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Rikuoh Tsujitani 2024-02-13 22:27:05 +09:00
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 入れ違いに、スピーカーではなく近場に立っていたエドガー少尉もインカムに応える。
「1B、了解」
 ふと目が合った彼は自嘲をにじませつつ言った。
「ま、ざっとこんなもんですわ。遅くとも今週末には帰れますよ。せいぜいお互いに無駄死には避けましょう」
「ま、ざっとこんなもんですわ。せいぜいお互いに無駄死には避けましょう」
 今日は気の利いた返事を思いつくのが難しい日だと思った。
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 それでも私の視界には映らないコメント欄が湧きたち、投げ銭が毎秒飛んでくる様子がありありと想像できた。
 散開が済むと身軽になった小隊の進軍速度が速くなった。後ろ向きでカメラに向かって話しながら器用に歩く魔法少女は、後ろに目でも生えているかのような正確さで壁や曲がり角をひょいひょいと避けて進む。なにも知らなければ旅行系のYoutuberが年相応のコメントをしているようにしか見えない。
 事態が変化したのは大通りを抜けて住宅街に入り込んだ辺りだった。ここまで来るとおおよそみんな逃げたのだろうと当たりがついて、歩兵たちの警戒心はかなり緩んでいた。他の小隊からの報告も「異常なし」が続いて、過酷な戦場はのどかな小旅行の風景に変化しつつあった。
 そんなところへ、まったくなんの前触れもなく近くの家の玄関ががちゃり、と開いて老婆が表に出てきた。その老婆が二歩、三歩と歩いたところで歩兵たちはようやく敵地にいる人間の姿を認識した。
 そんなところへ、まったくなんの前触れもなく近くの家の玄関ががちゃり、と開いて老婆が表に出てきた。その季節外れの厚着をした老婆が二歩、三歩と歩いたところで歩兵たちはようやく敵地にいる人間の姿を認識した。
 一斉に小銃が老婆に向けられる。誰も彼もが「フリーズ」だとか「オンザグラウンド」だとか叫び散らかすものだから、逆になにも相手に伝わらないように思われた。
 しかし老婆は敵国に対する敵愾心が旺盛なのか、はたまた単純に耳が遠いのか、歩みを止める気配はなく我々の行く手を横に通り過ぎようとしていた。
「ちょっと、ちょっと。みんな落ち着いて。お婆ちゃんでしょ」
 上滑りした雰囲気を取り繕う口調で、前にメアリー大尉が立ちふさがった。非武装者の、それも老婆に武器を向ける歩兵の集団など、まったく好ましい構図ではない。
「ですが――」
「私に任せて」
 含みのある目線をエドガー少尉に向けつつ、彼女は単身で十二フィート先の老婆に近寄る。
「お婆ちゃん!」
 数億人規模のサブスクライバーの手前、堂々とした口調でエドガー少尉を牽制しつつ、彼女は単身で十二フィート先の老婆に近寄る。
「お婆ちゃん! あの!
 ほぼ怒号に近い声量で声を張ると老婆はゆっくり首を傾けて顔を合わせた。
「はあ?」
 聞こえているかどうかも定かではない気の抜けた返事をする敵地の非武装者を見て、兵士たちの間に安堵が広まった。
「なんだ、マジでただのボケ老人かよ」
 
 束の間。二番目に立っていた私には彼女が息を呑む声が聞こえていた。
 なにかが起きる。
 ピッ、ピッ、と馬鹿にしたような電子作動音が老婆の服の中から響く。刹那、私は彼女の目がティーンエイジャーのそれから凍てついた殺人兵器に切り替わるのを見た。放たれた銃弾を手で掴めるほどすばやく動く手でも、起爆直前の爆弾を人体から取り外すのは不可能だ。記者としての性と命を守ろうとする本能がせめぎ合う。
 結局、前者を選びかけた私は横にいた名もなき歩兵に押し倒されて地面に伏せる格好となった。
 それでも視界にはコマ送りのように映っていた。手の先から魔法の刃を展開して、老婆の上半身は瞬時に両断された。幾分かコンパクトになった人間爆弾を抱きかかえて彼女も奥側に倒れ込む。
 そして爆発。すさまじい衝撃波が襲いかかった。鼓膜が頭ごとぶっ叩かれて私の身体は抑えつけられているにも関わらず、覆いかぶさった歩兵と一緒に後ろへ転がされた。横転する視界の中でも彼女の背中がたびたび見えた。両脇から吹き出た閃光がそこかしこに飛び散り、近くの民家にぶつかると蒼色の火柱を上げた。鋭く上がった火の手がみるみるうちに家々を包み込んでいく。
 間髪をいれずに起き上がった魔法少女が絶叫する。
「みんな、怪我はない!?」
 一体どこまで役者なのか。破裂した老婆の臓腑を一身に受けた彼女のスーツは一面おどろどろしい色彩でデコレーションされていた。しかし、彼女自身にはまったく怪我をした様子がないところがかえって悲壮的でもあり、神々しくもある。そんな若き戦場の女神が取り乱しもせずやるべきことをやって、第一に味方の心配をする。いくらなんでもできすぎだ。スクリーンの前で見ていたらきっと冷笑していただろう。彼女の判断力次第で私たちも等しく人肉ミンチになっていた立場でなければ。
 休んでいる暇はなかった。他の小隊から続々と敵襲を報せる無線連絡が入ってくる。無線越しに聞こえる爆発音と、遠くの爆発音が幾度となくシンクロした。
「ああああああああ……!!!」
 突如、大通りの角から一斉に人々が走りこんできた。一様に土気色の肌をした彼らの胸周りには、もはや堂々とLEDを点滅させた爆弾が巻き付けられてある。この地に戦略級魔法能力行使者が降臨して以来、繰り返し行われている敵方の基本戦術だ。
 充填魔力による自爆攻撃。
「シーット!」
 誰かが大声で叫んだ。
 今頃、映像と音声の自動解析を担っているファッキンAIシステムが、せかせかと我々のストリーミング配信のための警告を生成していることだろう。このストリームには不適切な表現が含まれています、このストリームには暴力的な表現が含まれています、このストリーミングには……ワンタップで飛ばされる多言語対応人工音声付き警告文のために、今日もAWSやAzureやGCPのLLMオンデマンドサービスが唸りを上げ二酸化炭素を大量に撒き散らす。法的合意の言質は一ヘクタールの森林よりも重い。
 実のところ、自分が戦場に来ていると実感したのはこの時が初めてだった。
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 充填魔力は火薬とは異なり刺激に対して反応するとは限らない。すべて魔法能力行使者の遠隔操作によって起爆する。本来は肉体から飛ばして行使する魔力を、離して置いて後から発動させている。どれほどの距離で、どれほどの量の、どれほどの個数を管理できるかは魔法能力行使者の等級次第だ。むろん、国境線を物理的に引くほどの持ち主の手にかかれば一〇〇や二〇〇の充填魔力をコントロールするくらい造作もない。
 その圧倒的な光景を今、まさに目の当たりにしている。
 小隊の総力をあげた銃撃の雨が迫りくる人間爆弾たちを蹴散らしていく。前後に怒号を飛ばしてすばやく後退しつつも面制圧の手を緩めない。それでも肉の壁の圧力に根負けしかけた時、空から彼女が魔法を投げつけて前方の敵を消滅させる。私は身をかがめつつ、懸命に胸をそって魔法少女の働きぶりをレンズに捉え続けた。当面の脅威が去ると彼女はまた別の小隊の援護に向かい、順繰りで対処を重ねる。時々、敵方の魔法能力行使者が距離間隔を誤ったのか早期に起爆した人間爆弾が周りを巻き込んで蒼の火柱を吹く。
 何百人もの死体が平凡な街並みの街路に積み重なり、意思なき人間爆弾が動かなくなった他の爆弾につまずいてこける頃合いになると、戦いはようやく消化試合の様相を帯び始めた。
 戦闘車輌もやがてバックアップに駆けつけ、前後をそれぞれ二台の車体で塞ぐ陣形が完成した。銃座に備え付けの機銃もなかなかに物を言い、最後の方は魔法の航空支援に頼らずとも敵を消耗させることができた。
 静寂が訪れて、ひと心地つくと全小隊が結集して点呼が始まった。私のいるエドガー小隊は幸いにもファーストコンタクトの時点でメアリー大尉と一緒にいたおかげで死傷者ゼロだったが、他の小隊には二、三人の戦死者が現れた。他に数名の重傷者はすぐさま車輌に収容され、来た道を戻って母国へと帰っていった。
「あいつはネクロマンシーって呼ばれているんですよ。作戦上の識別名」
 横向きに駐車されたままの車輌に背中を預けたエドガー少尉が、先進国では実質有罪的扱いの紙タバコに火をつけて言った。まるで今さら思い出したかのような口ぶりだった。
 死体を蘇らせるからネクロマンシー。この上なく単純な名付けだ。そう、入り口で彼女が屠った部隊も、さっきまで戦っていた軍勢も、おそらくはさっきの老婆も――最低一回は死んだ経験のある人々だ。この地で一度目の人生を生きている人間は、敵方にそいつが現れてからは珍しい存在になった。
 地上軍の展開が中止されたそもそもの理由も、蘇って襲いかかってくる連中の相手をさせられる状況に厭戦気分が増したせいだった。銃撃を受けて蜂の巣にされても魔力を吹き込んでやればたちまち生き返る。復活した際に脳味噌がカピカピになっていたり、漏れ出ていて機能しなければ、こうして爆弾に使われる。
 おかげさまで先の空爆で失われた人員もことごとく復活。人間爆弾の在庫として第二、第三の人生を歩んでいる。ついさっきまた死んだ連中の中にも含まれていたに違いない。一連の戦術が功を奏して今日この日まで戦場の有利は彼らに大きく傾いていたが、代わりにこの国連未承認国家に支持を表明していた奇特な国々についに手のひらを返される顛末と相成った。いくらなんでも死人と握手はしたくないらしい。
「ずいぶん飄々としているな。危うく死ぬところだった」
 エドガー少尉は持ち前の白い歯を浮かべてかぶりを振った。カメラに映っていても平気で紙タバコを地面に投げ捨てる豪胆さがそのまま台詞に現れる。
「でもやつら、銃を撃つのが下手くそですから。一二年前の方がよほどきつかった。どうであれあいつらは一回目の人生をまっとうするつもりで戦っていた。今のやつらは違う」
 最後の方には軽蔑の色も滲んでいた。意図せず感情がこもっていたことに彼自身も気づいたのか、取り繕うように「俺を撮っていてどうするんです。あなたの仕事は彼女の取材でしょう」と死体の山の前に佇む魔法少女を指差した。
 それもそうだ。実質的に初の交戦を終えた英雄にインタビューをしなければならない。