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読者諸兄もご存知の通り、三年前にようやく前述の「国際連合安全保障理事会決議一六七八」が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。例によってひとたび神託を受けた我々は数百台の戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、スターバックスの新商品ほどの関心も持たなくなる。圧倒的物量の前にTOAの民兵組織は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違いなかった。
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しかしある時、突然に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って堂々と抗戦を開始せしめた。かの地に住まう人々を気にかける数少ない良心的進歩派(ここで両手を掲げて二本の指をくいくいと動かす)も、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちらの戦死者の数が急速に増えだしたからだ。
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批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一基何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化して消えていった。どうやら連中が手駒にせしめた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力行使者と呼称)
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こうして国連軍が手間暇をかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物体と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でも大儲けをしているやつらがいる。一体どういうカラクリなのか、日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の私にはまるで見当がつかない。
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こうして国連軍が手間暇をかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物体と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でも大儲けをしているやつらがいる。一体どういうカラクリなのか、日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の私にはまるで見当がつかない。そもそもこの場にフリーライター風情の私が潜り込めているのも厳密には合法と言いがたいコネや搦手を散々使った結果だ。
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さて、当然、もはや状況は常人の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法能力行使者を派兵するのが筋だ。ところが、記録の残るかぎり各国に正式に登録されていて、かつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた魔法能力行使者はまったくいなかった。およそ成年手前で例外なくピークを迎えて、以降は衰える一方の魔法力は常備常設を良しとする近代的軍備の観点にまるでそりあわない。
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それでもロシアをはじめとする東側諸国にはぼちぼちいるそうだが、貸してくれといって借りられるようなら苦労しない。仮想敵国から戦略級魔法能力行使者をレンタルするなんて核兵器のデリバリーサービスよりもハードルが高い。月にロケットを送りこんだAmazonにも不可能なことはある。
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結局、最後の頼みは我らが合衆国軍だった。だいぶ衰えたとはいえ今なお最強の軍勢を誇ると知らしめたい彼らは、五年前からずっと大量の派兵協力をしているし、言うまでもなく戦死者の数も飛び抜けて多い。虎の子の魔法能力行使者を送り出すなどまともな民主主義国家なら絶対に民意が許さないだろうが、アメリカ合衆国の国民は乗り気そのものだった。そういうわけで、今回のジョイントミッションが実現したのである。
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すると、彼女が途端に押し黙ったので、私はしまった、と強く後悔した。うら若き少女には不適切な表現だったかもしれない。それともこれはあれか、マンスプレイニングってやつか。ストリーミングでなにが流行っているかなんて大人の私より彼女の方が詳しいに決まっている。
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幸いにも、彼女は私のせいで抑うつ気味になったわけではなかった。ただ、うつむいて絞り出すようにして言ったのが印象深い。
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「そうね……分かってる。みんなが色々考えて、私でお金儲けをしたいのも、なにかやろうとしているのも。でも、私しか彼女を止められないんだ」
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そこへ基地内に放送が流れて、国連軍の事務方による重要な会見が行われるとの告知が知らされた。こういう局面でかけるべき言葉を探さずに済んだのは運が良い。
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「彼女? 女だったのか」
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敵の魔法能力行使者の素性は明かされていないはずだ。身体的性別か、性自認だけでも判明すれば大きな情報になる。
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「あ、えっと、それは国家機密で、ごめんなさい」
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「別に構わないよ。聞かなかったことにしよう」
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そこへ基地内に放送が流れて、国連軍の事務方による重要な会見が行われるとの告知が知らされた。こういう局面でかけるべき言葉を探さずに済んだのは運が良い。
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「また後で!」
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あえて名残惜しさを残す形で会話をぶった切る。さっと身を翻して数十分後の算段をつける。
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さあ、種は撒いた。うまく芽吹いてくれるといいのだが。
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びっと高らかに人差し指を突き出した方向が自分のいる位置にずいぶん近かったので、まずきょろきょろと左右を見回し、それから背後にも首を回したが『焦げ茶のスーツ』を着ている人物は見当たらなかった。
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私以外には。
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「ジョン・ヤマザキさん。あなたが私専属の従軍記者です」
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種が芽吹いた。
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入れ違いに、スピーカーではなく近場に立っていたエドガー少尉もインカムに応える。
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「1B、了解」
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ふと目が合った彼は自嘲をにじませつつ言った。
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「ま、ざっとこんなもんですわ。せいぜいお互いに無駄死には避けましょう」
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「ま、ざっとこんなもんです。せいぜいお互いに無駄死には避けましょう」
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今日は気の利いた返事を思いつくのが難しい日だと思った。
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充填魔力による自爆攻撃。
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「シーット!」
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誰かが大声で叫んだ。
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今頃、映像と音声の自動解析を担っているファッキンAIシステムが、せかせかと我々のストリーミング配信のための警告を生成していることだろう。このストリームには不適切な表現が含まれています、このストリームには暴力的な表現が含まれています、このストリーミングには……ワンタップで飛ばされる多言語対応人工音声付き警告文のために、今日もAWSやAzureやGCPのLLMオンデマンドサービスが唸りを上げ二酸化炭素を大量に撒き散らす。法的合意の言質は一〇〇ヘクタールの森林よりも重い。
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実のところ、自分が戦場に来ていると実感したのはこの時が初めてだった。
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今頃、映像と音声の自動解析を担っているファッキンAIシステムが、せかせかと我々のストリーミング配信のための警告を生成していることだろう。このストリームには不適切な表現が含まれています、このストリームには暴力的な表現が含まれています、このストリーミングには……ワンタップで飛ばされる多言語対応人工音声付き警告文のために、今日もAWSやAzureやGCPのLLMオンデマンドサービスが唸りを上げ二酸化炭素を大量に撒き散らす。法的合意の言質は一〇〇ヘクタールの森林よりも重い。
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おかげさまで先の空爆で失われた人員もことごとく復活。人間爆弾の在庫として第二、第三の人生を歩んでいる。ついさっきまた死んだ連中の中にも含まれていたに違いない。一連の戦術が功を奏して今日この日まで戦場の有利は彼らに大きく傾いていたが、代わりにこの国連未承認国家に支持を表明していた奇特な国々についに手のひらを返される顛末と相成った。いくらなんでも死人と握手はしたくないらしい。
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「ずいぶん飄々としているな。危うく死ぬところだったのに」
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エドガー少尉は持ち前の白い歯を浮かべてかぶりを振った。カメラに映っていても平気で紙タバコを地面に投げ捨てる豪胆さがそのまま台詞に現れる。
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「でもやつら、銃を撃つのが下手くそですから。一二年前の方がよほどきつかった。俺みたいな人種のやつにジャッジされたくないだろうが、連中はどうであれ一回目の人生をまっとうするつもりで戦っていた。今のやつらは違う」
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「でもやつら、銃を撃つのが下手くそですから。六年前の方がよほどきつかった。俺みたいな人種のやつにジャッジされたくないだろうが、連中はどうであれ一回目の人生をまっとうするつもりで戦っていた。今のやつらは違う」
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最後の方には軽蔑の色も滲んでいた。「別にそんなに嫌うつもりはなかったんじゃないかな」と喉元まででかかった言葉を胃の奥に引っ込める。意図せず感情がこもっていたことに彼自身も気づいたのか、取り繕うように「俺を撮っていてどうするんです。あなたの仕事はあっちでしょう」と死体の山の前に佇む魔法少女を指差した。
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それもそうだ。激戦を終えた世界の英雄にインタビューをしなければならない。
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カメラアングルを意識してじわじわと近づくと、彼女はもう準備ができていた様子だった。ゆっくり振り返ると威厳に満ちた顔つきでしめやかに語りだす。
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だから、彼女が気まずそうに「ああ、そうなの、私、50%チョコレートより苦いものは好きじゃなくて」と答えても特になんとも思わなかった。「そう? じゃあ次はラテにするよ」と言ってみせる。「忘れずにスティックシュガーもつけてね」と彼女は微笑む。
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カメラ越しに数億人が見ている手前、私的な質問をするのは気が引けるが今こそすべきだった質問をする時のように思えた。
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「ところでそろそろ……従軍記者に私を選んだ理由を聞いてもいいかな。電話を開く余裕もなくて見ちゃいないが、今頃ありとあらゆるゴシップサイトが私の個人情報を掘りまくっているはずだ。きっと友人と三等親のSNSアカウントはどれも山のようなダイレクトメッセージで埋まっているだろうね」
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すると、彼女は「実はそんな大した理由じゃなくて」ともっと気まずい顔をした。もちろん、下手に「運命を感じた」などと言われたら取材要求の代わりに殺害予告が殺到しかねないので、私としてもこの場ではなるべく些末な方がありがたい。
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すると、彼女は「実はそんな大した理由じゃないの」ともっと気まずい顔をした。もちろん、下手に「運命を感じた」などと言われたら取材要求の代わりに殺害予告が殺到しかねないので、私としてもこの場ではなるべく些末な方がありがたい。
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「私と会うような大人の人ってみんな、これをつけてるでしょ」
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彼女の顔にはかかっていなかったがこめかみの横を上下につまむ仕草をしたので、スマートグラスのことを言っているのだと分かった。
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「最強のアイドルを前に”間違える”わけにはいかないからね。ファンに火をつけられるかもしれない」
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@ -261,7 +268,7 @@ tags: ['novel']
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「そう。みんなどこかにあるサーバから”正解”をもらってきているだけなの。じゃあ私は一体誰としゃべってるの? ってなっちゃって」
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「それに」と彼女はさらに続けた。どうやら今度こそ本当に本心を語っているように見えて私は内心気兼ねしていた。数多あるスポンサー企業の中にはLLM関連企業もあるに違いない。
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「そういう大人の人ってネットの調子が悪い場所だと黙りこくっちゃうの。まるで喋り方を忘れたみたいに」
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「先祖返りしたんだよ。インターネットを失った我々は中世と同じだ。手触りが薄い生活を送っているから近代にも戻れない。”沈黙は金”と言うだろ」
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「先祖返りしたのさ。インターネットを失った我々は言葉を知る前の原始人と同じだ。実感が薄い暮らしを送っているから石器時代にも戻れない」
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「ほらね、私と話す大人の人はそういうことは言ってくれない。ああ、でも彼らは別ね」
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彼女は運転席の方に目配せした。
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「偉くない軍人の人は言葉遣いがひどいけどちゃんと話している気がする。それも訓練を受けて初めて知ったの」
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@ -278,7 +285,7 @@ tags: ['novel']
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「そうは言っても目が覚めたらベッドから出なきゃならんだろう。一回死んでも自分で自分を殺し直すのは神への冒涜だからな」
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ぼろぼろのズボンから、さらにぼろぼろの聖書を取り出して一文を諳んじる。
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「”汝、殺すなかれ”だ。殺されるな、とは書いていない」
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また、別の町では自衛精神旺盛な住民たちが銃を持って戸外で威嚇してきた。向こうは蘇ってもこっちはそうはいかない。
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また、別の町では自衛精神旺盛な顔色の悪い住民たちが銃を持って戸外で威嚇してきた。向こうは蘇ってもこっちはそうはいかない。
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すわ戦闘か、と思いきや顎の辺りに骨が目立つ町長らしき人物が出てきて、口元をカラカラと震わせながら住民を強く戒めた。
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「やめろ、もうやめろ、お前ら。次があると思っているのか」
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そして、前面に立つこちらの魔法少女を指差した。
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@ -289,7 +296,7 @@ tags: ['novel']
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「この国は国外への移住はいつでも自由と聞いているが」
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「自由さ、そりゃあね。だが、魔力の範囲がどこまで届くのかは分からん。少しでもはみでた瞬間に、私たちはただの死体になっちまう。それに」
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黒目しかない双眸がすぼまって私たちに向けられた。
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「私たちはもはやまるきりゾンビかアンデットじゃないか。外で暮らそうと撃たれて死ぬのがオチだ」
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「私たちはもはやまるきりゾンビかアンデットじゃないか。外に出ていけば撃たれて死ぬのがオチだ」
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結局、先の戦いを除いて目立った組織的抵抗はほとんどなかった。この地の方針として警察組織は自警団に取って代わられ、その自警団も仮初の死に慣れすぎたせいで本当に死ぬのが怖くなっている。
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それでも時々、死体にしては活きの良いのが街角でぶっ放してくることがあった。筋力不足なのか極端に縦ブレした銃撃をてんで明後日の方向に散らした後、こちら側の応射をしたたかに食らって二度目か三度目の人生が終了する。
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道の要所を守っている警備隊は例によって上空から魔法少女の一撃でことごとく滅せられた。彼らには次の人生もない。下手に原型を保ったまま死んで爆弾の在庫になるよりは慈悲深いのかもしれない。
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@ -303,20 +310,65 @@ tags: ['novel']
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「なにもかも壊せそうな君が言われるとぞっとするな」
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「もちろん本当にはやらない。みんなも安心していいわよ。私が許可なく一定の分速以上で動いたり、一定以上のジュール熱を発したら、これがピカピカ光ってデフコン1が発動しちゃうから」
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そう言うと、なんだかんだでなにげに丈夫だった複合素材スーツの下の方をめくって、足首にまきつけられた装置を見せた。
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デフコン1とは一二年前に一度しか発動したことがない合衆国政府の最大の戦争準備体制である。核兵器の使用を含むあらゆる攻撃が許可される。
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デフコン1とは六年前に一度しか発動したことがない合衆国政府の最大の戦争準備体制である。核兵器の使用を含むあらゆる攻撃が許可される。
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「そうしたらさすがの君も死んでしまうのかな」
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彼女は力なく笑った。
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「さあ、やってみないとわからないわね。これ以上寝不足になったらやろうかしら」
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「おっ、反乱の扇動かな。すぐそこにいる別の魔法能力行使者と気が合うかもしれない」
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「そう……たぶん、そんな感じだと思うの……彼女も。追い詰められちゃっただけで」
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彼女は敵の行使者を「彼女」と呼ぶ。どんな人物なのか事前に知らされているのかもしれないが、それを聞くのはさすがにためらわれた。言うまでもなく国家機密だろうからだ。
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歩哨の義務がない従軍記者の特権を活かして早々に寝袋にくるまりながらも、私の頭の中には先の町長の言葉が離れなかった。
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これも一種の因果応報、なのだろうか。少なくとも一二年前の彼らは撃たれる側の人種ではなかった。だからどこでも銃器を振りかざすことに頓着しなかったし、それこそが最大の権利だと信じきっていた。自分たちの支持する思想の持ち主が乱射事件を引き起こしても、被害者への同情や自戒よりも武器を奪われる方を激しく警戒した。
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奥にそびえる巨大な看板がちかちかとまばらに照らされている。車輌の隙間を通してもやけによく見える。
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空爆で破壊されつくしても誇らしげに人々を出迎える看板だけは、当時の思い出をそのまま切り取ったかのようだった。
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宣伝通り、最後の哨戒を終えた彼女は早々に一台分割り当てられた車輌の中に入って寝静まった。取材対象が寝たなら今日は業務終了だ。みんながそうしているようにカメラのスイッチをオフにする。
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従軍記者の役得で巡回の義務がなかった私もとっくに寝ていいはずだったが、首都に近づくにつれて様々な思い出が去来して寝るに寝られなかった。やむをえず寝袋から這い出て野営地の外れまで歩いた。歩いているうちに思い出は過去から現在に急速に進んで、町長の言葉が脳裏に蘇った。
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”外に出ていけば撃たれて死ぬだけさ”
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これも一種の因果応報、なのだろうか。少なくとも以前の彼らは撃たれる側の人種ではなかった。だからどこでも銃器を振りかざすことに頓着しなかったし、それこそが最大の権利だと信じきっていた。自分たちの支持する思想の持ち主が乱射事件を引き起こしても、被害者への同情や自戒よりも武器を奪われる方を激しく警戒した。
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「ここにいたんですか」
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突然、背後から話しかけられてぎくりとした。振り返ると小銃のサーチライトを照らすエドガー少尉の姿が見えた。
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「少尉が歩哨を?」
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「まさか、するやつもいるかもしれませんが俺は部下に丸投げです。じゃなきゃなんのための階級章か分からない」
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少尉はわざとらしく肩をすくめて小銃を下ろした。
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「ただ、寝袋にいるはずの人が急にいなくなったら心配にはなる」
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「まあ、確かに」
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不自然な無言の間が作り出された。ここまで隠し通して来たがいよいよ限界らしい。そしてついに、彼が沈黙を破った。
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「ジョン・ヤマザキさん。あんた、軍歴がないっていうのは、嘘だな」
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私はあっさりと認めた。
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「バレちゃ仕方がないな」
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「あんなに慣れた感じに戦闘車輌を乗り降りする素人はいませんよ」
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言われてみれば確かにそうだ。目のやり場や身体の動きには気をつけていたが、まさかそんなところで露見するとは。
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奥にぽつんとそびえている巨大な看板が壊れかけの電灯にちかちかと照らされている。
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空爆で街が破壊されつくしても誇らしげに人々を出迎える看板だけは、当時の思い出をそのまま切り取ったかのようだった。
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『ようこそテキサス州ダラスへ』
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他ならぬ私の故郷だ。
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六年前、一つの国が引き裂かれた。あるいは、とっくにちぎれかけていたのかもしれない。二〇二四年に実施された大統領選挙において華々しい勝利を手にしたドナルド・J・トランプ新大統領は、さっそく公約通りに議会の権限を大幅に縮小させる大統領令に踏み込んだ。中には憲法の停止も盛り込まれていた。これにより彼は議会の承認を一切得ることなく世界最強の大国を動かす権限を手に入れたのだった。
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だが、四年後の二〇二八年。彼は苦境に立たされていた。絶大な権力を元手に行われるはずだった数々の改革や刷新はついぞ行われず、もっぱら自身にかけられていた容疑の赦免と借金の免除、関連企業の救済などに大統領令を駆使した彼は、選挙シーズンが来て初めてまだ大統領選挙を廃止していなかったことに気がついたらしい。まだまだいじりたい帳簿が山ほどあったのか、選挙戦の開幕と同時に彼は「内敵より国家を守る決断」と称して独裁を宣言した。直後、名ばかりの終生大統領はホワイトハウスから追い出されることになる。ワシントンD.Cを挟むバージニア州およびメリーランド州政府が即座に離反を宣言したため、じきに南北から殺到するであろう州兵を前に居残る決断はできなかったようだ。
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やや遅れて連邦議会は直ちに満場一致で大統領の罷免を可決、新たな大統領が選出されてワシントンD.Cに首都を置く従来のアメリカ合衆国は速やかに原状復帰されたかに思われた。しかし同時に、いち早く新体制支持を表明したテキサス州に向かったトランプ元大統領は、そこで新たな国家の樹立を主張したのだった。
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かくして、旧アメリカ合衆国はワシントンDCを首都とする新アメリカ合衆国と、テキサス州ダラスを新たな首都とする新国家に分裂した。
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未承認国家TOA、その正式名称はトゥルース・オブ・アメリカ。二日酔いの後の悪夢みたいな馬鹿げた名前を名乗る新国家は、実際の武力行使を伴う現実として旧合衆国国民全員に選択を迫った。歴史的大移動――北から南へ、南から北へ――当然ながら大半の国民は従来のアメリカ合衆国を支持した。ところが、選択肢を持てなかった人間もいる。さしずめテキサス州防衛隊第一九連隊に所属していた州兵の私などはそうだっただろう。競技会で少々腕を鳴らしていた程度の州兵が、わずか数日の間にトゥルース・オブ・アメリカの陸軍大尉に任命されて一個中隊を率いることになったのだ。同日付でテキサス州防衛隊本部は国軍総司令本部に格上げされ、ビールの飲み過ぎで腹が出っ張った顔見知りの上官が准将閣下として召し上げられていった。
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たちの悪い冗談にしか聞こえない見出しが踊るディスプレイを横目で追いながら出動義務に応じると、基地の裏庭で「逃亡を画策していた」とされる数名の下士官が銃殺刑に処されているのを目の当たりにした。処刑した方もされた方も同僚だった。
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こうして私はなし崩し的に戦争に駆り出されたが、以降は特に語るほどのことはない。圧倒的な兵力差に加え、陰謀論者と極右に祭り上げられた狂人の指揮する戦争が有利に運ぶはずもなく、私が率いた中隊は私を含めて一週間と経たずに全員が合衆国軍の捕虜となった。まんまと囚えられた後は無傷で送り返され、今度は合衆国軍のスパイとなった。勤務評価では兵士としてはいまいちでも間諜としては大いに役立ったらしい。三年後、国連安保理決議の採択とともに私はTOAを脱出、自動的に除隊された。三年間のスパイ勤めに対する恩給は、まあそれなりには出た。
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除隊後、公にはできない仕事でキャリアに穴を空けた私に就けるまともな仕事はなかった。社会は内戦が起ころうが母国の一部が空爆されようがほぼ滞りなく進んでいた。以来、LLMには決して書けないような人々を怒らせる小話を書いて日銭を稼ぐ日々だ。あまりうまくはいっていない。軍のツテを駆使してでも基地に入り込んで、魔法少女の特ダネを掴まなければ来年までに貯金が尽きていただろう。
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もっとも、エドガー少尉は多くを知りたがらなかった。「所属部隊は?」「第一九連隊。ここの」「そうですか、苦労しましたね」これで終わりだった。彼が去った後、しばらくして私もようやく眠れそうな気分になったので元いた寝袋にくるまって目を閉じた。起きた後に捕縛されていたら、まあそれはそれで仕方がないと思った。
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意外にも、朝日に照らされた後の状況に変化はなかった。少尉とは何事もなかったかのように挨拶を交わし、ばっちり睡眠をとって替えの複合素材スーツに着替えた我々の最強兵器は溌剌とした様子でカメラの前に現れた。
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「ハーイ、今日は敵地の首都、私たちのテキサス州を奪還しにいきます!」
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