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リザちゃんも同じような訓練をしたのかな。
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リザちゃんも同じような訓練をしたのかな。
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”ムッソリーニ首相が王様に叱られて以来、イタリアのほとんどの土地はずっと敵にとられたままになっています。イタリア人の彼女はたまたま難を逃れていましたが、ドイツ軍に接収されたので今はここで戦っています。なんでも接収されると、別の国の人でもその国のきまりに従わなければいけないのだそうです。難しいことは私にはよくわかりません。いつか故郷に帰してもらえるといいと思います。イタリアはドイツの大切な同盟国なので、フューラーも色々考えてくれているでしょう。お父さんも、祖国に勝利をもたらすその日まで、どうかお元気で。ハイル・ヒトラー”
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”ムッソリーニ首相が王様に叱られて以来、イタリアのほとんどの土地はずっと敵にとられたままになっています。イタリア人の彼女はたまたま難を逃れていましたが、ドイツ軍に接収されたので今はここで戦っています。なんでも接収されると、別の国の人でもその国のきまりに従わなければいけないのだそうです。難しいことは私にはよくわかりません。いつか故郷に帰してもらえるといいと思います。イタリアはドイツの大切な同盟国なので、フューラーも色々考えてくれているでしょう。お父さんも、祖国に勝利をもたらすその日まで、どうかお元気で。ハイル・ヒトラー”
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手紙を書き終えると私は杖を握って居室を出た。ベルリンの大きな基地は大きいだけあって基地の中に郵便局がある。壁伝いに身体を預けつつ杖をこつこつと叩いているうちに、窓口に着いてしまう。口数が少ない郵便局員の人に便箋を手渡すと、いつもの調子で鼻を鳴らした。私の中ではこれが受領完了の合図ということになっている。十日に着いてから毎日送っているので愛想の悪さには慣れている。
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手紙を書き終えると私は杖を握って居室を出た。ベルリンの大きな基地は大きいだけあって基地の中に郵便局がある。壁伝いに身体を預けつつ杖をこつこつと叩いているうちに、窓口に着いてしまう。口数が少ない郵便局員の人に便箋を手渡すと、いつもの調子で鼻を鳴らした。私の中ではこれが受領完了の合図ということになっている。十日に着いてから毎日送っているので愛想の悪さには慣れている。
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往路を同じ要領で戻ると、いつの間にかリザちゃんが起きて髪を梳かしていた。一定の感覚で刻まれる音の感じで、彼女の髪の長さが伝わる。
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「おはよう、リザちゃん」
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「ん」
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ぶっきらぼうに答えたかと思えば、彼女はなにも言わずに手を引いて私を椅子に座らせた。ぎしぎしした私の髪の毛に櫛が通されて不気味な音をたてる。
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「ちょっと傷んでるわね」
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「そうなんだ」
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私の髪の毛って金色らしい。金色ってどんな色か分からないけれど、光に似ているという人もいれば、価値が高い鉱物と同じ色だという人もいる。いずれにしてもめでたい話には違いない。
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「そろそろ出撃の時間じゃないかしら」
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「朝ごはんを食べそこねちゃったわね」
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「もう、リザちゃんが起きるの遅いから」
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ため息をついて苦言を漏らすと、彼女は首の後ろをオーク材の指でなぞりながら告げた。
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「そういうけど、あんただってドレスの後ろ前が逆よ」
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「えっ!?」
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結局、ドレスを着直して、最後に携行荷物の確認もして、管制官のいる執務室に出頭する頃にはほとんど遅刻寸前の時刻になっていた。
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「ハイル・ヒトラー!」
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二人してピンと声を張って敬礼する。ロングブーツの踵が鈍い音をたてた。
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「いよいよ出撃だ。準備はいいかね」
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「お休みになられている先輩方の穴を埋められるよう努力します」
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「頼もしい言葉だ。期待しているぞ、大尉」
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そのまま、私たちは管制官の先導に従って基地の発着場に向かった。ごわごわした分厚い外套が早朝の切り裂くような寒さを一身に受け止めている。空を飛ぶのは気持ちがいいけど、冬はやっぱり寒い。
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発着場では私たちの他に、ドイツ空軍の戦闘機たちが勇ましい唸り声をあげて出撃の時を待っていた。その音を聴いているうちに、淡い白線が視界の左右に戦闘機の輪郭を描きはじめる。フォッケウルフもアラドも、訓練のたびに何度もぺたぺたと丁寧に触ってきたからどんな形をしているのか私にはよく分かる。
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滑走路の上に立った管制官が、プロペラ音に負けない大音声を張り上げる。
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「私、アルベルト・ウェーバー管制官准将の権限により、マリエン・クラッセ大尉、およびリザ・エルマンノ大尉両名に魔法能力の行使を許可する」
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この瞬間、私たちは法的に魔法能力の行使が認められた。
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いよいよ付き添いの兵隊さんが私たちの背中に角ばった無線機を背負わせた。頭には耳をすっぽりと覆うインカム。私はいつか着けたカチューシャのようなものだと思うことにしている。ドレスにはそっちの方が似合う。
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耳に当たるところから流れる、さざ波に似たハムノイズの音が出撃の開始を強く印象づける。
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滑走路の前に立つ。
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「マリエン・クラッセ、出撃します」
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「リザ・エルマンノ、出撃します」
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あたかも戦闘機がそうするように、数メートルほど助走を経てから魔法の力を踵に強く込めた。ふわ、と身体が柔らかく浮かんだのも束の間、私たちの身体はぐんぐん空へと舞い上がって戦闘機の唸りも滑走路の感触も、白い線でできた淡い輪郭も、遠く彼方へと沈んでいった。
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静かな空の旅は突然に破られた。ベルリンから国境を越えてまもなく、ソ連の戦闘機が白い点描を模って姿を現した。その数はイギリスやアメリカの空襲とは比べ物にならなかった。
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<退避! 退避!>
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後方を飛ぶ友軍の戦闘機から漏れた無線の音が、インカムを通して私の耳に入る。直後、爆発音がして鋭く上がった煙が鼻をつく。どこからか放たれた奇襲攻撃がさっそく友軍を撃墜したのだ。
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<旋回!><――マリエン、私たちが先行しないと!><退避!>まずは混線した無線をなんとかしなくちゃいけない。事前の取り決め通り、背中のダイヤルに手を回して周波数を変えた。兵士たちの絶叫がノイズの向こうにかき消えて、すぐにリザちゃんの声だけがはっきり聞こえるようになった。
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<マリエン!>
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「うん、分かってる。行こう」
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急加速して点描の群れを十分に視界に収められる上方を陣取った後、私たちは一斉に両方の手のひらから魔法を放った。
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「びーっ!」
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二人合わせての広範囲魔法はそれなりの成果をもたらした様子だった。熱風と凄まじい轟音から全機撃墜の手応えを得る。
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だが、
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<まだまだ来るわ>
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けたたましいプロペラ音が止む気配は訪れない。遠目に映っていた点描はいつしか、それぞれを見分けられるほどの輪郭を伴って私たちに迫ってきた。
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鋭い機銃の銃弾をくるくると回って回避するも、次から次へとやってくる戦闘機の群れが左右上下を陣取って牽制する。まるで頭を抑えつけられたかのようだ。次第に避ける手段は減っていき、その間にも圧倒的物量の前に友軍の戦闘機が落とされていく。
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「いたっ」
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上から降り注ぐ銃弾の雨が身体を貫いた。ふと、力が抜けて私は地面に急降下を余儀なくされる。ちながら見据えた漆黒の視界の奥から、抜きん出た一機が追撃を試みて追いすがってくる。
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すかさず、ドレスをめくって脚のホルスターからステッキを取り出した。魔法の力を手の先と、脚の両方に込める。
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降下から一転、急上昇を果たした私と戦闘機が交差する。ステッキから伸びた魔法の刃が追い抜きざまに機体を両断した。
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「ふん、甘く見てもらっちゃ困るわ」
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精一杯の去勢を崩れ落ちていく戦闘機に張るも、灯る魔法の刃は危なげに揺らいでいる。そうして、四方八方からまた敵機が襲いかかってくる。
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もう空中では戦えない。
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「リザちゃん――地上に――降りよう――一旦」
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煙幕がてらステッキから乱雑に魔法を放ちつつ、私は草木の生い茂る地面に向かって急降下を始めた。戦闘機たちが輪郭が奥にすぼまって点描に戻っていく。
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木々が私を包み込むような素振りを見せたのは最初だけだった。加速した身体はすぐに森林を突き抜けて木や枝のあちこちにぶつかり、最後に湿り気のある地面にべしゃりと着地した。
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慌てて起き上がり天を仰いでも、視界にはなにも映っていない。さすがに地面までは追いかけてこないらしい。
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「リザちゃん!」
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墜落で無線機が壊れていないか筐体を触りながら叫ぶと、すぐに応答があった。
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<あ、聞こえた。今、どこ?>
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予想外にあっけらかんとした返事に私はちょっとむっとして言い返す。
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「そっちこそ、どこにいるの」
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<木の上にいる。地上は地上でソ連兵がわんさかいるんだもの。あんたも気をつけて>
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ざわざわとしたノイズ混じりの声と入れ替わりに、確かにあちこちから聞き慣れない言葉が聞こえてきた。
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言われるがままに私も飛び上がり、手頃な枝の上に乗った。
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