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Rikuoh Tsujitani 2024-02-17 20:59:52 +09:00
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@ -33,7 +33,7 @@ tags: ['novel']
 指揮系統に彼女を組み込む都合上、どうしてもそれなりの地位を与える必要性があったのだろう。小隊長程度の命令に左右されるようでは並外れた戦闘能力をいかんなく発揮できないし、かといって高級将校に堂々と楯突かれては作戦遂行の妨げになる。大尉相当官として扱うのは理にかなっている。
「じきにあなたの飼っている犬も少尉になりますよ」
 笑ってくれた。いい感じだ。著名人のInstagramはこまめにチェックしておかないといけない。以前は本当に面倒くさかったが、今時は手頃なプランの機械学習ツールにまとめて投げればイヤフォンで文字起こしの要約が聞ける。
 ”ハーイ、私はメアリーです。八歳の頃に魔法能力に目覚めました。たくさんの族と仲良く暮らしています。父と母と四つ年下の妹もいます……。”
 ”ハーイ、私はメアリーです。八歳の頃に魔法能力に目覚めました。たくさんの族と仲良く暮らしています。父と母と四つ年下の妹もいます……。”
「ところで、ついさっきまではロサンゼルスにいましたよね。そっちでも記者連中に捕まっていたので?」
「そうね、映画の出演者インタビューに出てて」
 彼女が目配せをする。当然知っているんでしょ、とでも言いたげだ。まだ五秒足らずのフッテージしか出回っていない作品だが、もちろん知っている。業界関係者の知人から第二次世界大戦で辛い役目を背負わされた魔法能力行使者の話だと聞いた。珍しく親が俳優でも富豪でもインフルエンサーでもないのに公募のオーディションからじわじわと登り詰めてきた彼女の、初の主演作品だ。
@ -255,8 +255,8 @@ tags: ['novel']
「私が思うに、行使者にとって危険かどうかで選り分けられているんじゃないかって」
 事前に計画されていた時間に差し掛かるとすべての車輌が一旦停車して交代で休憩をとった。クーラーが名残惜しかったが「彼女を撮りに来たはずでしょう」と詰め寄る少尉に根負けさせられた。
 タイミングを見計らって話しかけると、持参した敷物の上に座る魔法少女がカメラの前で家族について話してくれた。私たちの食事は国連軍の標準コンバットレーションだが彼女は専用のものを食べている。
「じゃあ、家族はたくさんいるけどご両親とは離れて住んでいるんだね」
「うん、そうね。色々と複雑で……でも、おかげさまで暮らしには不自由しなかったわ。家族というよりは一族という言い方が私にはしっくりくる」
「じゃあ、親戚はたくさんいるけどご両親とは離れて住んでいるんだね」
「うん、そうね。色々と複雑で……でも、おかげさまで暮らしには不自由しなかったわ。親戚というよりは一族という言い方が私にはしっくりくる」
「ご両親とそのうち会ったりするつもりは?」
「ええ、今回の件が終わったら会いにいくと思う。どこにいるかは知っているから」
「妹さんとも?」
@ -264,17 +264,17 @@ tags: ['novel']
 彼女は持参の敷物をくるくると巻いて立ち上がった。視線はこちらに向いているので単に後片付けを先に済ませてたかったのだろう。
「ご家族――メアリー大尉の一族の皆さんは今回の招集をどう思っているのかな」
 これはだいぶ攻めた質問のつもりだったが、予想に反して彼女はふふ、と微笑んだ。
「実はアンケートをとったのよ。反対8、賛成10で、多数決なら賛成寄りだけど、一人の気を変えたら同数になっちゃう。それで、私そっちのけで議論しているんだって、一族全員でご飯を食べている写真が送られてきたの」
「実はアンケートをとったのよ。反対八、賛成十で、多数決なら賛成寄りだけど、一人の気を変えたら同数になっちゃう。それで、私そっちのけで議論しているんだって、一族全員でご飯を食べている写真が送られてきたの」
「仲が良くてなによりだ」
「ええ、本当に」
 カメラ越しに数億人が見ている手前、私的な質問をするのは気が引けるが今こそすべきだった質問をするのように思えた。
 カメラ越しに数億人が見ている手前、私的な質問をするのは気が引けるが今こそすべきだった質問をする頃合いのように思えた。
「ところでそろそろ……従軍記者に私を選んだ理由を聞いてもいいかな。電話を開く余裕もなくて見ちゃいないが、今頃ありとあらゆるゴシップサイトが私の個人情報を掘りまくっているはずだ。きっと友人と三等親のSNSアカウントはどれも山のようなダイレクトメッセージで埋まっているだろうね」
 すると、彼女は「実はそんな大した理由じゃないの」ともっと気まずい顔をした。もちろん、下手に「運命を感じた」などと言われたら取材要求の代わりに殺害予告が殺到しかねないので、私としてもこの場ではなるべく些末な方がありがたい。
「私と会うような大人の人ってみんな、これをつけてるでしょ」
 彼女の顔にはかかっていなかったがこめかみの横を上下につまむ仕草をしたので、スマートグラスのことを言っているのだと分かった。
「最強のアイドルを前に”間違える”わけにはいかないからね。ファンに火をつけられるかもしれない」
 私がこれみよがしに両手の二本指をくいくい、とすると彼女も話しながら同じ仕草をしてくれた。
「そう。みんなどこかにあるサーバから”正解”をもらってきているだけなの。じゃあ私は一体誰としゃべってるの? ってなっちゃって」
「そう。みんな雲の上から”正解”をもらってきているだけなの。じゃあ私は一体誰としゃべってるの? ってなっちゃって」
「それに」と彼女はさらに続けた。どうやら今度こそ本当に本心を語っているように見えて私は内心気兼ねしていた。数多あるスポンサー企業の中にはLLM関連企業もあるに違いない。
「そういう大人の人ってネットの調子が悪い場所だと黙りこくっちゃうの。まるで喋り方を忘れたみたいに」
「先祖返りしたのさ。インターネットを失った我々は言葉を知る前の原始人と同じだ。実感が薄い暮らしを送っているから石器時代にも戻れない」
@ -423,7 +423,7 @@ tags: ['novel']
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以下、公式Instagramアカウントからの引用。
『ハーイ、私はメアリーです。八歳の頃に魔法能力に目覚めました。たくさんの親族に守られてみんなで仲良く暮らしています。母と父と四つ年下の妹もいますが、今は離れて住んでいます。家族からはアイシャと呼ばれています。二〇二〇年にパレスチナで生まれて戦争難民としてアメリカにやってきました。でも、まさか人生で二回も戦争に巻き込まれるなんてね! ロサンゼルスのみんな、もしまたそうなったらごめんね!』
『ハーイ、私はメアリーです。八歳の頃に魔法能力に目覚めました。たくさんの親族仲良く暮らしています。母と父と四つ年下の妹もいますが、今は離れて住んでいます。家族からはアイシャと呼ばれています。二〇二〇年にパレスチナで生まれましたが、戦争難民として親族のいるアメリカにやってきました。でも、まさか人生で二回も戦争に巻き込まれるなんてね! ロサンゼルスのみんな、もしまたそうなったらごめんね!』
彼女がなぜ招集に応じたのか、十数億人が見ているストリーミング配信の中で唐突に明らかとなった。合法的に妹と会うためだったのだ。合衆国はTOAへの移動を禁止しているし、魔法行使能力者は国家の承認がなければ魔法の行使を許されない。
 だが招集に応じて自ら戦略級兵器になれば。
 まったく合法的に妹に会いに行ける。