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Rikuoh Tsujitani 2024-03-19 07:45:02 +09:00
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title: "0か1かはっきりしない方が得するんだよ"
date: 2024-03-17T23:16:07+09:00
draft: true
tags: ['essay']
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たまにはSNS上の騒動にも首を突っ込んでおく。先日、なにやら「焼肉の食べ放題で50人分の上タンを頼んだら店長にブチギレられた大意」とのポストが炎上していたらしい。この出来事をめぐって「食べ放題と言ったからには何人前であっても応じるべきだ」という意見と「常識をわきまえるべきだ」という意見が対立している。
根っからの全身インターネット人間であるところの性分としては、”常識”だとか”マナー”だとかを振りかざされるとやはり反射的に闘争心がわいてしまう。全身がインターネットでできているだけあってあらゆる物事は0か1かではっきりさせたいし、そうでないものは非論理的だと鮮やかに断罪したい。先の問題も「ルールがあるならすべて明文化すればいい」と言い切れば、いかにもすっきりできそうな気がする。
だが世の中、誠に遺憾ながら少々複雑だ。ある言明に他者がなんらかの反応を示して、それらが連鎖的に繰り返された末に”常識”と呼ばれる我々にとっての悪の権化が醸成されている。「食べ放題」と名乗る数多のサービスは実のところ、どうあがいても誇張以外の何物でもない。そもそも提供物が有限の物質なのだから字句通りの「食べ放題」には絶対になりようがない。現実的にはせいぜい業務用冷凍庫の一区画が上限と考えられる。
にも拘らず、我々は「なにがし放題」の謳い文句をかなり柔軟に受け入れている。情報量に過ぎないインターネット回線の「使い放題」でさえ理論上の無限にはほど遠いのに、詐欺だ誇大広告だと騒ぎ立てるほどまでには違和感を抱いていない。0か1ではっきりさせたいのなら、業務用冷凍庫の容積の何割が提供可能なのか明記するよう要求すべきではないか しかしなぜだか、そこまでする気にはならない。
というのも、全身インターネット人間である我々にもやはり”常識”はしかとインストールされており、おおむね一つの認識が共有されているからだ。だからこそ大抵は自分と同伴者の胃袋が十全に満たされ、かつ値段が一定であれば、それはまさしく「焼肉食べ放題」であった、と認められるのである。ここで「他の誰にでも当てはまるか」や「サービスの名称は厳密に真であるか」というような疑念は通常入り込まないし、腹が膨れた後にそんな話はいちいち考えない。味が秒で消えるしけたガムをもらって帰るだけだ。
そこへ、無理やり0か1かをはっきりさせようとして――**「ルールを完全に明文化せよ」**――といった具合の法律――が仮に施行されたらどうなるだろうか? 当然、あらゆる事業者はコストをかけて厳格な検証を行い、真に提供可能な最低限度にサービスを絞らざるをえない。違反者として検挙されたらどんな目に遭うか分からない。検証コストそのものを嫌って法律の施行と同時に撤退・閉店もありえる。
結果、巷には全身インターネット人間待望の0か1で明文化された店舗のみが残る。店に入るとまずルールがぎちぎちに記載された文書が手渡され、署名のうえ承認するところから始まる。たとえば「食べ終わったら丼を上げてください」だとか「帰りにテーブルを拭いて頂けると幸いです」だとかいう曖昧”な押し付けルールはこの社会では一掃されている。どの位置に丼を置くのかセンチメートル単位で指定されていないし、どの程度の清掃が望まれているのかも判然としないためだ。”常識”があてにできないのでルールの数も非常に多く細かい。
以上の理由から一部の飲食店では清掃料を支払った客のテーブルのみ清掃するか、もしくは一律で商品価格に転嫁されている。誠に理に適った明快なルールとしか言いようがない。そうしてようやく注文を済ませると今度はカウントダウンが開始される。料金あたりの滞在可能時間を明示しているのだ。超過した客は追加料金を支払わなければならない。他にもセルフサービスだった水は一人で10リットル飲もうとする客を警戒して有料化され、上着をかけるハンガーなどにも同様の制限が加えられた。
だんだん怒りが湧いてくる。なぜなにかにつけて金をとるのか? こんなの店員がよしなにやってくれればいいじゃないか? 長居しすぎているのならそう伝えてくれれば対応するし、色々とこっちでうまくやってやらんでもない。いやいや、それはもう無理になったんだ。実は長居されてもそんなに困らない時間帯はなくもないし、どこからが長居なのかも時と場合によるが「前もって明文化していない方が悪い」と取り決められたら常に最悪を想定しなければいけない。従わせるには強制力も必要になる。元々の”常識”が消えたこの社会には”恥”の概念もない。
ところで、ラーメン屋などでは一般的な「大盛り無料」や「トッピング無料」も、こういう社会では存在しえない。なぜなら誰もが”常識”を越えて最大効率を追求する社会では、自分の胃袋のサイズに関係なく常に最大量を取得して残すのが最適解だからだ。なんなら余ったら全部持って帰ればいい。「持ち帰るな」と書いていない限りは可能でなければいけない。まあ言うまでもなく、どの店も無料サービスはやらなくなった。
各々が余分な廃棄物を出すべきではないという”常識”に基づいて提供されている代物が、”常識”を捨てて最大効率を求めることを是とする社会で成立するわけがない。よって、一人前以上の分量を希望する客は必ず追加料金を払わされる。一事が万事、そうならざるをえない。はてさて、すべてが0か1で明文化されたこのような社会は果たして住みやすいだろうか。たまに間違えて恥をかいたとしても、互いに空気を読み合う努力をしていた方が低いコストで済むんじゃないか
当然、こんな話は屁理屈だ、発想の飛躍だ、との反論もあるだろう。それはそうだ。実際、僕は屁理屈をこねている。でも、だったら「焼肉食べ放題」なんて謳い文句を真に受けたふりをして、50人前もの上タンを要求する方も大概屁理屈じみているんじゃないか。その上タンのうちの何割かは他の客に「食べ放題」の神話をもたらすための供物だったんだよ。
客は「食べ放題」で好きなだけ食べて得したいんだ。だから応分の料金を支払う。満足すればまた来る。店は儲かる。だが、上タンが早々に品切れしたらそうはいかない。下手に制限を加えれば「食べ放題」のブランディングが成り立たない、かといって制限を加えずに客の非常識を許せばブランディングが壊れる。ここでご遠慮頂くべきなのは明らかに50人前も食おうとする客でしかない。一方、どういうわけかSNS上では一人前のサービスさえ受けさせてもらえない車椅子の客は追い出されても当然、というねじ曲がった論調が半ば受け入れられていたりする。
全身がインターネットに侵されるとだんだんこういう二歩先、三歩先の話が理解できなくなってくる。目先の出来事を真偽値で捉えて、以降を短絡評価ですっ飛ばす考え方ばかり好むようになる。矢継ぎ早に世界中の事件が毎分ごとになだれ込んでくるこの時代では、そうしたインスタントなリアクションの作法に適応しなければインプレッションを効率的に獲得できないからだ。まるで味が秒で消えるしけた味のガムみたいな話だな。

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@ -90,7 +90,7 @@ tags: ['novel']
 街が燃えていた。人々が叫んでいた。悲鳴と怨嗟の声の中に高潔な民族の誇りはついぞ見られず、ただ手負いの獣に似た嘶きがあるばかりだった。
「とにかく、基地に帰らないと」
「そうね、ところで、申し訳ないけど――」
 声の調子から薄々分かっていた。頬から首、首から肩口を指先で伝っていくと、その先がなかった。
 声の調子から薄々分かっていた。だから魔法が撃てなかったんだ。頬から首、首から肩口を指先で伝っていくと、その先がなかった。
「ちなみに、脚もどっかいっちゃった」
「おんぶしていくよ」
 私は背中の無線機をぞんざいに捨てると、代わりに彼女を背負った。残っている方のオーク材の腕からはよく燻られたソーセージみたいな匂いがした。無線連絡は彼女のインカムを使ってせざるをえない。