第十一幕の途中まで
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Rikuoh Tsujitani 2023-09-06 22:02:45 +09:00
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@ -35,8 +35,8 @@ tags: ['novel']
 岩のような巨躯のユン・ウヌから見た目通りの野太い声が弾き出される。  岩のような巨躯のユン・ウヌから見た目通りの野太い声が弾き出される。
「あんなの運が良かっただけだ。鏡見ろよ。もしやつらが慌ててお前に全弾ぶっ放してたらどうするんだ。もし、一発の硬式弾でも目に入ったら――」 「あんなの運が良かっただけだ。鏡見ろよ。もしやつらが慌ててお前に全弾ぶっ放してたらどうするんだ。もし、一発の硬式弾でも目に入ったら――」
 ユンはくっくっと不敵に笑った。このいかつい男に堂々と俺お前で物申せる同級生は勇くらいしかいない。  ユンはくっくっと不敵に笑った。このいかつい男に堂々と俺お前で物申せる同級生は勇くらいしかいない。
「そうしたら、めでたく”公死”ってことになるだろうな。公死園ってそういうことだろうが。戦場で華々しく散れるのなら本望だ」 「そうしたら、めでたく”公死”ってになるだろうな。公死園ってそういうことだろうが。戦場で華々しく散れるのなら本望だ……なんてな
「死ぬなら決勝が終わってからにしろ 「死ぬなら決勝が終わってからにしろ」
 ぬうっとユンの丸太のごとく太い腕が勇の肩に添えられた。たっぷりの痛罵を浴びせても彼はちっとも懲りていない様子だった。  ぬうっとユンの丸太のごとく太い腕が勇の肩に添えられた。たっぷりの痛罵を浴びせても彼はちっとも懲りていない様子だった。
「真面目な話、お前だったら絶対に高台を獲りにいくと思ったんだ。おれは弾倉がほとんど空だったし、あの状況で装備を活かそうと思ったらあれしかなかったんだ」 「真面目な話、お前だったら絶対に高台を獲りにいくと思ったんだ。おれは弾倉がほとんど空だったし、あの状況で装備を活かそうと思ったらあれしかなかったんだ」
 勇は肩の手を払いのけた。  勇は肩の手を払いのけた。
@ -511,7 +511,8 @@ tags: ['novel']
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 公死園の運営関係者が控室に顔を出してまもなく出場だと告げてきたので、一同は同時に支給された電子判定用の肌着を戦闘服の下に着込んだ。この厚さ三寸ほどの灰色の服が対応する衝撃を検知する。選手の片耳には一度押し込むと鉗子でなければ取れない癒着性のイヤホンも装着される。これが検知した衝撃判定を選手自身に伝えるほか、試合を管制する電子計算機にも情報を送信している。二〇年前に移行が決まった仮想体力制度は名だたる財閥企業の強力な後押しによって、西洋先進国にも引けをとらない科学技術力の結晶で作られている。  公死園の運営関係者が控室に顔を出してまもなく出場だと告げてきたので、一同は同時に支給された電子判定用の肌着を戦闘服の下に着込んだ。この厚さ三寸ほどの灰色の服が対応する衝撃を検知する。選手の片耳には一度押し込むと鉗子でなければ取れない癒着性のイヤホンも装着される。耳の表面が半球面で埋まったように見えるが、外音は精密に取り込まれていて聴力や空間把握能力が低下する懸念はない。
 この器具が検知した全身の衝撃判定を選手自身に伝えるほか、試合を管制する電子計算機にも情報を送信している。二〇年前に移行が決まった仮想体力制度は名だたる財閥企業の強力な後押しによって、西洋先進国にも引けをとらない科学技術力の結晶で作られている。
「入念に起動を確認しろ。試合開始までに判定が有効でなければ失格だ」 「入念に起動を確認しろ。試合開始までに判定が有効でなければ失格だ」
 大会の駒を進めるたびに言ってきたことを勇が今日も言う。分隊員は頷いて判定服の裏地に備わった通信確認用のボタンを押す。勇も押したので、耳元で人工的な音声が「起動確認。本日は昭和九八年八月二三日」と言うのが聞こえた。  大会の駒を進めるたびに言ってきたことを勇が今日も言う。分隊員は頷いて判定服の裏地に備わった通信確認用のボタンを押す。勇も押したので、耳元で人工的な音声が「起動確認。本日は昭和九八年八月二三日」と言うのが聞こえた。
 最後に装備品の確認を行う。ユンは当然、予備弾倉ではなく軍刀を手に取ったが、他の隊員にも思うところがあったらしい。同じく軍刀を仕込む者もいれば、拳銃に持ち替える者もいた。本来なら浮ついた装備の変更はご法度だったが、相手が相手なので常道に凝り固まる方が問題と見て、勇はなにも言わなかった。  最後に装備品の確認を行う。ユンは当然、予備弾倉ではなく軍刀を手に取ったが、他の隊員にも思うところがあったらしい。同じく軍刀を仕込む者もいれば、拳銃に持ち替える者もいた。本来なら浮ついた装備の変更はご法度だったが、相手が相手なので常道に凝り固まる方が問題と見て、勇はなにも言わなかった。
@ -560,10 +561,42 @@ tags: ['novel']
 あれほど勇を突き刺してきた罵声も、囃し立てる歓声も、戦場の空気がすべて飲み干してしまったかのようだ。司会の解説音声は選手たちには聞こえない。  あれほど勇を突き刺してきた罵声も、囃し立てる歓声も、戦場の空気がすべて飲み干してしまったかのようだ。司会の解説音声は選手たちには聞こえない。
 筋肉が硬直を覚えはじめた矢先、唐突に笛が鳴り響いた。同時に、耳元の声が言う。  筋肉が硬直を覚えはじめた矢先、唐突に笛が鳴り響いた。同時に、耳元の声が言う。
「試合、開始」 「試合、開始」
 全国高等学校硬式戦争選手権大会の決勝、大阪、帝國実業高等学校、対、台北、第一八臣民高等学校の戦いが幕を開けた。  全国高等学校硬式戦争選手権大会の決勝、大阪、帝國実業高等学校、対、台北、臣民第一八高等学校の戦いが幕を開けた。
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 勇は小銃を腰だめから精密射撃に切り替えて撃ち放った。何万回と繰り返してきた動作が公死園の決勝で滑らかに実践される。帝國実業ではたとえ”洗礼”をくぐり抜けても基本動作が身につくまで一発も弾を撃たせてもらえない。その基準は強豪の名にふさわしく高い。一寸のズレや揺れも許さない絶え間ない反復運動が、軟式戦争で芽生えた自信を木っ端微塵に打ち砕く。まるで鉄を折り曲げるよう――それでも撓まず折れずまっすぐに戻る人間のみが、帝國実業の分隊員として選ばれる。
 笛が鳴った直後に放たれた六発の鋭い銃弾は二人の敵に向かって狙い通り飛んだ。並大抵の相手なら、なすすべもなく全弾を胸部に食らって即刻退場を余儀なくされていただろう。だが、第一八高の手練たちは目を張る機敏さで全身を横転させて軽やかに弾をかわした。耳元の人工音声がなにも通知しないということは、一発も当たっていない事実を意味する。
 やや遅れて他の分隊員も銃撃を重ねるも敵はもう左右に散って市街地の各方面に紛れていった。通路から攻めて距離を縮める作戦と思われた。
 こちらも分散して広く陣を張るべきか……あるいは固まって迎撃すべきか……。
 勇は考えた。敵のいる範囲を掴まれると行動を予想される。とりわけ相手は銃弾をかわす手合いだ。迎撃に専念して一人、二人仕留めたとしても、後は消耗する一方の銃弾とともに追い詰められていく恐れが否めない。一度固まって移動範囲を絞られると待ち伏せも追い打ちも相手はなんでも仕掛けられる。
 散開するしかない。各個撃破される危険は承知の上だ。
「二人ずつ固まって展開しろ! ユン、お前は林と行け、おれは田中と行く」
 各々、手近な味方と別れて狭い街の隙間に消えていった。上空から見た時、この戦場の盤面は将棋の駒のように上下を二分しているだろう。今、互いに歩が前に出て角行の通り道ができた。ただし敵の歩はこちらが一歩進むたびに三つは進む。勝手の変わった街並みを警戒して進み、道中に現れた二階以上の建物の配置を頭に刻み込んだ。
「田中、ここからは手信号だ。会話で気づかれたくない」
 横の田中は頷いて帝國実業独自の手信号で「了解」の合図を送った。
 市街地の戦場にいるとまるで家の近所で戦闘しているような錯覚を覚える。石垣に囲われた一戸建てが整然と並ぶ家々を模したこの通りは、実際の住宅街となんら大差がない。そのぶん、崩れた風景の区間と違って隠れやすく遮蔽物も多い。近接戦闘を行うにはうってつけの場所だが、同時に逃げやすい空間でもある。
 遠くから散発的に銃声が聞こえた。戦いが始まったようだ。
 横の田中に新たな手信号を送ろうとして顔を向けた時、反対側の石垣からかすかに足音が聞こえたのを勇は逃さなかった。手信号を中断して勇は小銃を構えながら振り返り、ほとんど相手を見る間もなく反射的な挙動で石垣の上を射撃した。
 果たしてそれは功を奏し、ちょうど石垣に飛び上がった一人は胴体にまともに銃撃を食らって向こう側に倒れ込んだ。耳元で人工音声が通知する。
<選手八番、仮想体力喪失。退場>
 気を休める暇はなかった。隣から銃声が聞こえたので勇は向き直った。石垣から飛び出してきた敵は一人ではなかった。しかし、田中の反応は勇よりわずかに遅れたばかりに機を逸して、彼の放った銃弾はいずれも外れ敵に二度目の跳躍の余地を与えた。鋭角にまっすぐ飛びかかってきた敵は居合の要領で腰から軍刀を抜くと、すれ違いざまに田中の胴体を一閃した。あっ、と声をあげたのは人工音声がさらなる退場を通告した後だった。
<選手四番、仮想体力喪失。退場>
 呆然と立ち尽くす田中をよそに敵は軍刀を勇に振りかぶった。この刹那、勇は以前には見えなかった剣筋の軌跡がなんとか視認できるようになったことに気がついた。身体を横にかたむけて最小限の動きで軌跡から遠ざかる。おそらくかわされるとは思っていなかったのだろう――わずか二、三秒にも満たない攻防――勢い余って前傾に姿勢を崩した相手の頭部に銃床を叩きつけた。
<選手十二番、仮想体力三分の一減少>
 だが、仮想体力がどうでも獲物で殴られては動けない。勇は昏倒した相手にすかさず硬式弾を当てて退場を確定させた。
 ほどなくして退場を宣告された三名の敵味方は両手を頭の後ろに回して互い違いに戦場を離脱していった。
 一人と引き換えに二人を仕留めたのなら幸先の良い出だしと言わなくてはならない。勇は小銃を構え直して片耳のイヤホンを指で押した。通信機が起動する。
「田中がやられたが二人倒した」
 手短に伝える。小刻みに戦闘が起きる硬戦では双方向の通信はあまり成り立たない。しかし今回はがさがさとした雑音とともに分隊員の息切れした声が返ってきた。
「入場場所を背に西側に逃げている! 至急応援求む!」
 西側、といえば勇たちが来た場所の方角だった。「葛飾だ。今すぐ向かう」と返答して彼は近辺を石垣伝いに移動しはじめた。曲がり角を二つ折れて、二車線道路寄りに近づいたあたりで人の足音が聞こえてきた。位置取りを調整して迎撃の構えをとる。塀の脇に隠れて姿を現すのを待ったが、すぐにそれでは不足だと気づいた。追う側が迎撃を警戒していないはずがない。
 近づいてくる足音に急き立てられつつも、勇は目の前の塀をよじ登った。そこから隣接した一戸建ての二階部分の縁に飛び移り、さらに屋根へと自身を持ち上げる。緩く傾斜した屋根に腹ばいに寝て小銃を底面に立てかけた。所詮は模型ゆえ実際の二階建て住宅より小さく作られているとはいえ、それでも数十メートル先の道路を走る二人の姿を垣間見るには十分な高さが得られた。改めて通信機を起動する。
「押山、その角を曲がれ」
 まもなく押山と呼ばれた分隊員は指示通りに角を曲がって勇の視点の直線上に現れた。数秒後、敵が軍刀を片手に追いすがってきた時にはすでに勇の引き金は絞られていた。
 たった一発の硬式弾が敵の頭を正確に撃ち抜いた。予測射撃に加えて高台からの狙撃。反射的に頭を抑えてよろけた敵は、直後に退場を悟って軍刀を手放した。走っていた押山も振り返って敵を見て、それから屋根の上の勇を見上げて手信号を送る。
 勇は屋根から滑り降りて地面に着地した。今度は押山を背後に回して二人で敵方への前進を試みる。機動力に長ける敵の頭を抑えられたら状況は俄然有利だ。いかに軍刀の手練でも射程が一町に伸びたりはしない。本来、追い込まれるのは飛び道具を持たない方でなければならない。