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「そうだ、いつかお前もそこで立派なドレスを買ってもらえるようになる」
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耳の奥底からあまりにも聞き慣れすぎた高周波音が徐々に近づいているが、まだ私は喋っている。
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「でも、私が着たってしょうがないわ。どうせ分からないもの」
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「そんなことはないよ。上物は着るだけで分かるんだ」
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「そんなことはないよ。立派なお洋服は着るだけで分かるんだ」
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記憶の中の私はいっそう声を張り上げる。
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「じゃあ、今、欲しい」
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「今は……難しいかな。そういうお店はどこも閉まっている」
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「どうして?」
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「……みんな、他のことで忙しいんだ。さあ、指がお留守だぞ」
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私の指先がぐんぐんと先に進み、ルートヴィヒ通りを過ぎる頃には高周波音は耳を覆い尽くさんばかりにわめいていた。
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私の指先がぐんぐんと先に進み、ルートヴィヒ通りを過ぎる頃には高周波音は耳を覆い尽くさんばかりだった。
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「ずっとだ、そう、ずっと、さあ、広場に着いたぞ。どこだか分かるかな?」
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思わず、私は騒音に負けないように大声で叫んだ。
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思わず、私は騒音に負けないように大声で叫んでいた。
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「マリエン広場! 私と同じ名前の――」
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<ねえ、マリエン、どうしたの>
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「あっ……ごめんなさい、ちょっと、夢を見ていたみたい」
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「あっ……ごめんなさい。ちょっと、夢を見ていたみたい」
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<こんなひどい状況で居眠りなんて、よほど自信があると見ていいのかしら>
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リザちゃんのつっけんどんな声が束の間、私の頭蓋を満たす。
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「そういうわけじゃあ――」
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<敵、もう、来るわ。また命があったら会いましょう。通信終了>
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ブツ、と両耳に覆いかぶさったカチューシャみたいなインカムがノイズを発して、それきり音が途絶えた。途端に、意識の外に追いやられていた高周波音が舞い戻り、左右に散らばった。漆黒の視界の中に仮初の点描がぽつぽつと描かれはじめる。見たところ、一〇〇機以上はいる。
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「別に、そういうわけじゃあ――」
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<敵、もう、来るわ。また命があったら会いましょう>
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ブツ、と両耳を覆うカチューシャみたいな形のインカムがノイズを発して、それきり音が途絶えた。途端に、意識の外に追いやられていた高周波音が舞い戻り、左右に散らばった。漆黒の視界の中に仮初の点描がぽつぽつと描かれはじめる。私は音でものを見る。見たところ、一〇〇機以上はいる。
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相手はまだ私には気づいていない。気づくはずもない。
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空中にぽつんと単機で佇む魔法能力行使者の姿は目視ではもちろんレーダーでも捉えられない。
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私はいつもの調子で右腕から手の先に流れる閃光のイメージを思い描いた。すると、見ることができなくても迸る光の奔流が肩口から腕を伝い、手のひらに集まる様子が感じとれた。うわんうわんと唸りをあげて急接近する群体に手のひらを向けて、孤を描くように光線を放出した。
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決して掛け声を忘れてはならない。言うか言わないかで威力が倍は違う。
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空中にぽつんと単機で佇む魔法能力行使者の姿は目視ではそう簡単に捉えられない。
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いつもの調子で右腕から手の先に流れる波動のイメージを思い描く。すると、迸る魔法の奔流が肩口から腕を伝い、手のひらに集まる感覚が宿った。うわんうわんと唸りをあげて急接近する群体に腕を伸ばして孤を描くように光線を放出する。
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掛け声はなるべく忘れてはならない。言うか言わないかで威力が気持ち違う。
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「びーっ!」
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きっと、壮大な景色なのだろう。さっきまでの高周波音がたちまち爆発音に取って代わって私の耳元を彩った。味気のない視界の中に、めくるめく幻想世界を想像した。
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今ので半分くらいは撃ち落とせたと思う。私は空気を柔らかく蹴飛ばしてふわりと上昇した。気流が身体の上から下に通り過ぎてスースーする間隔が、実はけっこう気に入っている。
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十分な距離を得た後、今度は鋭角に蹴り出して勢いよく前へと滑空する。ついでに脚に取り付けた革製のホルスターからステッキを取り出しておく。ステッキは指先よりも太く、手のひらよりは細い。だからより指向性を持って魔法を撃ち出すことができる。
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崩壊していく群体の悲痛な音が散乱する一方、まだいくつもの機体が合間をすり抜けていこうとしている音が耳に入った。とりあえず、左に一機、右に二機、まず右に向かってステッキを振る。直後、手からステッキを通って現れた魔法が鞭のようにしなって動き、遠ざかろうとする戦闘機を捉えたのが伝わった。きっと戦闘機は真っ二つに割れただろう。忘れずもう一機も処理していく。
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続いて、左側に取り掛かろうとしたところ、バリバリバリと機銃の音とともにビリビリとオーバースカートの生地が破れる音がした。金属の塊が身体を通り抜けて、魔法の源泉がずるずると抜けていく感覚がした。
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瞬間、とてつもない怒りに私は突き動かされた。
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きっと、壮大な景色なのだろう。さっきまでの高周波音がたちまち爆発音に取って代わって私の耳元を彩った。闇に包まれた景色の向こう側に、めくるめく幻想世界を想像した。
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今ので半分くらいは撃ち落とせたと思う。私は空気を柔らかく蹴飛ばしてふわりと上昇した。気流が身体の上から下に通り過ぎてスースーする感覚が、実はけっこう気に入っている。
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十分な距離を得た後、今度は鋭角に蹴り出して勢いよく前へと滑空する。脚に備えつけられた革製のホルスターからステッキを取り出しておく。ステッキは指先より口径が大きく、手のひらよりは小さい。だからほどよい指向性を持って魔法を撃ち出すことができる。
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崩壊していく群体の悲痛な音が散乱する一方、まだいくつもの機体が合間をすり抜けていこうとしていた。とりあえず、左に一機、右に二機、まず右に向かってステッキを振る。直後、手からステッキを通って現れた魔法が鞭のようにしなって動き、遠ざかろうとする戦闘機を捉えたのが伝わった。きっと戦闘機は真っ二つに割れただろう。忘れずもう一機も処理する。
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続いて左側に取り掛かろうとしたところ、ばりばりばりと無作法な機銃の音とともにびりびりとオーバースカートの生地が破れる音がした。金属の塊が身体を通り抜けて、魔法の源がずるずると抜けていく感覚がした。
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にも拘らず、とてつもない怒りに私は突き動かされた。
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許せない! 下ろしたてのドレスだったのに!
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空を蹴って身体の向きを変えても、戦闘機のプロペラ音が衰える気配はなかった。あてずっぽうの射撃ではない。確実に私を狙っている。ついに敵方は魔法能力行使者を視認したのだ。
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だが、それほどまでに近づいてくれるのならかえってやりやすい。プロペラが回る高周波音と、機銃の残響と、機体が身体のすぐそばを横切って空気を切り刻む感触が、一つの像を結んで漆黒の視界の中に淡く戦闘機を描き出した。
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空を蹴って位置取りを変えても、戦闘機のプロペラ音が衰える気配はなかった。追撃してきている。あてずっぽうの射撃ではない。確実に私を狙っている。ついに敵方は私たちを視認したのだ。
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だが、それほどまでに近づいてくれるのならかえってやりやすい。プロペラが回る高周波音と、機銃の残響と、機体が身体のすぐそばを横切って空気を切り刻む感触が、一つの像を結んで漆黒の視界の中に淡く輪郭を描き出した。
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「そこにいるのね」
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私は像の上めがけて飛んだ。ロングブーツの底が、確かな金属質を捉える。今、自分は戦闘機の上に立っている。
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前方で人の声がした。英語なので、私には意味が分からない。拳銃らしき銃声もする。たぶん私を撃っているのだろう。今の私の身体はきっと穴だらけだ。
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幸いにも銃撃音の角度から操縦手の正確な位置が把握できたので、私はお返しにステッキを握っていない方の手で拳銃を模った。 「ぱん、ぱん」
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がくん、と金属の地面が大きく傾ぎ、前のめりに倒れ込んでいく。
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だが、すでに何十もの機体を落としてるのに、高周波音はどんどんうるさくなる一方だった。うわんうわんと唸る機械の鳴き声が第二陣、第三陣の襲来を容赦なく告げる。
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私は再び手のひらに光の力を収束させた。あたかも騒音を打ち払うように死を招く円弧を作り出す。
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ところが、次の魔法はてんで群体に効果をもたらさなかった。せいぜい五、六程度の不運な機体が魔法の切れ端にぶつかって落ちた程度で、未だ優勢を誇る風切り音が爆発音を切り裂いて私を追い抜いていった。
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視界の中で高速に現れては消える軌跡を追って、懸命にステッキを振りかざす。手応えのなさが私をますます焦られる。
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このままではまた街が空爆される。もう何度も住む家を変えたか分からないのに。
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私は輪郭の上をめがけて飛び込んだ。ロングブーツの底が、確かな金属質を捉える。今、自分は戦闘機の上に立っている。
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||||
前方で人の声がした。英語なので意味が分からない。拳銃らしき銃声もする。たぶん私を撃っているのだろう。今の私の身体はきっと穴だらけだ。
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||||
幸いにも銃撃音の角度から操縦手の正確な位置が把握できたので、ステッキを握っていない方の手でお返しをする。人差し指を突き出して、親指を立てる。他の指は折りたたむ。拳銃の完成だ。
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「ぱん、ぱん」
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がくん、と金属の地面が大きく傾ぎ、前のめりに倒れ込んでいく。操縦手を失って墜落する戦闘機から離脱して、周囲に気を配る。
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すでに何十もの機体を落としてるのに、辺りの高周波音はうるさくなる一方だった。鉄の蚊の鳴く声が第二陣、第三陣の襲来を容赦なく告げる。
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私は再び手のひらに魔法を収束させた。あたかも騒音を打ち払うように死を招く円弧を作り出す。
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「びーっ!」
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ところが、この魔法の砲撃はてんで群体に効果をもたらさなかった。せいぜい五、六程度の不運な機体が魔法の切れ端にぶつかって落ちた程度で、未だ優勢を保つ風切り音が爆発音を切り裂いて次から次へと私を追い抜いていった。
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ああ、私、傷ついているんだ。
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それでも視界の中で高速に現れては消える音の軌跡を追って、懸命にステッキを振りかざす。手応えのなさが焦りを加速させる。
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このままではまた街が空爆される。
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「お願い、お願い」
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一体、誰に祈っているのか――必死に軌跡の後に追いすがってステッキを振り続ける。時々聞こえる少々の爆発音にも、数多のプロペラ音は揺らぐことなく彼方へと消えていく。
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「お願いだから、落ちて」
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@ -63,107 +66,108 @@ tags: ['novel']
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「うわあ、リザちゃん、すごい」
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惜しみのない賛辞に、リザちゃんは鼻息一つで答えた。
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<ふん、まだ油断するには――>
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ぶつ、と通信が途絶えた。無愛想に通信を切るのは彼女の癖だが、いくらなんでも会話の途中に切ったりはしない。
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漆黒の視界の中で私は急速に答えにたどり着く。
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今度は急上昇に圧力に耐えなければならなかった。あまりにも高速に舞い上がったので、両耳を覆うインカムが外れてしまった。背負っている重くて大きな無線機に跳ね返ってガツン、ガツンと暴れた後、線がちぎれてどこかへと吹き飛んでいった。
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ぶつ、と音が途絶えた。いきなり通信を切るのは彼女の癖だが、いくらなんでも会話の途中に切ったりはしない。
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暗闇の内で急速に答えにたどり着く。
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今度は急上昇の圧力に耐えなければならなかった。慌てて舞い上がったせいで、両耳を覆うインカムが外れた。背負っている無線機の上でしきりに跳ね返ってガツン、ガツンと暴れた後、ケーブルがちぎれてどこかへと吹き飛んでいった。
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「リザちゃん!」
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虚空に向かって叫ぶ。どこに顔を向けても私の目は決して光を映さない。
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しかし、
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神に齎された魔法の力だけが、私に見えないはずのものを見せてくれる。
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漆黒に沈む奥底に、か細い線が見えた。その線はじぐざぐにうねって揺れ動き、私の方へと向かって伸びている。空を飛びながら目で追うと、それは私の背中の無線機と繋がっていた。
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神にもたらされた魔法の力だけが、普通は見えないはずのものを見せてくれる。
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漆黒に沈む奥底に、か細い線が見えた。その線はじぐざぐにうねって私の方へと向かって伸びている。空を飛びながら目で追うと、それは私の背中の無線機と繋がっていた。
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||||
この先に、リザちゃんがいるんだ。
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激しく揺れ動くじぐざぐの線を追いかけて、急旋回、急降下。たどり着いた先はほとんど街の真ん中だった。しきりに爆発音と、炎が燃え盛る音、人々の絶叫がこだまする中で、線の根本を捉えた。
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爆撃で暖まった空気による上昇気流がスカートの裾を激しくたなびかせる。ぐるぐると旋回する線の根本は、明らかに彼女が何者かに追われている状況を推測させた。どういうわけか彼女は一向に魔法を撃とうとはしていない。
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私は接近しながらステッキを振りかざすも――輪郭を捉えきっていない敵にはまず当たらない事実を悟り、やり方を変えることにした。元より、残された魔法能力はもはや心もとない。
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揺れ動くじぐざぐの線を追いかけて、急旋回、急降下。たどり着いた先はほとんど街の真ん中だった。爆発音と、炎が燃え盛る音、人々の絶叫が絶え間なくこだまする中で、ようやく線の根本を捉えた。
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爆撃で暖まった空気による上昇気流がスカートの裾を激しくたなびかせる。ぐるぐるとあてどなく回る線の姿は、明らかに彼女が何者かに追われている状況を推測させた。どういうわけか彼女は一向に魔法を撃とうとしていない。
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私は急いでステッキを振りかざそうとして――輪郭を捉えきっていない敵にはまず当たらない――やり方を変えることにした。残された魔法能力は心もとない。
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限られた力を足元の推進力に替えて、一気に距離を詰めた。蚊のようにうるさい高周波音が視界に像を描く。まだだ、まだ足りない。もっと正確に見なくちゃ。
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戦闘機は私にお尻を向けているようだった。ステッキに込められた魔法がその先端に光の刃を灯す。魔法の剣を戦闘機の胴体に深く突き刺すと機体はたちどころに推力を失った。
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ほとんど触れられる距離まで接近するとついに全体像が明らかになった。戦闘機は私にお尻を向けているよる。
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ステッキに込められた力がその先端に刃を灯す。魔法の剣を戦闘機の胴体に深く突き刺すと機体はたちどころに推力を失った。
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「リザちゃん!」
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崩れ落ちていく戦闘機の輪郭を追うのも程々に、唯一の同僚の名前を繰り返し叫んだ。焼ける街の熱が発する生暖かい風を受けながら、性懲りもなく叫んでいると、下の方でかすかに声が返ってきた。
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崩れ落ちていく戦闘機の輪郭を追うのも程々に、唯一の友達の名前を繰り返し叫んだ。焼ける街の熱が発する生暖かい風を受けながら、声が枯れるまで叫んでいると、下の方でかすかに声が返ってきた。
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「ここよ、私は、ここ」
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さっそく私は姿勢を変えて降下する。見たところ、どこかの聖堂の屋根に彼女は落ちていたらしい。着地して声のする方に駆け寄って顔に触れると、すぐにリザちゃんだと分かった。
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さっそく私は姿勢を変えて降下する。どこかの屋根の上に落ちていたらしい。着地して声のする方へと駆け寄って顔に触れると、すぐにリザちゃんだと分かった。頬をなでると、指先が少しざらざらする。
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「ああ、良かった、無事で」
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「しくじったわ、私たち」
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街が燃えていた。人々が叫んでいた。悲鳴と怨嗟の声の中にかつての民族の誇りはついぞ見られず、ただ手負いの獣の嘶きと去勢があるばかりだった。
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「でも、またしくじったわ、私たち」
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街が燃えていた。人々が叫んでいた。悲鳴と怨嗟の声の中に高潔な民族の誇りはついぞ見られず、ただ手負いの獣に似た嘶きがあるばかりだった。
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「とにかく、基地に帰らないと」
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「そうね、申し訳ないけど――」
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声の調子から薄々分かっていた。触れていた頬から首、首から肩口に撫でていくと、その先がなかった。
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「そうね、ところで、申し訳ないけど――」
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声の調子から薄々分かっていた。頬から首、首から肩口を指先で伝っていくと、その先がなかった。
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「ちなみに、脚もどっかいっちゃった」
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「おんぶしていくよ」
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私は背中の無線機をぞんざいに捨てると、代わりに彼女を背負った。残っている方の腕のオーク材からはよく燻られたソーセージみたいな匂いがした。無線連絡は、彼女のインカムを使ってせざるをえない。
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「帝国航空艦隊、マリエン・クラッセ、リザ・エルマンノ両名。ただいま帰投します」
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程なくして、管制官から返事があった。
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<帰投を認める。再び我々に勝利をもたらす日を願って。ハイル・ヒトラー>
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私は背中の無線機をぞんざいに捨てると、代わりに彼女を背負った。残っている方のオーク材の腕からはよく燻られたソーセージみたいな匂いがした。無線連絡は彼女のインカムを使ってせざるをえない。
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「帝国航空艦隊、マリエン・クラッセ、リザ・エルマンノ両名。戦闘不能により、ただいま帰投します」
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ほどなくして管制官から応答があった。
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<二人ともよく頑張ってくれた。帰投を認める。アーリア民族に勝利をもたらす日を願って。ハイル・ヒトラー>
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<ハイル・ヒトラー>
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**一九四六年**三月七日。親愛なるお父さんへ。ミュンヘンは相変わらずひどい状態です。私の身体は穴だらけ、同僚の子もまた手足がもげました。けれど、へっちゃらです。だってどうせすぐに直るし、彼女の手足は木でできていますから。苦しみは分けっこできるのです。
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**一九四六年**三月七日。親愛なるお父さんへ。ミュンヘンは相変わらずひどい状態です。私の身体は穴だらけ、友達の子もまた手足がもげました。だけど、へっちゃらです。だってどうせすぐに直るし、彼女の手足は木でできていますから。苦しみは分けっこできるのです。
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”一九四六年三月一三日。親愛なるお父さんへ。昨月の今頃はまだ暖かったのに、このところめっきり冷え込んできました。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当はすぐにでも空を蹴って会いにいきたいのだけれど、あいにく私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、管制官が仰るには戦争で華々しい勝利をもたらせば、私たちはアーリア民族の英雄として認められて、ようやく自由に過ごせるのだそうです。
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||||
チーン、とタイプライタが鳴り、ハンマーが紙面の端に到達したことを知らせてくれる。一旦、タイピングを止めて手探りで本体のレバーを引っ張り、改行する。
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||||
”それにしても、まだ子どもの私が「上官」とか「管制官」とか言って、口にしてみたらずいぶんおかしい話に聞こえるでしょうね。今の私はなんでも帝国航空艦隊所属の中尉なんだそうです。私よりたっぷり三〇センチも大柄な兵隊さんたちが、前を歩くとさっと右、左に避けてくれるのが分かります。姿が見えなくても、足音でだいたいどんな背格好なのか分かりますから。”
|
||||
”一九四六年三月一三日。親愛なるお父さんへ。雪解けの季節が近づいて参りました。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当は何日かかってでも飛んで会いにいきたいのだけれど、あいにく私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、管制官が仰るには戦争で華々しい勝利を手にすれば、私たちは国家の英雄として認められて、ようやく自由に過ごせるのだそうです。
|
||||
チーン、とタイプライタが鳴り、ハンマーが紙面の端に到達したことを知らせてくれる。一旦、タイピングを止めて手探りで本体のレバーを引っ張る。すると、紙面が一行分ずれて改行が行われる。
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||||
”それにしても、まだ子どもの私が「上官」とか「管制官」とか言って、口にしてみたらずいぶんおかしい話に聞こえるでしょうね。今の私はなんでも中尉なんだそうです。私よりたっぷり三〇センチも大柄な兵隊さんたちが、前を歩くとさっと右、左に避けてくれるのが分かります。姿が見えなくても、足音でだいたいどんな背格好なのか伝わりますから。”
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||||
チーン。また、音が鳴った。再びレバーを引いて改行する。
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||||
”いつか暇ができたら私たちの鉤十字がはためくブリュッセルの空を飛んで、お父さんに会いに行こうと思います。もう十年も会っていないのはいくらなんでもさみしいです。これは内緒の話ですが、私たちがこうして本土で堪えている間にも、他の選り優れた魔法能力行使者たちが海と陸とを飛んでいって、敵の親玉を倒してくれるというのです。そうすればイギリスもアメリカもソ連もみんなすぐに降伏して、私たちの言うことを聞いてくれるでしょう。もしそうなったら、私はお祝いに山ほどのチョコレートを買いたいです。約束された勝利の日まで、どうかお元気で。ハイル・ヒトラー>
|
||||
”いつか暇ができたら私たちの鉤十字がはためくブリュッセルの空を飛んで、お父さんに会いに行こうと思います。もう十年も会っていないのはいくらなんでもさみしいです。これは内緒の話ですが、私たちがこうして本土で堪えている間にも、他の選り優れた魔法能力行使者たちが海と陸とを飛んでいって、敵の親玉を倒してくれるというのです。そうすればイギリスもアメリカもソ連もみんなすぐに降伏して、私たちの言うことを聞いてくれるでしょう。もしそうなったら、私はお祝いに山ほどのベルギーチョコレートを買いたいです。約束された勝利の日まで、どうかお元気で。ハイル・ヒトラー>
|
||||
「ううむ、もうタイプライタの扱いは私よりうまいな」
|
||||
急に背後から声がしたものだから、私はひっくり返りそうになった。他ならぬ声の主が管制官ともなればなおさらだ。
|
||||
急に背後から声がしたものだから、私はひっくり返りそうになった。声の主が他ならぬ管制官ともなればなおさらだ。
|
||||
「か、管制官、ですか!? あっ、失礼しました、ハイル――」
|
||||
その場で直立しそうになった私の両肩を、彼はむんずと掴んで椅子に押し戻した。
|
||||
「落ち着きなさい。いいよ、たまたま様子を見に来ただけだ。今回の家は燃えずに済んだようだね」
|
||||
管制官の言う通り、今回の空襲では私たちの家は燃えなかった。もう三回も引っ越しを余儀なくされていたので助かった。
|
||||
「この手紙が私が送り届けてあげよう。いや、しかしそれにしてもうまいな。戦争に勝利したらタイピストになるといい」
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||||
管制官は機械の留具から紙面をするりと取り出して、感心したふうにうなった。その声はどんなに柔らかい口調でもどこか硬い感触を与える。
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||||
その場で直立しそうになった私の両肩を、彼はがっちりと掴んで椅子に押し戻した。
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||||
「落ち着きなさい。いいよ、こっちも急に来たんだ。どうやら家は燃えずに済んだようだね」
|
||||
管制官の言う通り、今回の空襲では私たちの家は燃えなかった。もう三回も引っ越しを余儀なくされていたので助かった。
|
||||
「この手紙は私が送り届けてあげよう。いや、しかしそれにしてもうまいな。戦争に勝利したらタイピストになるといい」
|
||||
管制官は機械の留具から紙面をするりと取り出して、感心したふうにうなった。その声はどんなに柔らかい口調でもどこか硬い感触を覚える。偉い軍人くらい難しいことを考えているとそうなるのかもしれない。
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||||
「たいぴすと……?」
|
||||
「人の代わりに文章を打ち込んであげる仕事だ。これなら家の中で働ける。給料もかなり良いと聞いている」
|
||||
そうか、戦争に勝ったら戦う相手がいなくなるんだ。あまねく人々がアーリア民族の下に集まって、一人のフューラーの指揮によって正しい調律が作られていく。
|
||||
「人の代わりに文章を打ち込んであげる仕事だ。これなら家の中で働ける。給料もかなり良いらしい」
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||||
そうか、戦争に勝ったら戦う相手がいなくなるんだ。あまねく人々がアーリア民族の下に集まって、一人の総統閣下――フューラーの指揮によって正しい調律が作られていく。
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||||
「でも、そうしたら、私に授けられた魔法の力も使い道がなくなってしまいますね」
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||||
物心がつく前から収容所で暮らしていて、そこで私は国家のために役目を果たすのだと教えられた。毎日、色んな人たちがやってきては、それをまっとうするたびに私の前からいなくなった。みんな、私と同じように目が見えなかったり、耳が聴こえなかったり、身体の一部がなかったりした。
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||||
なにもかもが変わった運命の日の後、今までに会った人たちのすべての生命を背負っているのだと教えられた。そして、私は帝国航空艦隊所属の魔法能力行使者になった。
|
||||
物心がつく前から収容所で暮らしていて、そこで私は国家のために役目を果たすのだと教えられた。毎日、色んな人たちがやってきては、それをまっとうするたびに私の前からいなくなった。みんな、私と同じように目が見えなかったり、耳が聴こえなかったり、身体が欠けていたりした。
|
||||
なにもかもが変わった運命の日の後、今までに会った人たちのすべての生命を背負っているのだと感じた。そして、私は帝国航空艦隊所属の魔法能力行使者になった。
|
||||
「ははは、ずいぶん先の話ではあるけどね。我々の敵は多い。ブリュッセルに飛んでいく暇なんかないほどに」
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||||
「いえ、それは、あの、ほんの冗談ですわ」
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||||
あわてて私が訂正すると彼はまた短く笑った。
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||||
「とはいえ、君に飛んでいかれたら困ってしまうな。ここは一つ取引といこうじゃないか。さあ、これはなんだろう?」
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||||
ぺたり、と頬にくっつけられた包装紙の感触だけでは、もちろんなにも分からなかっただろう。しかし、その包装紙はとても芳しく、高貴で、甘い匂いを放っていた。
|
||||
「いえ、それは、あの、ほんの冗談ですわ」
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||||
あわてて訂正すると彼はまた短く笑った。
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||||
「とはいえ万が一、君に飛んでいかれたら困ってしまうな。ここは一つ取引といこうじゃないか。さあ、これはなんだろう?」
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||||
ぺたり、と頬に押し付けられた包装紙の感触だけでは、もちろんなにも分からなかっただろう。だが、その包装紙はとても芳しく、高貴で、甘い匂いを放っていた。
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||||
これは、チョコレートだ。
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「まあ、信じられない!」
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||||
途端に、私は軍人としての振る舞いを放り出して嬌声を上げた。両手でそのふっくらした包装紙をむんずと掴み取る。
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同時に、ぎゅっ、と踵を床に強く押し付けた。気をつけないと天井まで浮き上がってしまいそうだったから。
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途端に、私は軍人としての振る舞いを放り出して嬌声をあげた。両手でそのふっくらした包装紙をむんずと掴み取る。
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同時に、ぎゅっ、と踵を床に強くくっつけた。気をつけないと天井まで浮き上がってしまいそうだったから。
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「おいおい、紙まで食べないでくれよ」
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「あっ、すいません、私ったら」
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「いいとも、代わりに私のお願いを聞いてくれるかね」
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受け取ったチョコレートの袋を机の脇に置いて、神妙そうに膝元に手を置く。顔を仰いでも管制官の顔は分からない。リザちゃんと違ってべたべた触っていい相手ではない。でも私は暗闇の中に、厳父と慈母と賢人のすべてを兼ね備えた理想像を描き出そうとした。
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「他ならぬ私の上官ですから」
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受け取ったチョコレートの袋を机の脇に置いて、静かに膝元に手を置く。顔を仰いでも管制官のお顔は分からない。友達のリザちゃんと違ってべたべた触っていい相手ではない。でも私は暗闇の中に、厳父と慈母と賢人と勇者のすべてを兼ね備えた理想像を描き出そうとした。
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「なんなりと。私に神の祝福を授けてくれた方ですから」
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「そうか、そうだな……実は、東部戦線の状況が芳しくなくてね、兵力が足りていない。そこで、君とリザ中尉に応援に行ってもらいたいんだ」
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東部戦線。今やソビエトの共産主義者たちがポーゼンを越えてベルリンに迫っているという。数万にものぼる鋼鉄の暴力と嵐の前に、我が軍は後退を余儀なくされている。
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初期配置から約一年、失敗続きの私たちにもついに名誉挽回の機会が与えられたのだ。
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「お力になれるのなら光栄ですわ。しかし、東部戦線には私などより優れた魔法能力行使者が配備されているでしょう」
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「もちろんそうだ。だが、度重なる戦いでみんな疲れていてね、他から集めてくるしかないということになったんだ」
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初期配備から約一年、失敗続きの私たちにもついに名誉挽回の機会が与えられたのだ。逸る気持ちを抑えて、形だけでも謙遜を取り繕う。
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「お力になれるのなら光栄ですわ。しかし、東部戦線には私などより優れた魔法能力行使者が登用されているでしょう」
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「もちろんそうだ。だが、度重なる戦いでみんな疲れていてね、他から集めてくるしかないという話になったんだ」
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「ですが、ミュンヘンは……」
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管制官の声が私に覆いかぶさる。
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「心配いらないよ。代わりの者が着任する手はずになっている」
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どうやらすでに決まっていることのようだ。
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収容所で散々習った地図のざらざらした手触りを思い出す。ミュンヘンからポーランドは指でなぞると数秒で辿り着くが、実際にはとても時間がかかる。私たちの魔法能力では飛んでいくよりも、鉄道の方が早く着いてしまう。
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どうやらすでに決まっていることのようだ。
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収容所で散々習った地図のざらざらした手触りを思い出す。ミュンヘンからポーランドは指でなぞると数秒で辿り着くが、実際にはとても時間がかかる。私たちの魔法能力では休みながら飛んでいくよりも、鉄道の方が早く着いてしまう。
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「リザちゃ……リザ中尉には、もうお伝えしましたか?」
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「ああ。予備の手足の調子も悪くないと言っていたよ」
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それを聞いて、ちょっとほっとした。リザちゃんは一つ屋根の下で一緒に住んでいるのに、いつも私の前では見栄を張る。今日の朝も「空襲が来ても全部撃ち落とせる」といばっていた。
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それを聞いて、ちょっとほっとした。リザちゃんは一つ屋根の下で一緒に住んでいるのに、いつも私の前では見栄を張る。今日の朝も「空襲が来ても全部撃ち落とせる」と威張っていた。
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「じゃあ、任せたよ。私も一足先にベルリンの基地に向かう。君たちも身の回りの整理をつけたら来たまえ。口頭でしゃべってしまったが、これは一応その命令書だ」
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管制官が私の手の甲に紙面を触れさせたので、おずおずと受け取る。とん、とん、と静かな音で遠ざかる足音がして、部屋の扉ががちゃりと開けられた。お帰りらしい。
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もし、私に目が見えていたらお茶を淹れて差し上げて、茶菓子もすすめて、他にも色々と気の利くことができたのに、うっかり転ぶのが怖くて椅子からさえ立ち上がれない。
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暗闇に包まれた視界の中でひとりでにしょんぼりしていると、遠くから静かな声で管制官が言った。
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管制官が私の手の甲に紙面を触れさせたので、努めて礼儀正しく受け取る。とん、とん、と静かな音で遠ざかる足音がして、部屋の扉ががちゃりと開けられた。お帰りらしい。
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もし、目が見えていたらお茶を淹れて差し上げて、お菓子もすすめて、他にも色々と気の利くことができたのに、うっかり転ぶのが怖くて椅子からさえ気軽には立ち上がれない。
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暗闇に包まれた視界の中で一人勝手にしょんぼりしていると、遠くから静かな声で管制官が仰った。
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「いつの日かアーリア民族に勝利をもたらさんことを。ハイル・ヒトラー、マリエン大尉」
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「あ、はっ、ハイル・ヒトラー――あれ、えっと、私は大尉では――」
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がたがたと慌てて立ち上がり、案の定体勢を崩しかけながら困惑する私に管制官は苦笑いを投げかける。
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「いいや、君は大尉だ。その命令書を受け取った時点でね。後でリザ大尉に読んでもらうといい」
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なにか言う間もなくばたんとドアが閉じた。お腹の奥底から、じわじわと喜びがせり上がってくるのが分かった。
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私たち、昇進したんだ。管制官にもフューラーにも認められたんだ。
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なにか言う間もなくばたんとドアが閉じた。お腹の奥底から、じわじわと喜びがせり上がってくる。
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私たち、昇進したんだ。管制官にもフューラーにも認められたんだ。
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とうとう私は我慢できなくなって床を蹴り、ふわりと宙に浮かんだ。手にはチョコレートでいっぱいの紙袋。
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オーバースカートの生地がふわりとたなびいた。漆黒の世界でも思い描けば私は部屋に咲く一輪の花だった。
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固い木材の天井に、おでこがこつんと当たった。
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緩やかに空中で漂いながら、私は紙袋からチョコレートを取り出して包装紙を破った。ころころした形の幸せを口に含むと、舌の上にじわりと甘さが広がった。
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オーバースカートの生地がふわりと膨らんだ。漆黒の世界でも思い描けば私は部屋に咲く一輪の花だった。
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固い木材の天井に、おでこがこつんと当たる。
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緩やかに空中で漂いながら、私は紙袋からチョコレートを取り出して包みを解いた。ころころした形の幸せを口に含むと、舌の上にじわりと甘さが広がった。
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<マリエン・クラッセおよびリザ・エルマンノ両名の魔法能力行使者に以下の辞令を告げる。本辞令を受領後、直ちに行動を開始されたし。>
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『マリエン・クラッセおよびリザ・エルマンノ両名の魔法能力行使者に以下の辞令を告げる。本書を受領後、直ちに行動を開始されたし』
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■両名は現在の拠点を放棄し、速やかにベルリンの中央軍司令部に出頭すること。
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■以降、両名は国防軍中央集団の下に再編され、東部戦線に配置される。
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■以降、両名は国防軍中央集団の下に再編され、東部戦線に配備される。
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■これまでの功績を鑑み、本辞令の受領をもって両名を大尉に任命する。
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リザちゃんが読み上げた辞令の中身は、確かに管制官がおっしゃっていた内容とほとんど変わりがなかった。彼女のベッドに並んで座って、お互いの名前を呼び合ってみた。
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隣に振り向くと、お人形さんのように華奢な輪郭が映った。
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「でも、大変だわ。一番おっきい鞄でもこの家のもの全部は入らない」
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「大切なものだけ持っていけばいいよ。戦場に花瓶なんて持っていっても役に立たないもの」
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とはいうものの、目の見えない私と小物を拾うのが苦手なリザちゃんの引っ越し作業はだいぶ難航した。手に取ったものが分かるまで何秒もかかってしまう。しまいにはリザちゃんが「紅茶を淹れるわ」といって中座して、ラジオまでかけはじめたものだから完全に手が止まった。
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四角くてのっぺりとした手触りの国民受信機から、勇ましい軍歌と入れ替わりに宣伝省の録音演説が流れはじめる。かつて神聖ローマ帝国で外敵を払う役目を担っていたとされる魔法の使い手になぞらえて、ここでも魔法能力行使者は魔法戦士と呼称されている。ローマ帝国の後継者である我々にとってそれはとても正当なことに違いなかった。
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ただ、男子の魔法能力行使者が魔法戦士として高らかに称揚されるのに対して、少女はただの「魔法少女」と呼ばれているのが内心ではちょっぴり納得がいかなかった。
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とはいうものの、目の見えない私と小物を拾うのが苦手なリザちゃんの引っ越し作業はだいぶ難航した。手に取ったものがなにか分かるまで何秒もかかってしまう。しまいにはリザちゃんが「紅茶を淹れるわ」といって中座して、ラジオまでかけはじめたものだから完全に手が止まった。
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四角くてのっぺりとした手触りの国民受信機から、勇ましい軍歌と入れ替わりに宣伝省の録音演説が流れはじめる。手渡された紅茶を飲みながら耳を傾けた。
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何度も聴いた覚えのあるその演説では、かつて神聖ローマ帝国で外敵を払う役目を担っていたとされる魔法の使い手になぞらえて、魔法能力行使者は「魔法戦士」と呼称されている。ローマ帝国の後継者である私たちにとってそれはとても正当なことに違いなかった。
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ただ、男子の魔法能力行使者が魔法戦士として高らかに称揚されるのに対して、女子はただの「魔法少女」と呼ばれているのはちょっぴり納得がいかなかった。
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どうして私たちは「戦士」と呼ばれないのだろう? 魔法能力は性別とは関係ないはずなのに。
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そんな考え事をしているうちに厳かな調べに包まれたゲッベルス宣伝大臣の演説(ライヒの空を守る魔法戦士たち)がつつがなく終わり、ラジオ放送の内容はまた軍歌に切り替わった。
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そんな考え事をしているうちに厳かな調べに包まれたゲッベルス宣伝大臣の演説(帝国<ライヒ>の空を守る魔法戦士たち)がつつがなく終わり、ラジオ放送の内容はまた軍歌に切り替わった。
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とはいえ、大臣の演説はいつ聴いてもすばらしい。どんなお姿をしているのか私には分からないけど、きっとその美声にたがわぬ模範的アーリア民族らしい見た目を備えているのだろう。
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お砂糖の入った紅茶をたっぷり二杯も呑んだおかげか、その後の作業はそれなりに進んだ。途中、タイプライタを持っていくかどうかで散々揉めたが――戦場にタイプライターなんて!――だって、お父さんにお手紙を書くんだもん!――最終的には携行を認めてくれた。ずいぶん大荷物になってしまったが、全然へっちゃらだ。
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お砂糖の入った紅茶をたっぷり二杯も呑んだおかげか、その後の作業はそれなりに捗った。途中、タイプライターを持っていくかどうかで散々揉めたが――すぐに前線に行くのにタイプライターなんて!――だって、お父さんにお手紙を書くんだもん!――最終的には携行を認めてくれた。ずいぶん大荷物になってしまったけど、大丈夫、私は力持ちだ。
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”たいぴすと”になるのなら時間の許す限り練習しなくちゃいけない。
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替えのドレスもたくさん詰めた。私の目には映らなくてもお洋服って着ているだけで楽しい。
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収容所では毎日同じ服を着せられていたから、あの運命の日にも「ご褒美をあげよう」と言われた時に「きれいなお洋服を着たい」と即答したのだった。以来、私の戦闘服はフリルの着いたオーバードレスということになった。
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そして最後に取り出しやすい位置にチョコレートを入れた。こうして出来上がった大きな旅行鞄と、タイプライターが収まった鞄を持つといかにも旅行気分が高まってくる。
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替えのドレスも詰めた。収容所では毎日同じ服を着せられていたから、あの運命の日の後にも「ご褒美をあげよう」と言われた時に「きれいなお洋服を着たい」と即答したのだった。以来、私の戦闘服はフリルの着いたオーバードレスということになった。
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そして最後に、取り出しやすい位置にチョコレートの紙袋を入れる。こうして出来上がった大きな旅行鞄と、タイプライターが収まった箱を持つといかにも遠征気分が高まってくる。
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「ねえ、そんなにあるんならチョコレート一個ちょうだい」
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「やだ、私がもらったんだもの」
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「なによ、ケチ」
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右に二歩、後ろに三歩後ずさって扉を閉めた。せっかく部屋の間取りを覚えたのに、たぶんここには戻ってこられないだろう。この家も、前の家も、その前の家も、元は別の人の持ち主がいたらしい。その人たちはいまどこに住んでいるのかしら。
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大荷物を抱えてリザちゃんと家から出た後、なんとなく私はそれのある方向に一礼した。
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まだお日さまの熱を感じる時間なのに、外はずいぶん肌寒かった。じきに雪解けの季節なのに厚手の手袋も外套も相変わらず手放せない。せっかくのドレスが台無しだ。でも、杖の先っぽで石畳をこつ、こつと叩きながら道を歩いているうちに、だんだんと身体が暖まってきた。
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この杖の先端はとても硬くできている。なので固い地面を叩くと甲高い音が鳴って、衝撃が指先に伝わる。すると、私の真っ暗な視界の中に白線の波がざざあ、と描かれていく。反響の具合であと何歩歩くと壁があるのか、どの辺りに他の人が立っているのかだいたい分かる。
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杖の先端で固い地面を叩くと甲高い音が鳴って、衝撃が指先に伝わる。すると、私の真っ暗な視界の中に白線の波がざざあ、と描かれていく。反響の具合であと何歩歩くと壁があるのか、どの辺りに他の人が立っているのかだいたい分かる。
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今しがた、目の前に白線の壁の輪郭ができあがったので、私はそれをひょいとよけて道を曲がった。リザちゃんとおしゃべりをしながらでもこれくらいのことはできるようになった。
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管制官は「まるでコウモリみたいだな」と仰っていた。聞いた話では、コウモリさんは目はほとんど見えないのだけれど、代わりに壁とおしゃべりをして居場所を教えてもらうんだそう。一体、どんなふうにお話をしているのかな。
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でも、確かに私とそっくりだ。杖でこつこつと叩くと地面が壁やお店の場所を教えてくれる。きっと私はコウモリとして生まれるはずだったのに、間違えて人間に生まれてきてしまったんだ。
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