6話の途中から
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Rikuoh Tsujitani 2024-01-22 22:06:09 +09:00
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<……潜水艦がいたのね>
 はっとするリザの声に管制官も応じる。
<さすが、我が軍が誇る究極兵器だ>
<でも、せっかく仕立てて頂いたドレスを汚してしまいました>
「でも、せっかく仕立てて頂いたドレスを汚してしまいました」
 管制官は短く笑った。
<また作ってもらえばいい。次はもっと立派な生地で注文しよう>
「嬉しいわ。早くお父さんにも見せたい」
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<祖国に勝利をもたらした後、毎日だって見せられるさ。では、改めて帰投を命じる。通信終了。ハイル・ヒトラー>
「はい、直ちに帰投します。ハイル・ヒトラー」
 ところで、私はお手紙を送る時に必ず年も書くようにしているの。そうじゃないと何年も文通することになった時、どれがどの八月だったかそのうちに判らなくなってしまうかもしれないでしょう?
 一九四七年十月二日。この日も私たちは勝利を収めました。
 一九四七年十月二日。この日も私たちは勝利を収めました。
 たとえ光が見えなくても。
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”一九四七年十月二〇日。昨月の今頃はあんなに暑かったのに、このところめっきり冷え込んできました。同じドイツでもミュンヘンとケルンでは少し調子が違うようです。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当はすぐにでも空を蹴って会いにいきたいのだけれど、あいにく今の私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、管制官が仰るには戦争でもっと功績を立てれば、どんどん偉くなって、したいことがなんでもできるようになるそうです。”
”一九四七年十一月七日。昨月の今頃はあんなに暑かったのに、このところめっきり冷え込んできました。同じドイツでもミュンヘンとケルンでは少し調子が違うようです。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当はすぐにでも空を蹴って会いにいきたいのだけれど、あいにく今の私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、管制官が仰るには戦争でもっと功績を立てれば、どんどん偉くなって、したいことがなんでもできるようになるそうです。”
 チーン、とタイプライタが鳴り、ハンマーが紙面の端に到達したことを知らせてくれる。一旦、タイピングを止めて手探りで本体のレバーを引っ張り、改行する。
”それにしても、まだ子どもの私が「上官」とか「管制官」とか言って、言葉にしてみたらずいぶんおかしい話に聞こえるでしょうね。今の私はなんでも中尉なんだそうです。私よりたっぷり何フィートも大柄な男の人たちが、前を歩くとさっと右、左に避けてくれるのが分かります。姿は見えなくても足音でだいたいどんな背格好なのか分かりますから。”
 チーン。また、音が鳴った。再びレバーを引いて改行する。
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「ジーク・ハイル!」
「なるほど、敬礼には慣れているようだな」
「はっ」
「貴様らにもじきに国民突撃隊の招集礼状が来る。だというのに……その口元にへばりついているのはなんだ?」
「貴様らにもじきに国民突撃隊の招集礼状が来る。だというのに……その口元にこびりついているのはなんだ?」
「はっ、チョ、チョコレートですが」
「ほう、鋼鉄の男子にそんなものが必要か?」
「い、いえ、決して」
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---
”一九四七年十一月日。ケルンは今日も煙くさいです。街のあちこちがまだもくもくしています。私のせいです。もっと戦闘機を落とせていたらこんなことにはならなかったのに。今日は同僚のリザちゃんの話を書こうと思います。彼女はイタリア人です。私と同じ、役目を持って生まれた子どもでした。私の目が光を映さないように、彼女は手足が一つもありません。せめて格好だけでも普通にさせようとして、家具職人の父が地元の木で作った義肢をこしらえたそうですが、あいにくどんなに力を込めても動かすことはできません。"
”一九四七年十一月十五日。ケルンは今日も煙くさいです。街のあちこちがまだもくもくしています。私のせいです。もっと戦闘機を落とせていたらこんなことにはならなかったのに。今日は同僚のリザちゃんの話を書こうと思います。彼女はイタリア人です。私と同じ、役目を持って生まれた子どもでした。私の目が光を映さないように、彼女は手足が一つもありません。せめて格好だけでも普通にさせようとして、家具職人の父が地元の木で作った義肢をこしらえたそうですが、あいにくどんなに力を込めても動かすことはできません。"
 チーン。私はレバーを引き上げるついでにリザちゃんの様子を見にいった。椅子から立ち上がって一回転。前へ進む。そのうち扉に手がぶつかるので部屋を出るぶんには歩数を数える必要はない。
 壁伝いによりかかって何歩か歩いて、隣の部屋のドアノブに手を触れる。だいたいの見当をつけてドアを軽くノックした。
「リザちゃん? 調子どう?」
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 とっさに振り返ってみても、私には分からない。微妙に気恥ずかしさを残したまま部屋から出ていってなんとか部屋着を正しく着直したら、まだ手紙が書き途中だったことを思い出した。手探りで椅子のへりを掴んで座ると、手を突き出しながらタイプライタのキーの位置を確かめた。
"彼女は昔、近所の子にピノッキオと呼ばれていました。身体の一部が松の木でできているからです。お父さんに読み聞かせてもらったので、私もお話はよく覚えています。ですが、彼女はこのあだ名がとっても不満でした。それはピノッキオが嫌いだからではありません。ピノッキオは自由に身体を動かしていろんな冒険ができるのに、彼女は両親に車椅子を引いてもらわないと自分のヘッドからさえ起き上がれなかったからです。"
 またレバーを引き下げつつ、次の文章を考える。
"そんな彼女に転機が訪れたのは私と同じく、役目を果たすための施設がイタリアにできたからです。光の源の祝福を授かった彼女は、あたかも本物の手足が生えたかのように木製の義肢を動かすことができます。もちろん、魔法も私よりうんと強く放てます。その代わりに、狙いを定めるのはちょっぴり下手です。"
 キータイプの手を一旦止めて、祝福を授かったリザちゃんがどんな気持ちだったのか、自分自身の体験を通じて想像しようとした。私がいた施設は看守さんにも周りの人々にも「収容所」と呼ばれていた。お世辞にも、あまりきれいな場所ではなかった。ご飯の量は小さい私が見ても明らかに少なく、大人の人たちが怒って逆らおうとすると看守の人はもっと怒って彼らを散々ぶった。その時、施設で一番偉い人だと言われていた管制官は私たち子どもに「彼らはちょっと早めに役目を果たしたんだよ」と教えてくれた。
"そんな彼女に転機が訪れたのは私と同じく、役目を果たすための施設がイタリアにできたおかげです。光の源の祝福を授かった彼女は、あたかも本物の手足が生えたかのように木製の義肢を動かすことができます。もちろん、魔法も私よりうんと強く放てます。その代わりに、狙いを定めるのはちょっぴり下手です。"
 キータイプの手を一旦止めて、祝福を授かったリザちゃんがどんな気持ちだったのか、自分自身の体験を通じて想像しようとした。長い長い鉄道と大きな車に揺られて私が送られた施設は看守さんにも周りの人々にも「収容所」と呼ばれていた。お世辞にも、あまりきれいな場所ではなかった。ご飯の量は小さい私が見ても明らかに少なく、大人の人たちが怒って逆らおうとすると看守の人はもっと怒って彼らを散々ぶった。中でも特にひどくぶたれた人とは二度と会えなかった。その時、施設で一番偉い人だと言われていた管制官は私たち子どもに「彼らはちょっと早めに役目を果たしたんだよ」と教えてくれた。
 いくら子どもの私でも、月日が流れるたびに「役目を果たした」人たちが施設からいなくなっていくのを見て、私たちの「役目」がなんなのか理解した。しばらくはわんわん泣いて、お父さんに会いたいと看守にも管制官にもお願いしてみたけれど、だんだん施設の人を困らせれば困らせるほどかえって「役目を果たす」日が早くなりそうな気がして、だんだん隅っこでおとなしく過ごすようになった。
 そうしているうち、役目を果たすことが本当に良い行いなのだと分かるようになってきて、今度は早く役目を果たしたいと施設の人にお願いしはじめた。今思うと、ずいぶんわがままな子どもだったと思う。
結局、一年ほど経った後、施設の中で私より先にいる人を見かけなくなった辺りで、ようやく出番が回ってきた。
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 もう一度、施設の人を呼んでみても返事はない。私はとうとういらいらして、力任せにドアを両手で押した。
 すると、ドアはすごい音を立てて折れた。薄いブリキの板みたいに、ひどく折れ曲がっているようだった。もっと押し続けるとドアはぺしゃんこに潰れて、通り道ができた。
「動くな!」
 道の先を歩いていると、突然、男の人たちがそう口々に叫ぶ声が聞こえた。かちゃかちゃと金属が鳴る音がとてもうるさかった。「だあれ?」と聞くとまた「動くな!」と怒られた。不思議なことに、男の人が叫べば叫ぶほど、真っ暗闇の視界の中の白い線が波打って、お人形のような形を作り出した。どうやら男の人たちは横一列に並んでいて、手におそろいのなにかを持っているみたいだった。私それがなんなのか知りたがった。
 道の先を歩いていると、突然、男の人たちがそう口々に叫ぶ声が聞こえた。かちゃかちゃと金属が鳴る音がとてもうるさかった。「だあれ?」と聞くとまた「動くな!」と怒られた。不思議なことに、男の人が叫べば叫ぶほど、真っ暗闇の視界の中の白い線が波打って、お人形のような形を作り出した。どうやら男の人たちは横一列に並んでいて、手におそろいのなにかを持っているみたいだった。私それがなんなのか知りたがった。
「それ、なにを持っているの」
 前に歩いて手を差し出すと、直後、すごい音がして、私は後ろに押し倒された。お腹の辺りがじんじんとしたので、手でまさぐると石ころのようなものが見つかった。
「えいっ」
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 私は手を伸ばして紙面をタイプライタから外した。机の上に準備しておいた封筒に合わせて紙面を折りたたんで、なんとか便箋に仕立てる。最後に切手を封筒の上に貼り付けると、椅子から立ち上がって左に五歩、手に取った鞄に封筒を入れて、右に三歩。今月からは忘れないように外套を羽織らないと寒くていけない。
 くるりと身体を回転して、ドアに手がぶつかるまで進む。触れたらすぐに引っ込めて、ドアノブを優しく掴んで回す。ドア横に立てかけた杖を掴んで、隣の部屋に呼びかけた。
「リザちゃん。 お手紙をポストに入れてくるね」
 すると、部屋の奥からがたごとと音がして彼女が答えた。
 すると、部屋の奥から音がして彼女が答えた。
「待って、私もついていく。リハビリしないと」
 案の定、
 ややぎくしゃくとした軌跡を描いてやってきた彼女と並んで玄関のドアを開けようとしたところ、先に扉の方が開いて遠ざかっていったので手が空を掴んだ。
「管制官大佐どのから命令書類を預かっています」
 若い男の人のはきはきした声が耳に届いた瞬間、波打った白線が目の前に自分より二フィート半高い、痩身の人形を模った。
「あら、どうも」と慇懃に言って書類を受け取ったリザちゃんは、その割にびりびりとぞんざいな音を立てて命令書の封筒を破って開けた。読み終わった彼女はたちまち声音を変えた。
「これは……今すぐ実行しなければならないのかしら」
「自分は”直ちに遅滞なく”と聞かされております」
「どうしたの……」
 差し迫った彼女の態度に不安を覚えて尋ねると、深い吐息をにじませた言葉がかえってきた。
「私たち、引っ越すことになったわ。休みながら飛ばないと着けないから、もっと上着を持っていかないと」
「どこに引っ越すの」
「ポーランドよ」
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"SS特別管制官大佐より、辞令を言い渡す。マーリア・クレッセン、およびリザ・エルマン両名の国家魔法少女は直ちにブロンベルクに向かい、以下に示す現地における作戦行動に従事せよ。1同封地図上に存在する研究施設の徹底的な破壊 2敵勢力の排除 なお、これまでの国軍への貢献を評価し、同両名に新たな軍階級章を授ける。この書類を受け取った時点から両名を臨時大尉とする。以上。"
命令書を物憂げに読み上げるリザちゃんと対照的に、私の口からはのんきな声が衝いて出た。
「昇進したんだ、私たち」
「こんなのなんの意味もないわ。師団を率いているわけでもないのに。私たちはお払箱になったのよ」
 ぺしゃり、と紙が投げ捨てられる音が響いた。
「どういう意味……?」
「ここで私たちができることはもうないって意味」
 彼女が出し抜けに部屋の窓を開けると、たちまち焦げ臭い匂いが入り込んできた。
「えほっ、なにするの」
「私もあなたも戦闘機と戦う準備ができていない。あれから何度も空襲が来ているのに待機命令ばかり。だからといって無理して大軍勢と戦えば今度こそやられちゃうかもしれない。だから、体よく左遷させられたんだわ」
「サセンってなあに」
「さあ、どうかしらね」
 白線にふちどられた少女の顔がつん、と横を向いた。さすがの私も彼女がすねているのだと分かった。ベッドから腰を浮かせて立ち上がり、腕組みをして仁王立ちの少女の頬に前触れなく手を触れた。リザちゃんの頬は少しざらざらしている。
「ちょっと、やめてよ」
 さらにもう片方の手を、別の頬に合わせた。すりすりしていると、ほんのり手のひらが暖かくなった。
「くすぐったいって」
 たまりかねたのか、リザちゃんのオーク材の手が私の手を掴むと、見計らったように私も掴みかえした。いつも目を閉じている私と決して目は合わないけど、合っているかのように顔を傾けた。
「私たちにできることをやるしかないよ。役目を果たさなきゃ」
「まあ……そうね」
 木製の義手がぎしりと開いて力が緩んだ。
「でも」
 ひと呼吸を置いて私も手を離す。
「ひと目でいいからお父さんに会いたかったな……」
 たとえ会えなくてもケルンとベルギーの距離は目と鼻の先だ。会おうと思えばいつでも会えるという安心感が、なんとか私の踵を地面にくっつけさせていた。対して、これから向かうことになるポーランドははるか東のベルリンよりもさらに東。手紙だって届くのに何日かかるか分からない。そもそも送ることができるのかすら。まだ一回もお返事をもらっていないのに、宛名書きに記したこの家を去らないといけない。
「じゃあ……」
 お返しと言わんばかりに、今度は彼女の手が私の両頬を包んだ。肌触りはごつごつとしているけれど、森の中にいるような香りがした。
「今から、行く? どうせもう、ここですることはないんだし」
「ええーっ」
 それって、命令違反だ。と、ごくまっとうな考えが心を占めた直後で、ざわざわと良くない想像が足元から胸までせり上がってきた。私たちの魔法を使っても、昼間の今からだとポーランドまでたどり着くのには早朝になる。途中で下りて一旦休まないといけないからだ。ということは、寄り道をして一時間か二時間、遅く着いたとしても、軍の人たちにばれる心配はない。
 お父さんに会える。
 でも、もしばれたら管制官にきっと怒られる。怒られたことは一度もないけど、男の人たちがとても怖がっているからすごく怖いに違いない。
「それって命令いは……」「はい、遅い。行く気が全然ないなら即答のはず」
 ぴしゃりとしたリザちゃんの見透かした物言いに、しかし私は一言も言い返せなかった。続けざまに彼女は畳み掛ける。
「それにほら? ベルギーチョコレートだって買えるかもしれないし」
 決定的な一言だった。私はまだベルギーチョコレートを食べていない。あの後、幾度となく管制官にお伺いを立てる機会はあったものの、全機撃墜を果たせなかった負い目から言えずじまいだった。それでもお給料はしっかり毎月頂いている。私が自分で行けば、ベルギーチョコレートも買えるし、お父さんにも会える。
「ちょっとだけなら」
 もじもじしながらうなずく私に、彼女は言う。
「旅行鞄の隅っこを空けておかないとね。チョコレート、たくさん買うでしょ」
 私はまたこくりとうなずいて、それから遠出の準備に取り掛かった。