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ある日、僕も参加している合同誌企画の場で刀傷沙汰が起きた。彼もさっそく現れ、まさにコメディ作品を投下せんとしていた、その時だった。寄稿者の一人がカッターナイフを取り出して彼に襲いかかったのだ。突然の出来事に誰もが動けないでいた。けが人は、一人だけ出た。加害者である。
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彼の手によってあっという間に制圧せしめられた加害者は、ねじりあげられた腕を捻挫したとかなんとかで全治二週間の怪我を負った。彼がなにも法的な手続きをとらなかったため事件化はしなかったが、曰く「身を守りたかった」と襲撃の理由を述べていたと言う。だが、彼は件の人物とはろくに話したことがなかった。
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彼の筋力によってあっという間に制圧せしめられた加害者は、ねじりあげられた腕を捻挫したとかなんとかで全治二週間の怪我を負った。互いに法的な手続きをとらなかったため表沙汰にはならなかったが、曰く「身を守りたかった」と襲撃の理由を述べていたと言う。だが、彼は件の人物とはろくに話したことがなかった。
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大勢がおちょくられ倒していた部屋の中で、彼が「いっぱいいっぱい」であろう、と判断した側の人間だったのだ。一件落着を経た後の彼はわずかに表情に翳りを見せて「ちょっとしくったな」とつぶやいた。その瞬間、僕は彼が持つ基準の一端を垣間見た。以来、僕は彼におちょくられるがままにしている。
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彼がなんの躊躇いもなくおちょくってくるうちは、僕はたぶん大丈夫だ。「いっぱいいっぱい」になっていない。インターネットの怒りと悲しみに呑まれていない。文芸の虚無と加飾に取り込まれていない。もし、いつか僕がそうでなくなった時、きっと彼はとても優しくなるのだろう。
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彼がなんの躊躇いもなくおちょくってくるうちは、僕はたぶん大丈夫だ。「いっぱいいっぱい」になっていない。過ぎた怒りと悲しみに呑まれていない。虚無と虚飾に取り込まれていない。もし、いつか僕がそうでなくなった時、きっと彼はとても優しくなるのだろう。
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誰しも人には説明しようのない羅針盤を懐に潜ませている。物事を二値で捉えないように、善悪の彼岸に囚われないように、呼吸は浅く、間は長くとる。「いっぱいいっぱい」にならないように。言うまでもないが、この話は全部嘘だ。こんな嫌なやつがいてはいけない。悪者は悪者らしく、語り主にやたら縦に長い吹き出しでやり込められて押し黙る。……そうであるべきだろ?
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誰しも人には説明しようのない羅針盤を懐に潜ませている。敵味方の二色で選り分けないように、善悪の二値に囚われないように、呼吸は浅く、間は長くとる。「いっぱいいっぱい」にならないように。言うまでもないが、この話は全部嘘だ。こんないけ好かないやつがのさばっていいわけがない。語り主の華麗な一言でやり込められて押し黙る。……そうであるべきだろ?
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