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デスク環境改善Ⅱ | 2024-01-21T09:19:34+09:00 | false |
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ついに想像の中のキーボードを具現化する時が訪れた。金は大層かかったが満足している。僕にとってキーボードとはもっとも本質的かつ重要なインターフェイスであり、人生でもっとも打ち込んだものの一つに他ならないからだ。そんなふうに自分に言い聞かせれば翌月、改めてクレジットカード明細を目にした際の震えも多少はやわらいでくれるに違いない。
Bakeneko65
Keychron Q2 Proの体験に気を良くした僕は次の段階に進んだ。キーボード基板部分をさらに細かく検討して、ケース、構造、PCB、プレートも吟味する。前回の記事で予告した通り、二台目にはBakeneko65を選んだ。シンプルなO-ringマウントのアルミニウム筐体に、ホットスワップ対応のPCB、プレートはポリカーボネードより固く、ステンレスよりは柔らかい複合素材のFR-4。オープンソースハードウェアでもある。
Keychron Q2 Proの絹のように柔らかい打鍵感は確かに衝撃的であったとはいえ、しばらく打ち込んでみると獣となって山々を駆けるがごとくの野性味が自分には欠かせないと気づいた。打鍵音ももっと低い方が好ましい。となると、流行りの局部留めのガスケットマウントや柔軟性素材が使用されていない、こういうミニマルな作りの方がおそらく理想に近い。
一週間後、51ドルの送料と20ドルの輸入関税を代価にBakeneko65が送られてきた。できれば二度と払いたくない。組み立てに必要な部品は、本体も含めて一切が頑丈そうなキーボードケースの中に収まっていた。関連動画を観る限り、多くのキーボード基板メーカーが同様のパッケージングをしているので、たぶん業界では国際輸送に耐えうる手法として確立されているのだろう。
さっそく、公式のマニュアルに従いつつ組立作業に取り掛かったが僕が自作キーボード界隈の厳しい洗礼を浴びるのは想定以上に早かった。どうも幅の長いキーの打鍵を支えるスタビライザなる部品には数多くのノウハウが存在しているらしい。まず、付属品に含まれていないキーボード専用の潤滑液とかいうマジで未知の液体をどこからか調達してきて、部品に塗布しなければならないという。
その上で、スタビライザの一部をニッパで削り取るテクニックが強く推奨されている。なぜそんな不可逆的な行為が奨励されているのか分からないが、Bakeneko65の公式マニュアルにある動画では当たり前の顔で実施されていたのでやらないわけにはいかなかった。この手の追加効果を期待させるような誘惑に僕はめっぽう弱い。ちなみに、手持ちのニッパは大きすぎたので代わりに爪切りを使った。
ところが、それと同じくらい細かい作業が大の苦手な僕。なにしろ手先が不器用すぎるゆえハードウェア方面の職業に就くことを小学生の時点で諦めた男だ。そのくせ、不得手なのにわざわざやりたがるのだから始末が悪い。当然のように予備のないスタビライザを破壊せしめた埼玉の身の程知らずは、太陽が傾ぎはじめた寒空を駆け出し電脳都市秋葉原へと向かった。
幸いにも遊舎工房という自作キーボードの専門店がこの地に屹立していたおかげで、引き起こした損害の代償は最小限で済んだ。途中、潤滑液の塗りすぎでスタビライザが動作しない問題に見舞われたが、三度、四度と作業を反復するにつれて経験値は確実に蓄積され、丸二日に及んだ組み立て作業の最終局面ではほぼ虚無の感情で淡々とゼロから組み立て直す胆力を手にしていた。
既製品と異なり、PCBとプレートが分離しているとキースイッチの装着にも気を払う必要がある。ただ漫然とはめ込んでいると二つの板の隙間が均一にならず、O-ringをくくりつける段階に進んではじめてなにかがおかしいと気づく。隙間が整っていなければ絶対にうまく着けられないからだ。
そこで、逆にO-ringをあてがった状態でキースイッチを装着する手段を講じた。装着に不可欠な隙間を予め設けておけばキースイッチは必ずその通りにはめ込まれる。手練の人間ならこんな真似をせずとも感覚でやっていけると思われるが、素人は素人なりに工夫しなければならない。
そうして紆余曲折の末、ついに完成した僕の理想のキーボードは果たしてBキーがまともに動かなかった。PCBの初期不良である。よりによって簡単に交換可能なキースイッチではなく、基板側のホットスワップソケットに緩みが生じていた。これを解決する手立てはソケット部分を自らはんだ付けし直すしかないとの話だった。無償交換? 自作キーボードの世界にそんな概念は実質ない。
だがしかし、ことここに至ってはもはや毒を食らわば皿まで。追加の金銭を投じて立派なはんだごてと各種消耗品を買い揃えた僕のクレジットカードはとうとう金切り声をあげた。まあ、なんてことを! クレジットカードの枠は借金であってお前の預金残高ではないのよ! 三台目のキーボードだって発注したばかりじゃないの!
そう、僕は将来的に会社と自宅で自作キーボードを堪能しまくるために性懲りもなく三台目のキーボード部品を発注していたのだ。翌月の支払いは固定費やその他のぶんも含めるとン十万をゆうに越えている。もともとポイントを効率的に稼ぐためにカードで払えるものはすべてカードで払っているので、ありとあらゆる生活の重み、ひずみがブラックホールのごとく一点に集中する。
ええい、だからなんだというんだ。ここで直せなければ役立たずの樹脂と金属の塊が残るだけじゃないか。支払いは翌月の僕が勝手に頑張ればいい。堂々とはんだ付けを学ぶ姿勢を見せつけた僕に、さしものホットスワップソケットも譲歩せざるをえなかったのか、結論から言うとはんだ付けは要らずピンセットでの調整のみで動いてくれるようになった。誠に遺憾ながらはんだ付けの才能を開花させる機会はまた今度らしい。
このようにたいへん苦労した甲斐もあり、制動性に優れた重厚な筐体と質実剛健なO-ringマウントが作り出す感触はまさしく僕の理想に適う代物だった。円換算にして1万5000円以上もするキーキャップは、実物に触れてみればこそその価値に納得する完成度とタッチ・フィールを兼ね備えていた。
以前、遊舎工房の店頭で一つ一つのキースイッチの音に耳をそばだて、完全に異常者の出で立ちにもなりふり構わず選び抜いたGateron Mini i Switchは、僕がタクタイルスイッチに期待する打鍵感のすべてを満たしていると言っていい。軽々しすぎず、重すぎもせず、うるさくなく、地味でもない。
タクタイルの小気味よいフィードバックと遊び心にあふれた打鍵音、明るい緑とオレンジの差し色に彩られたポップなカラーリングは仕事中の僕に比類なきモチベーションを与えてくれるだろう。
Neo65
そして今週末、三台目のキーボードが届いた。二台目とは対照的に荘厳さを念頭に構想したこの機体は、ケースも黒、キーキャップも黒、キースイッチまでもが黒一色に染まっている。本来であればBakeneko65 Blackの入荷を気長に待つつもりだったが、よく似た構成のNeo65なるキーボードキットが比較的安価に手に入ったため、急きょ予定より早く三台目を組む展開と相成った。
箱を開封すると例によってキーボードケースが現れる。ひょっとすると業界にはケースのセミオーダー製造を請け負う専門業者とかがいるのかもしれない。Bakeneko65の組み立てを通じて嫌というほど経験を積んでいたおかげか、一つ一つの部品を検分している間にそれぞれをどう組み合わせていけばいいのかだいたいの見当がついた。
Neo65はBakeneko65と同じO-ringマウント主体のキーボードだが、いくらかリッチな装いをしている。O-ringのみならず局部留めのガスケットマウントも利用できるほか、静粛性をより高められるフォーム類も付属する。薄手のフォームを貫通させる形でキースイッチを挿入するやたらワイルドな仕様には困惑させられたものの、一度要領を掴めば組み立ての難易度はそう高くなかった。
若干の混乱を余儀なくさせられたのは、基板がANSIとISOの両方の配列をサポートしている都合上、特定のキーに限っては異なる向きでスイッチを装着しなければならなかったところだ。ただでさえフォームに接続口が遮られていて手探り状態なのに向きまで変わるとなると、スイッチピンの損傷を恐れて力を入れる勇気がつかずなかなかに手間取った。
加えて、Neo65のO-ringマウントはだいぶ癖が強い。しっかり留まるのはそれだけ高精度に設計されている証ではあるが、代わりに一度はめたら外す作業が極めて困難になってしまう。キーボードの先頭の列をキーごと持ち上げれば容易にマウントを解除できるBakeneko65と比べると、メンテナンス性の低さは否めない。
他方、筐体の高級感、ビルドクオリティは非常に優れていると言える。背面の真鍮プレートはいかにもリッチな印象を受けるし、15インチのノートPCをも上回りかねない圧倒的な重量は制動性の向上に一躍買っていると考えられる。そのようにして完成した漆黒のキーボードを見ると、実に非の打ちどころのない自己完結した世界観がいきおい目の前に出現する。気品に満ちた佇まいと他の何者とも交わらない獣性が融合した蠱惑的なインスピレーションがかき立てられる。
実用的な面に目を向ければ、Neo65のPCBはTri-mode、すなわち2.4GhzトングルとBluetoothでの無線通信にも対応している。真鍮プレートの奥には2200mAhのバッテリーも予め装着されており、インディーの自作キーボードキットながらなにげにいっぱしのメーカーでも手を抜く箇所に機能美が行き届いている。
55g荷重を持つGateron Oil Kingはふざけた名前とは裏腹に実に落ち着いた感触の厳かな音色を奏でる。これは、鮮やかで楽しげな音を鳴らすMini i Switchとはまさしく対を成す厳粛の美である。自ら世界観の中に没入して文章を織る、創作文芸にふさわしい調律を僕にもたらしてくれるだろう。