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tags: ['novel']
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※本稿を読みに来た人へ:完成していますがまだ初回の推敲が終わっていません(・_・)
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今でも思い出に残っているのは、指先に残るわら半紙の感触。言われるままにピンと立てた人差し指を滑らせると、横にいるお父さんが耳元に語りかけてくれる。「そうら、そこがゲオルゲン通りだ。そこを右に曲がると――」私は言葉を遮って大声で答えた。
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「レオポルト通りね! おしゃれなお店がいっぱいあるの」
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「そうだ、いつかお前もそこで立派なドレスを買ってもらえるようになる」
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@ -87,16 +89,16 @@ tags: ['novel']
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声の調子から薄々分かっていた。触れていた頬から首、首から肩口に撫でていくと、その先がなかった。
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「ちなみに、脚もどっかいっちゃった」
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「おんぶしていくよ」
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私は背中の無線機をぞんざいに捨てると、代わりに彼女を背負った。残っている方の腕のオーク材からはよく燻られたウインナー・ソーセージみたいな匂いがした。無線連絡は、彼女のインカムを使ってせざるをえない。
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私は背中の無線機をぞんざいに捨てると、代わりに彼女を背負った。残っている方の腕のオーク材からはよく燻られたソーセージみたいな匂いがした。無線連絡は、彼女のインカムを使ってせざるをえない。
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「帝国航空艦隊、マリエン・クラッセ、リザ・エルマンノ両名。ただいま帰投します」
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程なくして、管制官から返事があった。
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<帰投を認める。再び我々に勝利をもたらす日を願って。ハイル・ヒトラー>
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<ハイル・ヒトラー>
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**一九四六年**三月七日、愛するお父さんへ。ミュンヘンは相変わらずひどい状態です。私の身体は穴だらけ、同僚の子もまた手足がもげました。けれど、へっちゃらです。だってどうせすぐに直るし、彼女の手足は木でできていますから。
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**一九四六年**三月七日。親愛なるお父さんへ。ミュンヘンは相変わらずひどい状態です。私の身体は穴だらけ、同僚の子もまた手足がもげました。けれど、へっちゃらです。だってどうせすぐに直るし、彼女の手足は木でできていますから。苦しみは分けっこできるのです。
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”一九四六年三月一三日、愛するお父さんへ。昨月の今頃はまだ暖かったのに、このところめっきり冷え込んできました。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当はすぐにでも空を蹴って会いにいきたいのだけれど、あいにく私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、管制官が仰るには戦争で華々しい勝利をもたらせば、私たちはアーリア民族の英雄として認められて、ようやく自由に過ごせるのだそうです。
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”一九四六年三月一三日。親愛なるお父さんへ。昨月の今頃はまだ暖かったのに、このところめっきり冷え込んできました。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当はすぐにでも空を蹴って会いにいきたいのだけれど、あいにく私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、管制官が仰るには戦争で華々しい勝利をもたらせば、私たちはアーリア民族の英雄として認められて、ようやく自由に過ごせるのだそうです。
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チーン、とタイプライタが鳴り、ハンマーが紙面の端に到達したことを知らせてくれる。一旦、タイピングを止めて手探りで本体のレバーを引っ張り、改行する。
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”それにしても、まだ子どもの私が「上官」とか「管制官」とか言って、口にしてみたらずいぶんおかしい話に聞こえるでしょうね。今の私はなんでも帝国航空艦隊所属の中尉なんだそうです。私よりたっぷり三〇センチも大柄な兵隊さんたちが、前を歩くとさっと右、左に避けてくれるのが分かります。姿が見えなくても、足音でだいたいどんな背格好なのか分かりますから。”
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チーン。また、音が鳴った。再びレバーを引いて改行する。
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「それは……謹んで申し上げますと、どなたかとお間違いになられていますわ。私のお父さんは、ヘルゲ・クラッセは、小さい私の――」
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「――手を取って、地図の上をなぞり、ミュンヘンの街並みを教えてくれた。そうだろ?」
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「え?」
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「最後はマリエン広場にたどり着くと終わる。なぜなら君の名前の由来だからだ。知らないわけがない。俺が考えたエピソードの一つだからな。”管理番号七、クラッセ家の物語”だ。番号の通り、他にもバリエーションがある。ところどころ設定が被っているがね。君たちはどこかの裏路地から当局に「セッシュウ」されてきた。当時、君も何度かこの言葉を聞いていたはずだ。だから再洗脳が必要だった」
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「最後はマリエン広場にたどり着くと終わる。なぜなら君の名前の由来だからだ。知らないわけがない。俺が考えたエピソードの一つだからな。”管理番号七、クラッセ家の物語”だ。番号の通り、他にもバリエーションがある。ところどころ設定が被っているがね。君たちはどこかの裏路地から当局に「セッシュウ」されてきた。当時、君も何度かこの言葉を聞いていたはずだ。だから再教育が必要だった」
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セッシュウ……セッシュウって、接収のことだ。今までこの言葉の意味が解らなかったのは……。
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「東部戦線に行くまで君が熱心に書いていた手紙な、あれは全部、俺の元に届いていたんだ。毎日楽しく読ませてもらっていたよ。自己洗脳ほど効果が高いものはないからな」
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言い表しようのない脱力感が全身を襲った。機銃で打ちのめされるよりもよっぽど身体が痛かった。管制官の掃射はなおも容赦なく続いた。
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「いいか、君は捨て子だ。親はいない。混血児で、障害者で、国家のお荷物だった。それをこの俺が使い物になるようにしてやったんだ。いずれ連中も思い知るだろう。そういう出来損ないどもが大手を振って蔓延る世の中になったらどうなるか。確かに戦争には負けたが、我々の思想は永久不滅だ。十年後でも、たとえ百年後でも蘇ってみせる」
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「私、私は……アーリア民族では、なかったのですか」
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@ -862,9 +866,9 @@ tags: ['novel']
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一九四六年……何月何日かは分からない。なるべくなにも考えないようにしているけれど、目が覚めているのに考えないのは難しい。
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一九四六年。何月何日かは分からない。なるべくなにも考えないようにしているけれど、目が覚めているのに考えないのは難しい。もう、お手紙を書く相手も道具もないのに。
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管制官の仰る通り、裁判はいつの間にか行われていつの間にか終わっていた。死刑判決は独居房越しに言い渡された。
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私の独居房はちょっと変わっている。人間一人がぎりぎり収まる箱のような作りで、全身を貫くいくつものワイヤーで全身が固定されている。
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私の独居房はちょっと変わっている。人間一人がぎりぎり収まる箱のような作りで、全身を貫くいくつものワイヤーで身体が固定されている。
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そのワイヤーは注入管の役割も持っていて、時折、不定期に濃硫酸が流れ込んでくる。すると、せっかく治りかけている肉体が熱傷に侵されてたちどころに力が抜けていく。最初は泣き叫んで暴れたものだけど、しばらくするとなにも感じなくなった。連行されてから着の身着のままで、着替えもなければお風呂も入っていない。食事は点滴で与えられている。もう空腹感も忘れてしまった。
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道中で総統閣下、フューラーの自殺を知った。ゲッベルス大臣も亡くなられたそうだ。後継者にはデーニッツという人が就いたが、その政権も連行当日に解体されたという。つまり、今のドイツには国家が存在していないということになる。
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しかし、今の私にはどうでもよかった。ライヒも、ドイツも、お父さんも、私の居場所ではなかったのだから。
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突然、独居房の隙間から強風が流れ込んできた。ごうごうと吹きすさぶ冷たい空気の正体を見極めようとしているうちに、身体から重力が消失したのを感じた。今となっては懐かしい、魔法で急降下した時とよく似た感覚だ。私は今、独居房ごと空中に投げ出されている。
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数秒ほどの自由落下を経て地面に衝突すると、独居房は激しくひしゃげて壊れた。おのずと中のワイヤーも圧力に耐えきれずべきべきと折れ曲がり、私は全身の至るところに金属片を残したまま外に放り出された。
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久しぶりに嗅ぐ草木と土の匂いが私の鼻をくすぐる。私の気持ちをこれっぽっちも考慮しない暖かなお日様がさんさんと降り注いでいる。ほど近いところからは、波が海岸に寄せて返す音やカモメの鳴き声も聞こえてきた。どうやらここは孤島に相当する場所のようだった。
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「誰か、誰かいるの?」
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「マリエン?」
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後方で甲高い声がした。これもまた、ひどく懐かしい。一緒に戦った戦友であり、戦争犯罪の共犯者でもある。
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「リザちゃん?」
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「……マリエン?」
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すぐさま私の視界に人影が浮かび上がった。他の誰よりもはっきりと描き出される輪郭。もう大尉ではないリザ・エルマンノがそこにいた。
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「無事だったのね」
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リザちゃんは脚を失ったままらしく、お互いの手と手が触れ合い、抱きしめ合うまでにはかなりの時間がかかった。
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@ -914,7 +917,7 @@ tags: ['novel']
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「おいしいね」
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私の耳が戦闘機から落ちてくるなにか捉えた。砲弾よりも、地雷よりも、ミサイルよりも、ずっとずっと大きくて重いなにかが、私たちに向かって降り注ごうとしている。リザちゃんが気づくほど大きい音ではない。けれど、私には分かる。
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口の中の幸福を二人で味わいながら、私はようやく自分の役目をまっとうしたと思った。
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幸せは、分けっこできるんだ。
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幸せも、分けっこできるんだ。
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たとえ光が見えなくても。
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@ -928,6 +931,7 @@ tags: ['novel']
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メアリー・ジョンソン:正直なところ――私が演じてよいものかと戸惑いました。実話を基にした歴史映画ですし、果たして私がふさわしいのだろうかと。
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記者:実際、配役発表の際はインターネットでも批判の声が上がっていました。
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メアリー・ジョンソン:ええ。ですが、脚本を読んで気が変わりました。いずれにしても、そこが物語の本質ではないのです。
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ブロンドの髪が風に吹かれて神々しく輝く。にも拘らず彼女はこちらをまっすぐ見据えていた。いかにも強い自信が表れているようだった。
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記者:それは――本作のお披露目とともに明らかになる、そういう理解でよろしいんでしょうか?
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そう、あえて挑発的に語りかけるとメアリーさんは優しく苦笑いした。
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メアリー・ジョンソン:そういうことになりますね。彼女の遺した手紙は膨大な数にのぼりますが、その多くがタイプミスやインク不足で近年に至るまで解読が不可能でした。本作の企画化にあたっては、まずそれらのテキストを読み解くために専門の科学スタッフを集めるところからスタートしたのです。つまり、皆さんが知らない新しい事実が本作では描かれています。
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