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Rikuoh Tsujitani 2024-03-13 00:11:56 +09:00
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@ -173,7 +173,7 @@ tags: ['novel']
「でも、大変だわ。一番おっきい鞄でもこの家のもの全部は入らない」 「でも、大変だわ。一番おっきい鞄でもこの家のもの全部は入らない」
「大切なものだけ持っていけばいいよ。戦場に花瓶なんて持っていっても役に立たないもの」 「大切なものだけ持っていけばいいよ。戦場に花瓶なんて持っていっても役に立たないもの」
 とはいうものの、目の見えない私と小物を拾うのが苦手なリザちゃんの引っ越し作業はだいぶ難航した。手に取ったものが分かるまで何秒もかかってしまう。しまいにはリザちゃんが「紅茶を淹れるわ」といって中座して、ラジオまでかけはじめたものだから完全に手が止まった。  とはいうものの、目の見えない私と小物を拾うのが苦手なリザちゃんの引っ越し作業はだいぶ難航した。手に取ったものが分かるまで何秒もかかってしまう。しまいにはリザちゃんが「紅茶を淹れるわ」といって中座して、ラジオまでかけはじめたものだから完全に手が止まった。
 四角くてのっぺりとした手触りの国民受信機から、勇ましい軍歌と入れ替わりに宣伝省の録音演説が流れはじめる。かつて神聖ローマ帝国で外敵を払う役目を担っていたとされる魔法戦士になぞらえて、ここでも魔法能力行使者は魔法戦士と呼称されている。ローマ帝国の後継者である我々にとってそれはとても正当なことに違いなかった。  四角くてのっぺりとした手触りの国民受信機から、勇ましい軍歌と入れ替わりに宣伝省の録音演説が流れはじめる。かつて神聖ローマ帝国で外敵を払う役目を担っていたとされる魔法の使い手になぞらえて、ここでも魔法能力行使者は魔法戦士と呼称されている。ローマ帝国の後継者である我々にとってそれはとても正当なことに違いなかった。
 ただ、男子の魔法能力行使者が魔法戦士として高らかに称揚されるのに対して、少女はただの「魔法少女」と呼ばれているのが内心ではちょっぴり納得がいかなかった。  ただ、男子の魔法能力行使者が魔法戦士として高らかに称揚されるのに対して、少女はただの「魔法少女」と呼ばれているのが内心ではちょっぴり納得がいかなかった。
 どうして私たちは「戦士」と呼ばれないのだろう? 魔法能力の等級は性別とは関係ないはずなのに。  どうして私たちは「戦士」と呼ばれないのだろう? 魔法能力の等級は性別とは関係ないはずなのに。
 そんな考え事をしているうちに厳かな調べに包まれたゲッベルス宣伝大臣の演説(ライヒの空を守る魔法戦士たち)がつつがなく終わり、ラジオ放送の内容はまた軍歌に切り替わった。  そんな考え事をしているうちに厳かな調べに包まれたゲッベルス宣伝大臣の演説(ライヒの空を守る魔法戦士たち)がつつがなく終わり、ラジオ放送の内容はまた軍歌に切り替わった。
@ -620,7 +620,14 @@ tags: ['novel']
”ベルリンの様子が心配でなりません。ブリュッセルだってきっと大変に違いありません。私たちがここで戦うことで、少しでも戦況が良くなることを願っています。あるいはもしかしたら、今日の戦いがソ連の最後の悪あがきなのかもしれません。実はもうソ連軍は東部戦線から撤退を始めていて、モスクワに帰っていく途中なのです。本当にそうだったらいいなと思います。一ヶ月もお休みをとった先輩の魔法能力者たちは今にも出撃の準備を心待ちにしているのでしょう。” ”ベルリンの様子が心配でなりません。ブリュッセルだってきっと大変に違いありません。私たちがここで戦うことで、少しでも戦況が良くなることを願っています。あるいはもしかしたら、今日の戦いがソ連の最後の悪あがきなのかもしれません。実はもうソ連軍は東部戦線から撤退を始めていて、モスクワに帰っていく途中なのです。本当にそうだったらいいなと思います。一ヶ月もお休みをとった先輩の魔法能力者たちは今にも出撃の準備を心待ちにしているのでしょう。”
「当て布、もう変えておく?」 「当て布、もう変えておく?」
「うん」 「うん」
”じきに私たちにも真の春が訪れるはずです。これだけ頑張ったのだから、フューラーもきっとお褒め下さると期待しています。その暁にはゲッベルス大臣にも私のことを”魔法戦士”と呼んでほしいとお願いしようと密かに考えています。 ”じきに私たちにも真の春が訪れるはずです。これだけ頑張ったのだから、フューラーもきっと私たちのことをお褒め下さるはずです。いつか解放されたヨーロッパ大陸全土にたなびく鉤十字の旗の下で、ひと目でも生のお声を聞いてみたいと思います。そういえば、今年に入ってからというものラジオでもとんとフューラーのお声が流れていませんね。ゲッベルス大臣の演説もたいへんすばらしいですが、ここぞという時にはやはり総統閣下の堂々たる鼓舞に耳を震わせたいものです。”
「ねえ、ちょっと」
「うん」
「ねえったら」
「うん?」
 なにやら急に肩をがしりと掴まれたので、ふと我に返った。どうやらずっと空返事をしてしまっていたらしい。一旦、お手紙を書くのは中断して、彼女に手伝われながら股の当て布を取り替えた。皮肉にも襲撃が繰り返し来なければ早々に布不足に陥っていただろう。彼らが携行している医療品のおかげで私はドレスを自分の血で汚さずに済んでいる。
 とはいえ、もう他人の血でずいぶん汚れてしまっているけれども。いつ襲撃が来るのかも分からないので洗濯はだいぶ前に諦めた。どうしても私はドレスで戦いたい。