8話から
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Rikuoh Tsujitani 2024-02-14 15:24:19 +09:00
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「皆さんご存知の魔法少女ことメアリー・ジョンソン大尉です。実は彼女は体重が5トンもあるのでご覧の通り、コンクリートにへこみが――」
「ちょっと、なに適当なこと言ってるの」
 表情こそ基地の頃と同じく笑っているが、目は全然笑っていなかったので全速力で後ずさった。
「すいません、嘘です。本当は公称通り五.四八キログラムです」
「すいません、嘘です。本当は公称通り五.四八キログラムです」
 時計とSNSを連動させて自動投稿しているであろう数値を下二桁まで読み上げるとようやく彼女は落ち着いた。
 先頭を魔法少女、最後方を戦闘車輌で固めての行軍が始まった。私はストリーミング配信のために二番目の位置を歩いている。もし敵の掃射が守られていない首より上に当たったら即死だが、飄々と言う「弾より私の方が速いから」との力強い声に説得されて、なんとかこの立ち位置に踏みとどまっている。
 途中、オオバナミズキンバイが咲いたこじんまりとした公園をくぐり抜けて、さらに別の大通りに進んだ。この地の住民は先日までに配信された緊急避難メッセージを読んで逃げたのかも知れない。念には念を入れて無人機で紙のビラを撒く案もあったが資源の無駄遣いとの批判を受けて中止された。
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 死体を蘇らせるからネクロマンシー。この上なく単純な名付けだ。そう、入り口で彼女が屠った部隊も、さっきまで戦っていた軍勢も、おそらくはさっきの老婆も――最低一回は死んだ経験のある人々だ。この地で一度目の人生を生きている人間は、敵方にそいつが現れてからは珍しい存在になった。
 地上軍の展開が中止されたそもそもの理由も、蘇って襲いかかってくる連中の相手をさせられる状況に厭戦気分が増したせいだった。銃撃を受けて蜂の巣にされても魔力を吹き込んでやればたちまち生き返る。復活した際に脳味噌がカピカピになっていたり、漏れ出ていて機能しなければ、こうして爆弾に使われる。
 おかげさまで先の空爆で失われた人員もことごとく復活。人間爆弾の在庫として第二、第三の人生を歩んでいる。ついさっきまた死んだ連中の中にも含まれていたに違いない。一連の戦術が功を奏して今日この日まで戦場の有利は彼らに大きく傾いていたが、代わりにこの国連未承認国家に支持を表明していた奇特な国々についに手のひらを返される顛末と相成った。いくらなんでも死人と握手はしたくないらしい。
「ずいぶん飄々としているな。危うく死ぬところだった」
「ずいぶん飄々としているな。危うく死ぬところだったのに
 エドガー少尉は持ち前の白い歯を浮かべてかぶりを振った。カメラに映っていても平気で紙タバコを地面に投げ捨てる豪胆さがそのまま台詞に現れる。
「でもやつら、銃を撃つのが下手くそですから。一二年前の方がよほどきつかった。どうであれあいつらは一回目の人生をまっとうするつもりで戦っていた。今のやつらは違う」
 最後の方には軽蔑の色も滲んでいた。意図せず感情がこもっていたことに彼自身も気づいたのか、取り繕うように「俺を撮っていてどうするんです。あなたの仕事は彼女の取材でしょう」と死体の山の前に佇む魔法少女を指差した。
 それもそうだ。実質的に初の交戦を終えた英雄にインタビューをしなければならない。
「でもやつら、銃を撃つのが下手くそですから。一二年前の方がよほどきつかった。俺みたいな人種のやつにジャッジされたくないだろうが、連中はどうであれ一回目の人生をまっとうするつもりで戦っていた。今のやつらは違う」
 最後の方には軽蔑の色も滲んでいた。「別にそんなに嫌うつもりはなかったんじゃないかな」と喉元まででかかった言葉を胃の奥に引っ込める。意図せず感情がこもっていたことに彼自身も気づいたのか、取り繕うように「俺を撮っていてどうするんです。あなたの仕事はあっちでしょう」と死体の山の前に佇む魔法少女を指差した。
 それもそうだ。激戦を終えた世界の英雄にインタビューをしなければならない。
 カメラアングルを意識してじわじわと近づくと、彼女はもう準備ができていた様子だった。ゆっくり振り返ると威厳に満ちた顔つきでしめやかに語りだす。
「これが、TOAに囚われた人々の末路です。”古き良き”をキャッチコピーにこの地に吸い寄せられた人々は、その魂を失ってもなお朽ちた肉体にやすらぎを得ることなく使役されています。このように、魔法能力の不正行使は人類全隊に悪影響を及ぼすのです。強ければ強いほど……同じ戦略兵器級魔法能力行使者として食い止めなければなりません」
 滔々とした語り口調はいかにも本心そのものを打ち明けているように聞こえる。繰り返し、彼女が招集に応じた理由として述べている「公式見解」の一つだ。愛国心というほどパトリオットではなく、殺れるから殺りにきたというほどアナーキーでもない。良い線を突いている。ところが、彼女の一枚上手な点はそうしてしっかり嵌めたであろう仮面をあっさり脱いで見せることである。数秒の沈黙を経た後に、がらりと顔つきを変えた彼女は「なーんて、ね」と苦笑して肩をすくめた。
「堅苦しい話はおしまい。ちょうど私が使えるパンチングマシーンを探していたの」
 ドンッとコンクリートを数センチへこませて垂直に飛び上がる。さてはて、結局はどれが本音なのか。あるいはどれ一つとして本音ではないのか。こうして近づいて話しかけられる立場になってもなお掴みきれないでいる。
 都市を抜けるとまた広大な渓谷と砂漠が待ち受けていた。ここからTOAが定めた首都圏内に入るまではほぼ似たりよったりの景色が続くことになる。こんなただ開けた場所で敵がわざわざ襲いかかってくるわけでもなく、とっくの昔に航空戦力が払底して久しい敵軍の実情もあり、我々は涼しい戦闘車輌の中に舞い戻った。空中を偵察している彼女もとうとう暑さにやられたのか、定期的に車輌のハッチを開けて涼みにやってくる。軍事用の火炎放射器をくすぐったがるこの動画は特に再生数が多い彼女でも暑さや寒さの不快感は拭いがたいらしい。
「私が思うに、行使者にとって危険かどうかで選り分けられているんじゃないかって」
 向かい合わせの長椅子で対面に座った魔法少女がカメラの前で自説をしゃべる。
「もし触覚が線形で変化しているなら一〇五ミリ戦車砲の直撃が”いたっ”で済む私は、なにを触ってもほとんど感覚を得られないはず。でも、私の感じ方は下から三番目の魔法能力等級だった六歳の頃とあまり変わってない」
「じゃあ、身体感覚は普通の人と変わらないのか」
「”普通”がなんなのか自信はないけど、たぶんそう。熱いコーヒーは私にとっても熱い。火傷はしないけど」
「それは良かった。わざわざ余計に歩いて専門店のコーヒーを差し出した甲斐がある」
 あそこでさりげなく差し出したコーヒーは会議室脇のエスプレッソマシンから汲んだやつではなく、基地外の売店に行って買ったものだ。別に味なんて判らなくてもいい。なんなら私も判らない。ただ、あの手の気取ったコーヒー店はたいてい紙カップが洗練されている。文字通り一味違う贈り物を持ってきた人間は好遇されやすい。
 だから、彼女が気まずそうに「ああ、そうなの、私、50%チョコレートより苦いものは好きじゃなくて」と答えても特になんとも思わなかった。「そう? じゃあ次はラテにするよ」と言ってみせる。「忘れずにスティックシュガーもつけてね」と彼女は微笑む。
 カメラ越しに数億人が見ている手前、私的な質問をするのは気が引けるが今こそすべきだった質問をする時のように思えた。
「ところでそろそろ……従軍記者に私を選んだ理由を聞いてもいいかな。電話を開く余裕もなくて見ちゃいないが、今頃ありとあらゆるゴシップサイトが私の個人情報を掘りまくっているはずだ。きっと友人と三等親のSNSアカウントはどれも山のようなダイレクトメッセージで埋まっているだろうね」
 すると、彼女は「実はそんな大した理由じゃなくて」ともっと気まずい顔をした。もちろん、下手に「運命を感じた」などと言われたら取材要求の代わりに殺害予告が殺到しかねないので、私としてもこの場ではなるべく些末な方がありがたい。
「私と会うような大人の人ってみんな、これをつけてるでしょ」
 彼女の顔にはかかっていなかったがこめかみの横を上下につまむ仕草をしたので、スマートグラスのことを言っているのだと分かった。
「最強のアイドルを前に”間違える”わけにはいかないからね。ファンに火をつけられるかもしれない」
 私がこれみよがしに両手の二本指をくいくい、とすると彼女も話しながら同じ仕草をしてくれた。
「そう。みんなどこかにあるサーバから”正解”をもらってきているだけなの。じゃあ私は一体誰としゃべってるの? ってなっちゃって」
「それに」と彼女はさらに続けた。どうやら今度こそ本当に本心を語っているように見えて私は内心気兼ねしていた。数多あるスポンサー企業の中にはLLM関連企業もあるに違いない。
「そういう大人の人ってネットの調子が悪い場所だと黙りこくっちゃうの。まるで喋り方を忘れたみたいに」
「先祖返りしたんだよ。インターネットを失った我々は中世と同じだ。手触りが薄い生活を送っているから近代にも戻れない。”沈黙は金”と言うだろ」
「ほらね、私と話す大人の人はそういうことは言ってくれない。ああ、でも彼らは別ね」
 彼女は運転席の方に目配せした。
「偉くない軍人の人は言葉遣いがひどいけどちゃんと話している気がする。それも訓練を受けて初めて知ったの」
「なるほどね」
 シットもファックもオープンフリーなのは今や逆に特権かもしれない。どんなささやかな田舎の小役人も、オフィスの一角に両肩より気持ち広い程度の机しか持たないデスクワーカーも、今ではみんな間違えることを恐れている。
 金と立場に恵まれている人間は雲の上の神に教えを請うことでそのリスクを極限まで減らしているが、そうでない人間はせいぜいハウツー本でも読んで朝令暮改で変わるルールに追いすがるしかない。
 ふと車輌の外を眺めると、渓谷の隙間に滑り込んだ太陽の光が山々に影を落としていた。この地に住まう連中もきっと変わるのが嫌で、時間の止まった魔法の死体に閉じこもる方を選んだのだろう。
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 長い長い荒野を抜けるといよいよ我々は敵の首都がそびえる州に侵入した。途中、近隣の街で現地調査を行ったが、予想に反して協力的とまではいかないまでも対話に応じる住民が大半だった。
「どうでもいいよ、俺はここでこいつらを作って、売って、死ぬだけだね」
 胸に風通しのよさそうな大穴が空いた農夫は、我々に気前よくトウモロコシを提供した後につぶやいた。すでに一回死んでいそうだが、とあえてぶしつけな質問をしてみると農夫は意外にも怒らず、ただぶっきらぼうに答えた。
「そうは言っても目が覚めたらベッドから出なきゃならんだろう。一回死んでも自分で自分を殺し直すのは神への冒涜だからな」
 ぼろぼろのズボンから、さらにぼろぼろの聖書を取り出して一文を諳んじる。
「”汝、殺すなかれ”だ。殺されるな、とは書いていない」
 また、別の町では自衛精神旺盛な住民たちが銃を持って戸外で威嚇してきた。向こうは蘇ってもこっちはそうはいかない。
 すわ戦闘か、と思いきや顎の辺りに骨が目立つ町長らしき人物が出てきて、口元をカラカラと震わせながら住民を強く戒めた。
「やめろ、もうやめろ、お前ら。次があると思っているのか」
 そして、前面に立つこちらの魔法少女を指差した。
「こいつらも出してきた以上、また蘇らせてもらえる保証はないんだぞ。その時に脳みそがまだ残っているのかも」
 途端に戸外に立つ自警団たちはうろたえた。
「あんたたちも私たちに構わずとっとと行ってくれ。もう終わりにしたいんだ。空爆のあった次の日、目が覚めて脚がまだ残っているかどうか、腕はついているか怯えるのには疲れた。最後の人生はおとなしく暮らしたい」
 こんな状況に至るまでこの地に留まっていた住民でも、必ずしも体制に殉じているわけではなさそうだった。むしろ、時代に取り残されたので追いかけるのをやめたといった具合の諦観が、この土地のどこにも深々とへばりついていた。
「この国は国外への移住はいつでも自由と聞いているが」
「自由さ、そりゃあね。だが、魔力の範囲がどこまで届くのかは分からん。少しでもはみでた瞬間に、私たちはただの死体になっちまう。それに」
 黒目しかない双眸がすぼまって私たちに向けられた。
「私たちはもはやまるきりゾンビかアンデットじゃないか。外で暮らそうと撃たれて死ぬのがオチだ」
 結局、先の戦いを除いて目立った組織的抵抗はほとんどなかった。この地の方針として警察組織は自警団に取って代わられ、その自警団も仮初の死に慣れすぎたせいで本当に死ぬのが怖くなっている。
 それでも時々、死体にしては活きの良いのが街角でぶっ放してくることがあった。筋力不足なのか極端に縦ブレした銃撃をてんで明後日の方向に散らした後、こちら側の応射をしたたかに食らって二度目か三度目の人生が終了する。
 道の要所を守っている警備隊は例によって上空から魔法少女の一撃でことごとく滅せられた。彼らには次の人生もない。下手に原型を保ったまま死んで爆弾の在庫になるよりは慈悲深いのかもしれない。
 首都が近づいてくるといい加減に荒野は終わり、ささやかな緑地がところどころに見えはじめた。
 度重なる空爆によって痛めつけられたこの地の首都にビルはなく、かといって誰にも必要とされない建物が再度建てられることもなく、いくつかの重要な建築物を除いてはまるで一九世紀末のような景色が遠目に広がっている。
 陽が落ちて空が闇夜に包まれると我々は戦闘車輌でぐるりと周囲を取り囲んだ仮設の陣地を平原に構築して野営を始めた。
 夜中は本来、ストリームの視聴者数をもっとも見込める頃合いだが、戦場で動くのに適した時間帯ではない。
「なんとかここまで来れたね」
 戦場の女神にカメラを向けると「健康と肌と強さのために早寝早起き」を謳う合衆国保険福祉省との広告用メッセージを健気にこなした後、気の利いた小話をしてくれた。
「実際に、寝た方がいいのは確かよ。たっぷり七、八時間も寝たら世界が光り輝いて見えるけど、忙しくて五時間も寝られない日が続くとなにもかも壊したくなる」
「なにもかも壊せそうな君が言われるとぞっとするな」
「もちろん本当にはやらない。みんなも安心していいわよ。私が許可なく一定の分速以上で動いたり、一定以上のジュール熱を発したら、これがピカピカ光ってデフコン1が発動しちゃうから」
 そう言うと、なんだかんだでなにげに丈夫だった複合素材スーツの下の方をめくって、足首にまきつけられた装置を見せた。
 デフコン1とは一二年前に一度しか発動したことがない合衆国政府の最大の戦争準備体制である。核兵器の使用を含むあらゆる攻撃が許可される。
「そうしたらさすがの君も死んでしまうのかな」
 彼女は力なく笑った。
「さあ、やってみないとわからないわね。これ以上寝不足になったらやろうかしら」
「おっ、反乱の扇動かな。すぐそこにいる別の魔法能力行使者と気が合うかもしれない」
「そう……たぶん、そんな感じだと思うの……彼女も。追い詰められちゃっただけで」
 彼女は敵の行使者を「彼女」と呼ぶ。どんな人物なのか事前に知らされているのかもしれないが、それを聞くのはさすがにためらわれた。言うまでもなく国家機密だろうからだ。
 歩哨の義務がない従軍記者の特権を活かして早々に寝袋にくるまりながらも、私の頭の中には先の町長の言葉が離れなかった。
 これも一種の因果応報、なのだろうか。少なくとも一二年前の彼らは撃たれる側の人種ではなかった。だからどこでも銃器を振りかざすことに頓着しなかったし、それこそが最大の権利だと信じきっていた。自分たちの支持する思想の持ち主が乱射事件を引き起こしても、被害者への同情や自戒よりも武器を奪われる方を激しく警戒した。
 奥にそびえる巨大な看板がちかちかとまばらに照らされている。車輌の隙間を通してもやけによく見える。
 空爆で破壊されつくしても誇らしげに人々を出迎える看板だけは、当時の思い出をそのまま切り取ったかのようだった。
『ようこそテキサス州ダラスへ』
 他ならぬ私の故郷だ。
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