、もちろん彼にも更生する機会が与えられるべきだろう。ぜひこの件を教訓として学び、それを次の作品に活かしてもらいたい。表面上の謝罪だけで易々と許されるほど甘くはない。
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## 余談
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せっかくなので実際に作品を読んでみたものの、やはり悪い意味で色々と驚かされた。既に作者は社会的にかなり痛めつけられているのであまりひどく言いたくはないが、どうしてもなにか言わずにはいられない。
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前述のとおり主人公は数千人も殺してのける優秀な刀の使い手だったが、冒頭の時点で老衰死した事が明かされる。そこから異世界に行くとなれば、多少のファタンジー要素を加えるにしても老人のまま転生するものと考えられる。そうでなければ設定の意義がなくなってしまう。
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ところが作中では現代知識を持ち合わせたアニメ好きの青年として生まれ変わる。ファンタジー世界の若者として生まれ変わるのではなく、現実世界の老人としてでもない。現実世界のナウなヤングとして転生するのである。この設定はだいぶ理解に苦しむ。つじつまの合う余地がまったく見られない。
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おまけに主人公は生前の記憶をほとんど失っている。ここまで徹底していると意図的に葛藤や後悔といった場面を避けて作られているかのようだ。それでいて異世界でも刀の使い手として敵を殺して女をはべらせる妙な都合の良さに違和感が募る。
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さらには主人公のハーレムを脅かしそうな勇者に容赦なく毒を盛ったり、自ら城を破壊しておきながら原因を魔物に転嫁したりと、あたかもピカレスク小説を彷彿させる展開に思わず自分の読解力を疑い始めてしまった。そんな卑劣極まる主人公が作中では無批判に褒めそやされているのだから不快極まりない。
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物語の冒頭で神とはいえ無害な女の子を気軽に蹴り倒している時点でなにかおかしいと思っていたが、どうやら作者は民族差別だけでは飽き足らずインターネット上の逸脱した倫理観をそのまま作品に反映させてしまったようだ。僕よりは年下だと信じたい。
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逸脱は芸術になりうるけれども、それには高度な批評性と緻密さが伴ってなければならない。今回の短い読書を通じて改めてその複雑性を実感できた。 |