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@ -169,7 +169,7 @@ tags: ['novel']
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かりかりに焼けた死体を戦闘車輌で轢き潰しながら無事に「入国」を果たした後、いくつかの渓谷地帯を抜けるとごく平穏そうな田舎町の風景が見えてきた。「ここからは徒歩で行きましょう。スポンサーのためにね」と言う少尉の言葉に従って、ついに快適な社会に今生の別れを告げる。どれほどの速度で滑空したのやら、舗装路に鉄球をぶつけたようなクレーターをズドンと穿って彼女も降りてきた。さっそく私はボディカメラをオンにする。配信関連の手続きは設定済みらしいので、これでもう全世界数十億人の前に彼女の姿が映っているはずだ。
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かりかりに焼けた死体を戦闘車輌で轢き潰しながら無事に「入国」を果たした後、いくつかの渓谷地帯を抜けるとごく平穏そうな地方都市の風景が見えてきた。「ここからは徒歩で行きましょう。スポンサーのためにね」と言う少尉の言葉に従って、ついに快適な社会に今生の別れを告げる。どれほどの速度で滑空したのやら、舗装路に鉄球をぶつけたようなクレーターをズドンと穿って彼女も降りてきた。さっそく私はボディカメラをオンにする。配信関連の手続きは設定済みらしいので、これでもう全世界数十億人の前に彼女の姿が映っているはずだ。
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「皆さんご存知の魔法少女ことメアリー・ジョンソン大尉です。実は彼女は体重が5トンもあるのでご覧の通り、コンクリートにへこみが――」
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「ちょっと、なに適当なこと言ってるの」
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表情こそ基地の頃と同じく笑っているが、目は全然笑っていなかったので全速力で後ずさった。
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@ -178,10 +178,30 @@ tags: ['novel']
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先頭を魔法少女、最後方を戦闘車輌で固めての行軍が始まった。私はストリーミング配信のために二番目の位置を歩いている。もし敵の掃射が守られていない首より上に当たったら即死だが、飄々と言う「弾より私の方が速いから」との力強い声に説得されて、なんとかこの立ち位置に踏みとどまっている。
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途中、オオバナミズキンバイが咲いたこじんまりとした公園をくぐり抜けて、さらに別の大通りに進んだ。この地の住民は先日までに配信された緊急避難メッセージを読んで逃げたのかも知れない。念には念を入れて無人機で紙のビラを撒く案もあったが資源の無駄遣いとの批判を受けて中止された。
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灼熱の日差しがじりじりと首筋を焼き焦がす。周りの兵士たちの小銃は神経質に水平に保たれている。今ここで、奥の街角からひょいと現地住民が顔を出したらどうなるだろうか。国際連合安全保障理事会決議一六七八は非武装の者の殺傷を認めていないものの、この地で武装していない民間人は珍しい。文言に「非戦闘員」や「非軍属」と記されなかったのはそのためだ。わずか数秒の間に区別がつくのは武器を持っているかどうかくらいしかない。
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それにしても全員無言でずっと魔法少女の背中を映し続けているのは撮れ高が良くないんじゃないか。太陽に照らされて光り輝くブロンドのロングヘアーを眺めていると、頃合いよく彼女が振り向いた。カメラに向かって満面の笑みでポース。決して私に対してでなくともそこはかとなく気分は良い。
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「皆さん、ここが敵地の最前線です。大人の人たちには懐かしい街並みかもしれませんね、この通り今は不正に占領されているので閑散としていますが、解放された暁にはまた賑わうでしょう。ほら、ヤマザキさん、振り向いて」
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今の私は全身が立脚みたいなものなので、カメラアングルを大きく変えるには身体ごと動かざるをえない。言われるままにすると大粒の汗を額に浮かばせながら歩く兵士たちの列が見えた。
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「全隊、止まれ!」
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見計らったように彼女――ジョンソン大尉――が低い声で命令すると、総勢一〇〇人いる男たちの塊が一斉にぴたりと止まった。
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「これより四個小隊に別れて作戦区域内を探索する! エドガー少尉は私と直進、ラング少尉は東、ブラッド少尉は西、ウェイ少尉は南側で戦闘車輌を保持して待機! 非武装者への攻撃は避けよ!」
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手短な応答を経て一つの大きな塊が四つに分裂した。まるで繰り返し練習したかのような洗練されたすばやい再編成は、実のところこんな場所で行う必要性はまったくない。本当に繰り返し練習して準備した「視聴者サービス」なのだろうとひとりでに納得した。
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それでも私の視界には映らないコメント欄が湧きたち、投げ銭が毎秒飛んでくる様子がありありと想像できた。
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散開が済むと身軽になった小隊の進軍速度が速くなった。後ろ向きでカメラに向かって話しながら器用に歩く魔法少女は、後ろに目でも生えているかのような正確さで壁や曲がり角をひょいひょいと避けて進む。なにも知らなければ旅行系のYoutuberが年相応のコメントをしているようにしか見えない。
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事態が変化したのは大通りを抜けて住宅街に入り込んだ辺りだった。ここまで来るとおおよそみんな逃げたのだろうと当たりがついて、歩兵たちの警戒心はかなり緩んでいた。他の小隊からの報告も「異常なし」が続いて、過酷な戦場はのどかな小旅行の風景に変化しつつあった。
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そんなところへ、まったくなんの前触れもなく近くの家の玄関ががちゃり、と開いて老婆が表に出てきた。その老婆が二歩、三歩と歩いたところで歩兵たちはようやく敵地にいる人間の姿を認識した。
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一斉に小銃が老婆に向けられる。誰も彼もが「フリーズ」だとか「オンザグラウンド」だとか叫び散らかすものだから、逆になにも相手に伝わらないように思われた。
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しかし老婆は敵国に対する敵愾心が旺盛なのか、はたまた単純に耳が遠いのか、歩みを止める気配はなく我々の行く手を横に通り過ぎようとしていた。
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「ちょっと、ちょっと。みんな落ち着いて。お婆ちゃんでしょ」
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上滑りした雰囲気を取り繕う口調で、前にメアリー大尉が立ちふさがった。非武装者の、それも老婆に武器を向ける歩兵の集団など、まったく好ましい構図ではない。
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「ですが――」
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「私に任せて」
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含みのある目線をエドガー少尉に向けつつ、彼女は単身で十二フィート先の老婆に近寄る。
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「お婆ちゃん!」
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ほぼ怒号に近い声量で声を張ると老婆はゆっくり首を傾けて顔を合わせた。
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「はあ?」
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聞こえているかどうかも定かではない気の抜けた返事をする敵地の非武装者を見て、兵士たちの間に安堵が広まった。
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「なんだ、マジでただのボケ老人かよ」
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