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魔法少女の従軍記者 | 2024-02-11T19:48:05+09:00 | true |
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その少女は前線基地の会議室に舞い降りてやってきた。いや、舞い降りたという表現はいささか上品にすぎる。今日は作戦指揮に関わる国連軍の将校や事務方の重鎮、その他の民間関係者、そして我々のような記者が一堂に介する最後の場――あけすけに言ってしまえば、これまで丹念に積み上げてきた法的手続きが実る瞬間――ついに果実として収穫できる日だった。
そこへいきなり基地の天蓋を突き破って直接部屋に突っ込んできたのが彼女だ。当然、我々はカメラのシャッターを盛んに切りまくって応じる。戦闘機の爆撃にも耐えうるように設計された最新の3Dプリンター基地を秒で破壊せしめた彼女が、一体最初になにを言うのか、そもそもなんでそんなだいそれた真似をしでかしたのか、我々報道陣は撮影もほどほどに固唾をのんで見守った。実際、軍人としての彼女の性格は多くが謎に包まれている。
”こんな安普請の基地で本当に守りを固めているつもり? もっとちゃんとしなさいよ”
”3Dプリンター工場による大量生産物は明らかに自然破壊の大きな要因であり、抗議としてのデモンストレーションを……”
正直、なにを言ってもらっても構わない。どうであれ絵になる。彼女の影響力は国家元首にも匹敵する。プランAからZまで、どんな内容であっても我々がしっかり英雄に仕立てあげて見せる。上へ上へぐんぐん伸びていく株にはぶら下がっておくのが得策だ。
しかし、私が予想していたどの台詞とも異なり、彼女は長いブロンドの髪の毛を乱雑にめくりあげてこう言った。額に汗を滲ませ、焦った様子で。
「今、何時何分? たぶん、ギリ遅刻じゃないと思うんだけど」
結論から言うと、彼女が基地を破壊して会議室に突っ込んだのは午前八時五九分、五五秒。遅刻五秒前だった。
これが、私の今回の取材対象だ。本作戦の要、国連軍直属魔法能力行使者、PR上の都合で我々が「魔法少女」と呼んでいる人物との初めての出会いだった。
最後の会合は割にあっさりしたものだった。法的手続きを神に置き換えることに成功した我々は「国際連合安全保障理事会決議一六七八に基づき、新たに魔法能力行使者による武力行使を容認する」と事務方が告げた言葉に神託を見出し、例の彼女が合意を示した直後に世界各国に承認を受けた合法の殺戮者となる事実を認められるのだ。
砂漠嵐の吹き荒む地に今もなお屹立する未承認国家TOAは、今年で自称建国二〇周年を迎える。皮肉にもその年で同時に滅亡を迎えることは、当の彼らも今では受け入れているのだろう。もともと無謀でしかなった革命政権の樹立がここまで息を保っていられたのは、ひとえに人権意識の高まりや、常任理事国の承認の遅れ、近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
読者諸兄もご存知の通り、五年前にようやく前述の「国際連合安全保障理事会決議一六七八」が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。例によってひとたび神託を受けた我々は数百台の戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、スターバックスの新商品ほどの関心も持たなくなる。圧倒的物量の前にTOAの民兵組織は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違いなかった。
しかし、三年前に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って堂々と抗戦を始めたのだ。かの地に住まう人々を気にかける数少ない良心的進歩派(ここで両手を掲げて二本の指をくいくいと動かす)も、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちらの戦死者の数が急速に増えたからだ。
批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー軍人が勝てる相手ではない。何万ドルもする無人機は出すたびに塵と化して消えていった。どうやら連中が手駒にせしめた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力行使者と呼称)
こうして国連軍が何年もかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物体と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でも大儲けをしているやつらがいる。一体どういうカラクリなのか、日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の我々にはまるで見当もつかない。
さて、当然、もはや状況は常人の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法行為能力者を派兵するのが筋だ。ところが、記録の残るかぎり各国に正式に登録されていて、かつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた魔法能力行使者はほとんどいなかった。少なくとも、我々の陣営には。ロシアをはじめとする東側諸国にはぼちぼちいるそうだが、もちろん借りるわけにはいかない。戦略級魔法能力行使者をレンタルするなんて核兵器のデリバリーサービスよりもハードルが高い。月にロケットを送りこんだAmazonにも不可能なことはある。
結局、最後の頼みは米軍だった。衰えたとはいえ今なお最強の軍勢を誇ると知らしめたい彼らは、五年前からずっと大量の派兵協力をしているし、言うまでもなく戦死者の数も飛び抜けて多い。虎の子の魔法能力行使者を送り出すなどまともな民主主義国家なら絶対に民意が許さないだろうが、アメリカ合衆国の国民は乗り気そのものだった。そういうわけで、今回のジョイントミッションが実現したのである。
「メアリー・ジョンソン……大尉とお呼びした方が?」
劇的なイベントの後に殺到した記者がはけた後、コーヒーと名刺を同時に差し出しながら私は軽妙に尋ねた。あんなふうに我先と詰め寄る記者はトーシロ同然だ。取材される当人からしたらみんな同じ顔に見えてなにも印象に残らない。応対だって機械的にならざるをえない。話しかけるなら一番最後。最低でも三〇分は空ける。経験に培われた私の流儀だ。案の定、ティーンにそぐわないいかつい階級章を持ち出したことで彼女は苦笑いをした。
「冗談みたいよね。大尉になったのってほんの数日前なのよ」
指揮系統に彼女を組み込む都合上、どうしてもそれなりの地位を与える必要性があったのだろう。小隊長程度の命令に左右されるようでは並外れた戦闘能力をいかんなく発揮できないし、かといって高級将校に堂々と楯突かれては作戦遂行の妨げになる。大尉相当官として扱うのは理にかなっている。
「じきにあなたの飼っている犬も少尉になりますよ」
笑った。いい感じだ。取材対象のInstagramぐらいはこまめにチェックしておかないといけない。
「ところで、つい数時間前まではロサンゼルスにいましたよね。そっちでも記者連中に捕まっていたので?」
「そうね、映画の出演者インタビューに出てて」
彼女が目配せをする。当然知っているでしょ、とでも言いたげだ。まだ五秒足らずのフッテージしか出回っていない作品だが、もちろん知っている。業界関係者の知人から第二次世界大戦で苦しい戦いを強いられた魔法能力行使者の話と聞いた。今時、珍しく親が俳優でも富豪でもインフルエンサーでもないのに公募のオーディションからじわじわと上り詰めてきた彼女の、初の主演作品だ。
「ええ、やっぱり空を飛ぶシーンとかは自分の魔法でやるんですか?」
「意外にそうでもないわ。CGの方がリアルに見えるって変よね、でも画面で観ると本当にそうなの」
「あなたの世代からすると変に聞こえるでしょうが、一昔前はドイツの話を撮りたかったら本当にドイツに行ってたんですよ」
「まあ、私ひとりだけならそんなに面倒じゃないわね、なんて」
そんな一介の女優でしかない彼女が、どういうわけか米国政府に登録されている最上等級の魔法能力行使者で、そのために教練と出動を要請する召集令状が下されたのは果たして幸運だったと言えるだろうか。
実在の軍人の役を演じる女優が、本当に軍人となって戦争に赴く――どこぞの出版社に提案したら「話ができすぎている」と即ボツを食らいそうなあらすじだ。しかし、これは現実である。世論は大いに湧いた。いかに無敵に等しい戦略級魔法能力行使者であっても、無垢な少女を戦争に駆り出すのはどうなんだ、ともっともらしい道徳論を説く者があれば、言葉尻を捉えて無垢な少女だからどうなんだ、じゃあ少年なら構わないのかといった反論が打ち出され、少女性をことさらに重要視するのはセクシストだしエイジズムだとの論陣が張られた。
そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないんだろ、と斜に構えたSNS上の意見が万バズを獲得し、国家が強制的に徴兵するなどそもそもが言語道断との進歩的意見が各メディアに並ぶも、なにげに徴兵を実施している国々がそこそこある西側陣営にとっては都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧喧諤諤にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが民主主義であり自由主義国家の姿だろみたいな粗雑な結論が持ち出される始末と相成る。かくして、西側陣営を占める数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
世間は彼女が徴兵に応じるかどうか半々と見ていたが、女優のキャリアを保てるスケジュールを条件に割とあっさり合意した。世界各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた二年間の軍事教練をきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
今のところ、なぜ徴兵に応じたのかという肝心要の質問には曖昧な回答を繰り返している。愛国心がどうとかなんとか、みたいな話も彼女の世代では今時やりづらいだろう。そんなダサいことを言ったら一日の間にフォロワーが七桁は減る。もっとも、今となっては数億人のフォロワー数を誇る彼女にはどのみち関係がなさそうである。いずれにしても、理由ははっきりとしていない。
今日、そいつが掴めたら私もしがないフリーライターから脱出できるのだが。
「ところで、ジョン・ヤマザキさん。あなたは日系人?」
不意にエスニックな出自を聞かれて少々たじろいだ。そういうセンシティブな質問をされたからには多少は打ち解けているのかもしれない。
「うん、まあ、一応……途中で色々混ざっていると思うけどね」
なぜか知らないが私の両親も、さらにその上の両親も、ヤマザキという名字の語感を気に入っていたらしい。ある上等なウィスキーと同じだからとかいうふざけた理由を聞かされた時には呆れかえったものが、ライター稼業を始めてからは両親にも祖父母にも、私の遺伝子の元となった最初の日本人にも毎日感謝している。この名字は相手に覚えてもらえやすいからだ。これがもしジョン・スミスとかだったら話している最中にも忘れられかねない。
と、いう話をさっそくしてやったら、目の前のメアリー・ジョンソンは初めて年齢相応に顔をくしゃりと丸めて大笑いした。いいぞ、流れは確実に私に来ている。今なら彼女の生理周期さえ教えてもらえそうだ。(←この文章は後で必ず削除しておくこと!)
「ところで、私が日系人だとなにか特別に教えてもらえることがあるのかな」
「私が着るナノテクスーツ、スポンサーの都合で日本のアニメがモチーフらしいの。なんか知ってるかと思って。おかしいわよね、これから戦いに行くのに」
全然知らない上にどうでもいい話題だったが私はあくまで歩調を合わせた。
「なんでも金に替えようとみんな一生懸命なのさ。だから無人機のカメラもストリーム配信されているし、そこでの投げ銭や広告収入が国連軍の活動資金になっているってわけ。君のそのなんとかスーツにもボディカメラがついているはずさ。今や警官の胸についているやつも人気コンテンツだからね」
すると、彼女が途端に押し黙ったので、私はしまった、と強く後悔した。うら若き少女には少々刺激が強すぎたかもしれない。それともこれはあれか、マンスプレイニングってやつか。ストリーミングでなにが流行っているかなんて中年の私より彼女の方が詳しいに決まっている。
幸いにも、彼女は私のせいで抑うつ気味になったわけではなかった。ただ、うつむいて絞り出すようにして言ったのが印象深い。
「そうね……分かってる。みんなが色々考えて、私でお金儲けをしたいのも、なにかやろうとしているのも。でも、私しか彼女を止められないんだ」
そこへ基地内に放送が流れて、国連軍の将校による会見が行われるとの告知が知らされた。幸いにも私はこういう局面でかけるべき言葉を探さずに済んだのだった。