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”一九四六年十一月七日。昨月の今頃はあんなに暑かったのに、このところめっきり冷え込んできました。同じドイツでもミュンヘンとケルンでは少し調子が違うようです。引っ越して三年が経とうとしているのにまだ慣れていません。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当はすぐにでも空を蹴って会いにいきたいのだけれど、あいにく今の私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、施設長が仰るには戦争でもっと功績を立てれば、どんどん偉くなって、したいことがなんでもできるようになるそうです。たまに失敗してしまうけれど、最近はうまくやっています。”
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チーン、とタイプライタが鳴り、ハンマーが紙面の端に到達したことを知らせてくれる。一旦、タイピングを止めて手探りで本体のレバーを引っ張り、改行する。
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”それにしても、まだ子どもの私が「上官」とか「施設長」とか言って、言葉にしてみたらずいぶんおかしい話に聞こえるでしょうね。今の私はなんでも中尉なんだそうです。私よりたっぷり一フィート半も大柄な兵隊さんたちが、前を歩くとさっと右、左に避けてくれるのが分かります。姿は見えなくても足音でだいたいどんな背格好なのか分かりますから。”
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”それにしても、まだ子どもの私が「上官」とか「施設長」とか言って、言葉にしてみたらずいぶんおかしい話に聞こえるでしょうね。今の私はなんでも帝国航空艦隊所属の中尉なんだそうです。私よりたっぷり一フィート半も大柄な兵隊さんたちが、前を歩くとさっと右、左に避けてくれるのが分かります。姿は見えなくても足音でだいたいどんな背格好なのか分かりますから。”
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チーン。また、音が鳴った。再びレバーを引いて改行する。
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”いつかもっと偉くなったら、私たちの鉤十字がはためくブリュッセルの空を飛んで、お父さんに会いに行く許可をもらおうと思います。ついでに山ほどのチョコレートを買うことも許されそうな気がします。その日まで、どうかお元気で。ハイル・ヒトラー”
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チョコレート……そう、チョコレートだ、と私は唐突に思い至った。今週、お給金を頂いたから、ベルギーのチョコレートは無理でも近所のチョコレートは買える。一月ぶりのご褒美。椅子から勢いよく立ち上がったら、ふわ、と全身が浮きかけたので、あわてて踵を地面にくっつける。左を向いて五歩半歩くと、壁にかかっているバッグがある。その中にお財布も身分証明書も入っている。前に手を伸ばすとそこには確かに古びた皮革の感触があった。
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風が頬を撫でつける空白の時間の後、彼女の足が止まった。「身分証を」という端的な男の人の声に応じて、私も鞄から身分証明書を取り出す。直後、男の人の声はうわずり「どうぞお通りください、中尉殿」と丁寧な物腰に変わった。
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基地の建物内に入ると足音がかつかつと硬質な響きになった。辺りは騒然としていたのにリザの歩みは施設長のいる部屋に入るまでもう止まらなかった。それで私もするべきことが判った。両足をこつんと合わせて直立不動の姿勢をとり、敬礼をした。
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「ただいま到着いたしました」
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「よろしく頼んだぞ。では、私、アルベルト・ウェーバーSS特別施設長大佐の権限により、魔法能力の発動を許可する」
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「よろしく頼んだぞ。では、私、アルベルト・ウェーバーSS施設長特別大佐の権限により、魔法能力の発動を許可する」
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「はっ」
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もう収容所にいないのに肩書きが施設長のままなのはなんでだろう、と毎回思いながら命令に応じる。
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ほどなくして私たちは風が強まる夕暮れ時の滑走路に姿を晒した。兵隊さんの助けを借りて角ばった無線機を背負い、頭にはお話をするための装置が取り付けられた。どんな形をしているのかよく分からないけど、頭に乗っかった感じは昔よく着けていたカチューシャに似ていると思った。そして、服はドレスとオーバースカートを着ている。
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(ここになにかいい感じのエピソードを追加)
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”一九四六年十一月十五日。ケルンは今日も煙くさいです。街のあちこちがまだもくもくしています。私のせいです。もっと戦闘機を落とせていたらこんなことにはならなかったのに。次はがんばります。今日は、同僚のリザちゃんの話を書こうと思います。彼女は私より一つ歳上のお姉さんです。私と同じ、役目を持って生まれた子どもでした。私の目が光を映さないように、彼女は手足が一つもありません。せめて格好だけでも普通にさせようとして、家具職人の父が地元の木で作った義肢をこしらえたそうですが、あいにくどんなに力を込めても動かすことはできません。"
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チーン。私はレバーを引き上げるついでにリザちゃんの様子を見にいった。椅子から立ち上がって一回転。前へ進む。そのうち扉に手がぶつかるので部屋を出るぶんには歩数を数える必要はない。
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壁伝いによりかかって何歩か歩いて、隣の部屋のドアノブに手を触れる。だいたいの見当をつけてドアを軽くノックした。
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ドアノブをひねって部屋に入ると、真っ暗闇の視界の中にぽつんと座る少女の白線が描かれた。姿勢からしてベッドの上に座っているのだろうと思われた。彼女に必要な四つの義肢は予備が用意されているので昔ほどの不便はないという。けれど、不器用な人が動かす操り人形のようにぎくしゃくと動く白線を見るかぎり、日常生活にも支障をきたしているのは明らかだった。
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「やっぱり、イタリアの木じゃないと相性が悪いのかもね」
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窓の方に顔を向けながらリザちゃんが言った。ムッソリーニ首相が王様に叱られて以来、イタリアのほとんどの土地はずっと敵にとられたままで、木材の輸入は滞っている。たまたま難を逃れていた彼女はドイツ軍に「セッシュウ」されて、一度も故郷に帰る許しをもらえていない。「セッシュウ」されると、別の国の人でもその国のきまりに従わなければいけないのだと、施設長が言っていた。
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だから、今の彼女の手足はイタリアではなくドイツの木でできている。私は彼女の隣に腰掛けて、肩口から伸びる白の稜線を手でなぞった。
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だから、今の彼女の手足はイタリアではなくドイツの木でできている。私は彼女の隣に腰掛けて、肩から伸びる稜線を手でなぞった。
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「ちょっと固いね」
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「たぶんオーク材だと思う。私は松の木の方が好きかな」
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右手でゆるく握りこぶしを作って、幅の広い肩の付け根あたりをこつこつと叩いてみた。しっかりした響きの少ない鈍い感触が手のひらに伝わる。
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手をぱたぱたと振って否定したが、それをすり抜けて彼女のオーク材の指先が私の襟口を不器用につまんだ。
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「でも服の後ろ前が逆だわ」
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「え、ほんと」
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とっさに振り返ってみても、私には分からない。微妙に気恥ずかしさを残したまま部屋から出ていってなんとか部屋着を正しく着直したら、まだ手紙が書き途中だったことを思い出した。手探りで椅子のへりを掴んで座ると、手を突き出しながらタイプライタのキーの位置を確かめた。
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"彼女は昔、近所の子にピノッキオと呼ばれていました。身体の一部が松の木でできているからです。お父さんに読み聞かせてもらったので、私もお話はよく覚えています。ですが、彼女はこのあだ名がとっても不満でした。それはピノッキオが嫌いだからではありません。ピノッキオは自由に身体を動かしていろんな冒険ができるのに、彼女は両親に車椅子を引いてもらわないと自分のヘッドからさえ起き上がれなかったからです。"
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とっさに振り返ってみても、私には分からない。微妙に気恥ずかしさを残したまま部屋から出ていってなんとか部屋着を正しく着直したら、そういえばまだ手紙が書き途中だったことを思い出した。手探りで椅子のへりを掴んで座ると、手を突き出しながらタイプライタのキーの位置を確かめた。
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"彼女は昔、近所の子にピノッキオと呼ばれていました。身体の一部が松の木でできているからです。お父さんに読み聞かせてもらったので、私もお話はよく覚えています。ですが、彼女はこのあだ名がとっても不満でした。それはピノッキオが嫌いだからではありません。ピノッキオは自由に身体を動かしていろんな冒険ができるのに、彼女は両親に車椅子を引いてもらわないと自分の部屋からさえ出られなかったからです。"
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またレバーを引き下げつつ、次の文章を考える。
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"そんな彼女に転機が訪れたのは私と同じく、役目を果たすための施設がイタリアにできたおかげです。なんでも、そういう施設は同盟国の至る場所にあるそうです。光の源の祝福を授かった彼女は、あたかも本物の手足が生えたかのように木製の義肢を動かすことができます。もちろん、魔法も私よりうんと強く放てます。その代わりに、狙いを定めるのはちょっぴり下手です。"
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キータイプの手を一旦止めて、祝福を授かったリザちゃんがどんな気持ちだったのか、自分自身の体験を通じて想像しようとした。長い長い鉄道と大きな車に揺られて私が送られた施設は看守さんにも周りの人々にも「収容所」と呼ばれていた。お世辞にも、あまりきれいな場所ではなかった。ご飯の量は小さい私が見ても明らかに少なく、大人の人たちが怒って逆らおうとすると看守の人はもっと怒って彼らを散々ぶった。中でも特にひどくぶたれた人とは二度と会えなかった。その時、施設で一番偉い人だと言われていた施設長は私たち子どもに「彼らはちょっと早めに役目を果たしたんだよ」と教えてくれた。
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いくら子どもの私でも、月日が流れるたびに「役目を果たした」人たちが施設からいなくなっていくのを見て、私たちの「役目」がなんなのか理解した。しばらくはわんわん泣いて、お父さんに会いたいと看守にも施設長にもお願いしてみたけれど、だんだん施設の人を困らせれば困らせるほどかえって「役目を果たす」日が早くなりそうな気がして、だんだん隅っこでおとなしく過ごすようになった。
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そうしているうち、役目を果たすことが本当に良い行いなのだと分かるようになってきて、今度は早く役目を果たしたいと施設の人にお願いしはじめた。今思うと、ずいぶんわがままな子どもだったと思う。
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"そんな彼女に転機が訪れたのは私と同じく、役目を果たすための施設がイタリアにできたおかげです。光の源の祝福を授かった彼女は、あたかも本物の手足が生えたかのように木製の義肢を動かすことができます。魔法も私よりうんと強く放てます。その代わりに、狙いを定めるのはちょっぴり下手です。"
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キータイプの手を一旦止めて、祝福を授かったリザちゃんがどんな気持ちだったのか、自分自身の体験を通じて想像しようとした。長い長い鉄道と大きな車に揺られて私が送られた施設は看守さんにも周りの人々にも「収容所」と呼ばれていた。お世辞にも、あまり良い場所ではなかった。ご飯の量は小さい私にとっても明らかに少なく、大人の人たちが怒ると看守の人はもっと怒って彼らを散々ぶった。中でも特にひどくぶたれた人とは二度と会えなかった。その時、施設で一番偉かった施設長は私たち子どもに「彼らはちょっと早めに役目を果たしたんだよ」と教えてくれた。
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いくら子どもの私でも、月日が流れるたびに「役目を果たした」人たちが施設からいなくなっていくのを見て、私たちの「役目」がなんなのか理解した。しばらくはわんわん泣いて、お父さんに会いたいと看守にも施設長にもお願いしてみたけれど、だんだん施設の人を困らせれば困らせるほどかえって「役目を果たす」日が早くなりそうな気がして、そのうち隅っこでおとなしく過ごすようになった。
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でも施設でのお勉強が進むと、役目を果たすことが本当にすばらしい行いなのだと分かるようになってきて、今度は早く役目を果たしたいと施設の人にお願いしはじめた。今思うと、ずいぶんわがままな子どもだったと思う。
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結局、一年ほど経った後、施設の中で私より先にいる人を見かけなくなった辺りで、ようやく出番が回ってきた。
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やたら扉が多い部屋だった。部屋の中の部屋の中の部屋の中に案内されて、気づいたら案内してくれた施設の人はどこかにいなくなって、私はひとりぼっちだった。誰かを呼んでも返事がないし、声も全然響かない。すごく怖かったけれど、その後にすごい出来事があってなにもかも吹き飛んだ。
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やたら扉が多い部屋だった。部屋の中の部屋の中の部屋の中に案内されて、気づいたら案内してくれた施設の人はどこかにいなくなって、私はひとりぼっちだった。誰かを呼んでも返事がないし、声も全然響かない。とても怖かったけれど、その後にすごい出来事があってなにもかも吹き飛んだ。
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視界の中に白いまんまるが見えた。これが「白」なんだ。みんなが「白い」って言っているのは、これのことなんだとどうしてかすぐに分かった。私が前に一歩踏み出すと、まんまるはちょっぴり大きくなった。後ろに後ずさると、ちょっぴり小さくなった。三歩進むと、かなり大きくなって、肌に温かみを感じた。手を伸ばせば触れそうだと思った。
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手を触れた途端、まんまるはまんまるじゃなくなって、長細くぐにゃりと曲がって私の中に入ってきた。全身が熱かった。熱すぎて息ができなかった。鉄臭い匂いがした。これは白色と違って知っている。間違って紙で手を切ってしまった時に嗅いだことのある匂いだ。血の匂いだ。
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次に目が覚めた時、身体中がべとべとしていた。どこもかしこも鉄の匂いが立ち込めていたので、私はすごく血が出ているのだと分かった。そんなに血が出ているのなら、きっとけがをしているに違いない。私はその部屋を出て、けがを治してもらおうと思った。でも、手探りで見つけたドアは押しても引いても開かなかった。
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もう一度、施設の人を呼んでみても返事はない。私はとうとういらいらして、力任せにドアを両手で押した。
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すると、ドアはすごい音を立てて折れた。薄いブリキの板みたいに、ひどく折れ曲がっているようだった。もっと押し続けるとドアはぺしゃんこに潰れて、通り道ができた。
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手を触れた途端、まんまるはまんまるじゃなくなって、長細くぐにゃりと曲がって私の中に入ってきた。全身が熱かった。熱すぎて息ができなかった。鉄臭い匂いがした。これは白色と違って知っている。間違って紙で手を切ってしまった時に嗅いだことのある匂いだ。血の匂いだ。
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次に目が覚めた時、身体中がべとべとしていた。どこもかしこも鉄の匂いが立ち込めていたので、私は身体中から血が出ているのだと分かった。そんなに血が出ているのなら、きっと大怪我をしているに違いない。私はその部屋を出て、怪我を治してもらおうと思った。でも、手探りで見つけたドアは押しても引いても開かなかった。
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もう一度、施設の人を呼んでみても返事はない。私はとうとう怒って、力任せにドアを両手で押した。
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すると、ドアはすごい音を立てて壊れた。薄いブリキの板みたいに、ひどく折れ曲がっているようだった。もっと押し続けるとドアはぺしゃんこに潰れて、通り道ができた。
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「動くな!」
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道の先を歩いていると、突然、男の人たちがそう口々に叫ぶ声が聞こえた。かちゃかちゃと金属が鳴る音がとてもうるさかった。「だあれ?」と聞くとまた「動くな!」と怒られた。不思議なことに、男の人が叫べば叫ぶほど、真っ暗闇の視界の中の白い線が波打って、お人形のような形を作り出した。どうやら男の人たちは横一列に並んでいて、手におそろいのなにかを持っているみたいだった。私はそれがなんなのか知りたがった。
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「それ、なにを持っているの」
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前に歩いて手を差し出すと、直後、すごい音がして、私は後ろに押し倒された。お腹の辺りがじんじんとしたので、手でまさぐると石ころのようなものが見つかった。
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前に歩いて手を差し出すと、直後、ぱん、と音がして、私は後ろに押し倒された。お腹の辺りがじんじんとしたので、手でまさぐると石ころのようなものが見つかった。
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「えいっ」
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投げつけられた石ころを投げ返すと、鋭い悲鳴が部屋中にこだました。男の人がそういうふうに叫ぶのを初めて聞いたので、私はとてもびっくりした。どんどん石ころが投げつけられたので、私も一生懸命に投げ返した。白い線のお人形が全部見えなくなった後、施設長が部屋に入ってきて「楽しかったかい」と尋ねたので、私は正直に「ううん、あんまり」と答えたのだった。
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投げつけられた石ころを投げ返すと、鋭い悲鳴が部屋中にこだました。男の人がそういうふうに叫ぶのを初めて聞いたので、私はとてもびっくりした。どんどん石ころが投げつけられたので、私も一生懸命に投げ返した。白い線のお人形があらかたいなくなり、最後の一つがくしゃりとしゃがんだので、遊びはもうおしまいかと思いきや施設長が部屋に入ってきた。
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「楽しかったかい」
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「ううん、あんまり」
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「じゃあ、こうしてみよう」
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施設長は私の小さな手を握って、人差し指を伸ばさせ、親指を突き立たせ、残りは丸めるように指南した。そしてされるがままに腕をまっすぐにすると、しゃがんだお人形さんに人差し指が向いたようだった。お人形さんは鋭い悲鳴をあげて尻もちをついたけど、施設長は構わず「さっき聞こえた音を真似してごらん」と言ったので、私は何の気なしに「ぱん」と言った。もう悲鳴は聞こえなかった。
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鉄臭い匂いは、施設に入って初めてお風呂に浸かる許しが得てからも、しばらくとれなかった。
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私が第三帝国で唯一の国家魔法少女として正式に階級章を授けられたのは、その日から始まった訓練を終えたさらに一年半後の話。
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私が第三帝国で唯一の国家魔法少女として正式に階級章を授けられたのは、その日から始まった訓練を終えたさらに半年後の話。
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リザちゃんも同じような訓練をしたのかな。今度聞いてみよう。
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”私たち二人でケルンの空、オランダやベルギーの海を守っています。こないだは失敗してしまったけれど、今度こそ目標を全機撃墜したいです。お父さんもベルギーの前線で勇猛果敢に戦っていると施設長がおっしゃっていました。離れ離れに暮らしているのは、やっぱりまだ少しさみしいですが、親子揃って帝国に殉じていることを誇りに思います。いつか、祖国に勝利をもたらすその日までお元気で。ハイル・ヒトラー”
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”私たち二人でケルンの空、オランダやベルギーの海を守っています。このところは失敗続きだけれど、今度こそ全機撃墜したいです。お父さんもベルギーの前線で勇猛果敢に戦っていると施設長がおっしゃっていました。離れ離れに暮らしているのは、やっぱりまだ少しさみしいですが、親子揃って帝国に殉じていることを誇りに思います。いつか、祖国に勝利をもたらすその日までお元気で。ハイル・ヒトラー”
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私は手を伸ばして紙面をタイプライタから外した。机の上に準備しておいた封筒に合わせて紙面を折りたたんで、なんとか便箋に仕立てる。最後に切手を封筒の上に貼り付けると、椅子から立ち上がって左に五歩、手に取った鞄に封筒を入れて、右に三歩。今月からは忘れないように外套を羽織らないと寒くていけない。
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くるりと身体を回転して、ドアに手がぶつかるまで進む。触れたらすぐに引っ込めて、ドアノブを優しく掴んで回す。ドア横に立てかけた杖を掴んで、隣の部屋に呼びかけた。
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「リザちゃん。 お手紙をポストに入れてくるね」
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"SS特別施設長大佐より、辞令を言い渡す。マリエン・クレッセン、およびリザ・エルマンノ両名の国家魔法少女は直ちにポーゼンに向かい、以下に示す現地における作戦行動に従事せよ。1:同封地図上に存在する研究施設の徹底的な破壊 2:敵勢力の排除 なお、これまでの国軍への貢献を評価し、同両名に新たな軍階級章を授ける。この書類を受け取った時点から両名を臨時大尉とする。以上。"
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"SS特別施設長大佐より、辞令を言い渡す。マリエン・クレッセン、およびリザ・エルマンノ両名の国家魔法少女は直ちにポーゼンに向かい、以下に示す現地における作戦行動に従事せよ。1:同封地図上に存在する研究施設の破壊 2:敵勢力の排除 なお、これまでの国軍への貢献を評価し、同両名に新たな軍階級章を授ける。この書類を受け取った時点から両名を臨時大尉とする。以上。"
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命令書を物憂げに読み上げるリザちゃんと対照的に、私の口からはのんきな声が衝いて出た。
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「昇進したんだ、私たち」
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「こんなのなんの意味もないわ。師団を率いているわけでもないのに。私たちはお払箱になったのよ」
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「こんなのなんの意味もないわ。部隊を率いているわけでもないのに。私たちはお払箱になったのよ」
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ぺしゃり、と紙が投げ捨てられる音が響いた。
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「どういう意味……?」
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「ここで私たちができることはもうないって意味」
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彼女が出し抜けに部屋の窓を開けると、たちまち焦げ臭い匂いが入り込んできた。
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「えほっ、なにするの」
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「私もあなたも戦闘機と戦う準備ができていない。あれから何度も空襲が来ているのに待機命令ばかり。だからといって無理して大軍勢と戦えば今度こそやられちゃうかもしれない。だから、体よく左遷させられたんだわ」
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「私もあなたも戦闘機に勝てていない。街を守れていない。かといって無理して大軍勢と戦えば今度こそやられちゃうかもしれない。だから、体よく左遷させられたんだわ」
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「サセンってなあに」
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「さあ、なにかしらね」
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白線にふちどられた少女の顔がつん、と横を向いた。さすがの私も彼女がすねているのだと分かった。ベッドから腰を浮かせて立ち上がり、腕組みをして仁王立ちの少女の頬に前触れなく手を触れた。彼女の方が頭一個、背が高いので私の踵はほんの少しだけ浮いた。リザちゃんの頬は少しざらざらしている。
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@ -392,12 +400,12 @@ tags: ['novel']
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さらにもう片方の手を、別の頬に合わせた。すりすりしていると、だんだんと手のひらが暖かくなった。
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「くすぐったいって」
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たまりかねたのか、リザちゃんのオーク材の手が私の手を掴むと、見計らったように私も掴みかえした。いつも目を閉じている私と決して目は合わないけど、合っているかのように顔を傾けた。
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「私たちにできることをやるしかないよ。役目を果たさなきゃ」
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「私たちにできることをやるしかないよ。どんな作戦でも役目を果たさなきゃ」
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「まあ……そうね」
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木製の義手がぎしりと開いて力が緩んだ。
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「でも」
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ひと呼吸を置いて私も手を離す。
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「ひと目でいいからお父さんに会いたかったな……」
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「ちょっとでいいからお父さんに会いたかったな……」
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たとえ会えなくてもケルンとベルギーの距離は目と鼻の先だ。会おうと思えばいつでも会えるという安心感が、なんとか私の踵を地面にくっつけさせていた。対して、これから向かうことになるポーランドははるか東のベルリンよりもさらに東。手紙だって届くのに何日かかるか分からない。そもそも送ることができるのかすら。まだ一回もお返事をもらっていないのに、宛名書きに記したこの家を去らないといけない。
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「じゃあ……」
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お返しと言わんばかりに、今度は彼女の手が私の両頬を包んだ。肌触りはごつごつとしているけれど、森の中にいるような香りがした。
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@ -510,7 +518,7 @@ tags: ['novel']
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私が声を張り上げると、施設長も自信を取り戻してくれたのか力強く答えた。
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「もちろん、そうだとも。我々がかの地を支配することは神に約束されているのだから」
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滑走路に向かう道すがら、珍しく施設長が相伴を名乗り出てきて一緒に寒空に身を晒した。普段なら執務室で行われる許可が、静かな滑走路の上で行われる。
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「私、アルベルト・ウェーバーSS特別施設長大佐の権限により、魔法能力の発動を許可する」
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「私、アルベルト・ウェーバーSS施設長特別大佐の権限により、魔法能力の発動を許可する」
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正式な許可が下り、付き添いの兵士たちが私たちに無線機を背負わせた。頭にはカチューシャのようななにか。オーバースカートは外套の下に着込んでいる。耳に当たる装置から流れる、静かなハムノイズの音が作戦の開始を強く印象付ける。
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出撃の直前、ふと、私は外套のポケットにしまいこんだままの手紙を思い出した。あわててポケットから取り出して、目の前の施設長に差し出した。
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「あの、ごめんなさい。もしお手数でなければ、父への手紙をどうか送っておいてもらえませんか。ポーランドからだと、届きそうにありません」
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@ -624,34 +632,57 @@ tags: ['novel']
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また声が途絶えた。私の踵はほとんどつま先立ちに近い高さまで上がっている。ここで食糧を得られなかったらとても困る。でも、うっかり深手を負ったら作戦自体が危うくなる。
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幸い、扉の向こうにいる男の人は純粋なドイツ語の発音で厳かに話しはじめた。
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「我々もドイツ軍人だ。部隊、所属、名前を言え」
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ほっと息をなでおろして、私たちは顔を見合わせる。浮いた踵が地面にぺたりとくっついた。
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「部隊には所属してないわ。私たちは国家魔法少女よ」
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ほっと息をなでおろして、私たちは顔を見合わせる。浮いた踵が地面にぺたりとくっついた。しかしリザちゃんは油断せずに続ける。
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「私たちは将校よ。まずはそちらから名乗りなさい」
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わずかな沈黙。
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「……第二二一保安師団、第三一三警察大隊隷下のリヒト小隊だ。元の隊長は死んだ」
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その名乗りがどういう意味を持つのか私にはピンと来なかったが、リザちゃんは納得したみたいで幾分落ち着いた口調になった。
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「警察大隊……なるほどね。分かったわ。私たちは帝国航空艦隊所属よ。司令官はアルベルト・ウェーバー施設長特別大佐」
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「帝国航空艦隊だと? 本土にいる連中がなにしにここに来た」
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今度はリザちゃんが一瞬だけ黙ったが、決心は早かった。
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||||
「私たちは国家魔法少女よ」
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直後、木の扉がぶわっと開いて大柄な男の人の白線がじわじわと模られはじめた。手には小銃が握られている。どやどやと奥の方で騒ぐ声の感じからして、分隊規模の人数がいるようだった。
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「国家魔法少女だと? 噂には聞いていたが……そんなものが実在するとは」
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リザちゃんも本当は疲れているのだろう。丁寧に教えるのをいい加減におしまいにして、男の人の目の前で指を「ぱっちん」した。すると、激しく火花が散る音がして奥の人たちをざわめかせた。特に男の人は驚いて、どたんと尻もちをついて倒れこむほとだった。痛くはなくとも間近でやられるとけっこうびっくりする。肌がぴりっとするからだ。
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魔法の力を直に見て、鞄の中の身分証も見た彼らは一転、私たちを文字通りの上官待遇で出迎えてくれた。扉を開けた男の人が彼らの中では一番偉く、ウルリヒ伍長と名乗った。本隊からはぐれて撤退を模索するも、あちこちにいるソ連兵に阻まれて立ち往生していたところ、ちょうどこの民家を見つけたので「セッシュウ」したのだという。セッシュウ。じゃあ、ここはもうポーランドじゃなくてドイツのものなんだ、と私は納得した。
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||||
「魔法少女……噂には聞いていたが……そんなものが実在するとは」
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||||
リザちゃんもきっと疲れているのだろう。間延びしたやり取りをいい加減におしまいにして、男の人の目の前で指を「ぱっちん」した。すると、鋭く火花が散る音がして奥の方の人たちがどよめいた。特に間近にいた男の人は驚いて、どたんと尻もちをついて倒れこむほとだった。痛くはなくとも突然やられるとけっこうびっくりする。肌がぴりっとするからだ。
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魔法の力を直に見て、鞄の中の身分証も見た彼らは一転、私たちを文字通りの上官待遇で出迎えてくれた。扉を開けた男の人が彼らの中では一番偉く、ウルリヒ伍長と名乗った。大隊からはぐれて撤退を模索するも、あちこちにいるソ連兵に阻まれて立ち往生していたところ、ちょうどこの民家を見つけたので「セッシュウ」したのだという。セッシュウ。じゃあ、ここはもうポーランドじゃなくてドイツのものなんだ、と私は納得した。
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「俺たちの任務は占領地を警護すること。いわば後方支援、ただそれだけのはずだったんだが、気づいたら前線になっちまっていた」
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伍長さんはリヒト少尉という小隊長が先週までいたが戦死したこと、その後も友軍が次々と死んでいき自分より階級の高い軍人がいなくなったことなどを話した。
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「だが大尉殿が二名も着任されたからには安心だ。肩の荷が下りた。貴殿らが我々の隊長だ」
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そして、待ちに待った温かい食事がやってきた。彼らはすでに食事を終えていたらしく、私たちのために大きい身体をあくせくと動かしてシチューと黒パンをたんまりと振る舞ってくれた。私のぶんはまずリザちゃんに渡されて、彼女から私にそっと手渡された。やけどしそうなほど熱いシチューがお腹の中にすとんと落ちていって、じんわりと体中が温まった。あっという間に食べ尽くした後に冗談めかしておかわりを要求すると、すぐさまなみなみと注がれたシチューと、追加の黒パンがやってきた。私たちって本当に偉いんだ、と階級章のありがたみを初めて実感した。
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食事が済むと、ウルリヒ伍長がのしのしと近づいてきた。私たちの目的を知りたいみたいだった。「えっとね、ポーゼンにある研究施設を壊さないといけないんだって」と言うと、伍長さんは「ポーゼンか」とつぶやいて、しばらく黙りこくった。「貴殿らの魔法で、施設と言わずポーゼンの拠点全体を破壊できないか? 後方を撹乱してソ連兵の進軍を遅らせたい」この提案にはリザちゃんが応じた。「どうかしら。私たちの力は無限ではないの。傷を負ったり疲れると徐々に失われる。ソ連兵の規模によるわ」伍長さんは、またうなった。「もちろん、我々も随伴する。このままおめおめとベルリンに逃げ帰っても状況は良くならない」同じ部屋にいるであろう兵士たちがざわめいたが、伍長さんは無視して続けた。「どうか、頼む。その研究施設とやらの破壊にもぜひ協力しよう。長くいすぎたせいで少々、土地勘もあるしな」
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食事が済むと、またぞろウルリヒ伍長がのしのしと近づいてきた。私たちの目的を知りたいみたいだった。「えっとね、ポーゼンにある研究施設を壊さないといけないんだって」と言うと、伍長さんは「ポーゼンか」とつぶやいて、しばらく黙りこくった。「貴殿らの魔法で、施設と言わずポーゼンの拠点全体を破壊できないか? 後方を撹乱してソ連兵の進軍を遅らせたい」この提案にはリザちゃんが応じた。「どうかしら。私たちの力は無限ではないの。傷を負ったり疲れると徐々に失われる。ソ連兵の規模によるわ」伍長さんは、またうなった。「こんな有様だが我々も随伴する。このままおめおめとベルリンに逃げ帰っても状況は良くならない」同じ部屋にいるであろう兵隊さんたちがざわめいたが、伍長さんは無視して続けた。「どうか、頼む。その研究施設とやらの破壊にもぜひ協力しよう。長く駐屯していたから少々、土地勘もあるしな」
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今度こそ、私が先に答える。
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「いいと思う。たくさん味方がいた方が有利になるよ。ご飯を食べたから私たちも元気になったし」
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お父さんほど歳が離れていそうな男の人に深々と頭を下げられるのは慣れないけど、初めて自分に部下ができたような気がしてちょっぴり誇らしい気持ちになった。
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さっそく、伍長さんは分隊員を呼んで私たちの前に整列させた。それぞれ、アルベルト、エルマー、ハンス、パウルと自己紹介した。できるだけ上官らしさを意識した態度で、顔をつんとあげて「ひざまずいてちょうだい」と言うと、三フィート以上も背の高い男の人たちがさっと腰を落とした。一人一人の顔をぺたぺたと触っていくと、私の視界の中の白線が細かい輪郭を描き出す。
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「マリエン臨時大尉どのは目が見えないでございますか」
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芝居めかした口調でパウルが言った。さすがの私でも馬鹿にされていると分かる態度だったので、ちょっとムッとした。
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さっそく、伍長さんは分隊員を呼んで私たちの前に整列させた。それぞれ、エルマー、ハンス、パウルと自己紹介した。できるだけ上官らしさを意識した態度で、顔をつんとあげて「ひざまずいてちょうだい」と言うと、三フィート以上も背の高い男の人たちがさっと腰を落とした。一人一人の顔をぺたぺたと触っていくと、私の視界の中の白線が細かい輪郭を描き出す。
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「自分は、エルマー一等兵であります」
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ぺたぺた。
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「ハンス一等兵です」
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ぺたぺた。
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「パウル一等兵です。マリエン臨時大尉殿は目が見えないでござりますか」
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ぺたぺた。
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いかにも芝居めかした口調でパウルが言った。さすがの私でも馬鹿にされていると分かる態度だったので、ちょっとムッとした。
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「そうよ、でもあなたよりずっと強いんだから」
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「おや、それはたいへん恐ろしゅうございますな、大尉どの」
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「おや、それはたいへん恐ろしゅうございますな」
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にたにたと笑うパウル一等兵の顔の輪郭が、声の調子に合わせてゆらゆらと動く。こういう時って大声で怒鳴ったりしないといけないのかな、と考えていたあたりで、横から伍長さんが「上官にその口の聞き方はなんだ」とたしなめると彼はすぐに直立不動の姿勢になおった。
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「申し訳ない、こいつらは国民突撃隊上がりで」
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国民突撃隊、と聞くとケルンの街角で施設長に叱られていた男の子たちを思い出す。彼らもそのうちこうやって兵士になっていくのだろうか。この兵士たちも昔はああいう感じだったのだろうか。大人の男の人はみんな紳士なのに、男の子はどうしてあんなに乱暴なんだろう。男の子はいつ、どこで急に「紳士」に早変わりするんだろう。
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暖炉の火の灯った温かい部屋でうたた寝をしていると、夜が来るのも早かった。作戦行動の細かい指示はリザちゃんが伍長さんと相談して決めていたので、私がすべき仕事は特になにもなかった。アルベルト一等兵が沸かしたお風呂に入って、エルマー一等兵が温め直した夕飯を食べ、ハンス一等兵が整えた客室のベッドで眠ればよかった。最後に、パウル一等兵がのそのそと近づいてきて、私のそばに座った。吐く息がお酒くさかったので、手には酒瓶かなにかが握られているに違いなかった。
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国民突撃隊、と聞くとケルンの街角で施設長に叱られていた男の子たちを思い出す。あの彼らもそのうち兵隊さんになっていくのだろうか。この兵隊さんたちも昔はああいう感じだったのだろうか。大人の男の人はみんな紳士なのに、男の子ってどうしてあんなに乱暴なんだろう。男の子はいつ、どこで急に「男の人」に早変わりするんだろう。
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暖炉の火の灯った温かい部屋でうたた寝をしていると、夜が来るのも早かった。作戦行動の細かい指示はリザちゃんが伍長さんと相談して決めていたので、私がすべき仕事は特になにもなかった。エルマー一等兵が沸かしたお風呂に入って、ハンス一等兵が整えた客室のベッドで眠ればよかった。最後に、パウル一等兵がのそのそと近づいてきて、私のそばに座った。吐く息がお酒くさかったので、手には酒瓶かなにかが握られているに違いなかった。
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「よう、臨時大尉どの」
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「なによ」
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つん、とすました顔で応じたが、彼はまったく意に介さない様子で会話を続ける。
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つん、とすました態度で応じたが、彼はまったく意に介さない様子で会話を続ける。
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「目が見えないってどんな気分なんだい」
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また私を小馬鹿にしようとしている、とたちまち不機嫌になった私は質問には答えず「どうでもいいでしょ、あっち行って」と声を荒らげた。
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「ちぇ、なんだよ、つれないな」
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また私を小馬鹿にしようとしている、とたちまち不機嫌になった私は質問には答えず「どうでもいいでしょ」と声を荒らげた。
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「ちぇ、なんだよ」
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意外にもパウル一等兵はつきまとうのでもなく、嫌味を繰り返すのでもなく、あっさりと引き下がった。ちゃぷちゃぷと液体が揺れる音を手元でたてながら、頼りない足取りで遠ざかっていく。身体は大きいのにまるで子どもみたいな人だと思った。
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「待ちなさいよ」
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「ああ?」
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ちゃぷ、と酒瓶の中身が大きく揺れる音がした。白線の輪郭はあやふやだったが振り返ったのだろう。
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「私が見えないと思っていると痛い目を見るわよ」
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続けて、右手を拳銃に模り「ぱん」とごく小声で言った。狙い通り、酒瓶が破裂して中身とガラス片が床に飛び散った。「うおっ」と大声で叫ぶパウル一等兵。あんまり期待通りに驚くものだから小気味がよかった。
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「どう?」
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得意げに胸をそると、彼は「いや、まいった、実にまいったよ」と大げさに両手をあげた。本当に恐れをなしたのか、彼は床に滴ったお酒とガラス片にも頓着せず去っていった。
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入れ替わりにリザちゃんが部屋に入ってくる。石鹸のいい匂いがしたので、彼女もお風呂に入ったと分かった。昨日とはうってちがって、まるで高級ホテルに泊まったかのような変わりようだ。
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「ねえ、今の、見た? 部下をこらしめたの」
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