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title: "バイオマン"
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date: 2022-04-15T09:29:22+09:00
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tags: ["diary"]
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昔から「いつか音楽をやろう」と思っていた。具体的な時期や楽器の種類はてんで決まっていなかったが、いつかやることだけははっきりしていた。しかし気づけば15歳になり高校に入学し、18歳になって大学に入学した。就職は多少手間取ったがやはり気づけばしていた。なんなら転職も何回かした。その間、色々とやりたいことをやって、やりたくないこともやって、それでもなお時間はなくもなかった。そうした可処分時間の切れ端は気づけば溶けて消えていた。
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やがて28歳を迎えし日も遠のき、ついに20代最後の歳を数える日が眼前に迫ってきている今、ようやく僕は真に気がついた。その「いつか」は行動を起こすまで一生訪れない。たとえ時間が無尽蔵にあろうがなかろうが、ひとりでにグローリアスな音楽シーンが開幕したりはしない。そんなわけで僕は衝動的にメルカリを開き、安い順にソートして上位にせり上がってきた中古のバイオリンを秒で落札した。バイオリン、どうあがいてもン万円はするものと思っていたが、送料込み6000円で手に入った。
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数多の楽器の中からバイオリンを選んだのには割とちゃんとした理由がある。普段、音楽を聴いていて1番好きなパートはベースなのだが、ベースはソロで成立させることがほぼできない。次にピアノ。ピアノはかなりの有力候補だったが限界独身男性を収容している馴染みのDiscordサーバで話を振ったところ、なんと既に2人もピアノマンがいた。両者ともまだ始めたばかりらしいので「ピアニスト」とは呼んでやらない。
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したがって、僕が手にしたのは3番目に好きな音を奏でるバイオリンとなった。僕自身も同様にバイオリニストと呼称されるべきではないので、さしあたりはバイオマンと呼ばれてやってもいい。色々と覚悟して買った中古のバイオリンではあったが、やはり届いた直後の状態はひどい有様だった。いくら楽器のド素人でも弦を指で弾いてろくに音が鳴らなければさすがにおかしいと判る。つまりいきなりバイオリンの調整――いわゆる調弦をやらなければならなかった。
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![](/img/116.jpg)
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調弦はバイオリンのペグを回して行う。緩めると音が低くなり、締めると高くなる。それぞれの弦には然るべき音階が存在しており、たとえば端っこのE線は名前の通り英米式コードでEの音階でなければならない。イタリア式で言うところのミだ。われわれはイタリア式の音階を学校教育で学ばされているため慣れるまではたいへん煩わしい。しかもバイオリンはコードは英米式でも発音はドイツ式なのだ。だからE線は「イー線」ではなく「エー線」と発音する。
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**これのなにがややこしいって、すぐ真上に他ならぬ「A線」があるからだ!** もちろんこれは「エー線」ではなく「アー線」と読む。この辺りの知識を知らずにうっかりYoutubeの動画とかを観るとマジで混乱してしまう。ちなみにバイオリンの発祥はイタリアらしい。日本にバイオリンを持ち込んだやつがなにかとんでもない過ちを犯したとしか思えない。
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当然、どの音ならEだかAになるかなんて僕には分かりようもないが、誰にとっても基本そうなのでチューナーという道具が作られている。2000円くらいで専用の機械が買えるものの今時分はスマートフォンアプリの方が手っ取り早い。弦を弾いた音をマイクが拾って音階を判定する仕組みだ。しかし予め備えつけられていたE線ときたら、すっかり緩みきっていていつまで経ってもまともな音が鳴りやがらない。
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業を煮やしてペグをギリギリと締めあげているうちに、とうとう弦が限界を迎えたらしい。いきなり派手に破裂音が鳴ったかと思えばバイオリンからびょーんとE線が飛び出していきやがった。こうして僕のバイオリン練習初日は弦が一つ足りない環境で行われることとなった。
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さて、幼少の頃より息を吸うように触れ続けてきたコンピュータや文芸ならいざ知らず、まったく未知の楽器演奏をいつまで続けられるかはまるで不明である。音楽にしろなんにしろ、個人の趣味が長続きしにくいのは締め切りも終わりも存在しないせいだ。自分の気持ち次第でいつまでも続けられるが、いつだって止めてしまえる。そこで僕は刺激をセルフで調達することにした。DiscordとTwitterに動画を投稿していくのだ。なんだかダイエットの経過記録を公開するのと似てるな。
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{{<tweet 1512737165125783553>}}
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自身の過去を適宜振り返ることをモチベーションの糧とし、周囲に認知されている事実を以て己の怠惰に発破をかける。それでも止めたくなったらこれはもう仕方がないだろう。どうせ止めるからには「完全に向いていなかった」という確証が欲しい。僕は撤退にもクオリティを求めるタイプの人間だ。そうやって可能性を一つずつ潰していって、最終的に残ったものこそが僕を象徴する。今のところはコンピュータと文芸しかないが、5年後か10年後かには、ひょっとするとバイオリンが加わるかもしれない。あるいは他のなにかが加わっているかもしれない。
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なにげにインターネット上に自身の姿を開陳せしめたのは初めてだが、実際にやってみると意外にどうということはなかった。旧来のネチケット(死語)によればインターネットで実名や実像を公表したら最後、たちまちとんでもない災いが降りかかると固く信じられていたが、きっともう常識の方が変わってしまったのだろう。上記のTweetのツリーに動画を順次繋げているが、よく知るお友達がLikeをぽつぽつと付けてくれる以外には特になにも起こっていない。
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せいぜいフォロワーが150くらいしかいない僕の存在感など良くも悪くもこんなものだ。この取り組みは自意識の調整を行う上でもぼちぼち役に立ったと言える。もっとも、なぜか超きゃわいい18歳JKが映っていたら全然話は変わっていただろうけどな。そこに映っているのはただバイオリンが下手な28歳の野郎に過ぎない。僕が飽きていなければ数年後にバイオリンが少し弾ける三十路の野郎が映る程度の違いしかない。そんなのでも良ければ……まあ、ちょっとは応援していてくれ。
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ちなみに中古のバイオリンを秒で落札したと言ったのは嘘だ。本当は6900円で売られていたものをさらに値切った。
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