初稿完成
All checks were successful
ci/woodpecker/push/woodpecker Pipeline was successful

This commit is contained in:
Rikuoh Tsujitani 2024-02-18 22:08:03 +09:00
parent 36400f4928
commit af0facb1fe
Signed by: riq0h
GPG key ID: 010F09DEA298C717
2 changed files with 54 additions and 11 deletions

36
content/post/test.md Normal file
View file

@ -0,0 +1,36 @@
---
title: "書けるやつは傲慢、書こうとして書けないやつはもっと傲慢"
date: 2024-02-19T19:48:23+09:00
draft: true
tags: ['essay']
---
今更言うまでもないことだが、自分の頭の中を曝け出して人に読ませようなんて傲慢にもほどがある。通常、思考というのは曖昧模糊としていて取り留めのないものだ。一説によると高度な知能を持っているとされる人間様も、さすがにすべての行動に思考リソースを割り振るのは難しいらしく、実際には遅延実行を余儀なくされれているという。
思考の遅延実行とはすなわち、まず筋肉と神経の反射による行動があり、思考が後からそれを評価・考察する方式である。とりわけその行動に即応性が伴っていればいるほど、人間の思考は後回しになる。当然、なんであれすでにやらかしたことを後から正確に評価するのは難しいので、人間の基本的な思考はしばしば事後承認的、追認的に陥る。要は体の良い自己正当化を図ってしまうのだ。
とはいえ、行動した後にいつまでも悩んでいたらきりがない。それこそ生存可能性を妨げる思考リソースの無駄遣いに他ならない。そこで我々の脳味噌は適当なところで記憶を希薄化させ、どんな行動をしたのかも、行動した後にどう感じたのかも、一切合切を曖昧にしていく。何日、何ヶ月、何年と経過を経るごとに当時の精細な像は失われて、なんかいい感じの、さもなければ、なんか悪かった感じの、いわば思い出だけが残る。
しかし人類は文字を開発した。文章にしたためておくことによって、自己正当化を図ったなら図ったなりの、正確に記録を試みたのならそれなりの、言語化した像の姿かたちが築かれる。後から読み返すことによって人間は人間の記憶や情動を掘り起こせるのだ。いずれにしても、とんでもない行為である。
なにもかも曖昧にしておけば思考の責任を取らずに済むのに、あえて形にして検証可能性をもたらそうというのだ。こんな不都合な話はない。にも拘らず、人間、しきりによく文章を書く。紀元前の中国の書物では早くも「こんなにものを書く人間が増えたら世の中は文字であふれかえってしまう」と冷笑する一文もあったらしい。言語化の欲望は底知れない。
翻って、現代。言語化のハードルはずいぶん下がった。紀元前の物書きが予言した通り、今の世の中には文字があふれている。ミリ秒ごとに文字が視界を埋め尽くしていくから、大抵はなにを書いても下へ下へと埋もれていく。確かに記録、それも複写で記録されているのに、埋没する気楽さが思考の責任を取り除いている。
ところが、そんなご時世にあってもわざわざ長文を書くやつがいる。ブロガー、エッセイイスト、小説家、物書き、肩書きはなんでも構わないが、いずれにしてもとんでもない連中である。せっかく言語化から責任を取り除き、腐臭のする腸と頭を抜いて、小綺麗で美しいデザインに包んでパッケージングした時代に、あえて心の澱をぶちまけるつもりでいるのだ。
文章は長ければ長いほど個人の痕跡を残す。思考化の過程が刻まれる。多くを語らなければ曖昧でいられた部分が、隠しきれない粗として露呈する。誰も見ていないようで誰かが見ているインターネットの世界において、そうした行為が半ば自傷癖や露出狂の一群に分類されることにもはや疑いの余地はない。
それでも書かずにはいられない。ありあまる言語化の欲望があらゆる懸念を超越して、その人間に長文を書かせる。インターネット上に公開して、あまつさえ読んでもらおうとさえ期待する。目をそむけたくなる汚い粗や、鼻をつまみたくなる臓物の臭いも、まるごと愛されるつもりでいる。未来の自分の目でさえ恐ろしいのに、他人の目にも全身を曝け出して平然としている。物書きほど傲慢な人種はそういそうにはない。
だが意外にも、物書きを越える傲慢さを備えた連中が近くにいる。書こうとしているのにいつまでも書けないでいる人々だ。せっかくしたためた数千文字、数百行にわたる長文を、ついに完成させることなく打ち捨てる人々だ。彼らは自分から滲み出る思考の澱に耐えられなくなったのではない。もしそうなら、わざわざ書き溜めるまでもなくもっと早く気づくだろう。
彼らは自分たちが、もっと非の打ち所のない、未来の自分にも、他の人の目にも称賛されうるような、洗練された彫刻のごとき完成品を望んでいるのである。それは絹のような柔らかさと大理石の剛健さ、花々のかぐわしさをもまとい、賢者の叡智、武人の勇猛、美姫の色香を兼ね備えているとされる。いつか偶然にもそんな一文が生まれると信じて、結局、ただの一回も完成させないでいるのだ。
これが度を越した傲慢と言わずしてなんという。思考の過程を長々と見せびらかすだけでも十分な傲慢さに値するのに、あまつさえ際限のない美化を試みて暗闇をさまよい歩いている。そのような腹積もりでしたためられた文章はさながら年増の厚化粧で塗り固められたいっそう寒々しいものとなり、本人もまた嫌というほど自覚しているために決して日の目を見ることはない。そしてまた、研鑽の糧になりえた作品が一つ打ち捨てられる。
ことここに至っては腹をくくるべきである。この娯楽が氾濫しきった時代に、己の意思をもって、己の文章を数千文字にわたって刻みはじめた時点で、その人物はどうしようもなく言語化の欲望に取り憑かれた狂人なのだ。一度こうなったら、もう書き上げるしか救済の道はない。書けるものから書いていけ。狂人なら狂人らしく取り繕わず、汚物を原料に拵えた腐臭の立ち込める像を創造せしめ、未来の自分からの避けられぬ軽蔑の眼差しを慄然と睨み返さなければならない。
もしかするとそれは誰にも読まれないかもしれない。だが、実は僕がこっそり読んでいる。僕のRSSリーダにはそうした手作り感のあるブログや個人サイトが大量に登録されていて、君が次にどんな腐臭をその一文に込めるのかを心待ちにしている。そういう君も、こうして僕の淀みに満ちた文章を読んでいる。
それこそが狂人の楽しみだ。体裁と見てくればかりに気を遣った観光地を素通りして、わざわざ地下奥深くのヘドロを汲み上げにきている。そのアンダーグラウンドでは通常とはまったく異なる価値基準が働いており、より醜く毒々しく、ぬらぬらとしているほど尊ばれるのだ。しかし時折、そこから脱皮した蝶のごとく美しく天に舞い上がる存在を見ることができる。そうした時には黙って見送る手はずになっている。

View file

@ -24,9 +24,10 @@ tags: ['novel']
 しかしある時、突然に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って堂々と抗戦を開始せしめた。かの地に住まう人々を気にかける数少ない良心的進歩派ここで両手を掲げて二本の指をくいくいと動かすも、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちらの戦死者の数が急速に増えだしたからだ。
 批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一基何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化して消えていった。どうやら連中が手駒に仕立てた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力者と呼称)
 こうして国連軍が手間暇をかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物体と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でも大儲けをしているやつらがいる。一体どういうカラクリなのか、日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の私にはまるで見当がつかない。そもそもこの場にフリーライター風情の私が潜り込めているのも厳密には合法と言いがたいコネや搦手を散々使った結果だ。
 さて、当然、もはや状況は常人の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法能力行使者を派兵するのが筋だ。ところが、記録の残るかぎり各国に正式に登録されていて、かつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた魔法能力行使者はまったくいなかった。およそ成年手前で例外なくピークを迎えて、以降は衰える一方の魔法力は常備常設を良しとする近代的軍備の観点にまるでそりあわない。
 さて、当然、もはや状況は常人の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法能力行使者を派兵するのが筋だ。ところが、記録の残るかぎり各国に正式に登録されていて、かつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた魔法能力行使者はまったくいなかった。およそ成年手前で例外なくピークを迎えて、以降は衰える一方の魔法力は常備常設を良しとする近代的軍備の観点にまるでそりあわない。当人が軍属を希望するともかぎらない。
 それでもロシアをはじめとする東側諸国にはぼちぼちいるそうだが、貸してくれといって借りられるようなら苦労しない。仮想敵国から戦略級魔法能力行使者をレンタルするなんて核兵器のデリバリーサービスよりもハードルが高い。月にロケットを送りこんだAmazonにも不可能なことはある。
 結局、最後の頼みは我らが合衆国軍だった。だいぶ衰えたとはいえ今なお最強の軍勢を誇ると知らしめたい彼らは、五年前からずっと大量の派兵協力をしているし、言うまでもなく戦死者の数も飛び抜けて多い。虎の子の魔法能力行使者を送り出すなどまともな民主主義国家なら絶対に民意が許さないだろうが、アメリカ合衆国の国民は乗り気そのものだった。そういうわけで、今回のジョイントミッションが実現したのである。
 念の為に日本政府にも打診を試みたものの、よく知られている通りこの国は「我が国に上位等級の魔法能力行使者は存在しない」との公式見解を戦後からずっと堅持しているため、今回も協力は得られなかった。
 結局、最後の頼みは我らが合衆国だった。だいぶ衰えたとはいえ今なお最強の軍勢を誇ると知らしめたい彼らは、五年前からずっと大量の派兵協力をしているし、言うまでもなく戦死者の数も飛び抜けて多い。虎の子の魔法能力行使者を送り出すなどまともな民主主義国家なら絶対に民意が許さないだろうが、アメリカ合衆国の国民は乗り気そのものだった。そういうわけで、今回のジョイントミッションが実現したのである。
「メアリー・ジョンソン……大尉とお呼びした方が?」
 劇的なイベントの後に殺到した記者がはけた後、コーヒーと名刺を同時に差し出しながら私は軽妙に尋ねた。あんなふうに我先と詰め寄る記者はトーシロ同然だ。取材される当人からしたらみんな同じ顔に見えてなにも印象に残らない。応対だって機械的にならざるをえない。話しかけるなら一番最後。最低でも三〇分は空ける。経験に培われた私の流儀だ。案の定、ティーンにそぐわないいかつい階級章をわざとらしく持ち出したことで、彼女はふふ、と苦笑いをした。
「冗談みたいよね。大尉になったのってほんの数日前なのよ」
@ -51,7 +52,7 @@ tags: ['novel']
 不意にエスニックな出自を聞かれて少々たじろいだ。そういうセンシティブな質問をされたからには多少は打ち解けているのかもしれない。
「おや、多少はフランクにいっても良さそうな雰囲気かな。たぶん、まあ、そうだろうと思うよ。途中で色々混ざってはいるけどね」
 なぜか知らないが私の両親も、さらにその上の両親も、ヤマザキという名字の語感を気に入っていたらしい。ある上等なウィスキーと同じだからとかいうふざけた理由を聞かされた時には呆れかえったものが、ライター稼業を始めてからは両親にも祖父母にも、私の遺伝子の元となった最初の日本人にも毎日感謝を捧げている。この名字は相手に覚えてもらえやすいからだ。これがもしジョン・スミスだったら話している最中にも忘れられかねない。
 と、いう話をさっそくしてやったら、目の前のメアリー・ジョンソンは初めて年齢相応に顔をくしゃりと丸めて大笑いした。いいぞ、流れは確実に私に来ている。今なら彼女の生理周期さえ教えてもらえそうだ。
 と、いう話をさっそくしてやったら、目の前のメアリー・ジョンソンは初めて年齢相応に顔をくしゃりと丸めて大笑いした。いいぞ、流れは確実に私に来ている。
「ところで、私が日系人だとなにか特別に教えてもらえることがあるのかな」
「私が着る複合素材スーツ、スポンサーの都合で日本のアニメがモチーフらしいの。なにか知ってるかと思って。おかしいわよね、これから戦いに行くのに」
 全然知らない上にどうでもいい話題だったが私はあくまで歩調を合わせた。
@ -110,7 +111,7 @@ tags: ['novel']
 びっと高らかに人差し指を突き出した方向が自分のいる位置にずいぶん近かったので、まずきょろきょろと左右を見回し、それから背後にも首を回したが『焦げ茶のスーツ』を着ている人物は見当たらなかった。
 私以外には。
「ジョン・ヤマザキさん。あなたが私専属の従軍記者です」
 種が芽吹いた。
 どうやら種が芽吹いたらしい
---
@ -139,14 +140,19 @@ tags: ['novel']
「やつらはそれが嫌だからああなったんでしょう」
「あいつらに『PRESS』なんて文字が読めるのかな」
「まあ、相手がなんであれ国際法ですからね」
 最後に、いよいよ戦略級魔法能力行使者こと魔法少女、メアリー・ジョンソン大尉が姿を現した。公衆の面前での劇的な指名の後、私はすぐさま国連職員に取り囲まれたため一言もしゃべっていない。なんであれ真っ先に聞くのは「なぜ並みいる男性2.0たちを差し置いて私を指名したのか?」であるべきだが、どうしても印象的な人物を演じないと気がすまない私の職業病が災いしてか、実際に口から出たのはてんで関係のない話だった。
「いや参ったね。君のそのスーツは涼しそうでなによりだが、こっちは蒸し暑くてたまらないよ。私のと交換しないか」
 暦の上では真夏を過ぎてもその暑さがやわらぐ気配はみじんもない。今日の気温も軽々と三〇度を越えていた。彼女はくすり、とはにかんだが大量の部下を前にした手前、表情を引き締めるのも早かった。
「こう見えても三〇〇ポンドくらいあるんだけど、これ」
「困ったな。クーラーの効いた戦闘車輌から一歩も出ないで済む方法はないものかね」
 最後に、いよいよ戦略級魔法能力行使者こと魔法少女、メアリー・ジョンソン大尉が姿を現した。公衆の面前での劇的な指名の後、私はすぐさま国連職員に取り囲まれたため一言もしゃべっていない。なんであれ真っ先に聞くのは「なぜ並みいる男性2.0たちを差し置いて私を指名したのか?」であるべきだが、実際に口から出たのはてんで些末な挨拶だった。
「やあ、調子はどうかな」
「生理中で睡眠不足で最悪。今にも世界を滅亡に追い込みそう。なんてね」
 すでにカメラが回っているかのような気の利いた冗談に少々たじろいたが、言わずもがな彼女は女優だった。「そういうあなたは?」と水を向けられたからには、こちらも印象的な人物を演じないわけにはいかない。
「いや、暑すぎて参ったね。君のそのスーツは涼しそうでなによりだが、こっちはこんなのを着せられてたまらないよ。良かったら私のと交換しないか」
 夏真っ盛りの本日、気温は軽々と三〇度を越えていた。彼女はくすり、とはにかむ。
「いいけど、こう見えても三〇〇ポンドくらいあるし、背面を溶接してるのよこれ」
 さすが、戦略兵器が着る服は格が違った。
「困ったな。クーラーの効いた戦闘車輌から一歩も出ないで済む方法は他にないものかね」
 阿吽の呼吸で彼女の表情がわざとらしく険しくなる。
「思ったよりやる気がなさそう。今からでも別の記者に変えようかしら」
「じゃあ、もう一人増やして外出役と留守番役で分けよう。私が留守番役で、外出役のやつから話を聞く」
 結局、適切な質問を繰り出せないまま彼女は一足先に作戦行動に赴いた。滑走路の手前から奥に向かって、徒競走のクラウンチング・スタートをする要領で駆け出すとあっという間に大空に飛び立った。目視できなくなるほど小さくなるまでに一分とかからなかった。
 取り留めのない応酬が続くも、適切な質問は繰り出せないまま彼女は一足先に作戦行動に赴いた。滑走路の手前から奥に向かって、徒競走のクラウンチング・スタートをする要領で駆け出すとあっという間に大空に飛び立った。目視できなくなるほど小さくなるまでに一分とかからなかった。
 彼女が空を飛んだり、なにかを壊す様子はYoutubeのPR動画で何度も観たことがあるが、直に目の当たりにしたのはこれが初めてだ。ただのティーン・エイジャーにしか見えない彼女が戦略級兵器に変身した瞬間と言える。我々もさっそく各自の戦闘車輌に乗り込んで後を追った。先のエドガー少尉が手招きして呼んでくれたので、彼の隣に便乗する格好となった。
 白黒黄色の大の男たちがたっぷり何人乗り込んでも、戦闘車輌のクーラーは隅々まで効いていて心地が良い。各自の歩兵と車輌の上部についたカメラはすでにストリーミング配信を開始している。とりあえず、エドガー少尉の胸元に向かって営業スマイルを送り込んでやる。「ハーイ、今回、作戦に同行することになったフリーライターのジョン・ヤマザキだ。彼らが今から連中をぶちのめしてくれる」
 エドガー少尉はやや間を置いてから真っ黒な顔に白い歯をのぞかせ、苦笑いをした。
@ -581,7 +587,8 @@ tags: ['novel']
 半年以上に及ぶ議論の末、現存するすべての政府は彼女の要求を呑んだ。前例なき未曾有の国際条約が締結される調印式の前後では、インターネット上のありとあらゆる空間で彼女の出自や民族に対する罵詈雑言や差別発言が相次ぎ、あるいは逆に人類全体が崇め奉るべき新しい神であるとの新宗教が現れ、一方、どうせ若い女だから手加減されてるんだろう、もし中年男性なら予告なく南極ごと核爆撃されていた、と恨み節を上げる投稿がSNSで万バズを獲得した。そしてそのどれもが、LLMによるチェックシステムによって適宜フィルタリングされ”良識的”な人々の目に留まることなく電子の海の仄暗い奥底に埋もれていった。
 一度、アイシャとサルマは国連と合衆国政府の承認を得てテキサスに飛んできたことがある。約束通り両親に会いに来たのだ。上空を幾多もの戦闘機が飛び回り、地上では一個大隊規模の軍隊と重戦車が往来する物々しい雰囲気に包まれていたが、名もなき暴徒に銃殺された二人の両親は、共同墓地の一角で静かに眠っている。これで復讐は済んだと言えるだろうか。
「ほら、あれがそうよ」
 アイシャが自分のYoutubeチャンネルで背景に映り込ませているダーツの実物が壁にかけられていた。およそ数百の隙間の一つ一つにポップな字で国名が刻まれている。ゲームで負けが込むと振り返って矢を投げるふりをするのが彼女の定番の持ちネタの一つだ。そのサブスクライブ数は、世界の誰よりも多い。一時は引き上げた各スポンサー企業からも再び打診の声がかかっているという。
 アイシャが自分のYoutubeチャンネルで背景に映り込ませているダーツの実物が壁にかけられていた。およそ数百の隙間の一つ一つにポップな字で国名が刻まれている。ゲームで負けが込むと振り返って矢を投げるふりをするのが彼女の定番の持ちネタの一つだ。そのサブスクライブ数は、世界の誰よりも多い。一時は引き上げた各スポンサー企業からも再び声がかかっているという。
 映画の興行収入も好調だ。悲劇的な結末を迎える本作について「でも演じている本人だったら余裕だったよね」との感想が目立つのも、最強系インフルエンサーとの呼び声が高い彼女ならではの評判と言える。すでに殺到しまくっている主演での出演オファーに対して、今のところすべて断っていると報じられているのも印象深い。彼女に悪役のオファーを出す勇気ある監督がいるだろうか。
「今はどれくらい魔法が使えるんだ」
 ふと気になって尋ねてみた。
「核兵器にギリ負けるくらい」