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「ご無事でしたか」
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「ご無事でしたか」
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伍長さんがおずおずと言い、他の一等兵さんたちは黙りこくって息を呑んだ。パウル一等兵でさえなにも喋らなかった。
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伍長さんがおずおずと言い、他の一等兵さんたちは黙りこくって息を呑んだ。パウル一等兵でさえなにも喋らなかった。
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わずか五分足らずで敵小隊を一掃したとはいえ、むしろ戦況は悪化したと言っていい。本体であるところの大隊もそんなに遠くには離れていないだろうし、今しがたの轟音を聞きつけてすぐにでも百人規模の歩兵と戦車がここに殺到してくるだろう。潜伏から数週間が経ち、ついにそれは破られたのだ。
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わずか五分足らずで敵小隊を一掃したとはいえ、むしろ戦況は悪化したと言っていい。本体であるところの大隊もそんなに遠くには離れていないだろうし、今しがたの轟音を聞きつけてすぐにでも百人規模の歩兵と戦車がここに殺到してくるだろう。潜伏から数週間が経ち、ついにそれは破られたのだ。
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皮肉にも、ソ連兵の追撃がにわかに現実味を帯びると分隊の足取りは滑らかに動いた。すでに存在は補足されている。まもなく事態を把握した大隊が死体を検分して、そこにドイツ国軍兵のものが一つもないと判れば直ちに部隊を差し向けてくるだろう。
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結果、ナメクジが這ったような歩みの分隊は全力疾走で逃げる鹿ほどの前進を遂げて、日が暮れる頃までに森林を抜けてポーゼンのすぐそばまで接近することができた。
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「このまま夜半のうちにポーゼンに侵入する」
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追手を警戒して焚き火も焚けず、全員が遁走で得た体温を頼りに寒さをしのぐ中、伍長さんが小さい声で、しかしはっきりと言った。他二人の一等兵さんたちが無言で俯く一方、パウル一等兵だけは文字通り虫の鳴く声で嫌がった。
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「俺はもう疲れ果てましたよ。いま動いたら身体がばらばらになっちまいそうだ」
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だが、伍長さんは頑として譲らず冷ややかに告げた。
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「ここで一晩でもくだを巻いていたらアカ野郎が嬉々としてお前を八つ裂きにするだろうよ」
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そして彼は顔を私たちのいる方に向けた――と思う――なぜなら声の調子と聞こえ方が変わったからだ。
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「先ほどの戦いぶりを見るに、あなた方がいればまさに百人力だ。街の中でぐっすり眠りこけているような連中などイチコロでしょう」
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「でも、私たちは施設の破壊を――」
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「街の再占領さえできたらじっくり探しましょう。無線設備があればまだ撤退していない友軍に支援を要請できるかもしれない。それに――」
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「マリエン大尉殿は目が見えなくとも戦える。しかし、敵はどうです? 夜間に有利なのは我々の方です」
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伍長さんの意見は私から見ても筋が通っていた。さしものリザちゃんも押し黙る。
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「大丈夫だよ、私もリザちゃんもまだ被弾していない。兵隊さん相手ならちゃんと戦えると思う」
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ケルンでも夜中に鳴り響く空襲警報に跳ね起きて出撃したことは何度もあったけど、夜ふかしをして敵をやっつけに行くのは初めてだ。肩で息をする部下たちの疲れた様子をよそに、私はなんだかわくわくしていた。
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案の定、ポーゼンは静まり返っていた。街の規模に対してあてがわれている歩哨の数はごくまばら、サーチライトの類もない。おそらく主力部隊は一律でベルリンに投入されていて、通り道の街の占領は私たちの軍でいうところの警察大隊に任されているのだろう。となれば、問題の施設の破壊もそう難しくはなさそうに思える。
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「大尉殿、もうちっとゆっくり歩きませんかね。こちとら一発でも弾が当たったらおっ死んじまうんで」
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しかし、その好条件を覆しかねない友軍が私の背後にいた。パウル一等兵である。我々は集中砲火を避けるべくリザちゃんと二手に別れて撹乱する作戦を採った。四人いる分隊員が二つに分割されて、伍長さんとハンス一等兵が彼女に、パウル一等兵と物静かなエルマー一等兵が私の下に振り分けられたのだった。
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「出だしが揃わなかったらどっちかがもっと撃たれちゃうよ」
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手を変え品を変え繰り返される彼のわがままにもいい加減慣れてきた。さらりと受け流して無線機越しに話しかける。
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「そっちは中に入れた?」
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<入れた。敵影はなし>
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「了解」
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「ほら、行くよ。エルマーさん、お願い」
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「はい」
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返事はそっけないがしっかりした足取りでエルマー一等兵が先陣を切る。歩哨も息を潜める夜の占領地は、戦闘が起こるまで私の目にほとんどなにも映さない。数歩先を行くおとなしい部下の輪郭だけがぼんやりと白のもやを作り出している。
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「こりゃひでえや」
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しばらく歩くと後ろでうるさい方の部下がつぶやいた。なにがひどいのか聞くまでもなく、足元で鳴る砂利や石塊の感触でだいたい分かる。きっとポーゼンはぼろぼろなんだろう。雨あられのようにソ連兵が押し寄せた後で無事でいられるはずがない。
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街の人たちはうまく逃げられたのだろうか。住む家がなくなったらどこかに行くしかない。そう思ったところで、私たちのいないケルンの街が今どうなっているか急に心配になった。
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あの後も空襲は続いているに違いない。ダンケルクをとって、ブリュッセルもとったら、次はリエージュ、その次はケルン。どれほどの戦闘機を落としても、何人もの歩兵を倒しても手のひらの隙間から水が漏れ出るように敵が街に攻め込んでくる。
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本当に私たちは勝っているのかしら、と浮かんだ疑問を慌てて振り払う。これは施設で散々叱られた「敗北主義」という考え方だ。私たちは今、お互いに全力を尽くしている。先に諦めた方が負ける。エルマー一等兵がぼそりと言った。
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「瓦礫だ」
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白い靄が揺れて右に動く。細道を選んでるとはいえだいぶ街の中心に近づいているのに敵の気配はない。「実は誰もいないんじゃないですか。こんな廃墟に兵隊を置いたって意味ないすよ」あわよくばそうあってほしいと言いたげなパウル一等兵の消え入るような声さえ、この静けさでは辺りによく響いた。思わず「しっ」と制する私の声も冷たい空気の隅々にこだまする。
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でも、そうだ。確かにいない可能性もある。
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伍長さんが言った通り、ドイツ国防軍の本隊が撤退したのならわざわざ後方に戦力を割く理由はない。補給拠点にするにしても街全体が廃墟では用をなさない。
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「リザちゃん、敵、いないかも」
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<……そうかもね>
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ややあって返ってきた無線は同意を示す。
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「だとしたら、急いで作戦を遂行してベルリンに戻った方がいいと思うの」
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静かな夜だとハムノイズがよく聞こえる。私たちが急ぐ、ということは空を飛ぶという意味だ。もし敵が街の奪還を警戒してどこかに潜んでいたら見つかるのは時間の問題だろう。万全を期すのなら不用意に飛行すべきではない。
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だが。
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「早くベルリンを守らないと」
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声色に湿り気が混じる。私たちが見過ごしたソ連兵が今日明日にも帝都を焼くかもしれないのだ。その実感は森の中で一日を追うたびに増していっている。
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