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@ -32,7 +32,7 @@ tags: ['novel']
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指揮系統に彼女を組み込む都合上、どうしてもそれなりの地位を与える必要性があったのだろう。小隊長程度の命令に左右されるようでは並外れた戦闘能力をいかんなく発揮できないし、かといって高級将校に堂々と楯突かれては作戦遂行の妨げになる。大尉相当官として扱うのは理にかなっている。
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「じきにあなたの飼っている犬も少尉になりますよ」
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笑ってくれた。いい感じだ。著名人のInstagramはこまめにチェックしておかないといけない。以前は本当に面倒くさかったが、今時は手頃なプランの機械学習ツールにまとめて投げればイヤフォンで文字起こしの要約が聞ける。
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”ハーイ、私はメアリーです。父と母と祖父母と従兄弟と、一族みんなで仲良く暮らしています。三つ年下の妹もいます……。”
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”ハーイ、私はメアリーです。たくさんの家族と仲良く暮らしています。父と母と三つ年下の妹もいます……。”
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「ところで、ついさっきまではロサンゼルスにいましたよね。そっちでも記者連中に捕まっていたので?」
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「そうね、映画の出演者インタビューに出てて」
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彼女が目配せをする。当然知っているんでしょ、とでも言いたげだ。まだ五秒足らずのフッテージしか出回っていない作品だが、もちろん知っている。業界関係者の知人から第二次世界大戦で辛い役目を背負わされた魔法能力行使者の話だと聞いた。珍しく親が俳優でも富豪でもインフルエンサーでもないのに公募のオーディションからじわじわと登り詰めてきた彼女の、初の主演作品だ。
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そんな一介の女優でしかない彼女が、どういうわけか合衆国政府に登録されている最上等級の魔法能力行使者で、そのために出動を要請する召集令状が下されたのは果たして幸運だったと言えるだろうか。映画の興行収益はすでに確約されたようなものだ。
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実在の軍人の役を演じる女優が、本当に軍人となって戦争に赴く――どこぞの出版社に提案したら「話ができすぎている」と即ボツを食らいそうなあらすじとはいえ、しかしこれはまごうことなき現実である。世論は大いに湧いた。いかに無敵に等しい戦略級魔法能力行使者であっても、無垢な少女を戦争に駆り出すのはどうなのだ、ともっともらしい道徳論を説く者があれば、しきりに言葉尻を捉えて無垢な少女だと良くないのか、じゃあ素行不良の少年なら構わないのかといった反論が打ち出され、少女性をことさらに重要視するのはセクシストだしエイジズムだとの論陣が張られた。
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そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないのだ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だ、という意見がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が強制的に戦争に駆り出させるなどそもそもが言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧喧諤諤にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが民主主義であり自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、西側陣営を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
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世間は彼女が招集に応じるかどうかおよそ半々と見ていたが、女優のキャリアを保てるスケジュールを条件に割とあっさり合意した。その日、各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた一年間の軍事教練もきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
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世間は彼女が招集に応じるかどうかおよそ半々と見ていたが、いくつかの非公開の条件と引き換えに割とあっさり合意した。その日、各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた一年間の軍事教練もきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
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今のところ、なぜ戦争に行くのかという肝心要の質問には曖昧な回答を繰り返している。愛国心がどうとかなんとか、みたいな話も彼女の世代では今時やりづらいだろう。そんなダサいことを言ったら一日の間にフォロワーが七桁は減る。もっとも、今となっては数億人のフォロワー数を誇る彼女にはどのみち関係がなさそうである。いずれにしても、理由は分かっていない。若い世代を代表するアイドルであり、女優であり、兵器であり、広告塔でもある彼女の本心は謎に包まれている。
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もし、そいつが掴めたら私もしがないフリーライターから脱出できるのだが。
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「ところで、ジョン・ヤマザキさん。あなたは日系人?」
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「紛争地域などでの取材経験は?」
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「ありません」
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「なるほど」
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急きょ応対にあたった事務方の職員が私の脆弱なキャリアをスマートグラス越しにてきぱきと打ち込んでいく。空中に浮かぶ仮想のキーボードは装着者本人にしか見えないとはいえ、タイプングしている指の動きを見ていればだいたいなにが書かれているのか想像がつく。
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急きょ応対にあたった事務方の職員がバックグラウンドチェックで得られた私の経歴を参照しつつ、スマートグラス越しに自己申告情報をてきぱきと打ち込んでいく。空中に浮かぶ仮想のキーボードは装着者本人にしか見えないとはいえ、タイピングしている指の動きを見ていればだいたいなにが書かれているのか想像がつく。
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「ちなみに、今回のオファーについてどのようにお考えですか?」
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神経質に指がぴたりと静止して視線の先が私に向けられる。こうなったらやぶれかぶれだ。こんな大チャンスをふいにするライターがどこにいる。
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「ええ、もちろんお受けするつもりです。確かに私はこの種の経験が浅いですが、誰にでも最初はあるものです。私の場合、たまたまそれが今回の作戦だったのでしょう」
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さらに何行かの文字を打った後、職員の彼女は脇から取り出したタブレット端末を差し出してきた。
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「では、こちらに署名をお願いします。私ども国連組織は、今回の作戦の参加に際して被る損害、事故、怪我および疾病、後遺症、死亡等に一切の責任を負いません。いかなる民間保険でもこれらは補償されませんので前もってご了承ください」
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殺風景なタブレットの画面に私は黙々とサインを刻みつけた。私の入っている保険はもともと歯科しかカバーしていない最安のプランだ。インフルエンザの治療薬に一〇〇〇ドル近い費用を要求する彼らが、戦地で負った怪我を補償するなど天地がひっくり返っても起こりえない。他にもいくつかのサインを機械的に施して、私は自身の権利を自らの手によって一枚ずつ剥ぎ取っていった。
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「以上で事務手続きは完了です。現時点をもってあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮下に入ります。作戦行動中は任務遂行の妨げにならないようご注意ください」
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「以上で事務手続きは完了です。念の為に言っておきますが、これよりあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮統制下に入ります。作戦行動中は任務遂行の妨げにならないようご注意ください」
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「せいぜい努力するよ」
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基地の外ではすでに頭部、胸部、背面に大小のカメラを取り付け、戦闘用グラスを装着したの一個中隊が整列して待っていた。「PRESS」と大きく太字でペイントされた、規定の防護服に身を包んだ私はいつもより物理的に重い足取りでそちらへ近づく。件の彼女の指揮下に入っていても、TOAの領域内に入るまでは中隊の戦闘車輌に乗り込む手はずになっている。私の姿を認めると、さっそく四人いるそれぞれの小隊長が手短に挨拶をしてくれた。
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「これであなたもコンテンツ化された一員ですな」
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「やつらはそれが嫌だからああなったんでしょう」
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「あいつらに『PRESS』なんて文字が読めるのかな」
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「まあ、相手がなんであれ国際法ですからね」
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最後に、いよいよ戦略級魔法能力行使者こと魔法少女、メアリー・ジョンソン大尉が姿を現した。公衆の面前での劇的な指名の後、私はすぐさま国連職員に取り囲まれてバッググラウンドチェックを受けさせられていたため一言もしゃべっていない。なんであれ真っ先に聞くのは「なぜ並みいる男性2.0たちを差し置いて私を指名したのか?」であるべきだが、どうしても印象的な人物を演じないと気がすまない私の職業病が災いしてか、実際に口から出たのはてんで関係のない話だった。
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最後に、いよいよ戦略級魔法能力行使者こと魔法少女、メアリー・ジョンソン大尉が姿を現した。公衆の面前での劇的な指名の後、私はすぐさま国連職員に取り囲まれたため一言もしゃべっていない。なんであれ真っ先に聞くのは「なぜ並みいる男性2.0たちを差し置いて私を指名したのか?」であるべきだが、どうしても印象的な人物を演じないと気がすまない私の職業病が災いしてか、実際に口から出たのはてんで関係のない話だった。
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「いや参ったね。君のそのスーツは涼しそうでなによりだが、こっちは蒸し暑くてたまらないよ。私のと交換しないか」
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暦の上では真夏を過ぎてもその暑さがやわらぐ気配はみじんもない。今日の気温も軽々と三〇度を越えていた。彼女はくすり、とはにかんだが大量の部下を前にした手前、表情を引き締めるのも早かった。
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「でも敵から丸見えになったらあなたも困るでしょう」
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「そうだな、クーラーの効いた戦闘車輌から一歩も出ないで済むと助かる」
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「思ったよりやる気がなさそうね。今からでも別の記者に変えようかしら」
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「じゃあ一人増やして外出役と留守番役で分けよう。僕が留守番役で、外出役のやつから話を聞く」
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「こう見えても三〇〇ポンドくらいあるんだけど、これ」
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「困ったな。クーラーの効いた戦闘車輌から一歩も出ないで済む方法はないものかね」
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「思ったよりやる気がなさそう。今からでも別の記者に変えようかしら」
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「じゃあ、もう一人増やして外出役と留守番役で分けよう。私が留守番役で、外出役のやつから話を聞く」
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結局、適切な質問を繰り出せないまま彼女は一足先に作戦行動に赴いた。滑走路の手前から奥に向かって、徒競走のクラウンチング・スタートをする要領で駆け出すとあっという間に大空に飛び立った。目視できなくなるほど小さくなるまでに一分とかからなかった。
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彼女が空を飛んだり、なにかを壊す様子はYoutubeのPR動画で何度も観たことがあるが、直に目の当たりにしたのはこれが初めてだ。ただのティーン・エイジャーにしか見えない彼女が戦略級兵器に変身した瞬間と言える。我々もさっそく各自の戦闘車輌に乗り込んで後を追った。先のエドガー少尉が手招きして呼んでくれたので、彼の隣に便乗する格好となった。
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白黒黄色の大の男たちがたっぷり何人乗り込んでも、戦闘車輌のクーラーは隅々まで効いていて心地が良い。各自の歩兵と車輌の上部についたカメラはすでにストリーミング配信を開始している。とりあえず、エドガー少尉の胸元に向かって営業スマイルを送り込んでやる。「ハーイ、今回、作戦に同行することになったフリーライターのジョン・ヤマザキだ。彼らが今から連中をぶちのめしてくれる」
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@ -154,7 +154,7 @@ tags: ['novel']
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「衛星から降ってくる戦闘情報の邪魔にならないよう直近のコメントだけですがね」
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「じゃあ、この会話もLLMの助けを借りて成り立っているのかな」
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私の意地悪な質問に、彼はさっと首を振りニカッと笑う。
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「あんなもの戦闘にはなんの役にも立ちませんよ。ここではファックもシットもオープンフリーです」
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「あんなもの戦闘にはなんの役にも立ちませんよ。ここではファックもシットもウエポンフリーです」
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「なるほどね、趣味が合いそうだ」
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「さすが”魔法少女”に選ばれただけあって変わり者ですね」
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おやおや、とわざとらしく身を乗り出す仕草をして核心に迫る。
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@ -224,6 +224,7 @@ tags: ['novel']
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突如、大通りの角から一斉に人々が走りこんできた。一様に土気色の肌をした彼らの胸周りには、もはや堂々とLEDを点滅させた爆弾が巻き付けられてある。この地に戦略級魔法能力行使者が降臨して以来、繰り返し行われている敵方の基本戦術だ。
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充填魔力による自爆攻撃。
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「シーット!」
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「ファック!」
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誰かが大声で叫んだ。
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今頃、映像と音声の自動解析を担っているファッキンAIシステムが、せかせかと我々のストリーミング配信のための警告を生成していることだろう。このストリームには不適切な表現が含まれています、このストリームには暴力的な表現が含まれています、このストリーミングには……ワンタップで飛ばされる多言語対応人工音声付き警告文のために、今日もAWSやAzureやGCPのLLMオンデマンドサービスが唸りを上げ二酸化炭素を大量に撒き散らす。法的合意の言質は一〇〇ヘクタールの森林よりも重い。
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@ -252,7 +253,8 @@ tags: ['novel']
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ドンッとコンクリートを数センチへこませて垂直に飛び上がる。さてはて、結局はどれが本音なのか。あるいはどれ一つとして本音ではないのか。こうして近づいて話しかけられる立場になってもなお掴みきれないでいる。
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都市を抜けるとまた広大な渓谷と砂漠が待ち受けていた。ここからTOAが定めた首都圏内に入るまではほぼ似たりよったりの景色が続くことになる。こんなただ開けた場所で敵がわざわざ襲いかかってくるわけでもなく、とっくの昔に航空戦力が払底して久しい敵軍の実情もあり、我々は涼しい戦闘車輌の中に舞い戻った。空中を偵察している彼女もとうとう暑さにやられたのか、定期的に車輌のハッチを開けて涼みにやってくる。軍事用の火炎放射器をくすぐったがる(この動画は特に再生数が多い)彼女でも暑さや寒さの不快感は拭いがたいらしい。
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「私が思うに、行使者にとって危険かどうかで選り分けられているんじゃないかって」
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向かい合わせの長椅子で対面に座った魔法少女がカメラの前で自説をしゃべる。
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事前に計画されていた時間に差し掛かるとすべての車輌が一旦停車して交代で休憩をとった。クーラーが名残惜しかったが「彼女を撮りに来たはずでしょう」と詰め寄る少尉に根負けさせられた。
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持参した敷物の上に座る魔法少女がカメラの前で自説を開陳する。
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「もし触覚が線形で変化しているなら一〇五ミリ戦車砲の直撃が”いたっ”で済む私は、なにを触ってもほとんど感覚を得られないはず。でも、私の感じ方は下から三番目の魔法能力等級だった八歳の頃とあまり変わってない」
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「じゃあ、身体感覚は普通の人と変わらないのか」
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「”普通”がなんなのか自信はないけど、たぶんそう。熱いコーヒーは私にとっても熱い。火傷はしないけど」
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@ -274,13 +276,13 @@ tags: ['novel']
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彼女は運転席の方に目配せした。
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「偉くない軍人の人は言葉遣いがひどいけどちゃんと話している気がする。それも訓練を受けて初めて知ったの」
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「なるほどね」
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シットもファックもオープンフリーなのは今や逆に特権かもしれない。どんなささやかな田舎の小役人も、オフィスの一角に両肩より気持ち広い程度の机しか持たないデスクワーカーも、今ではみんな間違えることを恐れている。
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シットもファックもウエポンフリーなのは今や逆に特権かもしれない。どんなささやかな田舎の小役人も、オフィスの一角に両肩より気持ち広い程度の机しか持たないデスクワーカーも、今ではみんな間違えることを恐れている。
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金と立場に恵まれている人間は雲の上の神に教えを請うことでそのリスクを極限に減らしているが、そうでない人間はせいぜいハウツー本でも読んで朝令暮改で変わるルールに追いすがるしかない。
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ふと車輌の外を眺めると、渓谷の隙間に滑り込んだ太陽の光が山々に影を落としていた。この地に住まう連中もきっと変わるのが嫌で、時間の止まった魔法の死体に閉じこもる方を選んだのだろう。
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長い長い荒野を抜けるといよいよ我々は敵の首都がそびえる州に侵入した。途中、近隣の街で現地調査を行ったが、予想に反して協力的とまではいかないまでも対話に応じる住民が大半だった。
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長い長い荒野を抜けるといよいよ我々は敵の首都がそびえる州に侵入した。途中、少尉の号令で近隣の街にてt現地調査を行ったが、予想に反して協力的とまではいかないまでも対話に応じる住民が大半だった。
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「どうでもいいよ、俺はここでこいつらを作って、売って、死ぬだけだね」
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胸に風通しのよさそうな大穴が空いた農夫は、我々に気前よくトウモロコシを提供した後につぶやいた。すでに一回死んでいそうだが、とあえてぶしつけな質問をしてみると農夫は意外にも怒らず、ただぶっきらぼうに答えた。
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「そうは言っても目が覚めたらベッドから出なきゃならんだろう。一回死んでも自分で自分を殺し直すのは神への冒涜だからな」
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@ -333,12 +335,16 @@ tags: ['novel']
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「ジョン・ヤマザキさん。あんた、軍歴がないっていうのは、嘘だな」
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私はあっさりと認めた。
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「バレちゃ仕方がないな」
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「あんなに慣れた感じに戦闘車輌を乗り降りする素人はいませんよ」
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「あんなに慣れた感じに戦闘車輌を乗り降りする素人はいませんよ。まあ何度か乗り降りさせて試しはしましたが」
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言われてみれば確かにそうだ。目のやり場や身体の動きには気をつけていたが、まさかそんなところで露見するとは。
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魔法少女に気に入られたフリーライターが戦場を共にする。いくらなんでもできすぎた話だ。出版社に提案したらこれも即ボツだろう。いくら彼女が強力な兵器でも国連軍という巨大な組織はそういうふうには動かない。
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あの時のバックグラウンドチェックで彼らは私の軍歴を正確に把握していた。私は正直に答えたから国連軍に認められたのではない。元スパイらしくきちんと嘘をついたから認められたのだ。
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”念の為に言っておきますが、これよりあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮統制下に入ります。”
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そう、私も元は大尉だった。
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奥にぽつんとそびえている巨大な看板が壊れかけの電灯にちかちかと照らされている。
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空爆で街が破壊されつくしても誇らしげに人々を出迎える看板だけは、当時の思い出をそのまま切り取ったかのようだった。
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『ようこそテキサス州ダラスへ』
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他ならぬ私の故郷だ。
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他ならぬ私の故郷である。
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@ -352,7 +358,7 @@ tags: ['novel']
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こうして私はなし崩し的に戦争に駆り出されたが、以降は特に語るほどのことはない。圧倒的な物量差に加え、短気なインフルエンサーの指揮する戦争が有利に運ぶはずもなく、私が率いた中隊は私も含めて一週間と経たずに合衆国軍に制圧された。まんまと囚えられた後はリサイクルされ、今度は合衆国軍のスパイとなった。勤務評価では兵士としてはいまいちでも間諜としては大いに役立ったらしい。三年後、国連安保理決議の採択とともに私はTOAを脱出、自動的に除隊された。三年間のスパイ勤めに対する恩給は、まあそれなりには出た。
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公にはできない仕事でキャリアに穴を空けた私に就けるまともな仕事はなかった。社会は内戦が起ころうが母国の一部が空爆されようがほぼ滞りなく進んでいた。以来、LLMには決して書けないような人々を怒らせる小話を書いて日銭を稼ぐ日々だ。あまりうまくはいっていない。軍のツテを駆使してでも基地に潜り込んで、魔法少女の特ダネを掴まなければ来年までに貯金が尽きていただろう。
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もっとも、エドガー少尉は多くを知りたがらなかった。「所属部隊は?」「ここの第一九連隊だ」「そうですか、苦労しましたね」これで終わりだった。彼が去った後、しばらくして私もようやく眠れそうになったので元いた寝袋にくるまって目を閉じた。起きた後に捕縛されていたら、それはそれで仕方がないと思った。
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意外にも、朝日に照らされた後の状況に変化はなかった。少尉とは何事もなかったかのように挨拶を交わし、ばっちり睡眠をとって替えの複合素材スーツに着替えた我々の最強兵器は溌剌とした様子でカメラの前に現れた。
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意外にも、朝日に照らされた後の状況に変化はなかった。少尉とは何事もなかったかのように挨拶を交わし、ばっちり睡眠をとって替えの複合素材スーツに着替えた我々の最強兵器は、敷物を巻きながら溌剌とした様子でカメラの前に現れた。
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「ハーイ、今日は敵地の首都、私たちのダラスを奪還しにいきます!」
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我々は戦闘車輌に乗り込んでルート二〇を直進する。先の町民がいたコロラド・シティからやや大きいアビリーンに到達すると緑地は目に見えて増えた。空軍基地の街として知られるこの都市にはもう一機も戦闘機は残っていない。互いの人生が一回目だった頃の戦いで合衆国軍にあらかた撃ち落とされた上に、三年後の空爆でも空軍基地は優先的な破壊目標だったからだ。
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ここ、アビリーンの街並みも荒廃している。住民たちは残った資材を再利用してあちこちにバラック小屋を建てて暮らしている。戦闘車輌が舗装の甘い道路を踏み鳴らして続々と横断していくと、小屋から散弾銃を持った土気色の主人たちが現れたが、特になにもするでもなく我々を見送っていった。こちらもこれ以上はなにもしない。この地の実情はよく分かった。
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@ -399,13 +405,13 @@ tags: ['novel']
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まるで小物をぶつけられた、でも言わんばかりの気安さで敵方の魔法少女は頭をかいた。対する、こちら側の魔法少女の声は震え、怒りと、そして悲哀に包まれていた。
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「もうこんなことやめてよ、サルマ」
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実際、二人の顔つきはとても良く似ていた。片方は映画の役柄のために髪の毛をブロンドに染めていたものの、彼女らの出自を示す濃いベージュの肌とはっきりとした目立ちは揺るぎない血縁を示している。
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そういえば、しっかり書くのを忘れていたかもしれない。
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メアリー・アイシャ・バルタージー・ジョンソンはパレスチナ人を父に持つイスラム系アメリカ人である。
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メアリー・アイシャ・バルタージー・ジョンソンはパレスチナ人を祖先に持つパレスチナ系アメリカ人だ。
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日々の礼拝のために敷物を持参するイスラム教徒である。
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以下、公式Instagramアカウントからの引用。
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『ハーイ、私はメアリーです。母と祖父母と従兄弟と、一族みんなで仲良く暮らしています。父と三つ年下の妹もいますが、今は離れて住んでいます。家族からはアイシャと呼ばれています。二〇二〇年にパレスチナで生まれて戦争難民としてアメリカにやってきました。でも、まさか人生で二回も戦争に巻き込まれるなんてね! ロサンゼルスのみんな、もしまたそうなったらごめんね!』
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『ハーイ、私はメアリーです。たくさんの親族に守られてみんなで仲良く暮らしています。母と父と三つ年下の妹もいますが、今は離れて住んでいます。家族からはアイシャと呼ばれています。二〇二〇年にパレスチナで生まれて戦争難民としてアメリカにやってきました。でも、まさか人生で二回も戦争に巻き込まれるなんてね! ロサンゼルスのみんな、もしまたそうなったらごめんね!』
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彼女がなぜ招集に応じたのか、十数億人が見ているストリーミング配信の中で唐突に明らかとなった。合法的に妹と会うためだったのだ。合衆国はTOAへの移動を禁止しているし、魔法行使能力者は国家の承認がなければ魔法の行使を許されない。
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だが招集に応じて自ら戦略級兵器になれば。
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まったく合法的に妹に会いに行ける。
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@ -414,35 +420,58 @@ tags: ['novel']
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「だって、ここの人たちはあたしを必要としてくれる。外に住んでいる人と違って。あたしがいないと生きられないから」
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「そんなこと――」
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「あるでしょ。お姉ちゃんは合衆国に入れたのに、私は入れてもらえなかった。私たちに寛容な人たちとそうでない人たちで国を分けたって言っていたのに、全然そうじゃなかった」
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メアリー大尉の魔法能力の発現が確認されたのは公式の資料によると、八歳の頃。当時の合衆国政府にすべての”移民”を受け入れるつもりはなかったのだろう。国が二分される状況を活かして、能力や経歴で体よく選別する機会を設けた。あぶれた人間はTOAに閉じ込められるが、メキシコ側に逃げざるをえない。結果的にこうして、アメリカ合衆国は才気に恵まれた国民のみを吸収せしめたのだった。
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「でも、ここの人たちは肌が白くないと仲良くしてくれないじゃない」
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「そうだね。でも嘘をつかれるよりはいい」
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メアリー大尉の魔法能力の発現が確認されたのは公式の資料によると、八歳の頃。ちょうど内戦が勃発した時期と合致する。当時、合衆国政府が南側に門戸を開いたのは旧合衆国の国籍または永住権を持つ者に対してのみだった。戦争難民としての身分しかなかったバルタージー家は、国益に適う彼女を除いて体よく放逐せしめられたのだろう。あぶれた難民たちはTOAに留まって白人至上主義者の的当てに使われるか、メキシコ側に逃げるしかない。
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「ここの人たちは肌が白くないと仲良くしてくれないじゃない」
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「そうだね。でもたぶん、白いかどうかは本当はどうでもよくって、ここの人たちは周りが変わっていくのが怖かっただけなんだよ。自分も変えられてしまいそうで」
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飄々とした淀みのない言い回しに最強の姉が言葉に詰まる。最強の妹はなおも攻勢を緩めない。
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「だから、私がなにも変わらないようにしてあげた。誰とも交わらなくても、傷ついて倒れても、死んでもここで暮らしていける。私の魔法で」
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「でも、違法だわ。私たち、魔法能力行使者は――」
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そこで唯一、姉が振りかざせたのは、法的手続きの正当性。もちろん、今さらそんな理屈が通用する相手でないことは明らかだった。
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「いいじゃない、彼らが言う決まりなんて。彼らは私に”来るな”と言った。だからここで好きにやらせてもらっている。そうしたら今度は奪いに来るの?」
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「元々が間違いだったのよ」
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「間違いかどうかは誰が決めるの? アメリカ? それとも国連?」
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度重なる挑発に最強の姉はついに説得を諦めたようだった。大股で肩を怒らせて近づきながら断言した。
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「今は私が決める」
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最強の妹も不敵な笑みを浮かべて、ようやく立ち上がった。
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「それならいいよ、分かりやすいから」
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紫と蒼の光をまとった両者の拳が交わる。衝突して相殺された膨大なエネルギーが発散し、周囲に鋭く圧力を散らした。逃げ遅れた私はその一片を受けて吹き飛ばされ、近くの戦闘車輌に背中をしたたかに打ちつけた。肺の中の空気が絞り出される圧迫感に気を失いかけたが、辛くも自我を取り戻して車輌の背面に回ることに成功した。車輌の陰から半身を乗り出してストリーミング配信を続行する。間違いなく、今が最高の視聴者数だ。
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二人の魔法能力がぶつかるたび、相当に重いはずの車輌がぐわんぐわんと揺れて傾ぎ、尖塔を支える太い支柱にひびが刻まれた。数回の応酬を経て互いに有効打を望めないと悟ると、両者は一転して跳躍して距離を取り合った。手から放たれた魔法能力の塊がソニックウェーブを起こして水平に滑空する。小隊規模の兵士を瞬時に屠るほどの威力を持つこの塊を、しかし受け手側は片手を振り払っただけで横に弾き飛ばす。直後、近場で大きく爆発が起こり、蒼と紫の火柱が立ち上った。
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「お姉ちゃん、そんなに強かったんだ」
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意外そうな表情を見せるも、攻撃の手を緩めず再び距離を詰める敵方の魔法少女に、こちらの魔法少女も挑発を辞さない。
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「あんたもね。なにもないところで転んで擦り傷を作っていたくせに」
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「おかげさまで今は誰にも傷つけられなくなったよ」
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「もう絆創膏を貼ってあげなくてもよさそうね」
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打撃、投擲の次には斬撃が繰り出された。手の先から伸びる紫の光が敵方の魔法少女に振りかぶられる。あの老婆を両断せしめた時よりも三倍は大きい。
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だが。
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まばたきよりも速く展開されたきらびやかな蒼の刃がそれを一撃のうちに切断した。
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「今度は私が貼ってあげる」
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間髪を入れずに向けられた切っ先が彼女の腹部を捉えた。うめき声をあげて後退するその足元には、血がぽたぽたと滴っていた。
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核兵器にも匹敵する戦略級魔法能力行使者が流血した。地雷の爆発にも耐える複合素材スーツも魔法の前には紙切れ同然だった。
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「あ、今気づいたんだけど、その胸のやつってカメラ? もしかして配信中? いぇーい、見てる? 今からみんなのアイドルを切り刻んじゃいまーす!」
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鮮血で染まった蒼の刃がすばやく振られる。失血で動きが鈍くなった彼女には避けきれず、肩口にまた切り傷がつけられた。
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「逆にこれ視聴者数が増えたりするんじゃないの」
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さらにもう一閃、今度は折れた紫の刀身で受けるも鍔迫り合いは長く持たなかった。さらに短く折られた魔法のエネルギーが空中に霧散して、突き抜けた蒼の刃が脇腹を貫く。おびただしい量の返り血が敵方の魔法少女の刀身のみならず全身を濡らした。
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ついに体力を失った彼女はよろめいて地面に膝をついた。車輌の裏から覗き見るかぎりでも、肩を息をして頭を垂れる彼女の敗着は明らかに思われた。
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「あれ、もう終わり? まあいいよ。別に殺す気とかはないからさ。またいつでも来ていいよ」
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地に染まった蒼とも朱とももはや区別のつかない魔法の刃を肩に回す敵方の魔法少女の姿は、勝負事に勝ってはしゃぐ年相応の子どもと大差ない雰囲気を醸し出していた。打ち負かした相手の血にまみれている部分を除けば。
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「あんた、まだ生理来ていないでしょ」
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「はあ?」
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息を荒らげながらこの局面で不謹慎な質問をする姉に、さしもの最強の妹も眉をひそめた。
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「あれって、最悪なんだ。砲弾を食らうより全然痛いし、イライラするし、血がいつまでも止まらないし」
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「なに言ってんの?」
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「だから、私、覚えたんだ。せめて血だけはなんとかならないかなって。せっかく魔法が使えるんだし。勝手に使ったら怒られるけど、血を操作する時に発生するジュール熱は――」
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さっきまで死にかけ同然に見えた彼女は演技のワンシーンを終えたばかりのようにすくっと何事もなく立ち上がった。
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「――大したことないんだ。だから誰にもバレない。あんたにもね」
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改めて見ると、彼女の傷跡からはもう血が止まっていた。逆に、敵方の魔法少女を覆う血はもぞもぞと波打って膨張しはじめている。
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「え、ちょっと、これなに」
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意思を持ったように動く血液の奔流が蒼の刃を包み込み、またたく間にその圧力でもって刀身を粉砕した。
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目的を済ませた血流は滑らかに空中を這い動いて持ち主の手元に舞い戻る。まったくの無傷としか言いようのない状態に戻った彼女は手の先に真っ赤な血の刀身を再生成した。加えて、その刀身に紫の炎が宿る。
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「お姉ちゃん、マジで化け物だね」
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ここへきて初めて顔を歪ませた妹に対して姉は誇らしげに言う。
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「そうまでしないと同じ化け物のあんたを止められないからね」
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両者、三度間合いを図り、最後の戦いが始まろうとしていた。
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