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続けてお巡りさんは柔らかく笑った。「君、”本読みの子”って呼ばれているんだってね。近所の人に聞いて回ったらすぐに分かったよ」当時、僕は相当に意表を突かれた気持ちになった。今まで一枚板の背景と思い込んでいたものが、にわかに実体と人格を伴って挨拶を交わしてきたかのような感覚に襲われた。
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結論から言うと、僕はろくに答えられなかった。これは奇想天外なミステリーの冒頭ではない。僕はただひたすらもじもじしていて――ここには名探偵もいなければ明晰な頭脳を持った天才少年もいない。ランドセルにたくさん本を入れたくて、やむをえず教科書を忘れたふりをするどちらかといえば鈍感な気質の小学生がいるだけだ。隣の子が「そんなに忘れるなら朝、一緒に学校行こっか」と誘ってくれた真意にも終始気づかなかった。
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結論から言うと、僕はろくに答えられなかった。これは奇想天外なミステリーの冒頭ではない。僕はただひたすらもじもじするばかりで――ここには名探偵もいなければ明晰な頭脳を持った天才少年もいない。ランドセルにたくさん本を入れたくて、やむをえず教科書を忘れたふりをするどちらかといえば鈍感な気質の小学生がいるだけだ。隣の子が「そんなに忘れるなら朝、一緒に学校行こっか」と誘ってくれた真意にも終始気づかなかった。
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もっとも、事故については抗弁の余地がある。だって、本を読んでいるのだからまさしく背景と化した道路の上の話なんて知るよしもない。車同士がぶつかったからにはそこそこ大きな音もしただろうけど、僕は僕で物語の効果音を頭いっぱいに響かせようとして忙しかった。などと、情感たっぷりに言い訳の一つでも繰り出せたら、あるいは隠れた聡明さをほのめかせたかもしれない。
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もっとも、事故については抗弁の余地がある。だって、本を読んでいるのだからまさしく背景と化した道路の上の話なんて知るよしもない。車同士がぶつかったからにはそこそこ大きな音もしただろうけど、僕は僕で物語の効果音を頭いっぱいに響かせるのに忙しかった。などと、情感たっぷりに言い訳の一つでも繰り出せたら、あるいは聡明さらしきなにかをほのめかせたかもしれない。
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だが、僕ときたら「よく分からないです」と細い喉から絞り出すと早々に力尽きてしまった。僕の能力の限界を悟ってか、もともと小学生の証言などさほどあてにしていなかったのか、お巡りさんは僕の目線の高さで微笑んで「そうか、じゃあ仕方がないな。邪魔して悪かったね」と言い残して帰っていった。
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