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title: "魔法少女の従軍記者"
date: 2024-02-11T19:48:05+09:00
date: 2024-02-22T21:16:05+09:00
draft: true
tags: ['novel']
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@ -20,11 +20,11 @@ tags: ['novel']
 最後の会合は割にあっさりしたものだった。法的手続きを神に置き換えることに成功した我々は「西暦二〇三六年七月二〇日、国際連合安全保障理事会決議一六七八に基づき、新たに魔法能力行使者による武力行使を認める」と将校が告げた言葉に神託を見出し、件の魔法少女が合意を示したと同時に殺戮が合法化された事実を受け入れられるのだ。
 砂塵嵐の吹き荒むかの地に屹立する国連未承認国家TOAは、あとちょうど半年で自称建国二周年を迎える。皮肉にもその直前で滅亡を余儀なくされることは、当の彼らも今では受け入れつつあるだろう。もともと無謀でしかなかった革命政権がここまで息を保っていられたのは、人権意識の高まりや近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
 読者諸兄もご存知の通り、三年前にようやく前述の『国際連合安全保障理事会決議一六七八』が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。ひとたびことが決まると世界の人々は戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、随時入れ替わるトレンド投稿の一スクロール分くらいしか関心を払わなくなった。圧倒的物量の前にTOAの軍勢は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違なかった。
 しかしある時、唐突に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って反転攻勢に打って出た。かの地に住まう人々を気にかける数少ない”良心的進歩派”(両手を掲げて二本の指をくいくいと動かす)も、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちら側の戦死者の数が急速に増えだしたからだ。
 批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一つ何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化していった。どうやら、連中が手駒に仕立てた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の最上位魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力者と呼称)
 こうして国連軍が手間暇をかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物品と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でもちゃっかり金儲けをしているやつらがいる。どういうカラクリなのか日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の私にはまるで見当がつかない。そもそもこの場にフリーライター風情の私が潜り込めているのも、厳密には合法とは言いがたいコネや搦手を散々使った結果だ。
 さて、当然、事態はもはや通常戦力の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法能力者を派兵するのが筋だ。ところが国連軍内はおろか各国にも、正式に登録済みでかつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた戦略級魔法能力者はまったくいなかった。およそ十八歳で例外なくピークを迎えて、以降は弱まる一方の魔法能力は常備常設を良しとする近代的軍備の規範にまるでそぐわない。なにより当人が軍属を希望するともかぎらない。
 読者諸兄もご存知の通り、三年前にようやく前述の『国際連合安全保障理事会決議一六七八』が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。ひとたびことが決まると世界の人々は戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、随時入れ替わるトレンド投稿の一スクロール分くらいしか関心を払わなくなった。圧倒的物量の前にTOAの軍勢は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違なかった。
 しかしある時、唐突に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って反転攻勢に打って出た。かの地に住まう人々を気にかける数少ない”良心的進歩派”両手を掲げて二本の指をくいくいと動かすも、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちら側の戦死者の数が急速に増えだしたからだ。
 批判を受けた国連軍はやむをえずすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したが、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一つ何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化していった。どうやら、連中が手駒に仕立てた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の最上位魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力者と呼称)
 こうして国連軍が手間暇をかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物品と金銭が露と消えたのに、こんな状況でもちゃっかり金儲けをしているやつらがいる。どういうカラクリなのか日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の私には見当がつかない。そもそもこの場にフリーライター風情の私が潜り込めているのも、厳密には合法とは言いがたいコネや搦手を散々使った結果だ。
 さて、事態はもはや通常戦力の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法能力者を派兵するのが筋だ。ところが国連軍内はおろか各国にも、正式に登録済みでかつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた戦略級魔法能力者はまったくいなかった。およそ十八歳で例外なくピークを迎えて、以降は弱まる一方の魔法能力は常備常設を良しとする近代的軍備の規範にまるでそぐわない。なにより当人が軍属を希望するともらない。
 それでもロシアをはじめとする東側諸国にはぼちぼちいるそうだが、貸してくれと頼んで借りられるようなら苦労しない。専制国家から戦略級魔法能力者をレンタルするなんて核兵器のデリバリーサービスよりもハードルが高い。月にロケットを送りこんだAmazonにも不可能なことはある。
 念の為に日本政府にも打診を試みたものの、よく知られている通りこの国は「我が国に上位等級の魔法能力行使者は存在しない」との公式見解を戦後からずっと堅持しているため、今回も協力は得られなかった。
 結局、最後の頼みの綱は我らがアメリカ合衆国だった。だいぶ衰えたとはいえ今なお最強の軍勢を誇ると知らしめたい彼らは、当初より盛んに派兵を行っている。大量殺戮を呼ぶ戦略級魔法能力者を送り込むなどまともな民主主義国家なら絶対に民意が許さないだろうが、かの地への厳しい制裁を望む合衆国国民は乗り気そのものだった。そういうわけで、今回のジョイントミッションが実現したのである。
@ -43,8 +43,8 @@ tags: ['novel']
「あなたの世代からすると変に聞こえるでしょうが、一昔前はドイツの話を撮りたかったら本当にドイツに行ってたんですよ」
「まあ、私ひとりだけならそんなに面倒じゃないわね、なんて」
 そんな上り調子の女優が、どういうわけか合衆国政府に登録されている最上位の魔法能力者で、そのために出動を要請する召集令状が下されたのは果たして幸運か、はたまた不幸か。少なくとも、新作映画の興行収益は確約されたようなものだ。
 過去に実在した軍人を演じる女優が、本当に軍人となって戦争に赴く――どこぞの出版社に提案したら「話ができすぎている」と即ボツを食らいそうなあらすじとはいえ、しかしこれはまごうことなき現実である。世論は大いに湧いた。いかに無敵に等しい戦略級魔法能力者であっても、無垢な少女を戦争に駆り出すのはどうなのだ、ともっともな道徳論を説く者があれば、言葉尻を捉えて無垢な少女だと良くないのか、じゃあ素行不良の少年なら構わないのかといった反論が打ち出され、少女性にことさらに着目するのはセクシストでエイジズムだとの論陣が張られた。
 そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないのだ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だ、と恨み節を上げる投稿がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が戦場に呼びつけるなどそもそもが言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵制を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧々諤々にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、自由世界を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
 過去に実在した軍人を演じる女優が、本当に軍人となって戦争に赴く――どこぞの出版社に提案したら「話ができすぎている」と即ボツを食らいそうなあらすじとはいえ、しかしこれはまごうことなき現実である。世論は大いに湧いた。いかに無敵に等しい戦略級魔法能力者であっても、無垢な少女を戦争に駆り出すのはどうなのだ、と道徳論を説く者があれば、言葉尻を捉えて無垢な少女だと良くないのか、じゃあ素行不良の少年なら構わないのかといった反論が打ち出され、少女性にことさらに着目するのはセクシストでエイジズムだとの論陣が張られた。
 そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないのだ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だ、と恨み節を上げる投稿がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が戦場に呼びつけるなど元より言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵制を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧々諤々にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、自由世界を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
 世間は彼女が招集に応じるかどうか半々と見ていたが、特に悶着もなく驚くほどあっさり合意した。その日、各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた一年間の軍事教練もきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
 今のところ、なぜ戦争に行くのかという肝心の質問には曖昧な回答を繰り返している。愛国心がどうとかなんとか、みたいな話も彼女の世代では歓心を買いづらいだろう。下手にダサい物言いをすれば一日の間にフォロワーが七桁は減る。もっとも、今となっては数億人のフォロワー数を誇る彼女にはどのみち関係がなさそうである。いずれにしても理由は分かっていない。若い世代を代表するアイドルであり、女優であり、兵器であり、広告塔でもある彼女の本心は謎に包まれている。
 もし、そいつが掴めたら私もしがないフリーライターから脱出できるのだが。こんなに安っぽい茶色のジャケットを着ているのは基地内では私くらいだ。稼ぎが少なすぎてジャケットすら満足に買い換えられない。
@ -60,7 +60,7 @@ tags: ['novel']
 幸いにも、彼女は私のせいで抑うつ気味になったわけではなかった。ただ、うつむいて絞り出すようにして言ったのが印象深い。
「そうね……分かってる。みんなが色々考えて、私でお金儲けをしたいのも、なにかやろうとしているのも。でも、私しか彼女を止められないんだ」
「彼女? 女だったのか」
 敵の魔法能力者の素性は一切明かされていないはずだ。性別か、あるいは性自認だけでも判明すれば大きな情報になる。
 敵の魔法能力者の素性は明かされていないはずだ。性別か、あるいは性自認だけでも判明すれば大きな情報になる。
「あっ、えっと、それは国家機密で、ごめんなさい」
「別に構わないよ。聞かなかったことにしよう」
 あえてあっさり退く。ここで深追いすれば警戒される。
@ -72,15 +72,15 @@ tags: ['novel']
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 会見の内容は淡々としていた。まず、展開が中止されていた地上軍を再編して一個中隊規模をかの地に投入するという。圧倒的に強いとはいえ”無垢な少女”を一人で戦地に向かわせる構図に広報担当経由でなんらかの改善要求が入ったのか、急きょ事実上の随伴歩兵をあてがう形を作ったらしい。味方の死傷者を増やしたくないから撤退させたのに、ここへきてそのリスクを増やしたがるとは世間様の考えはつくづく理解不能だ。各SNSの感情解析データはどれも、この発表直後五分以内において良好な数値を指し示している。
 次に、今回の作戦をスポンサードしてくれた各国企業の紹介と宣伝。一社あたり三分足らずとはいえ参画企業がかなり多かったのでだいぶ時間がかかった。防具となる複合素材スーツを提供している日本のメーカーはスポンサードにスポンサードを重ねたみたいで、デザイン部分についてはテレビ局と共同で企画開発したと説明していた。さっそくスーツを着て現れた彼女が、数マイル先からでも視認できそうなビビットな色彩をまとっていたのはそのためだ。調べてみるとタイアップしているアニメキャラクターの画像が出てきた。彼女とは似ても似つかないが確かに衣装の見た目はよく似ている。やや趣が違うもののちゃんとスカーフも付いている。
 次に、今回の作戦をスポンサードしてくれた各国企業の紹介と宣伝。一社あたり三分足らずとはいえ参画企業がかなり多かったのでだいぶ時間がかかった。防具となる複合素材スーツを提供している日本のメーカーはスポンサードにスポンサードを重ねたみたいで、デザイン部分についてはテレビ局と共同で企画開発したと説明していた。颯爽とスーツを着て現れた彼女が、数マイル先からでも視認できそうなビビットな色彩をまとっていたのはそのためだ。調べてみるとタイアップしているアニメキャラクターの画像が出てきた。彼女とは似ても似つかないが確かに衣装の見た目はよく似ている。やや趣が違うもののちゃんとスカーフも付いている。
 実際、彼女が敵から発見されようがされまいが大した差はない。M1エイブラムス戦車の主砲が直撃しても無傷でいられる不滅の肉体は広告塔にうってつけだ。そういう事情もあって、彼女のビビットなスーツにはスポンサード企業のロゴが所々に刻まれている。まるでF1レーサーみたいだ。よく映る上半身の方ほど協賛金も大きいのだろう。
 続けて、作戦の収支報告が行われた。無人機のストリーミング配信はなにげに馬鹿にならない利益を上げていたがそれでも累積赤字を埋めるほどには至っていなかった。そこで、今回は随伴歩兵のボディカメラでもストリーミング配信を行って収益を改善させるほか、VRコンテンツを開発している各企業に三次元データを販売するとのことだった。ついでに、歩兵の心拍や筋肉の動きなども常時モニタリングして関連業界のスポンサード企業に提供される計画になっている。
 こうして得られた収益の一部は資金運用にも用いられ、それ自体も再販可能な債権として売り出される。主に再販を手掛けるのはもちろんスポンサード企業に名を連ねている銀行や証券会社だ。
 かつて「SDGs」という持続可能性や資源の再利用を象徴するフレーズが流行っていたが、今回の作戦はまさにそれの鑑と言えるに違いない。骨にこびりついた肉の一片をも丁寧にしゃぶりつくし、骨からも出汁をとって出し殻も売りつけるような心構えには感服せざるをえない。さっそく市場を見てみると、スポンサード企業の株価が軒並み上昇していた。
 ここまで順調に進んでいた会見は、話し手が若い将校に変わったあたりで途端に雲行きが怪しくなった。「急な話で申し訳ないですが、今回は報道各社の皆さんにもご協力を仰ぎたいと思っております」その一言で今までコンテンツを中継する立場でしかなかった我々の座席に、ざっと視線が投げかけられた。
 かつて「SDGs」という持続可能性や資源の再利用を象徴するフレーズが流行っていたが、今回の作戦はまさにそれの鑑と言える。骨にこびりついた肉の一片をも丁寧にしゃぶりつくし、骨からも出汁をとって出し殻も売りつけるような心構えには感服せざるをえない。市場情報を見てみると、スポンサード企業の株価が軒並み上昇していた。
 ここまで順調に進んでいた会見は、話し手が若い将校に変わったあたりで雲行きが怪しくなった。「急な話で申し訳ないですが、今回は報道各社の皆さんにもご協力を仰ぎたいと思っております」その一言で今までコンテンツを中継する立場でしかなかった我々の座席に、ざっと視線が投げかけられた。
 突然の話に報道関係者一同困惑を隠しきれずにどよめいていると、将校が軍人らしからぬ滑らかな口調で話しはじめた。
「今回、主要スポンサード企業からの要請を受けて、国連指定魔法能力行使者、つまり、メアリー・ジョンソン大尉のコンテンツ化をより強力に推進する方針を固めました。つきましては、彼女を撮影取材する従軍記者を募集します」
 まるでそれぞれの言葉が細切れに分かれたワードサラダみたいに聞こえる。周囲のざわつきが臨界点に達する。たまらず誰かが挙手もせず発言をした。
 なんだかそれぞれの言葉が細切れに分かれたワードサラダみたいに聞こえた。周囲のざわつきが臨界点に達する。たまらず誰かが挙手もせず発言をした。
「先ほどの説明によると歩兵にボディカメラがついているのでは」
 しかし、将校の返答は明らかに予想問答を経た淀みのないものだった。
「各兵士の撮影映像はコンテンツの趣旨が異なるので彼女を主に映し続けるわけには参りません。それから――」
@ -92,22 +92,22 @@ tags: ['novel']
 もっともな意見だ。報道陣も一様に頷いて見せる。だが、将校の切り返しはすばやい。
「ただ撮影すればいいだけならそうでしょう。しかし、ストリーミング配信のリアクション解析で得られた各種情報から、視聴者が求めているのは圧倒的なライブ感、リアル感だということが分かっています。ここだけの話、無人機の方の視聴者数は減少傾向にあるのが実情です」
 インターネットの蛇口をひねれば無料の娯楽がだばだばと溢れ出してくる時代、反復的に爆弾を落として窪んだ地表を映すだけの配信コンテンツがそう長持ちするわけがないのは、言われてみれば確かな話に思える。
 イベント企業のプレゼンで新規企画の立ち上げを発表するかのような若い将校の口ぶりも、要するに視聴者はもっと文字通り血湧き肉躍る映像を求めているということだろう。
 大方、報道陣各位が同様の結論に至ると会場内は静かになった。そこで将校が繰り返し尋ねる。「では、誰か、ぜひ立候補を。もちろん諸々の免責事項には同意して頂きますが、うまくいけばインフルエンサーの仲間入りですよ」
 将校に促されて、何人かの記者が颯爽と起立した。顔ぶれを眺めるといかにも毎日筋トレを欠かさずやっているような血色の良い白人男性ばかりが視界に入る。逞しく、筋骨隆々で、顎もシャープ。それでいて有害な男らしさはほのかにも漂わせず、デカいくせにむしろコンパクトな印象を受ける。そして、顔にはお決まりの最新スマートグラスだ。さながら「男性2.0」の理想像がショーウインドウされているかのようだった。彼らは決して政治的に間違えない。顔にへばりついているメガネが「正しい会話」を逐一サジェストしてくれるからだ。私の預貯金では本体代こそなんとか出せても専用LLMツールのサブスク料金は到底払えない。彼らはどうせ会社に出してもらっているのだろう。
 新規企画の立ち上げを発表するイベント企業のプレゼンじみた若い将校の口ぶりも、要するに視聴者はもっと血湧き肉躍る映像を求めているということだろう。
 大方、報道陣各位が同様の結論に至ると会場内は静かになった。そこで将校が繰り返し尋ねる。「では、誰か、ぜひ立候補を。諸々の免責事項には同意して頂きますが、うまくいけばインフルエンサーの仲間入りですよ」
 将校に促されて、何人かの記者が続々と起立した。顔ぶれを眺めるといかにも毎日筋トレを欠かさずやっているような血色の良い白人男性ばかりが視界に入る。逞しく、筋骨隆々で、顎もシャープ。それでいて有害な男らしさはほのかにも漂わせず、デカいくせにむしろコンパクトな印象を受ける。そして、顔にはお決まりの最新スマートグラスだ。さながら「男性2.0」の理想像がショーウインドウされているかのようだった。彼らは決して政治的に間違えない。顔にへばりついているメガネが「正しい会話」を逐一サジェストしてくれるからだ。私の預貯金では本体代こそなんとか出せても専用LLMツールのサブスク料金は到底払えない。彼らはどうせ会社に出してもらっているのだろう。
 私は割と聞こえるくらいの音量で舌打ちをした。ここまできて計画が台無しになってしまった。
 今回の作戦をつつがなく終わらせた魔法少女に後で正式な取材を仕掛ける予定だったのに、スマートグラス装備の完全無欠な白人男性様の記者に一日、二日も張り付かれたら勝ち目はない。この中にいるラッキーな誰かはやがて彼女の専属記者に成り上がり、魔法少女に関する一切の情報を独占していることだろう。その頃には私の名字がヤマザキだったかタナカだったかなんてどうでもいい話になっている。
 くそっ。私はまた舌打ちした。AIとは名ばかりのマルコフ連鎖風情に舌打ちのニュアンスが理解できるならやってみるがいい。一回目はやつらに対して、二回目は自分に対してだ。
 しかし彼らは矮小な私になどてんで気を払わず、落ち着いた佇まいで事の推移を見守っていた。将校は満足げに微笑んで言う。
「では、立候補して頂いた方には直ちに選考のご案内をいたします。選考結果は後日――」
 しかし彼らは矮小な私になどてんで気を払わず、落ち着いた佇まいで事の推移を見守っていた。将校は満足そうに言う。
「では、立候補して頂いた方にはさっそく選考のご案内をいたします。選考結果は後日――」
「待って。ちょっといいかしら」
 またぞろ将校に横槍が入れられた。今日の彼は会話を遮られる定めにあるらしい。ところが今回阻んだのは報道陣ではなく、会場内の民間人でもなく、真横に立ってスーツをアピールしていた魔法少女――メアリー・ジョンソン大尉だった。
「メアリー大尉……? その、なにか」
 さしもの将校も作戦の最重要人物による質問とあっては無碍にはできない。高品質に保たれたビジネスフェイスが崩れ去り、にわかに人間らしい焦燥を見せる。彼女はそれを知っているのかいないのか、意を決したふうに言う。
「その従軍記者、私が選ぶわ」
 再びどよめく会場。今度こそ絵になる台詞が聞けそうだと言わんばかりに連中のスマートグラスの縁が光り、次々と撮影モードに切り替わる。
「だって、今から人を選んでどうこうなんてやっていたらまた何週間もかかってしまうもの。今日、すぐに作戦を実行すべきよ。敵に時間を与えていたらそれだけ対策する隙を与えてしまう」
 戦略級魔法能力者相手に対策もなにもあったものか、と当然の突っ込みが頭をよぎるが、彼女の女優譲りのピンと張り詰めた声色がこの上なく動画映えするのも間違いない。言っていることも理屈の上では正論だ。そんな感じの考えが誰の脳裏にも描かれている間に彼女の選考は終わり、すぐさま選考結果が公に通知された。
「だって、今から人を選んでどうこうなんてやっていたらまた何週間もかかってしまうもの。今日、直ちに作戦を実行すべきよ。敵に時間を与えていたらそれだけ対策する隙を与えてしまう」
 戦略級魔法能力者相手に対策もなにもあったものか、と当然の突っ込みが頭をよぎるが、彼女の女優譲りのピンと張り詰めた声色がこの上なく動画映えするのも間違いない。言っていることも理屈の上では正論だ。そんな感じの考えが誰の脳裏にも描かれている間に彼女の選考は終わり、即時に選考結果が公に通知された。
「そこにいる人、あなた。しわっぽい茶色のジャケットを着ている。いや、あなただって」
 びしっと高らかに人差し指を突き出した方向が自分のいる位置にずいぶん近かったので、まずきょろきょろと左右を見回し、それから背後にも首を回したが『茶色のジャケット』を着ている人物は見当たらなかった。
 私以外には。
@ -122,7 +122,7 @@ tags: ['novel']
「紛争地域などでの取材経験は?」
「ありません」
「なるほど」
 急きょ応対に当たった事務方の職員がバックグラウンドチェックで得られた私の経歴を参照しつつ、スマートグラス越しに自己申告情報をてきぱきと打ち込んでいく。空中に浮かぶ仮想のキーボードは装着者本人にしか見えないとはいえ、タイピングしている指の動きを見ていればだいたいなにが書かれているのか想像がつく。
 応対に当たった事務方の職員がバックグラウンドチェックで得られた私の経歴を参照しつつ、スマートグラス越しに自己申告情報をてきぱきと打ち込んでいく。空中に浮かぶ仮想のキーボードは装着者本人にしか見えないとはいえ、タイピングしている指の動きを見ていればだいたいなにが書かれているのか想像がつく。
「ちなみに、今回のオファーについてどのようにお考えですか?」
 神経質に両手がぴたりと静止して視線の先が私に向けられる。こうなったらやぶれかぶれだ。こんな大チャンスをふいにするライターがどこにいる。
「ええ、もちろんお受けするつもりです。確かに私はこの種の経験がまったくありませんが、誰にでも最初はあるものです」
@ -132,7 +132,7 @@ tags: ['novel']
 タブレットの殺風景な白画面に私は堂々とサインを刻みつけた。私の入っている保険はもともと歯科しかカバーしていない最安のプランだ。インフルエンザの治療薬一つにさえ保険金を出し渋る彼らが、戦地で負った怪我を負担するなど天地がひっくり返っても起こりえない。他にもいくつかのサインを機械的に施して、私は自身の権利を自らの手によって一枚ずつ法的に剥ぎ取っていった。
「以上で事務手続きは完了です。念の為に言っておきますが、これよりあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮統制下に入ります。作戦行動中は任務遂行の妨げにならないようご注意ください」
「せいぜい努力するよ」
 基地の外ではすでに頭部、胸部、背面に大小のカメラを取り付け、軍事用グラスを装着した一個中隊が整列して待っていた。「PRESS」と大きく太字で印字された、規定の防護服に身を包んだ私はいつもより物理的に重い足取りでそちらへ近づく。作戦行動中は中隊の戦闘車輌に乗り込む手はずになっている。私の姿を認めると、四人いる小隊長が手短に挨拶をしてくれた。
 基地の外では頭部、胸部、背面に大小のカメラを取り付け、軍事用グラスを装着した一個中隊が整列して待っていた。「PRESS」と大きく太字で印字された、規定の防護服に身を包んだ私はいつもより物理的に重い足取りでそちらへ近づく。作戦行動中は中隊の戦闘車輌に乗り込む手はずになっている。私の姿を認めると、四人いる小隊長が手短に挨拶をしてくれた。
「まさかいきなり大注目のストリーマーに仕立てられるとはお互い大変ですね」
 そのうちの一人、エドガー少尉が皮肉まじりに私のカメラを顎でしゃくった。
「不運にも命を賭けないと金を稼げない身分でね」
@ -147,7 +147,7 @@ tags: ['novel']
「やあ、出陣を前にして気分はどんな感じかな」
「生理痛で睡眠不足で最悪。今にも世界を滅亡に追い込みそう。なんてね」
 もうカメラが回っているかのような気の利いた冗談に気圧されかけるも、言わずもがな彼女は女優であった。「そういうあなたは?」と水を向けられたからには、こちらも印象的な人物を演じないわけにはいかない。
「いや、暑すぎて参ったね。君のそのスーツは涼しそうでなによりだが、こっちはこんなのを着せられてたまらないよ。良かったら私のと交換しないか」
「いや、暑すぎて参ったね。君のそのスーツは涼しそうで結構だが、こっちはこんなのを着せられてたまらないよ。良かったら私のと交換しないか」
 夏真っ盛りの本日、土地柄も相まって気温はゆうに三〇度を越えていた。彼女はくすり、と微笑んだ。
「いいけど、こう見えても重さが三〇〇ポンドくらいあるし、背面を溶接してるのよこれ」
 さすが、生きた戦略兵器のために作られた防護服は格が違った。
@ -156,7 +156,7 @@ tags: ['novel']
「なんだか思ったよりやる気がなさそう。今からでも別の記者に変えようかしら」
「じゃあ、もう一人増やして外出役と留守番役で分けよう。私が留守番役で、外出役のやつから話を聞く」
 取り留めのない応酬を続けていても、なかなか適切な質問が繰り出せないまま彼女は一足先に作戦行動に移ってしまった。滑走路の手前から奥に向かって、徒競走のクラウンチング・スタートの要領で駆け出すとあっという間に大空に飛び立った。目視できなくなるほど小さくなるまでに一分とかからなかった。
 彼女が空を飛んだり、なにかを壊す様子はPR動画で何度も観たことがあるが、直に目の当たりにしたのはこれが初めてだ。”無垢な少女”が兵器に変身した瞬間と言える。我々もさっそく各自の戦闘車輌に乗り込んで後を追った。先のエドガー少尉が手招きして呼んでくれたので、彼の隣に便乗する格好となった。
 彼女が空を飛んだり、なにかを壊す様子はPR動画で何度も観たことがあるが、直に目の当たりにしたのはこれが初めてだ。”無垢な少女”が兵器に変身した瞬間と言える。我々も各自の戦闘車輌に乗り込んで後を追った。先のエドガー少尉が手招きして呼んでくれたので、彼の隣に便乗する格好となった。
 大の男たちがたっぷり何人乗り込んでも、戦闘車輌のクーラーは隅々まで効いていて心地が良い。各自の歩兵と車輌の上部についたカメラはすでにストリーミング配信を開始している。とりあえず、少尉の胸元に向かって営業スマイルを送り込んでやる。
「やあ、今回の作戦に同行することになったフリーライターのジョン・ヤマザキだ。彼らが今から連中をぶちのめしてくれる」
 エドガー少尉はやや間を置いてから真っ黒な顔に白い歯をのぞかせ、苦笑いをした。
@ -173,10 +173,10 @@ tags: ['novel']
 しかし、そこはいっぱしの軍人。ガードは固かった。
「はっはっは、その手は食いませんよ。彼女に関することは我々はなにもしゃべりません。年金が惜しいですからね」
 砂漠同然の荒野を進み続けて一時間、ようやくTOAの支配領域が近づいてきた。
 かの地と隣国との国境は隔絶されている。比喩ではない。敵方の魔法能力者が文字通り、彼らの主張する国境線に沿って深さ約一マイル、長さ約半マイルの絶壁を掘ったのだ。いくつかの場所には橋がかけられており、陸路で通行したければそこを通る以外に手段はない。もちろん、そこには重武装の部隊が常時控えている。”建国”当初は比較的往来が自由で奇特な移住希望者や旅行者で賑わっていた時期もあったものの、例の国連安保理決議以降は人通りが途絶えてしまった。その上、この物々しさでは誰も寄り付きようがない。
 国境線の数マイル手前で戦闘車輌が次々と停止する。灼熱の荒野に足を踏み出すと、さっそくエドガー少尉が部下たちに号令をかける。
 かの地と隣国との国境は隔絶されている。比喩ではない。敵方の魔法能力者が文字通り、彼らの主張する国境線に沿って深さ約一マイル、長さ約半マイルの絶壁を掘ったのだ。いくつかの場所には橋がかけられており、陸路で通行したければそこを通る以外に手段はない。もちろん、そこには重武装の部隊が常時控えている。”建国”当初は比較的往来が自由で奇特な移住希望者や旅行者で賑わっていた時期もあった、例の国連安保理決議以降は人通りが途絶えてしまった。その上、この物々しさでは誰も寄り付きようがない。
 国境線の数マイル手前で戦闘車輌が次々と停止する。灼熱の荒野に足を踏み出すと、エドガー少尉が部下たちに号令をかける。
「まもなく大尉が橋の上の敵勢力を一掃する。それまでは各自待機」
 ちょうど頃合いを図ったかのように遠くの空がぴかぴかと光りだした。こんな晴天の白昼に雷鳴――というわけではなく、もちろん彼女が戦闘を開始する兆候である。しかしこんな遠目ではなにをしているのか分からない。
 ちょうど頃合いを図ったかのように遠くの空がぴかぴかと光りだした。こんな晴天の白昼に雷鳴――というわけではなく、彼女が戦闘を開始する兆候である。しかしこんな遠目ではなにをしているのか分からない。
 そういえば、彼女のボディカメラはもうストリーミング配信中に違いない。ポケットから電話を取り出して彼女のチャンネルにアクセスする。本来ならオフラインでもおかしくない場所だが、車載の衛星通信機材が電波を発しているおかげでマンハッタンのど真ん中よりも高速にインターネットが使える。
 画面上では、暗い国境線に向かってまさに彼女が急降下を始めるところだった。これみよがしに手のひらの紫の塊を見せつけるのは、きっと視聴者に対するサービスなのだろう。ばちばちばちとスピーカー越しに爆ぜる魔法の砲弾が、視界に橋が大きく映り込んだと同時に解き放たれた。
 轟音。よくできたCGと比べると微妙に嘘っぽく見える衝撃波とともに、橋の奥に控えていた小隊規模の兵士たちが一瞬で炭化した。
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 先頭を魔法少女、後方を戦闘車輌で固めての行軍が始まった。私は今回の役割のために武器も持たず二番目の位置を歩いている。もし敵の掃射が首より上に当たったら即死だが「弾より私の方が速いから」との力強い声に説得されて、辛うじてこの立ち位置に踏みとどまっている。
 途中、オオバナミズキンバイが咲いたこじんまりとした公園をくぐり抜けて、別の大通りに進んだ。この地の住民は国連安保理決議の前後に逃げたのだろう。今回の作戦前日に無人機で紙のビラを撒く案もあったが資源の無駄遣いとの批判を受けて中止された。
 真夏の日差しがじりじりと首筋を焼き焦がす。周りの兵士たちの小銃は厳かに水平に保たれている。今ここで、奥の街角からひょいと現地住民が顔を出したらどうなるだろうか。国際連合安全保障理事会決議一六七八は非武装者の殺傷を認めていないものの、この地で武装していない民間人は珍しい。文言に「非戦闘員」や「非軍属」と記されなかったのはそのためだ。わずか数秒の間に区別がつくのは武器を持っているかどうかくらいしかない。
 それにしても、全員が無言で延々と魔法少女の背中を映し続けているのは素人目にも撮れ高が良くなさそうに感じる。太陽に照らされて光り輝く複合素材スーツの背面を眺めていると、頃合いよく彼女が振り向いた。カメラに向かって満面の笑みでピースをする。決して私に対してでなくともそこはかとなく気分が良い。
 それにしても、全員が無言で延々と魔法少女の背中を映し続けているのは素人目にも撮れ高が良くなさそうに思える。太陽に照らされて光り輝く複合素材スーツの背面を眺めていると、いい感じに彼女が振り向いてくれた。カメラに向かって満面の笑みでピース。決して私に対してでなくともそこはかとなく気分が良い。
「皆さん、ここが敵地の最前線です。この通り今は不法に占領されているので閑散としていますが、解放された暁には帰還した住民たちの手によって再び賑わうでしょう。ほら、ヤマザキさん、振り向いて」
 今の私は全身が立脚みたいなものなので、カメラアングルを変えるには身体ごと動かざるをえない。言われるままにすると大粒の汗を額に浮かせて歩く兵士たちの列が見えた。
「全隊、止まれ!」
 見計らったように彼女――メアリー大尉――が低い声で命令すると、総勢一〇〇人いる男たちの塊が一斉にぴたりと止まった。
「これより四個小隊に別れて作戦区域内を探索する! エドガー少尉は私と直進、ラング少尉は東、ブラッド少尉は西、ウェイ少尉は南側で戦闘車輌を保持して待機! 非武装者への攻撃は避けよ!」
 手短な応答を経て一つの大きな塊が四つに分裂した。まるで繰り返し練習したかのようなすばやい再編成は、実のところこんな場所で行う必要性はまったくない。おそらく、予め計画された「視聴者サービス」の一環なのだろう。
 それでも私の視界には映らないコメント欄がいっそう湧きたち、世界各地から投げ銭が毎秒飛んでくる様子がありありと想像できた。
 私の視界には映らないコメント欄がいっそう湧きたち、世界各地から投げ銭が毎秒飛んでくる様子がありありと想像できた。
 散開が済むと身軽になった小隊の進軍速度が速くなった。後ろ向きでカメラに向かって話しながら歩く魔法少女は、器用に壁や曲がり角をひょいひょいと避けて進む。なにも知らなければ旅行系のストリーマーが年相応のトークをしているようにしか見えない。
 事態が変化したのは大通りを抜けて住宅街に入り込んだあたりだった。ここまで来るとおおよそ街の状況に当たりがついて、歩兵たちの警戒心はかなり緩んでいた。他の小隊からの報告も「異常なし」が相次ぎ、過酷な戦場の姿は蜃気楼のごとく立ち消えつつあった。
 そんなところへ、なんの前触れもなく近くの家の玄関ががちゃり、と開いて老婆が表に出てきた。その季節外れの厚着をした老婆が二歩、三歩と歩いたところで、兵士たちはやっと敵地にいる人間の姿を認識した。
 一斉に小銃が老婆に向けられる。誰も彼もが「フリーズ」だとか「オンザグラウンド」だとか叫び散らかすものだから、逆になにも相手に伝わっていない感じがした。
 しかし老婆は敵国に対する敵愾心が旺盛なのか、はたまた単純に耳が遠いのか、歩みを止める気配はなく我々の行く手を横に通り過ぎようとしている。
ちょっと、ちょっと。みんな落ち着いて。お婆ちゃんでしょ」
 上滑りした雰囲気を取り繕う口調で、前にメアリー大尉が立ちふさがった。非武装者の、それも老婆に銃器を向ける歩兵の集団など、まったく好ましい構図ではない。
「みんな落ち着いて。お婆ちゃんでしょ」
 上滑りした雰囲気を取り繕う口調で、前にメアリー大尉が立ちふさがった。非武装者の、それも老婆に銃器を向ける歩兵の集団など、到底好ましい構図ではない。
「ですが――」
「私に任せて」
 数億人規模の視聴者の手前、自信満々の口調でエドガー少尉を牽制しつつ、彼女は単身で十二フィート先の老婆に近寄る。
@ -232,7 +232,7 @@ tags: ['novel']
 そして、爆発。すさまじい衝撃波が襲いかかる。鼓膜が頭ごと叩きつけられて私の身体は抑えつけられているにも関わらず、兵士たちと一緒に後ろへ転がされた。横転する視界の中でも彼女の背中がたびたび見えた。両脇から吹き出た閃光がそこかしこに飛び散り、近くの民家にぶつかると蒼色の火柱を上げた。鋭く上がった火の手がみるみるうちに家々を包み込んでいく。
 間髪を入れずに起き上がった魔法少女が呼びかける。
「みんな、怪我はない!?」
 一体どこまで役者なのか。破裂した老婆の臓腑を一身に受けた彼女のスーツは一面おどろどろしい黒ずんだ赤でデコレーションされていた。しかし、彼女自身にはまったく怪我をした様子がないところがかえって悲壮的でもあり、神々しくもある。そんな戦場の女神が取り乱しもせずやるべきことをやって、第一に味方の心配をする。いくらなんでもできすぎだ。スクリーンの前ならきっと冷笑していただろう。彼女の判断力次第で危うくひき肉になっていた立場でなければ。
 一体どこまで役者なのか。破裂した老婆の臓腑を一身に受けた彼女のスーツは一面おどろどろしい黒ずんだ赤でデコレーションされていた。しかし、彼女自身には怪我をした様子がないところがかえって悲壮的でもあり、神々しくもある。そんな戦場の女神が取り乱しもせずやるべきことをやって、第一に味方の心配をする。いくらなんでもできすぎだ。スクリーンの前なら冷笑していただろう。彼女の判断力次第で危うくひき肉になっていた立場でなければ。
 休んでいる暇はなかった。他の小隊から続々と敵襲を報せる連絡が入ってくる。無線越しに聞こえる爆発音と、遠くの爆発音が幾度となくシンクロした。
「ああああああああ……!!!」
 突如、大通りの角から一斉に人々が走りこんできた。一様に土気色の肌をした彼らは手に武器も持たず、自我も持たない。この地に敵方の魔法能力者が降臨して以来、繰り返し行われている敵方の基本戦術だ。
@ -246,20 +246,20 @@ tags: ['novel']
 充填魔法は火薬とは異なり刺激に対して反応するとは限らない。魔法能力者の遠隔操作によって起爆する。本来は肉体から飛ばして行使する魔法能力を、分離して後から発動させている。どれほどの距離で、どれほどの量の、どれほどの個数を管理できるかは魔法能力者の等級次第だ。むろん、国境線を物理的に引くほどの力の持ち主にかかれば一〇〇や二〇〇の充填魔力をコントロールするくらい造作もない。
 その圧倒的な光景を今、まさに目の当たりにしている。
 小隊の総力をあげた銃撃の雨が迫りくる人間爆弾たちを蹴散らしていく。前後に怒号を飛ばしてすばやく後退しつつも面制圧の手を緩めない。それでも肉の壁の圧力に根負けしかけた時、空から彼女が魔法を投げつけて前方の敵を消滅させる。私は身をかがめつつも、懸命に胸をそって魔法少女の働きぶりをカメラレンズに捉え続けた。直近の脅威が去ると彼女はまた別の小隊の援護に向かい、順繰りで対処を重ねる。時々、敵方の魔法能力者が距離感覚を誤ったのか早々に起爆した人間爆弾が周りを巻き込んで蒼の火柱を吹く。
 何百人もの死体が平凡な街並みの街路に積み重なり、人間爆弾が動かなくなった他の爆弾につまずいて転ぶ頃合いになると、戦いはようやく消化試合の様相を帯び始めた。
 小隊の総力をあげた銃撃の雨が迫りくる人間爆弾たちを押し戻していく。前後に怒号を飛ばして後退しつつも面制圧の手を緩めない。それでも肉の壁の圧力に根負けしかけた時、空から彼女が魔法を投げつけて前方の敵を消滅させる。私は身をかがめながら懸命に胸をそって魔法少女の働きぶりをカメラレンズに捉え続けた。直近の脅威が去ると彼女はまた別の小隊の援護に向かい、順繰りで対処を重ねる。時々、敵方の魔法能力者が距離感覚を誤ったのか早々に起爆した人間爆弾が周りを巻き込んで蒼の火柱を吹く。
 何百人もの死体が平凡な街並みの街路に積み重なり、人間爆弾が動かなくなった他の爆弾につまずいて転ぶ段階になると、戦いはようやく消化試合の様相を帯び始めた。
 やがて戦闘車輌もバックアップに駆けつけ、前後を二台の車体で塞ぐ陣形が完成した。車輌に備え付けの機銃もなかなかに物を言い、最後の方は魔法の”航空支援”に頼らずとも敵を消耗させることができた。
 静寂が訪れて、ひと心地つくと全小隊が結集して点呼が始まった。私のいるエドガー小隊は幸いにもファーストコンタクトの時点でメアリー大尉と一緒にいたおかげで死傷者ゼロだったが、他の小隊には二、三人の戦死者が現れた。他に数名の重傷者は直ちに予備の車輌に収容され、来た道を戻って母国へと帰っていった。
「敵方の魔法能力者はネクロマンサーって呼ばれているんですよ。作戦上の識別名。遠隔操作はともかく、死人を蘇らせるのは珍しい魔法なんでね」
 横向きに駐車されたままの車輌に背中を預けたエドガー少尉が、先進国では実質有罪扱いの紙タバコに火をつけて言った。
 死人を蘇らせるからネクロマンサー。この上なく単純な名付けだ。そう、国境で彼女が屠った部隊も、さっきまで戦っていた軍勢も老婆も、最低一回は死んだ経験のある人々だ。この地で一度目の人生を生きている人間は、敵方に魔法能力者が現れてからは確認されていない。
 地上軍の展開が中止されたそもそもの理由も、蘇って襲いかかってくる連中の相手をさせられる状況に厭戦気分が増したせいだった。銃撃を受けて蜂の巣にされても魔法を吹き込んでやればたちまち生き返る。蘇生した際に脳味噌がカピカピになっていたり、漏れ出ていて機能しなければ、こうして魂なき人間爆弾として転用される。
 おかげさまで先の空爆で失われた”国民”もことごとく復活人間爆弾の在庫として第二、第三の人生を歩んでいる。一連の戦術が功を奏して戦況は大きく彼らに傾いたが、代償として国連未承認国にも拘らず支持を表明してくれていた奇特な国々をすべて失った。
 先の空爆で失われた”国民”もことごとく復活を遂げ、人間爆弾の在庫として第二、第三の人生を歩んでいる。一連の戦術が功を奏して戦況は大きく彼らに傾いたが、代償として国連未承認国にも拘らず支持を表明してくれていた奇特な国々をすべて失った。
 いくらなんでも死人と握手はしたくないらしい。
「ずいぶん飄々としているな。危うく死ぬところだったのに」
 エドガー少尉は持ち前の白い歯を浮かべてかぶりを振った。カメラに映っていても平気で紙タバコを地面に投げ捨てる豪胆さが台詞に現れる。
「でもやつら、銃を撃つのが下手くそですから。六年前の方がずっときつかった。俺みたいな人種のやつにジャッジされたくないだろうが、連中はどうであれ人生をまっとうするつもりで戦っていた。今のやつらは違う」
 後の方には軽蔑の色も滲んでいた。「別にそんなに嫌うつもりはなかったんじゃないかな」と喉元まででかかった言葉を胃の奥に引っ込める。意図せず感情がこもっていたことに彼自身も気づいたのか、取り繕うように「俺を撮っていてどうするんです。あなたの仕事はあっちでしょう」と死体の山の前に佇む魔法少女を指差した。
 後の方には軽蔑の色も滲んでいた。「別にそんなに嫌うつもりはなかったんじゃないかな」と喉元まででかかった言葉を胃の奥に引っ込める。意図せず感情がこもっていたことに彼自身も気づいたのか、取り繕うように「俺を撮っていてどうするんです。あなたの仕事はあっちでしょう」と死体の山の前に佇む魔法少女を指差した。
 それもそうだ。激戦を終えた英雄にインタビューをしなければならない。
 カメラアングルを意識してじわじわと近づくと、彼女はもう準備ができていた。ゆっくり振り返ると威厳に満ちた顔つきでしめやかに語りだす。
「これが、TOAに囚われた人々の末路です。ある種の原理主義をキャッチコピーにこの地に吸い寄せられた人々は、その魂を失ってもなお朽ちた肉体にやすらぎを与えられることなく使役されています。このように、魔法能力の不正行使は人類全体に悪影響を及ぼすのです。強ければ強いほど……同じ戦略兵器等級魔法能力行使者として食い止めなければなりません」
@ -270,7 +270,7 @@ tags: ['novel']
 事前に計画されていた時間帯に差し掛かると全車輌が停車して交代で休憩をとった。私も休みたかったが「大尉を撮りに来たはずでしょう」と詰め寄る少尉に根負けさせられた。
 タイミングを見計らって話しかけると、持参した敷物の上に座る魔法少女がカメラの前で家族の話をしてくれた。私たちの食事は国連軍のコンバットレーションだが、食事に気を遣う彼女は専用のものを食べている。
「じゃあ、親戚はたくさんいるけどご両親とは離れて住んでいるんだね」
「うん、そうね。色々と複雑で……でも、おかげさまで暮らしには不自由しなかったわ。親戚というよりは一族という言い方が私にはしっくりくる」
「うん、そうね。色々と複雑で……でも、暮らしには不自由しなかったわ。親戚というよりは一族という言い方が私にはしっくりくる」
 スポンサード企業から「血で汚れて企業ロゴが見えない」とクレーム連絡が入ったので、彼女は休憩中に新品の複合素材スーツに着替えている。溶接作業は小指でやっていた。
「ご両親とそのうち会ったりするつもりは?」
「ええ、今回の作戦が終わったら会いにいくと思う。どこにいるかは知っているから」
@ -283,14 +283,14 @@ tags: ['novel']
「仲が良くてなによりだ」
「ええ、本当に」
 カメラ越しに数億人が見ている手前、私的な質問をするのは気が引けるが今こそすべきだった質問をする頃合いに思えた。
「ところで、そろそろ……従軍記者に私を選んだ理由を聞いてもいいかな。電話を開く余裕もなくて見ちゃいないが、今頃、世界中の人々が私の個人情報を掘りまくっているはずだ。きっと友人と三等親のSNSアカウントはどれも山のようなダイレクトメッセージで埋まっているだろうね」
「ところで、そろそろ……従軍記者に私を選んだ理由を聞いてもいいかな。電話を開く余裕もなくて見ちゃいないが、今頃、世界中の人々が私の個人情報を掘りまくっているはずだ。友人と三等親のSNSアカウントはどれも山のようなダイレクトメッセージで埋まっているだろうね」
 すると、彼女は「実はそんな大した理由じゃないの」と気まずい顔をした。別に期待はしていない。下手に「運命を感じた」などと言われたら取材要求の代わりに殺害予告が殺到しかねないので、私としてもこの場ではなるべく些末な理由の方がありがたい。
「私と会うような大人の人ってみんな、これをつけてるでしょ」
 彼女の顔にはかかっていないがこめかみの横の空間を上下につまむ仕草をしたので、スマートグラスのことを言っているのだと分かった。
「最強のアイドルを前に”間違える”わけにはいかないからね。ファンに火をつけられるかもしれない」
 私がこれみよがしに両手の二本指をくいくい、とすると彼女も話しながら同じ仕草をしてくれた。
 私が両手の二本指をくいくい、とすると彼女も話しながら真似をしてくれた。
「そう。みんな雲の上から”正解”をもらってきているだけなの。じゃあ私は一体誰としゃべってるの? ってなっちゃって」
「それに」と彼女はさらに続けた。どうやら今度こそ本当に本心を語っているように見えて私は内心気兼ねしていた。数多あるスポンサー企業の中にはLLM関連企業もあるに違いない
「それに」と彼女は続けた。どうやら今度こそ本当に本心を語っているように見えて私は内心気兼ねしていた。数多あるスポンサー企業の中にはLLM関連企業も含まれる
「そういう大人の人って電波の調子が悪い場所だと黙りこくっちゃうの。まるでしゃべり方を忘れたみたいに」
「先祖返りしたのさ。インターネットを失った我々は言葉を知る前の原始人と同じだ。実感が薄い暮らしを送っているから石器時代にも戻れない」
「ほらね、私と話す大人の人はそういうことは言ってくれない。ああ、でも彼らは別ね」
@ -324,8 +324,8 @@ tags: ['novel']
 結局、先の戦いを除いて組織的抵抗は一つも起こらなかった。この地の政策で警察組織は自警団に取って代わられて久しく、その自警団も仮初の死に慣れすぎたせいで本当に死ぬのが怖くなっている。
 それでも時々、死人にしては活きの良いのが街角でぶっ放してくることがあった。筋力不足なのか極端に縦ブレした銃撃を明後日の方向に散らした後、こちら側の応射をしたたかに食らって二度目か三度目の人生を終えていく。稀にまっすぐ撃ち放たれた銃弾はどれもメアリー大尉が手前でキャッチした。
 道の要所を守っている重武装の警備隊は例によって魔法の砲撃でことごとく滅せられた。彼らには次の人生もない。下手に原型を保ったまま死んで爆弾の在庫になるよりは慈悲深いのかもしれない。
 首都が近づいてくるとついに荒野は終わり、ささやかな緑地がところどころに見えはじめた。
 度重なる空爆によって痛めつけられたこの地の首都に高層建築物は一つを除いてなく、かといって誰にも必要とされない建物が再度建てられることもなく、あたかも入植当時の素朴な景色が遠目に広がっている。
 首都が近づいてくると荒野は終わり、ささやかな緑地がところどころに見えはじめた。
 熾烈な空爆によって痛めつけられたこの地の首都に高層建築物は一つを除いてなく、かといって誰にも必要とされない建物が再度建てられることもなく、あたかも入植当時の素朴な景色が遠目に広がっている。
 陽が落ちきって空が闇夜に包まれると、我々は戦闘車輌で周囲を取り囲んで野営地を築いた。
 夜中は本来、ストリーミング配信の視聴者数をもっとも見込める時間帯だが、戦場で動くのに適した環境ではない。
 昼に引き続きレーションを黙々と食べる。気温が下がった夜間なら同封のヒーターでレーションを温めるのも悪くない。いくらかマシな味になる。
@ -354,16 +354,16 @@ tags: ['novel']
「ここにいたんですか」
 突然、背後から話しかけられてぎくりとした。振り返ると小銃のタクティカルライトを照らすエドガー少尉の姿が見えた。
「少尉が歩哨を?」
「まさかするやつもいるかもしれませんが俺は部下に丸投げです。じゃなきゃなんのための階級章か分からない」
「まさかするやつもいるかもしれませんが俺は部下に丸投げです。じゃなきゃなんのための階級章か分からない」
 少尉はわざとらしく肩をすくめて小銃を下ろした。
「ただ、寝袋にいるはずの人が急にいなくなったら心配にはなる」
「まあ、確かに」
 不自然な無言の間が作り出された。ここまで隠し通して来たがいよいよ限界らしい。そしてついに、彼が沈黙を破った。
 不自然な無言の間が作り出された。ここまで隠し通して来たがとうとう限界らしい。そしてついに、彼が沈黙を破った。
「ジョン・ヤマザキさん。あんた、軍歴がないっていうのは、嘘だな」
 私はあっさりと認めた。
「バレちゃ仕方がないな」
「あんなに戦闘車輌に慣れた素人はいませんよ。それに、レーションもかなり食べ慣れている。普通はもっと手間取るものです」
 言われてみれば確かにそうだ。視線や身体の動きには気をつけていたが、まさかそんなところで露呈するとは。
 言われてみれば確かにそうだ。視線や身体の動きには気をつけていたが、そんなところで露呈するとは。
 魔法少女に気に入られた貧乏フリーライターが戦場を共にする。いくらなんでもできすぎた話だ。出版社に提案したらこれも即ボツだろう。いかに彼女が作戦の要でも国連という巨大な組織はそういうふうには動かない。
 あの時のバックグラウンドチェックで彼らは私の軍歴を正確に把握していた。私は正直に答えたから国連に認められたのではない。元スパイらしくきちんと嘘をついたから認められたのだ。
 ”念の為に言っておきますが、これよりあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮統制下に入ります。”
@ -385,16 +385,16 @@ tags: ['novel']
 一方、選択肢を持てなかった人々もいる。さしずめテキサス州防衛隊第一九連隊に所属していた州兵の私などはそうだっただろう。競技会で少々腕を鳴らす程度の州兵が、わずか数日の間にトゥルース・オブ・アメリカの陸軍大尉に命ぜられて一個中隊を率いることになったのだ。同日付でテキサス州防衛隊本部は国軍総司令本部に格上げされ、ビールの飲み過ぎで腹が出っ張った顔見知りの上官が准将閣下としてオースティンに召し上げられていった。
 笑えない冗談みたいな見出しが踊り狂うディスプレイを横目に出動義務に応じると、基地の裏庭で「集団逃亡を扇動していた」とされる数名の下士官が銃殺刑に処されているのを目の当たりにした。処刑した方もされた方も友人だった。
 こうしてなし崩し的に戦場に駆り出されたが、以降は特に語るほどの話はない。圧倒的な物量差に加え、短気なインフルエンサーの指揮する戦争が有利に運ぶはずもなく、私が率いた中隊は一週間と経たずに合衆国軍に制圧された。捕らえられた後はいいように再利用され、今度は合衆国軍側のスパイとなった。勤務評価が言うにはそこそこ役に立ったらしい。三年後、国連安保理決議の採択とともに私はTOAを脱出、自動的に除隊された。三年間のスパイ勤めに対する恩給は、まあそれなりには出た。
 公にはできない仕事でキャリアに穴を空けた私に就けるまともな仕事はなかった。社会は内戦が起ころうが母国の一部が空爆されようがほぼ滞りなく進んでいた。以来、人々を怒らせる小話を書いて日銭を稼ぐ日々だ。あまりうまくはいっていない。軍のツテを駆使してでも魔法少女とお近づきになれなければ今年中に貯金が尽きていただろう。
 公にはできない仕事でキャリアに穴を空けた私に就けるまともな仕事はなかった。社会は内戦が起ころうが母国の一部が空爆されようがほぼ滞りなく進んでいた。以来、人々を怒らせる小話を書いて日銭を稼ぐ日々だ。うまくはいっていない。軍のツテを駆使してでも魔法少女とお近づきになれなければ今年中に貯金が尽きていただろう。
 もっとも、エドガー少尉は多くを知りたがらなかった。「所属部隊は?」「ここの第一九連隊だ」「そうですか、苦労しましたね」これで終わりだった。彼が去った後、しばらくして私もようやく眠れそうになったので元いた寝袋にくるまって目を閉じた。起きた時に捕縛されていたら、それはそれで仕方がないと思った。
 意外にも、朝日に照らされて迎えた翌日の状況に変化はなかった。少尉とは何事もなかったかのように挨拶を交わしたり、他の兵士たちの素振りも変わらない。
 意外にも、朝日に照らされて迎えた翌日の状況に変化はなかった。少尉とは何事もなく挨拶を交わし、他の兵士たちの素振りも変わらない。
 ばっちり睡眠をとった我々の最強兵器も、敷物を巻き終えて溌剌とした様子でカメラの前に現れた。
「ハーイ、今日は敵地の首都、私たちのテキサスを奪還しにいきます!」
 我々は戦闘車輌に乗り込んでルート二〇を直進した。昨日のコロラド・シティからやや大きいアビリーンに到達すると緑地は目に見えて増えた。空軍基地の街として知られるこの都市にさえ戦闘機はもう一機も残っていない。互いの人生が一回目だった頃の戦いで合衆国軍があらかた撃ち落とした上、三年後の空爆でも空軍基地は優先的な破壊目標だったからだ。
 あちこちに朽ちた廃材でバラック小屋を建てて暮らす住民が見える。時折、小屋から土気色の主人たちが散弾銃を持って現れたが、特になにもするでもなく我々を見送っていった。こちらもこれ以上はことを荒立てない。この地の実情はよく分かった。
 ウェザーフォードを越え、フォートワースに着くと兵士たちも多少はピリピリとしてきた。首都のダラスはもう目と鼻の先、太陽は高く昇っている。他愛もない雑談が減り、魔法少女の空中偵察は格段に回数が増えてあまり涼みに戻ってこなくなった。
「まずいな。我々の”魔法少女”を呼びましょう」
 車輌の窓から前方を見やったエドガー少尉が、振り返って言った。かつて首都侵攻を警戒していたTOA国軍は地雷原を築いている。街は空爆で崩壊しても地雷はまだ生きているだろう。事実、国連安保理決議に基づいて派兵された地上軍のうちの一部は首都にまで迫っていたが、地雷原の処理に手間取って攻めきれなかったという。
 車輌の窓から前方を見やったエドガー少尉が、振り返って言った。当初、首都侵攻を警戒していたTOA国軍は地雷原を道路上に築いている。街は空爆で崩壊しても地雷はまだ生きているだろう。事実、国連安保理決議に基づいて派兵された地上軍のうちの一部は首都にまで迫っていたが、地雷原の処理に手間取って攻めきれなかったという。
 街を目の前にして戦闘車輌がブレーキをかけて次々と停まる。少尉の呼びかけに応じて戻ってきた魔法少女に説明が施された。
「私があそこを踏んでいけばいいのね」
 二つ返事で了承した彼女は前方の道路を堂々と歩いていった。ただし意図的に荷重をかけているせいで、後ろ姿はなんだかぎくしゃくして見える。道路に敷き詰められている地雷は対人用ではないはずなので、反応させるには魔法で圧力をかけてやる必要がある。
@ -411,7 +411,7 @@ tags: ['novel']
「そうは言っても骨丸出しのやつが隣に引っ越してきたら嫌ですよ、俺は」
 運転手の兵士は笑いもせず答えた。この彼の思考はシンプルにできているようだった。
 ついにダラス郡内に侵入した。記憶に残る街並みはそこにはみじんも残されていない。徹底的な空爆に晒された首都はみるも無残な姿に変わり果てている。代わりに六年前に大統領が作らせた尖塔――「トランプ・タワー2」――驚くべきことに正式名称――が都市の中央にそびえ立つ。降伏を決定できる立場の人間を殺すと戦争が終わらないので、計画的に空爆対象から外されていたのだ。
「行く場所がはっきりしていてなによりだ
「行く場所がはっきりしていて楽だな」
 とことん皮肉めいた風景に嫌味を漏らさずにはいられなかった。
 侵入を封じる粗末な作りのバリケードを車体で蹴散らして尖塔の敷地内に侵入した。尖塔の上層からの狙撃を警戒して、各戦闘車輌は建物の影にそれぞれ横付けで停車した。出る時は車輌を壁に、脇見せず突入する手はずになっている。
 だが、ここへきて先陣を切っていた魔法少女は思いもよらない行動に出た。
@ -438,7 +438,7 @@ tags: ['novel']
 私から数フィートほどしか離れていない場所に彼女と、もう一つの人影が共に激しく墜落した。コンクリートがめくれ上がる衝撃にまたもや耐えきれず、私はその場に横転を余儀なくされる。
 慌てて起き上がると立ち込める硝煙の狭間に我らが魔法少女の横顔が見えた。その隣に、気だるそうに尻もちをついたまま座り込む別の――今ので死んでいないということは魔法能力者――の、少女――魔法少女が、いた。
「いったいなあ、なにするのアイシャお姉ちゃん」
 まるでちょっと小突かれただけ、とでも言わんばかりの態度で、黒い癖毛の魔法少女は頭をかいた。対する、こちら側の魔法少女の声は震え、怒りと悲哀に包まれていた。
 まるで軽く小突かれただけ、とでも言わんばかりの態度で、黒い癖毛の魔法少女は頭をかいた。対する、こちら側の魔法少女の声は震え、怒りと悲哀に包まれていた。
「もうこんなことやめてよ、サルマ」
 実際、二人の顔つきはとても良く似ていた。片方は映画の役柄のために髪の毛をブロンドに染めていたものの、彼女らの出自を表す濃いベージュの肌とはっきりした目元は揺るぎない血縁を示している。
 パレスチナ系アメリカ人のメアリー・アイシャ・バルタージー・ジョンソン大尉は、日々の礼拝のために敷物を持参する敬虔なイスラム教徒だ。
@ -460,10 +460,10 @@ tags: ['novel']
「そうだね。二人とも殺されちゃった。でもたぶん、肌が白いかどうかは本当はどうでもよくって、ここの人たちは周りが変わっていくのが怖かっただけなんだよ。自分も変えられてしまいそうで」
 飄々とした言い回しに最強の姉が言葉に詰まる。妹の方はなおも攻勢を緩めない。
「だから、あたしがなにも変わらないようにしてあげた。たとえやめてくれとせがまれても、骨になって魂を失っても、絶対に変わることを許さない。ずっとここに閉じ込めて、変わる必要のない人生を与え続けるんだ」
 敵方の魔法少女は白人至上主義者の手駒などではなかった。むしろ国家と人々を文字通りの傀儡に、ひどく迂遠な、重く苦しい皮肉めいた復讐を行っていた。
 敵方の魔法少女は白人至上主義者の手駒などではなかった。むしろ国家と人々を傀儡に、ひどく迂遠な、重く苦しい皮肉めいた復讐を行っていた。
「そんな……あんた、わざと……でも、違法だわ。私たち、魔法能力行使者は――」
 歯切れ悪く姉が言いかけたのは、法的手続きの正当性。むろん、今さらそんな理屈が通用する相手でないことは明らかだった。
「いいじゃない、彼らが言う決まりなんて。彼らはあたしに”来るな”と言った。だからここで好きにやらせてもらっている。今度は奪いに来るの? あたしを受け入れない人たちなんて、いつまでもずっと殺し合っていればいい」
「いいじゃない、彼らが言う決まりなんて。彼らはあたしに”来るな”と言った。だからここで好きにやらせてもらっている。今度は奪いに来るの? あたしを受け入れない人たちなんて、いつまでも延々と殺し合っていればいい」
「最初から間違っていたのよ」
「間違いかどうかは誰が決めるの? アメリカ合衆国? それとも国連? お姉ちゃんの飼い主だもんね」
 度重なる挑発に最強の姉はついに堪忍袋の緒が切れたようだった。大股で肩を怒らせて近づきながら断言した。
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 妹の方も不敵な笑みを浮かべて、ゆらりと立ち上がった。頭一つぶん背が低くとも全身から迸る魔法のオーラに差は感じられない。
「それならいいよ、分かりやすいから」
 紫と蒼の光をまとった両者の拳が交わる。衝突した膨大なエネルギーが発散して周囲に鋭く波動を散らした。逃げ遅れた私はその一片を受けて吹き飛ばされ、近くの戦闘車輌に背中をしたたかに打ちつけた。
 肺の中の空気が絞り出される圧力に気を失いかけたが、辛くも意識を取り戻して車輌の背面に回る。車輌の陰から半身を乗り出してストリーミング配信を続行する。間違いなく、今この瞬間が最高の視聴者数だ。
 肺の中の空気が絞り出される圧力に気を失いかけたが、辛くも意識を取り戻して車輌の背面に回る。車輌の陰から半身を乗り出してストリーミング配信を続行する。確認するまでもなく、今この瞬間が最高の視聴者数だ。
 二人の魔法能力がぶつかるたび、相当に重いはずの車輌がぐわんぐわんと揺れて傾ぎ、尖塔を支える太い支柱にひびが刻まれた。数回の応酬を経て互いに有効打が望めないと悟ると、両者は跳躍して距離をとった。手から放たれた魔法の砲弾がソニックウェーブを起こして水平に滑空する。小隊規模の兵士たちを瞬時に屠る威力を持つ魔法を、しかし受け手側は片手を振り払っただけで横に弾き飛ばす。直後、近場で爆発が起こり、蒼と紫の火柱が立ち上った。
「お姉ちゃん、割と強いね」
 意外そうな表情を見せるも、攻撃の手を緩めず再び距離を詰める敵方の魔法少女に、こちらの魔法少女も挑発を辞さない。
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「もう絆創膏を貼ってあげなくてもよさそうね」
 打撃、投擲の次には斬撃が繰り出された。手の先から伸びる紫の刃が妹のサルマに振りかぶられる。あの老婆を両断した時よりも三倍は大きい。
 だが。
 瞬時に展開されたきらびやかな蒼の刃がそれを一撃のうちに叩き折った。散らばる紫の欠片が空中で輝いて霧散する。
 すばやく展開されたきらびやかな蒼の刃がそれを一撃のうちに叩き折った。散らばる紫の欠片が空中で輝いて霧散する。
「今度は私が貼ってあげる」
 間髪を入れずに向けられた切っ先が彼女の腹部を捉えた。うめき声を漏らして後退するその足元には、血がぽたぽたと滴っていた。
 核兵器にも匹敵する戦略級魔法能力者が流血した。地雷の爆発にも耐える三〇〇ポンドの複合素材スーツも魔法の前には紙切れ同然だった。
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 鮮血で染まった蒼の刃が相次いで振られる。失血で動きが鈍くなった彼女には避けきれず、肩口にまた切り傷がつけられた。
「逆にこれ視聴者数が増えたりするんじゃないの」
 さらに一閃、今回は折れた紫の刀身で受けるも鍔迫り合いは長く持たなかった。突き抜けた蒼の刃が脇腹を貫く。おびただしい量の返り血がサルマの刀身を濡らした。
 ついに体力を失ったメアリー大尉はよろめいて地面に膝をついた。車輌の裏から覗き見る限りでも、肩で息をして頭を垂れる魔法少女の敗着は明らかに思われた。
 とうとう体力を失ったメアリー大尉はよろめいて地面に膝をついた。車輌の裏から覗き見る限りでも、肩で息をして頭を垂れる魔法少女の敗着は明らかに思われた。
「あれ、終わり? まあいいよ。別に殺す気とかはないからさ。またいつでも来ていいよ」
 地に染まった蒼とも朱とも区別のつかない魔法の刃を肩に回すその姿は、勝負事に勝ってはしゃぐ年相応の子どもと大差ない雰囲気を醸し出していた。打ち負かした相手の血にまみれている部分を除けば。
「ねえ、あんた、まだ生理来ていないでしょ」
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---
 魔法で鋳造された血の刃が容赦なく振りかぶられる。当初は再生成した刀身で受けるつもりのサルマも、寸前になにかに気づいたのか身体をそらして退避を選択した。だが、触れていないはずの刃の軌跡が胸元に裂傷をもたらす。「いたっ」さらに後ろに退くも、漏れ出た血液はずるずると血の刃に回収されていく。そのぶん、紫のオーラの輝きがいくらか増したように見える。
 魔法で鋳造された血の刃が容赦なく振りかぶられる。当初は再生成した刀身で受けるつもりのサルマも、寸前になにかに気づいたのか身体をそらして退避を選択した。だが、触れていないはずの刃の軌跡が胸元に裂傷をもたらす。「いたっ」後ろに退くも、漏れ出た血液はずるずると血の刃に回収されていく。そのぶん、紫のオーラの輝きがいくらか増したように見える。
「お姉ちゃんの方が悪役に向いているんじゃないの」
「そうね、次は悪役のオファーを受けようかしら」
 敵方の魔法少女は刃そのものの刃渡りよりも射程が広いと悟り、次の袈裟斬りを半身ぶん余計に動いてかわした。幾回の応酬を経て、二人の位置取りは次第に後方にずれて尖塔の支柱に近づいた。
@ -533,11 +533,11 @@ tags: ['novel']
 地面の血溜まりが自ら起き上がり、主人の元に戻っていく。どれほどの深手もものともせず、さながら現実を否定する挙動で突き刺さった刃を包み込んだ。そうして取り込まれた刃はどうやら大尉の体内に吸収されたように見え、際限なく増大した血の刃には紫と蒼の炎が煌々と灯っていた。
「痛みを知りなさい」
 ついさっきまで無邪気に逆転勝利を確信していた妹の頬に、冷や汗が滲んだ。
 お返しとばかりに突き出された刃はサルマに傷を与えたようには見えなかった。ただ、あがきもがく蒼のオーラが血の通り道を伝って、紫のオーラへと吸収されていく様子が見て取れた。
 最後に突き出された刃はサルマに傷を与えたようには見えなかった。ただ、あがきもがく蒼のオーラが血の通り道を伝って、紫のオーラへと吸収されていく様子が見て取れた。
 ついにサルマは尻もちをついて地面に倒れ込んだ。もはや身体のどこからも魔法を発動することは叶わない。大勢に第二、第三の人生を与えてなお余りある魔法能力は、今や文字通り血を分けた姉に奪い尽くされたのだ。
 これこそが彼女の「とっておきの魔法」だった。妹を止めるためだけの魔法。
「勝負あったわね」
 当初の仁王立ちに立ち直った彼女が改めて勝利を宣言する。妹には満足に言い返す気力も残っていない様子だった。
 仁王立ちに立ち直った彼女が決着を宣告する。妹には満足に言い返す気力も残っていない様子だった。
「……ずるいよ、お姉ちゃん。それって私を倒すためだけの魔法じゃん」
「戦いは計画してするものよ」
 光り輝く血の大剣が身体の内に取り込まれた。戦略級魔法能力者二人ぶんの力を得たこの少女は歴史上においても間違いなく最強の魔法能力者だろう。
@ -557,8 +557,8 @@ tags: ['novel']
「上の階から見てましたよ。行ってしまったんですね、彼女ら」
 役目は終わったとばかりにカメラをオフにした少尉に向かって、私も同様に電源を切って問う。
「全部分かっていたんだな」
「バレちゃ仕方がないですね。彼女を訓練したのは我々です。三日前に訓練兵が上官になりましたがね。今回の作戦で同行を願うためには、まあ、色々と各方面に骨を折りました
 魔法能力者を訓練するための特別部隊。その部隊に裏切られては国連の面目も形無しだ。
「バレちゃ仕方がないですね。彼女を訓練したのも実は我々です」
 金稼ぎのためにわざわざ動員した部隊に裏切られては国連の面目も形無しだ。
 横を見ると、戦闘車輌の後部座席に次々とTOAの兵士たちが収容されていく様子が見えた。
「殺さなかったんだな」
 これにもあくまで淡々と少尉は答える。
@ -573,8 +573,8 @@ tags: ['novel']
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 激動の一年間が過ぎ去り、銀行口座の残高が当面の生活に困らない桁数に達した頃、私はちょうどよい頃合いだと思って彼女のSNSアカウントにダイレクメッセージを送った。取材の申し込みだ。
 返事はすぐに来た。座標と、簡潔な指示が記されていた。
 激動の一年間が過ぎ去り、銀行口座の残高が当面の生活に困らない桁数に達した頃、私は決意を固めて彼女のSNSアカウントにダイレクメッセージを送った。取材の申し込みだ。
 返事は五分以内に来た。座標と、簡潔な指示が記されていた。
「録画、録音、スマートグラス禁止」
 調べてみると、座標の指し示した先は南極大陸だった。私はすぐさまヘリコプターと操縦手を手配して、翌週の講演会やイベントの予定をすべてキャンセルした。
 現地に向かう道すがら、ふと気になってSNSのあるアカウントページを開いた。全盛期と比べるとフォロワー数は一分の一以下に減っていたが、懲りずに全文大文字で投稿している彼の調子に衰えは見られない。ショート動画での投稿もお手の物だ。
@ -583,88 +583,125 @@ tags: ['novel']
 当然、合衆国政府の再三にわたる出頭命令に応じる気配はない。そんな彼の動画のコメント欄は、ティーカップの上げ下ろしになんらかの緊急メッセージを読み取った陰謀論者たちで埋め尽くされている。
 とんだお騒がせ者に付き従った数百名余の将校と官僚たちは一旦所轄の役所が死亡届を受理して書類上で死亡扱いにした後、改めて新設の「復活届」を提出させ、二度目以降の人生を送る人間として正式に刑事告発された。
 裁判には最新バージョンのLLM裁判システムが用いられた。過去の判例の全データと数十万人ぶんの統計的人格を併せ持つ電子の検事と弁護士がそれぞれ毎秒約一億回の弁論を繰り広げ、実時間にして十七時間で全員の一審判決が下された。
 現在、終身刑を言い渡された者の一部は控訴したので二審以降は人間の手に委ねられているが、同システムの稼働以来一度も裁判結果が覆った試しはない。
 彼女の”領土”のすぐ手前には合衆国軍を中心に様々な国の軍隊が駐屯する基地が建設されている。私はそこで綿密なボディチェックを受けさせられ、保安審査を通過するとようやく先に進むことを許された。南極の寒さはヒーターが効いた自動車を乗り降りするたびに身を突き刺すようだった。
 メッセージに示された座標上には場違いなほど平凡な一戸建てが建っていた。ドアベルを鳴らすとまるで友達を出迎えるようにインターホンから「ハーイ」と声がした。がちゃり、と電子錠が開くフィードバック音がして「開いているから勝手に上がって」と、これまた友人にすすめるような口ぶりで招かれる。言われるがままに玄関に上がった途端、快い暖気に全身が満たされた。廊下を歩いていくと特に豪華でも貧相でもない作りのリビング、頭からすっぽりと大型のスマートグラスをかぶったメアリー大尉、もとい、アイシャが立っていた。
 予想だにしない出迎えに手前で固まっていると、ちょうど一段落ついたのか彼女はグラスを脱いで私の方に向き直った。服装は至って気だるげな部屋着で、もうビビットな色彩をした三〇〇ポンドの複合素材スーツは着ていない。髪の毛もストレートパーマをかけたブロンドではなく癖のついた黒髪に戻っている。ただし、足首には今もなお黒い枷が巻かれていた。
「あ、久しぶり。動画観たけど、良さそうなジャケットを着てるね。ちょっと偉そう」
 現在、終身刑を言い渡された者の一部は控訴したので二審以降は人間の手に委ねられているが、同システムの稼働開始以来一度も裁判結果が覆った試しはない。
 彼女の”領土”の手前には合衆国軍を中心に様々な国の軍隊が駐屯する基地が建設されている。私はそこで綿密なボディチェックを受けさせられ、保安審査を通過するとようやく先に進むことを許された。南極の寒さはヒーターが効いた自動車を乗り降りするたびに身を突き刺すようだった。
 メッセージに示された座標上には場違いなほど平凡な一戸建てが建っていた。ドアベルを鳴らすとまるで友達を出迎えるようにインターホンから「ハーイ」と声がした。がちゃり、と電子錠が開くフィードバック音がして「開いているから勝手に上がって」と、これまた友人にすすめるような口ぶりで招かれる。言われるがままに玄関に上がった途端、快い暖気に全身が満たされた。廊下を歩いていくと特に豪華でも貧相でもない作りのリビング、頭からすっぽりと大型のスマートグラスをかぶったメアリー大尉、もとい、アイシャが立っていた。
 予想だにしない出迎えに固まっていると、ちょうど一段落ついたのか彼女はグラスを脱いで私の方に向き直った。服装は至って平凡な部屋着で、もうビビットな色彩をした三〇〇ポンドの複合素材スーツは着ていない。髪の毛もストレートパーマをかけたブロンドではなく癖のついた黒髪に戻っている。ただし、足首には今もなお黒い枷が嵌っていた。
「あ、久しぶり。動画観たけど、なんか良さそうなジャケットを着てるね。ちょっと偉そう」
 さすがに南極くんだりには持ち込んでいないが、講演会やイベントでは二〇〇〇ドルのジャケットを着ている。しわだらけのジャケットは卒業した。
「実を言うと前のあれは祖父の形見でね、墓に埋めたよ」
「相変わらず変な冗談がうまいね」
 調子よく会話を重ねていても私の線は彼女の手元のスマートグラスにあった。これにツッコまないのは野暮だろう。
 調子よく会話を重ねていても私の線は彼女の手元のスマートグラスにあった。これにツッコまないのは野暮だろう。
「えっと、宗旨替えでもしたのかな。私にはあんなメッセージを送っておいて」
「ん? これのこと? これはセーフよ。ゲーム機だもん」
 あっけからんと答えつつ彼女はグラスを充電ドックに差し込んで、近くのソファに倒れ込んだ。ずいぶんやり込んでいたのか「あ〜」と変なうなり声を漏らして背筋を延ばす。
 あっけからんと答えつつ彼女はグラスを充電ドックに置いて、近くのソファに倒れ込んだ。ずいぶんやり込んでいたのか「あ〜」と変なうなり声を漏らして背筋を延ばす。
「いまダンジョンの十二階層でレイドボスと戦ってるところなんだ。でも、何度やっても勝てない。現実だったら絶対にワンパンで殺れるんだけどな。ゲームって難しいね」
「あまり聞かない類の感想だな」
 彼女にとってゲームとは現実よりも弱い自分を体験するためのものらしい。
「それで、あの子は?」
 かつて最強の座を競い合った妹、サルマ・バルタージー。あの時は確かに一緒に住むと言っていた。時計を見るまでもなく心拍数の上昇を感じながら尋ねると、これまた彼女は平然と答える。
「上の部屋にいるよ。さっきのゲームもマルチプレイしてたし。そろそろ降りてくるんじゃない?」
 見計らったように背後から階段を降りる音がして、アメリカ合衆国と国連を敵に回して戦ったもう一人の魔法少女が姿を現した。こちらは予想に反して外出に耐えうる服装をしている。
 かつて最強の座を競い合った妹、サルマ。あの時は確かに一緒に住むと言っていた。時計を見るまでもなく心拍数の上昇を感じながら尋ねると、これまた彼女は平然と答える。
「上の部屋にいるよ。さっきもマルチプレイしてたし。そろそろ降りてくるんじゃない?」
 見計らったように背後から階段を降りる音がして、アメリカ合衆国と国連を敵に回して戦ったもう一人の魔法少女が姿を現した。
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「あ、配信の人だ」
 サルマ・バルタージーは姉よりも輪をかけてだらけた普段着姿で、ごく自然体に話しかけてきた。
「そういうふうに覚えられているのか」
 やや詰問気味の視線を姉の方に投げかけると釈明が返ってきた。
 やや詰問気味の眼差しを姉の方に投げかけると釈明が返ってきた。
「いや、私はちゃんと説明したつもりだけど」
「お姉ちゃんの付き人だって」
「なんか含みがある表現だな」
「専属の従軍記者よ」
 とても国家を手玉にとった戦略級兵器同士の会話とは思えない。隅々にまで床暖房が行き届いた暖かい部屋の中で、カジュアルな服装に身を包んだ二人の姿はどこからどう見ても長期休暇中の子どもそのものだ。
 そんな胸中をよそに妹の方はすたすたと私の真横を通り過ぎて冷蔵庫からジュースを取り出した。ついでに私にも一本くれた。
「はい、どうぞ配信の人」
「ど、どうも?」
 ぎこちないイントネーションでお礼を言う。しかし、砂糖とカフェインがぎっしり入ったロング缶のエナジードリンクは三十半ばの男には少々重かった。
 ぎこちなお礼を言う。しかし、砂糖とカフェインがぎっしり入ったロング缶のエナジードリンクは三十半ばの男には少々重かった。
 結論から言うと、二人の存在は合法になった。
 あの劇的な脱出劇の直後、慌てふためいた合衆国政府がデフコン1を発動させるも、ストリーミング配信の内容を分析していた世界各国の有識者から「もはや核兵器が有効とも限らない」との強い制止がかかり、ひとまずは刺激を避けて交渉に臨む計画が進んだ。これに対して、南極大陸の観測所に居座った彼女が要求した条件は次の通り。
 一つ、合衆国政府、および各国政府は私、アイシャ・バルタージー個人と相互不可侵条約を締結すること。二つ、別紙に記載の座標を中心に半径一〇〇ヘクタールを私固有の領土とする。三つ、私とその一族の身の安全を保障して十分に文化的な家屋と飲食料を提供すること。四つ、私、アイシャ・バルタージーはいかなる国家の国籍も保有せず、また、いかなる組織にも所属しない。五つ、私、アイシャ・バルタージーはいかなる係争にも関与しない。六つ、以上の条件が確実に履行されている場合に限り、私、アイシャ・バルタージーは戦争犯罪人サルマ・バルタージーが魔法能力を完全に喪失するまで監督責任を負うものとする。七つ、両者の魔法能力の喪失をもって同条約を発展的に解消し、過去のいかなる罪にも問うてはならない。八つ、以上に掲げた条件が不当に破棄されるか、あるいはその兆候が露見した場合はダーツで選んだ国の上空で魔法能力を発動する。
 一つ、合衆国政府、および各国政府は私、アイシャ・バルタージー個人と相互不可侵条約を締結すること。二つ、別紙に記載の座標を中心に半径一〇〇ヘクタールを私固有の領土とする。三つ、私とその一族の身の安全を保障して十分に文化的な家屋と飲食料を提供すること。四つ、私、アイシャ・バルタージーはいかなる国家の国籍も保有せず、また、いかなる組織にも所属しない。五つ、私、アイシャ・バルタージーはいかなる係争にも関与しない。六つ、以上の条件が確実に履行されている場合に限り、私、アイシャ・バルタージーは戦争犯罪人サルマ・バルタージーが魔法能力を完全に喪失するまで監督責任を負うものとする。七つ、両者の魔法能力の喪失をもって同条約を発展的に解消し、過去のいかなる罪にも問うてはならない。八つ、以上に掲げた条件が不当に破棄されるか、またはその兆候が露見した場合はダーツで選んだ国の上空で魔法能力を発動する。
 半年以上に及ぶ議論の末、主要先進各国は彼女の要求を呑んだ。まだ呑んでいない国々も徐々に後に続くだろう。
 前例なき未曾有の国際条約が締結される調印式の前後では、インターネット上のありとあらゆる空間で彼女の出自や民族に対する罵詈雑言や差別発言が相次ぎ、あるいは逆に人類全体が崇め奉るべき新しい神であると主張する新宗教が現れ、一方、どうせ若い女だから手加減されているんだろう、もし中年男性なら予告なく南極ごと核爆撃されていた、と恨み節を上げる投稿がSNSで万バズを獲得した。そしてそのどれもが、LLMサービスのモデレーションによって適宜フィルタリングされ電子の海の仄暗い奥底に埋もれていった。
 一度、アイシャとサルマは国連と合衆国政府の承認を得てテキサスに飛んできたことがある。約束通り両親に会いに来たのだ。上空を幾多の戦闘機が飛び回り、地上では一個大隊規模の軍隊と重戦車が往来する物々しい雰囲気に包まれていたが、名もなき暴徒に銃殺された二人の両親は、共同墓地の一角で静かに眠っている。これで復讐は済んだと言えるだろうか
 前例なき未曾有の国際条約が締結される調印式の前後では、インターネット上のありとあらゆる空間で魔法能力者の排外を呼びかける差別的発言が相次ぎ、あるいは逆に人類全体が崇め奉るべき新しい神であると主張する新宗教が現れ、一方、どうせ若い女だから手加減されているんだろう、もし中年男性なら予告なく南極ごと核爆撃されていた、と恨み節を上げる投稿がSNSで万バズを獲得した。そしてそのどれもが、LLMサービスのモデレーションによって適宜フィルタリングされ電子の海の仄暗い奥底に埋もれていった。
 一度、アイシャとサルマは国連と合衆国政府の承認を得てテキサスに飛んできたことがある。約束通り両親に会いに来たのだ。上空を幾多の戦闘機が飛び回り、地上では一個大隊規模の軍隊と重戦車が往来する物々しい雰囲気に包まれたが、名もなき暴徒に銃殺された二人の両親は、共同墓地の一角で静かに眠ってい
「ほら、あれがそうよ」
 アイシャが自分の動画チャンネルで背景に映り込ませているダーツボードの実物が壁にかけられていた。およそ数百の隙間の一つ一つにポップな字で国名が刻まれている。ゲームで負けが込むと振り返って矢を投げるふりをするのが彼女の定番の持ちネタの一つだ。そのサブスクライブ数は、世界の誰よりも多い。一時は引き上げた各スポンサー企業からも再び声がかかっているという。
 映画の興行収入も好調だ。悲劇的な結末を迎える本作について「でも演じている本人だったら余裕だったよね」との感想が目立つのも、最強系インフルエンサーと呼び声が高い彼女ならではの評判と言える。早くも殺到しまくっている主演での出演オファーに対して、今のところすべて断っていると報じられているのも印象深い。いつか彼女に悪役のオファーを出す勇気ある監督が現れるといい。
 礼拝の時間だというので終わるまで待つつもりでいたら、せっかくなので見ていてほしいと頼まれた。
 アイシャが自分の動画チャンネルで背景に映り込ませているダーツボードの実物が壁にかけられていた。数百の隙間の一つ一つにポップな字で国名が刻まれている。ゲームで負けが込むと振り返って矢を投げるふりをするのが彼女の定番の持ちネタの一つだ。そのサブスクライブ数は、世界の誰よりも多い。一時は引き上げた各スポンサー企業からも再び声がかかっているという。
 映画の興行収益も好調だ。悲劇的な結末を迎える本作について「でも演じている本人だったら余裕だったよね」との感想が目立つのも、最強系インフルエンサーと呼び声が高い彼女ならではの評判と言える。早くも殺到しまくっている主演での出演オファーに対して、今のところすべて断っていると報じられているのも印象深い。いつか彼女に悪役のオファーを出す勇気ある監督が現れるだろうか。
「それで? 取材しに来たんでしょう。なにが聞きたいの」
 ソファーに座った姉妹の視線が私に集まる。出し抜けに促されて若干戸惑ったが、もちろん質問は決まっていた。
「……一体いつから、計画していたんだ。行き当りばったりでここまでやったわけじゃないだろう」
 その場の勢いに任せるなら他にいくらでも簡単な方法があった。招集の機会など待たず、誰にも愛想を振りまかず、邪魔する者は皆殺しにして妹を救出すればよかった。上から三番目くらいの等級の魔法能力者でもできなくはない。
「合衆国政府が追い返したパパとママが殺されたと知った時から。サルマの話が出てこなかった時点で、魔法能力者になって生き延びたんだと分かった。それで、私の計画は始まったの。でも、どんなに強くても周りを納得させられなければ生きていけない」
 しかし、彼女は待った。待ち続けた。自分が愛されるようになるまで。各国政府が抹殺を決断しきれなくなるまで。一時の不法を合法にすげ替える条件を満たすまで。
「お姉ちゃんの方が一枚上手だったね」
 横に座るサルマも半ば呆れたふうに言う。最強のアイドルには誰も敵わない。
 ほどなくして礼拝の時間が来たので終わるまでリビングで待つつもりでいたら、せっかくなので見ていてほしいと頼まれた。断る理由もないので私は二人の後についてこじんまりとした礼拝室に入った。
「ほら、サルマ。あんたは一緒にやりなさい」
 サルマは「えー」と渋ったがややあって言う通りにした。
 あの時と同じ敷物を広げて、手と口と顔を洗い、聖地であるメッカの方角に向かう。耳と肩の横まで両手を上げ、神に祈りを捧げる。
 サルマは「えー」と渋っていたが嫌々ながらも言う通りにした。
 あの時と同じ敷物を広げて、備え付けの洗面台で手と口と顔を洗い、聖地であるメッカの方角に向かう。耳と肩の横まで両手を上げ、神に祈りを捧げる。
「アッラーフアクバル」
「アッラーフアクバル」
 次に左手の上に右手を重ね、アル・ファーティハの章を唱える。三分弱続いたアラビア語の言葉は、先に進むにつれてばらけていた姉妹の声が折り重なって聞こえた。
 続いてアル・イフラースの章を唱え、腰を深く折り曲げながら再び神に祈る。
 次に左手の上に右手を重ね、アル・ファーティハの章を唱える。三分間弱にのぼるアラビア語の言葉は、進むにつれてばらけていた姉妹の声が折り重なって聞こえた。
 続いてアル・イフラースの章を唱え、腰を深く折り曲げ再び神に祈る。
「アッラーフアクバル」
「スブハーナ ラッビヤル アジーム」
 上体を起こしてさらに唱える。
「サミアッラーフ リマン ハミダ」
「ラッバナ ラカル ハムド」
「ハムダン カスィーラン タイイバン ムバーラカン フィーヒ」
「今はどれくらい魔法が使えるんだ」
 ふと気になって尋ねてみた。
「核兵器にギリ負けるくらい」
「じゃあダメじゃないか」
「そう。だから公言しないでよ。サルマから吸い取った魔法能力はだんだん抜けていっている」
 いよいよスジュード――平伏の体位に入る。頭、両膝、両手を敷物の上につけて、三回にわたり神に祈りを捧げる。
「スブハーナ ラッビヤル アラー」
「スブハーナ ラッビヤル アラー」
「スブハーナ ラッビヤル アラー」
 独特な着座の姿勢に直り、神に慈悲を乞う言葉を唱える。
「アッラーフンマグフィル リー ワルハムニー ワジュブルニー ワルファアニー ワ アーフィニー ワルズクニー」
 そして目を閉じたまま「アッラーフアクバル」と繰り返し祈る。最後に、顔を左右に向けてタスリームを行う。
「アッサラームアレイクム ワ ラフマトゥッラーヒ ワ バラカートゥフ」
「アッサラームアレイクム ワ ラフマトゥッラーヒ ワ バラカートゥフ」
 礼拝を終えて厳かに立ち上がると二人はぱっ、と目を開いて、人が変わったかのように年齢相応の物腰に戻った。
「これ本当に毎日やらなきゃだめ?」
 背筋をそって気だるそうにサルマが愚痴を漏らすも、姉は頑として譲らない。
「毎日やらなきゃだめ。もっと厳格な人たちはこれをあと三回はやるのよ」
「うえー」
 私も率直な感想を述べた。
「あの時に見た礼拝より長く感じたな」
「あれは簡略化しているの。意外に柔軟な神なのよ」
「一体、どういう気分なんだ。どんな人間よりも強くて、神に等しいとまで言われる身で神に祈るのは」
 アイシャは肩をすくめていたずらっぽく笑った。
「確かにね。私は強い。私が殺すと決めた相手は、どうあがいても確実に死ぬでしょうね。でも――」
 途端に表情に厳粛さが宿る。
「――だからこそ、あえて自分より上位の存在を私の中に置いているの。そうすることで私は謙虚な気持ちになれる。自分を戒められる」
 信仰にも色々な形があるらしい。
 リビングに戻った後、私はふと気になって尋ねてみた。
「ところで、今はどれくらい魔法が使えるんだ。もしどこかの国が――」
「核兵器にはギリ負ける、かも」
「じゃあまずいじゃないか」
「そう、だからこれはオフレコね。サルマから吸い取った魔法能力はだんだん抜けていってる」
「逆に私は、戦闘機にギリ勝てるくらいにはなったかな」
 二本目のエナジードリンクをぐびぐびと飲みながら、ソファに深く身を預けたサルマが言う。
「ふうん、じゃあそのうち逆転するかもな。そうしたら今度は世界征服を狙ってみるか」
 オフレコなのをいいことに際どい質問をすると、妹は年相応の仕草で足をばたつかせた。細い足首には重苦しい黒い枷が嵌っている。
「いや、もう面倒だしいいかな。今はゲームをやってる方が楽しい。こっちならお姉ちゃんに負けないし」
 ひとまず世界滅亡の危機は去ったようだ。しかし今日のゲームにはふんだんにLLMや機械学習の産物が応用されていることはもうしばらく黙っておこう。
 法的手続きの守り方にも色々ある。最強の姉は秩序に逆らう手本を妹に見せてうまく納得せしめた。刃はなるべく鋭く研いで、使う時は一撃で終わらせないといけない。
 呼ばれたのでわざわざやってきたものの、歳と身分を越えた愛の告白とか、世界に変革をもたらす上位魔法世界からの招待状といった、奇想天外な新しい物語は紡がれそうになかった。どうやら本当に話し相手が欲しかっただけみたいだ。
 礼拝終わりに二本目のエナジードリンクをぐびぐびと飲みながら、ソファに深く身を預けた妹が言う。
「ほう、じゃあそのうち逆転するかもな。隙を見て世界征服を狙ってたりする?」
 オフレコなのをいいことに際どい質問をすると、サルマは幼さの残る仕草で足をばたつかせた。その細い足首には姉と同様に重苦しい黒い枷が嵌っている。
「いや、もう気が済んだしいいかな。今はゲームをやってる方が楽しい。こっちならお姉ちゃんに負けないし」
「なに言ってんの、トータルでは言うほど差ないわよ」
 ひとまず世界の危機は去ったようだ。だが、今日のゲームにはふんだんにLLMや機械学習の産物が応用されていることはしばらく黙っておこう。
 魔法少女二人との他愛もない雑談に応じつつも、私の頭には薄汚れた大人の計算が渦巻いていた。
 二人の魔法能力が通常戦力を下回るほど衰えたら、その時に世界はどうするのだろう? これ幸いと抹殺しにかかるのだろうか? あるいは、なんであれ一度合意した手続きを守るだろうか? もし誰かが守らなかったら、守らせるために別の戦いを行えるだろうか?
 魔法能力は十八歳をピークに衰えていく。知能よりも筋力よりも儚い、気まぐれな神が与えたもうた純粋な力だ。
 ほどなくするとアイシャは「そうだ、動画案件をやらなきゃ」と言い、電話を取り出しててきぱきとショート動画の撮影準備を始めた。なんでも合衆国保健福祉省からの依頼だという。
「ほら、動画撮るから五分静かにしてね」
 二人の魔法能力が通常戦力を下回るほど衰えたら、世界はどうするのだろう? これ幸いと抹殺しにかかるのだろうか? あるいは、なんであれ一度合意した手続きを守るだろうか? もし誰かが守らなかったら、守らせるために別の戦いを行うだろうか?
 魔法能力は十八歳をピークに衰えていく。知能よりも筋力よりも淡く気まぐれな存在が与えたもうた純粋すぎる力だ。そう長くは持たない。いずれ試練の時が二人に訪れる。
 その時、私の脳裏に新しいフレーズが湧き上がってきた。
 戦略級魔法能力者――戦略兵器等級魔法能力行使者などという官僚的な匂いの名称はもはや似つかわしくない。かといって、ただの魔法少女、では物足りない。
 戦略級……魔法少女。戦略級魔法少女だ。
 強く、儚く、それでも逞しく生きていくのだろう。
 唐突にアイシャは「そうだ、動画案件をやらなきゃ」と言い、電話を取り出しててきぱきとショート動画の撮影準備を始めた。なんでも合衆国保健福祉省からの依頼だという。
「ほら、動画撮るから静かにしてね」
「待って、あたしが映り込んだら超面白いことになりそう」
 そんな妹の茶々を割に生真面目な声で制する。
「だめ。あんたは戦争犯罪人で服役中なんだから、少しは分別をわきまえなさい」
「はいはい」
「オホン、オホン……ハーイ、今日は全米の女の子たちへ、生理中に世界の滅亡をなるべく願わないようにするコツを伝授しちゃうね!」
 体よくソファから追い払われた私は窓際に寄りかかった。
 ぬくぬくとしたリビングから窓の外を眺めると、蒼と紫と、その他の様々な色にオーロラが光り輝いていた。
 七色の虹ほどはっきりとはしていない。朧げに揺れ動いている。
 体よくソファの近くから追い払われた私は、仕方がなく窓際に寄りかかった。
 ぬくぬくとしたリビングから窓の外を眺めると、紫と蒼と、その他の様々な色にオーロラが光り輝いていた。
 そのどれもが、仲睦まじく交わっているようにも、互いに反発して争っているようにも見える。
 トゥルースもフェイクも色も綯い交ぜになった、三十二ビットトゥルーカラーの世界。