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@ -57,14 +57,13 @@ tags: ['novel']
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”それにしても、まだ子どもの私が「上官」とか「管制官」とか言って、言葉にしてみたらずいぶんおかしい話に聞こえるでしょうね。今の私はなんでも中尉なんだそうです。私よりたっぷり何フィートも大柄な男の人たちが、前を歩くとさっと右、左に避けてくれるのが分かります。姿は見えなくても足音でだいたいどんな背格好なのか分かりますから。”
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チーン。また、音が鳴った。再びレバーを引いて改行する。
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”いつか少佐になったら、私たちの鉤十字が輝くブリュッセルの空を飛んで、お父さんに会いに行く許可をもらおうと思います。少佐だったら、ついでに山ほどのチョコレートを買うことも許されそうな気がします。その日まで、どうかお元気で。ハイル・ヒトラー”
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チョコレート……そう、チョコレートだ、と私は唐突に思い至った。今週、お給金を頂いたから、ベルギーのチョコレートは無理でも近所のチョコレートは買える。気が急いて椅子から勢いよく立ち上がったら、ふわ、と全身が浮きかけたので、あわてて踵を地面にくっつける。左を向いて五歩半歩くと、壁にかかっているバッグがある。その中にお財布も身分証明書も入っている。前に手を伸ばすとそこには確かに古びた皮革の感触が広がった。
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チョコレート……そう、チョコレートだ、と私は唐突に思い至った。今週、お給金を頂いたから、ベルギーのチョコレートは無理でも近所のチョコレートは買える。椅子から勢いよく立ち上がったら、ふわ、と全身が浮きかけたので、あわてて踵を地面にくっつける。左を向いて五歩半歩くと、壁にかかっているバッグがある。その中にお財布も身分証明書も入っている。前に手を伸ばすとそこには確かに古びた皮革の感触が広がった。
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両手でバッグを掴んで上にもちあげると肩掛けが釘から外れる。それを頭から被るようにして肩口に合わせると、また左に三歩歩いて、冷えたドアノブを触った。すぐ隣に立てかけられた杖も忘れずに持っていかないといけない。これがあるのとないのとじゃ大違い。部屋を出ると廊下が待ち受けているが、左手の杖先で床を叩きながら右手で壁をなぞっていくと、思いのほか簡単に玄関までたどりつける。
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「あら、マーリアちゃん、お出かけ?」
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近くで寮母さんの声がした。身の回りのことはすべて彼女に任せている。寮母、と言ってもこの家に住んでいるのは私だけだ。彼女が私の素性をどれくらい知っているのかは分からない。ただ、いつも「マーリアちゃん」と呼んでくれる。
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「ええ、ちょっとお買い物に」
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「気をつけてね、もし空襲警報が鳴ったら――」
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「大丈夫、ちゃんと大声で叫んで周りの人たちに助けてもらうから」
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本当は、もしそうなったらすぐに最寄りの基地に行って出陣する手はずになっている。
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まだお日さまの熱を頭のてっぺんに感じる時間なのに、外は肌寒かった。さっき手紙で書いてばかりだというのに、横着せず右へ四歩半歩いてコートを持ってくるべきだった。でも、杖の先っぽで石畳をとん、とんと叩きながら道を歩いているうちに、だんだん身体が温まってきた。
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この杖は先端がとても硬くできている。なので固い地面を叩くと甲高い音とともに、衝撃が指先に伝わる。すると、私の真っ暗な視界の中に白線の波がざざあ、と描かれていく。音の調子と衝撃の具合で、あと何歩歩くと壁があるのか、どの辺りに他の人が立っているのかだいたい分かる。
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今しがた、目の前に白線の壁の輪郭ができあがったので、私はそれをひょいとよけて道を曲がった。
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@ -92,16 +91,63 @@ tags: ['novel']
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「そんなにはいらないよ」
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おじさんは数枚の紙幣を抜き取ると、大きなごつごつとした手のひらで私の手を包み込み、そっと押し戻した。
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「気をつけて帰るんだよ」
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「はい、直ちに帰投しま……じゃない、はい、まっすぐ帰ります」
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最後の最後でうっかり会話の段取りを誤った私は、杖をいつもより早く叩いて店を足早に去った。しかしなんにせよ、チョコレートが手に入ったのは間違いない。量もいつもより多い。
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「はい、直ちに帰投しま……じゃない、はい、まっすぐ帰りますっ」
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最後の最後でうっかり会話の段取りを誤った私は、杖をいつもより素早く叩いて店を足早に去った。変な子だと思われたかもしれない。しかしなんにせよ、チョコレートが手に入ったのは間違いない。量もいつもよりずっと多い。思わず浮きかけた足を、うんと踵に力を込めて地面にへばりつけた。
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片腕にチョコレートの紙袋を抱えているからか、ちょっと杖を叩くのがやりづらい。いっそ飛んで帰ってしまいたい。気が急いて杖の先端の向きがおろそかになってしまっている。白線の波が描く軌跡はおぼろげで頼りない。それでも私はずかずかと勇ましく前へ前へと進む。今の私は重戦車だ。
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しかし私の進撃は勝手知ったる街角をひょいと曲がったあたりで唐突に止まった。鼻先にぼすん、と衝撃が走り、地面に尻もちをついた。紙袋が手から滑り落ちる。突然の出来事でも、からからと石畳を転がる杖の行方を見失わないよう耳を傾けていると、覆いかぶさるように男の子の声が上から降り注いだ。
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「いってーな」
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「なんだ、この女」
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「いきなりぶつかってきやがった」
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他にも何人かの声がする。咄嗟に「ごめんなさい、急いでいて」と平謝りすると、どういうわけか男の子たちの怒声がぴたりと止んだ。ちょっと怖そうだと思ったけれど、存外に優しい人たちだったのかしら? と期待しつつ、地面のどこにあるはずの杖を手でまさぐっていると、まもなくそれは無惨に裏切られた。
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「こいつ、目が見えてないんじゃないか」
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「あれ見ろよ、チョコレートだ」
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また少しの沈黙。
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私は反射的に杖を諦めて紙袋を掴もうとした。が、言うまでもなく相手の方がすばやかった。がさがさと祝福の鐘を鳴らすその音は、今や石畳に這いつくばる私の頭上にあった。
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「あの、お願い、返して」
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「なんでだ?」
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三人の中で一番野太い声の主が言う。続けて、チョコレートの包装紙を破る音。ぱきっ、と歯でかじる音までもが実にいやらしく辺りに響いた。
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「お前みたいな国家のお荷物がこんな贅沢品を持っていいわけないだろ」
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別の男の子がもっともらしい主張で私からチョコレートを奪ったことを正当化した。
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「でも、私がお金を出して自分で買ったものですわ」
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「ふん、どうせ親の金だろう。出来損ないが一丁前に着飾っていい気になるな」
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「違います、私も働いています」
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三人の男の子たちはチョコレートを頬張る咀嚼音に甲高い声を重ねながら、ひとしきりの嘲笑を浴びせてきた。
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「嘘つくな。お前みたいなのを誰が雇うもんか」
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「本当です」
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「じゃあ、どこでなにをして働いているのか言ってみろよ」
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「私は――」
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と、言いかけて、私はぐっと口をつぐんだ。言えない。言っちゃだめだ。私のしていることは国家機密だって管制官がおっしゃっていた。仮に言えても彼らはまず信じてくれない。それとも、今すぐ目の前で10フィートも浮き上がってみせたら、びっくりしてチョコレートを返してくれるだろうか?
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そんな危険な考え方が頭をよぎればよぎるほど、私の脚全体はかえってより強固に石畳と接地した。
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一転、まごついている様子の私を見て男の子たちは不敵に笑った。
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「ほらな、言えねえ。チョコレートは没収だ」
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石畳に伝わる振動と、徐々に遠ざかっていく彼らの勝ち誇った声が、”目標”の離脱を知らせる。急速に冷えていく私の脳裏が、真っ暗な視界に白線の像を結んだ。杖なんてなくても、こんなにどたばたと足音を立ててくれているのなら、実に狙いやすい。横に並ぶ三人の男の子の”どれ”の背が一番高いのかまで、はっきりと判る。
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右手を拳銃の形に模った。全身をめぐる光の源が私のやりたいことに呼応して、その超常的な力を指先の一点に収束しはじめる……。
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……。
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できない。
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私は我に返って手を下ろした。こんなことのために力を使ってはいけない。代わりにくちびるをぎゅっと噛み締めた。今頃食べているはずだったチョコレートの甘い味が、鉄臭い血液の味に変わって私の舌先を鈍く刺激した。
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「貴様ら、ここでなにをしている」
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突然、ずいぶんと聞き慣れた声が街角に反響した。白線がその人の背丈を描くのを待つまでもなかった。
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「管制官?」
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ががっ、と石畳がこすれる音。三人の男の子たちは敬礼している。
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「ジーク・ハイル!」
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「なるほど、敬礼には慣れているようだな」
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「はっ」
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「貴様らにもじきに国民突撃隊の招集礼状が来る。だというのに……その口元にへばりついているのはなんだ?」
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「はっ、チョ、チョコレートですが」
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「ほう、鋼鉄の男子にそんなものが必要か?」
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「い、いえ、決して」
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「ならば捨て置け。こんな街中で油を売っている間にもできることがあるだろう」
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「し、失礼しました」
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嘘みたいに縮み上がった男の子たちの声と、とてつもなく低い管制官の声との応酬の後、整列行進の足取りで男の子たちが去っていった。入れ替わりに、管制官が体格に似合わない静かな足音で近づいてきた。今度こそ、私はすばやく立ち上がって男の子たちに負けないくらいの声で敬礼をした。
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「ハイル――」
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「まあ、落ち着け。災難だったな。ほら」
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敬礼を解いた私のそれぞれの手に、杖と、それから紙袋が渡された。まだ中身はたっぷり残っているようだった。
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「あ、ありがとうございますっ」
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「まずは家に戻ろう、見せたいものがある」
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そうして、私は管制官に手を引かれて残りの帰り道を歩いた。
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ああ、男の子たちを「ぱんぱん」しなくてよかった。
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「すっかり上達したようだね」
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不意に背後から話しかけられてぎくりとしたものの、声の主が他ならぬ管制官と分かった途端に私はその場で直立して右手を高く掲げていた。
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@ -113,18 +159,18 @@ tags: ['novel']
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「ちょうど書き終わった頃です」
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「ふむ、どれ」
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タイプライタから紙を取り出す音がした。彼はすぐにその手紙を読み終わって、くすりと笑った。
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「チョコレートなら私が用意させよう」
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「ベルギーチョコレートなら私が用意させよう」
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「本当!? あっ……、失礼しました、どうもありがとうございます」
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ひょい、と浮き上がった踵を瞬時に床にへばりつけて私は言葉を改めた。管制官はまた笑った。
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「でも、君のお父様に会うのはしばらくお預けだよ。形勢が覆ったからといって、空襲が完全になくなったわけじゃない。ここはまだ危険だ」
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「でも、君のお父様に会うのはしばらくお預けだよ。勝利は目前とはいえベルギーは未だ前線だからね。ここだってまだ危ない」
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「そう……ついこないだ、あんなにやっつけたばかりなのに、どんどん来るんですね」
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「敵は多勢だ。ヨーロッパ中が我々を目の敵にしている。思い知らせてやらなければならない」
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落ち着いた管制官の声ににわかに怒気がこもった。私も、お父さんといつまでも会えない辛さを思うと彼と同じくらい敵への怒りがこみあげてきた。
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「私が全部撃ち落とせたらいいのだけれど」
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ぽつり、と過ぎた発言を漏らした私へ管制官が言う。
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ぽつり、と過ぎた発言を漏らした私に管制官が言う。
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「そんなに逸らなくてもいい。戦況は確実に良くなっている。君が下手に力を使いすぎれば、いざという時に失敗してしまうかもしれない」
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ひょっとすると、さっきの男の子に私がしようとしたことも見透かしているのかもしれない。
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「ごめんなさい、少し奢りが過ぎた発言でしたね」
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しかし一転、管制官の声が急に明るくなった。目の前で布切れがこすれあう音がして、私は奇妙さからまったく機能しない目を見開いた。
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「気にするな。君はよくやっている。だから、ほら、さっそく新しいドレスを仕立てさせた。実はあの後、すぐに発注したんだ」
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はた、として私は前に手を伸ばした。以前も着るたびにうっとりするほどだった生地が、まるでわら半紙に感じられるほどのなめらかな触感が指先から全身に広がった。
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「まあ、信じられないわ!」
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