11話の途中
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Rikuoh Tsujitani 2024-02-16 13:01:39 +09:00
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 息を荒らげながらこの局面で不謹慎な質問をする姉に、さしもの最強の妹も眉をひそめた。
「あれって、最悪なんだ。砲弾を食らうより全然痛いし、イライラするし、血がいつまでも止まらないし」
「なに言ってんの?」
「だから、私、覚えたんだ。せめて血だけはなんとかならないかなって。せっかく魔法が使えるんだし。勝手に使ったら怒られるけど、血を操作する時に発生するジュール熱は――」
「だから、私、めっちゃ練習したんだ。せめて血だけはなんとかならないかなって。せっかく魔法が使えるんだし。勝手に使ったら怒られるけど、血を操作する時に発生するジュール熱は――」
 さっきまで死にかけ同然に見えた彼女は演技のワンシーンを終えたばかりのようにすくっと何事もなく立ち上がった。
「――大したことないんだ。だから誰にもバレない。あんたにもね」
 改めて見ると、彼女の傷跡からはもう血が止まっていた。逆に、敵方の魔法少女を覆う血はもぞもぞと波打って膨張しはじめている。
@ -467,12 +467,49 @@ tags: ['novel']
 意思を持ったように動く血液の奔流が蒼の刃を包み込み、またたく間にその圧力でもって刀身を粉砕した。
 目的を済ませた血流は滑らかに空中を這い動いて持ち主の手元に舞い戻る。まったくの無傷としか言いようのない状態に戻った彼女は手の先に真っ赤な血の刀身を再生成した。加えて、その刀身に紫の炎が宿る。
「お姉ちゃん、マジで化け物だね」
 ここへきて初めて顔を歪ませた妹に対して姉は誇らしげに言う。
 ここへきて初めて顔を引きつらせた妹に対して姉は誇らしげに言う。
「そうまでしないと同じ化け物のあんたを止められないからね」
 両者、三度間合いを図り、最後の戦いが始まろうとしていた。
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 魔法鋳造された血の刃が容赦なく振りかぶられる。当初は再生成した刀身で受けるつもりの敵方も、寸前になにかに気づいたのか身体をそらして退避を選択した。だが、触れていないはずの刃の軌跡が胸元に裂傷をもたらす。「いたっ」妹はさらに大きく後ろに退くも、漏れ出た血液はたちまち血の刃に回収されていった。そのぶん、紫の輝きがいくらか増したように見える。
「お姉ちゃんの方が悪役に向いているんじゃないの」
「そうね、次は悪役のオファーを受けようかしら」
 刃そのものの直径よりも射程が広いと悟った敵の魔法少女は、次の袈裟斬りを半身ぶん余計に動いてかわす。同じ工程が繰り返された後、二人の位置取りは次第に後方にずれて尖塔の支柱に近づいた。
「やば」
 おのずと支柱に背面を追い詰められた格好となった妹は首を狙った一撃を前転で大きく回避して、後方に移動する。代わりに切られた支柱はすさまじい切れ味で両断された。尖塔全体が危うげに地響きをたてて揺れるも、辛うじて倒壊には至らない。
 建物に頓着せず振り返りざまに下された刃はなおも敵方の首筋を捉えていたが、そこで初めて妹の刃が押し留めた。久方ぶりの鍔迫り合いが実現する。ぎりぎりぎりと音をたてて震える両者の刃はしかし、徐々に姉の方が優勢に傾いている。
「それで受けた時点で負けよ」
 この頃にはもう私は、車輌から身体をはみ出して従軍記者、配信者としての責務をまっとうすべく働いていた。最強の魔法能力行使者同士の戦い――冷戦の時代でさえ実現しなかった蠱惑的な破滅への魅力に、私もこの時ばかりは身を焦がさずにはいらなかった。
 最強の妹がいま一度、不敵に笑う。
「三割の力で五秒も耐えられたら上出来でしょ」
 ずん、とつま先から飛び出た魔法の刃が、あたかも吸い込まれるように姉の腹に突き刺さった。貫通した蒼の刃が自らをどす黒く染めて背中を突き破る。
「殺すつもりなんてなかったんだけど、お姉ちゃん、マジで強かったからさ」
 深く咳き込んだ彼女の口からも大量の血があふれ出た。
「ごほっ、ごっ、ハァ……足から出すとは考えたわね」
「手からしか出しちゃいけないなんて決まっていないからね」
 しかし、米軍の最強兵器メアリー大尉の目は未だ死を悟ったようには見えなかった。むしろ毒々しく爛々と輝き、今にも自分になにができるのか見せたがっているように微笑んだ。先ほどまで勝利を確信していた妹の顔つきが徐々に歪みはじめた。
 地面の血溜まりが自ら起き上がり、主人の元に戻っていく。どれほどの深手もものともせず、まるで現実を否定する仕草で突き刺さった刃を包み込んだ。そうして取り込まれた刃はどうやら魔法少女の体内に吸収されたように見え、さらに増幅した血の刃には紫と蒼の炎が煌々と灯っていた。
 最後の連撃にはさほどの衝撃はなかった。ただ単純に、切り裂かれて漏れた血が刃に吸い取られる。切るたびに吸い取られる。傍目にはまったく傷を負わされていないように見える妹は、血を失うたびに動きを鈍らせ、それがさらなる追撃の契機と化して自らを追い詰めた。
 ついに最強の妹は尻もちをついて地面に倒れ込んだ。もはや身体のどこからも魔法を生成することは叶わない。大勢に第二、第三の人生を与えてなお余りある魔法力は、今や文字通り血を分けた姉に奪い尽くされたのだ。
「勝負あったわね」
 最初の構図通りの仁王立ちに戻った彼女が勝利を宣言する。妹にはもはや満足に言い返す気力も残っていない様子だった。
「……ずるいよ、お姉ちゃん。それって私を倒すためだけの魔法じゃん。もし、血液型の合わない相手だったら――」
「戦いは相手を選んでするものよ」
 戦意を失った相手を前に彼女は光り輝く血の剣を身体の内に取り込んだ。二人ぶんの魔力を得たこの魔法少女は歴史上において間違いなく最強の行使者だろう。
「それで、どうするの、これから」
 力なく地面にへたり込んだまま妹が尋ねる。疑いようのないテロリスト、大量殺人犯、魔法能力行使法違反者に、姉は厳かに宣告する。
「私と一緒に住むのよ。あんたが一八歳を越えるまで」
「え?」
「ちょっと寒いところに引っ越すけど我慢してね」
 むんず、と妹の腕を掴んだ姉の全身には紫と蒼のオーラがたぎる。魔法能力を全開にさせる兆候だ。そして、思い出したように私の方向に向き直る。厳密には、私の胸元のカメラに向かって呼びかけた。
「えー、皆さん。私、メアリー・ジョンソン大尉は今から脱走してただのアイシャに戻ります! では! 今日の配信が面白いと思った方はぜひチャンネル登録をよろしく! じゃあね!」
 どん、と地面を蹴って空へと飛び立つ。二人の魔法少女は輝く太陽の逆光に包まれて、あっという間に姿を消した。
 夢か幻のような一瞬の出来事だった。
 合衆国政府最強、国連軍指定の魔法少女が、敵の魔法少女をさらっていなくなった。
 現実を受け入れられずに空を仰いで固まったままの私を正気に戻したのは、尖塔の方から聞こえるエドガー少尉の声だった。