10話から
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Rikuoh Tsujitani 2024-02-01 21:59:30 +09:00
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「お願い、お願い」
 必死に消えていく軌跡へと追いすがって、ステッキを振り続ける。時々聞こえる爆発音にも、数多のプロペラ音は揺らぐことなく私の左右上下を通り過ぎていく。
「お願いだから、落ちて」
 そんな文字通りの神頼みの声を拾ったのは、リザだった。
下によけて、今すぐ
 私はばたばたとはためくスカートを抑えながら、ほぼ垂直に降下した。全身が絞られるような圧力は十数秒ほどで終わり、おだやかな波の音が耳に届いた辺りで静止した。
 そんな文字通りの神頼みの声を拾ったのは、リザちゃんだった。
どいて
 私はばたばたとはためくスカートを抑えながら、ほぼ垂直に降下した。全身が絞られるような圧力は十数秒ほどで終わり、やかな波の音が耳に届いた辺りで静止した。
 直後、頭上で今日一番のファイヤーワークスが花開いた。形は見えなくても音の大きさで分かった。
「リザちゃん、すごい」
 惜しみのない賛辞に彼女は鼻息一つで答えた。
<ふん、私の方は敵が少なかったから>
 まもなく、施設長から連絡が入った。
<たった今、レーダーで確認した。目標は殲滅された。ご苦労さま。二人とも帰ってきておいで>
 だが、
 だけど。
「いいえ、まだいるわ」
<はあ? あんた、なに言って――>
 実は、海面に避難してからずっと聴こえていた。さざなみの音に紛れて響く、おごそかな重低音。
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「海の底でかくれんぼしようとしていたみたい」
<……潜水艦がいたのね>
 はっとするリザの声に施設長も応じる。
<さすが、我が軍が誇る究極兵器だ>
<さすが、我が帝国航空艦隊が誇る最終兵器だ>
「でも、せっかく仕立てて頂いたドレスを汚してしまいました」
 施設長は短く笑った。
<また作ってもらえばいい。次はもっと立派な生地で注文しよう>
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 施設長はひとしきりの賛辞を私に送ると「そろそろ時間だ」と告げ、今日一日はドレスを着たまま楽しんでいていいと許可を与えてくれた。彼が手紙を持って部屋から去った後、私はたまらず床を蹴って宙に浮かんだ。手にはまだチョコレートでいっぱいの紙袋。
 あまりにも軽く薄いオーバースカートの生地がふわりとたなびいた。漆黒の世界でも思い描けば私は部屋に咲く一輪の花だった。
 固い木材の天井に、おでこがこつんと当たった。
 緩やかに空中で漂いながら、私は紙袋からチョコレートを取り出して包装紙を破った。ころころした形の幸せを口に含むと、舌の上にじわりと甘が広がった。
 緩やかに空中で漂いながら、私は紙袋からチョコレートを取り出して包装紙を破った。ころころした形の幸せを口に含むと、舌の上にじわりと甘が広がった。
 リザちゃんが遅い昼食の時間を告げに部屋に来るまで、私はそのままでいた。
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@ -253,7 +253,7 @@ tags: ['novel']
 あの日、血だまりの中に座り込む私に、施設長が「ご褒美になんでも一つ叶えてあげよう」とおっしゃったので「いつもきれいなお洋服を着たい」と答えたのがきっかけだった。収容所ではボロ布しか着させてもらえなかったから。
訓練中に散々聞かされた我が軍の誇るアラドやフォッケウルフの勇ましいエンジン音とプロペラのうなり声が私を鼓舞させる。一分と駆動音を聞かないうちに、左右に並ぶ戦闘機の一つ一つの形状や位置関係までもが、鮮明な白線の網目で描き出された。
 もしかすると、このうちの一つに両手でぺたぺたと隅から隅まで触って形を確かめさせられた機体があるのかもしれない。私たちの魔法は神から授けられた力。偉大なる第三帝国が神に代わってこの世界を統治するためにもたらされた力だ。その圧倒的な能力の前には、人間の善悪は関係ないのだという。だから、私は決して善人を撃ってはならない。撃っていいのはフューラーに歯向かう者だけ。
「マリエン・クレッセ、出撃します」
「マリエン・クレッセ、出撃します」
「同じく、リザ・エルマンノ、出撃します」
 私たちの出撃には燃料も滑走も必要ない。ただ足元に意識を込めると、たちまち光の源が呼応して飛翔に必要な魔法力を授けてくれる。灰色にくすんだ舗装路の一帯に二点の光が灯った。ふわり、と身体が浮く。そこから上空百メートルまで飛翔するのは一瞬だった。下ろしたてのオーバースカートが風にたなびいて激しく揺れる。
 三……二……一……。数を数えてだいたいの位置取りを把握した辺りで静止する。地上とはうってかわって無風の空が、オランダの彼方までみちみちと広がっていることを想像した。
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「じゃあ、こうしてみよう」
 施設長は私の小さな手を握って、人差し指を伸ばさせ、親指を突き立たせ、残りは丸めるように指南した。そしてされるがままに腕をまっすぐにすると、しゃがんだお人形さんに人差し指が向いたようだった。お人形さんは鋭い悲鳴をあげて尻もちをついたけど、施設長は構わず「さっき聞こえた音を真似してごらん」と言ったので、私は何の気なしに「ぱん」と言った。もう悲鳴は聞こえなかった。
 鉄臭い匂いは、施設に入って初めてお風呂に浸かる許しが得てからも、しばらくとれなかった。
 私が第三帝国で唯一の国家魔法少女として正式に階級章を授けられたのは、その日から始まった訓練を終えたさらに半年後の話。
 私が国家魔法少女として正式に階級章を授けられたのは、その日から始まった訓練を終えたさらに半年後の話。
 リザちゃんも同じような訓練をしたのかな。今度聞いてみよう。
”私たち二人でケルンの空、オランダやベルギーの海を守っています。このところは失敗続きだけれど、今度こそ全機撃墜したいです。お父さんもベルギーの前線で勇猛果敢に戦っていると施設長がおっしゃっていました。離れ離れに暮らしているのは、やっぱりまだ少しさみしいですが、親子揃って帝国に殉じていることを誇りに思います。いつか、祖国に勝利をもたらすその日までお元気で。ハイル・ヒトラー”
 私は手を伸ばして紙面をタイプライタから外した。机の上に準備しておいた封筒に合わせて紙面を折りたたんで、なんとか便箋に仕立てる。最後に切手を封筒の上に貼り付けると、椅子から立ち上がって左に五歩、手に取った鞄に封筒を入れて、右に三歩。今月からは忘れないように外套を羽織らないと寒くていけない。
@ -383,7 +383,7 @@ tags: ['novel']
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"SS特別施設長大佐より、辞令を言い渡す。マリエン・クレッセ、およびリザ・エルマン両名の国家魔法少女は直ちにポーゼンに向かい、以下に示す現地における作戦行動に従事せよ。1同封地図上に存在する研究施設の破壊 2敵勢力の排除 なお、これまでの国軍への貢献を評価し、同両名に新たな軍階級章を授ける。この書類を受け取った時点から両名を臨時大尉とする。以上。"
"SS特別施設長大佐より、辞令を言い渡す。マリエン・クレッセ、およびリザ・エルマン両名の国家魔法少女は直ちにポーゼンに向かい、以下に示す現地における作戦行動に従事せよ。1同封地図上に存在する研究施設の破壊 2敵勢力の排除 なお、これまでの国軍への貢献を評価し、同両名に新たな軍階級章を授ける。この書類を受け取った時点から両名を臨時大尉とする。以上。"
命令書を物憂げに読み上げるリザちゃんと対照的に、私の口からはのんきな声が衝いて出た。
「昇進したんだ、私たち」
「こんなのなんの意味もないわ。部隊を率いているわけでもないのに。私たちはお払箱になったのよ」
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 お店には誰もいなかった。これを”手配”した人は、どうやってそんなにたくさんのチョコレートを買えたのだろう?
「リザ・エルマンノ、出撃します」
 リザちゃんの張り上げた声でまとまりのない疑問から現実に引き戻された。一旦、チョコレートはポケットに収めて、私も威勢よく声をあげる。
「マリエン・クレッセ、出撃します」
「マリエン・クレッセ、出撃します」
 光の源が地面を跳ねのけると、たちまち施設長を模した輪郭は白点と化して真下に沈んでいった。
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@ -683,6 +683,30 @@ tags: ['novel']
 得意げに胸をそると、彼は「いや、まいった、実にまいったよ」と大げさに両手をあげた。本当に恐れをなしたのか、彼は床に滴ったお酒とガラス片にも頓着せず去っていった。
 入れ替わりにリザちゃんが部屋に入ってくる。石鹸のいい匂いがしたので、彼女もお風呂に入ったと分かった。昨日とはうってちがって、まるで高級ホテルに泊まったかのような変わりようだ。
「ねえ、今の、見た? 部下をこらしめたの」
 
 得意げに報告するも、リザちゃんの声は落ち込んでいた。
「断るべきだったわ、ポーゼンの件」
「どうして?」
 彼女はただでさえ低い声をさらに落として続けた。
「同封写真からじゃ施設とやらのはっきりした場所までは分からない。ソ連兵と一戦を交えながらそれを探し当てるだけでも一苦労なのに、ポーゼンの解放まで目指すなんて無茶よ。一個大隊規模の兵士がいるのならともかく、六人しかいないのよ」
「でも、そのうち二人は私たち国家魔法少女だよ」
 たっぷり食事を摂って、お風呂にも入って、これからふかふかのベッドでぐっすり眠れる私は自信に満ちあふれていた。厄介な戦闘機はベルリンに飛んでいってポーゼンには残っていないだろう。陸の上を歩いているだけの兵隊さんなんて何人いようと一緒だ。やる気満々の私に圧されたのか、単に呆れたのか、リザちゃんは深くため息をついて応じた。
「まあ、やれるだけやってみるけど、作戦行動が最優先だからね」
「それは分かっているよ、どんな場所なのかな」
「ソ連に取り上げられたらまずい場所なのは確かでしょうね」
 二人きりの作戦会議もそこそこにベッドに寝転がると、夢の中に落ちるのは一瞬だった。夢を見ている私は本当になにも見ることができない。
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