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title: "クロスバイクを手に入れた"
date: 2023-09-24T09:21:07+09:00
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2010年の秋、僕は有頂天になっていた。ついに念願のクロスバイクが手に入ったのだ。ママチャリと比べて驚くほど軽く、余分な付属品が付いていない潔いフォルムに僕はいたく感銘を覚えた。ここから自分の裁量でなにを装備してもいいし、しなくたっていい。さしあたり僕が真っ先に取り付けたのはキックスタンドではなくスマホスタンドだった。
先立って入手していた最新のiPhone4を日がな一日中いじっていて感じたのは、このスムーズなGPSとグーグルマップの追従性を活かせばどんな場所にも迷わずに辿り着けるという確信である。たとえ土地勘がない遠方でも、あらゆる街路情報が高速3G回線の息吹に乗って手元までやってくるのだ。遠くに行く足さえあれば――そこで、高性能の自転車を買う運びと相成った。下の名前が「陸王」なくせに[オートバイ](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E7%8E%8B_(%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%90%E3%82%A4))じゃないのかよと人々に10回くらいは突っ込まれた。
スマホスタンドはすでにiPhone4専用の商品が販売されていた。寸法がぴっちり合っているゆえ嵌め込むとといい感じにフィットする。後はグーグルマップを起動してディスプレイを点灯させ続ければ、巡航速度30km/hベストエフォートのナビ付き軽車両の出来上がりだ。僕は旗の台の自宅から、渋谷に、中目黒に、代官山に、下北沢に、自由が丘に向かって駆け出した。おしゃれな街ばかり行っていた割に僕自身はちっともそうならなかったが、それはそれとして楽しんだ。
そんな蜜月の日々に終焉が訪れたのは、店を出て自転車を停めた場所に戻ろうとした冬の日。あるはずの愛車が、なぜかそこにはなかった。はて、置き場所を勘違いしたかと辺りを見回すもどこにも見当たらない。忽然と姿を消している。急速に、足のつま先から首筋までじわじわと、恐怖がせり上がってきた。自分の自転車が盗まれたという実感だ。
僕の落ち度は二つある。一つは周囲の鉄柵などに鍵をくくりつけておかなかったこと、もう一つはワイヤーカッターで容易に切断できそうな貧弱な鍵を使っていたこと……ちなみに、防犯登録はまったくの無力だった。曲がりなりにも鍵がかかっているクロスバイクを盗んでいったからには、単なるいたずらではなく犯罪上等の輩に違いない。
こうして僕の楽しい自転車ライフは一年半ほどで幕を下ろし、苦い青春の思い出として脳裏に焼きついた。幾度となく自転車趣味の再開を検討した試しはあれど、そのたびにじりじりと燻るこの追憶が警鐘を鳴らしていた。お前、あんなに必死こいて貯めた金で買ったクロスバイクをまんまと盗まれたまぬけ野郎じゃないか……僕はかぶりを振って自転車メーカーのWebページを閉じた。
ところが転機は唐突に舞い込んだ。引っ越しをする近所の住民が持て余していたクロスバイクが、タダ同然で手に入ったのである。むろん、経年劣化は相応に激しく最低でも5年は型落ちとの話だが、何年落ちだろうが僕が当時使っていたクロスバイクより新しい型式なのは明らかだ。僕はあさっての方向に外れたチェーンを組み直して油を塗り、パンクを修理してまともに走れる状態にした。
翌日、Amazonが僕の家に必要不可欠な装備品を届けた。言うまでもなくスマホスタンドに他ならない。13年の年月を経てスマホスタンドはサイズフリーの可変式に進化を遂げていた。任意のスマホを台座に押しつけるとスイッチが稼働して四隅のフレームが締まる仕掛けだ。そして、僕はさっそく北浦和の自宅から池袋に駆け出した。13年も経つと住処も馴染みの街も変わらざるをえない。
やたら細い坂道に難儀させられた渋谷周辺とは異なり、北浦和と池袋をほぼ直通で結ぶ国道17号線は非常にゆったりとした快適な幹線道路だった。道路脇に設けられた申し訳ばかりの自転車専用通路もないよりはずっといい。車の往来が少ない区間では身体を前傾にして全速力で走ることができる。
道中、ものすごい風に晒された。不運にも当日は雨天と曇天の中間ぐらいの空模様。横薙ぎの突風にあおられると車体ごと吹き飛ばされそうな錯覚を覚える。だが、それでも負けじと漕ぎ続けていると、気まぐれな風が僕の背中を強烈に押してくれる。その瞬間、信じられないほど全身が身軽になって、あたかも風と一体化したかのようなすばらしい加速感が得られる。
池袋には一時間とちょっとで辿り着いた。高揚感が勝ったおかげか疲労感はない。13年前よりも気持ちよく走れたのは地道に運動に励んできた効能もあるかもしれない。とりあえずスタバで†抹茶クリームフラペチー†を購入して、テラス席で飲みながら記事冒頭の投稿をしたためた。フォロワーから数歩単位の精度で居場所を当てられてビビるなどした。
特に目的意識があって来たわけではないので蘭州拉麺店で遅い昼食を摂った後は自然と帰宅に気持ちが向いた。とにかく自転車を漕ぎたかった。一時は降雨に見舞われた悪天は道のりが埼玉県境に近づくにつれてだんだんと晴れ渡ってきて、気の早い秋の陽が見せる夕暮れの光が濡れた地面を照らした。ちょうど、沈んでいく太陽を追いかけて走っているような格好だった。
初回のサイクリングを終えて車体の状態を精査すると様々な課題が見つかった。まず、鍵を電動工具でなければ切断できない1.5メートルの頑丈なものに取り替えた。これだけ長さがあれば鉄柵にもくくりつけやすいだろう。次に、車体のあちこちに見られる錆をきれいに落としてやらなければならない。近日中に丸洗いする予定だ。
シフトレバーもそのうち取り替えたい。現状はいまいち効きが悪くて変速せずに走っているがそれではさすがに物足りない。調べてみると自力で取り替えるにはケーブルの工作が必要でだいぶ面倒くさそうに思われた。どうせならハンドルも交換しておくか。いやはや、なんて手間がかかる自転車なんだろうと文句を漏らしつつワイヤーカッターその他をAmazonのカートに突っ込んだ。
2023年の秋、僕は有頂天になっている。ついに念願のクロスバイクが手に入ったのだ。