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@ -47,7 +47,7 @@ tags: ['novel']
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そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないのだ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だ、と恨み節を上げる投稿がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が戦場に呼びつけるなどそもそもが言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵制を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧々諤々にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、自由世界を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
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世間は彼女が招集に応じるかどうか半々と見ていたが、特に悶着もなく驚くほどあっさり合意した。その日、各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた一年間の軍事教練もきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
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今のところ、なぜ戦争に行くのかという肝心の質問には曖昧な回答を繰り返している。愛国心がどうとかなんとか、みたいな話も彼女の世代では歓心を買いづらいだろう。下手にダサい物言いをすれば一日の間にフォロワーが七桁は減る。もっとも、今となっては数億人のフォロワー数を誇る彼女にはどのみち関係がなさそうである。いずれにしても理由は分かっていない。若い世代を代表するアイドルであり、女優であり、兵器であり、広告塔でもある彼女の本心は謎に包まれている。
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もし、そいつが掴めたら私もしがないフリーライターから脱出できるのだが。
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もし、そいつが掴めたら私もしがないフリーライターから脱出できるのだが。こんなに安っぽい茶色のジャケットを着ているのは基地内では私くらいだ。稼ぎが少なすぎてジャケットすら満足に買い換えられない。
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「ところで、ジョン・ヤマザキさん。あなたは日系人?」
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不意にエスニックな出自を聞かれて少々たじろいだ。そういうセンシティブな質問をされたからには多少は打ち解けているのかもしれない。
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「おや、フランクにいっても良さそうな雰囲気ですかね。じゃあそうしよう。たぶん、まあ、そうだろうと思うよ。元を辿ればね」
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会見の内容は淡々としていた。まず、展開が中止されていた地上軍を再編して一個中隊規模をかの地に投入するという。圧倒的に強いとはいえ”無垢な少女”を一人で戦地に向かわせる構図に広報担当経由でなんらかの改善要求が入ったのか、急きょ事実上の随伴歩兵をあてがう形を作ったらしい。味方の死傷者を増やしたくないから撤退させたのに、ここへきてそのリスクを増やしたがるとは世間様の考えはつくづく理解不能だ。各SNSの感情解析データはどれも、この発表直後五分以内において良好な数値を指し示している。
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次に、今回の作戦をスポンサードしてくれた各国企業の紹介と宣伝。一社あたり三分足らずとはいえ参画企業がかなり多かったのでだいぶ時間がかかった。防具となる複合素材スーツを提供している日本のメーカーはスポンサードにスポンサードを重ねたみたいで、デザイン部分についてはテレビ局と共同で企画開発したと説明していた。さっそくスーツを着て現れた彼女が、数マイル先からでも視認できそうなビビットな色彩をまとっていたのはそのためだ。調べてみるとタイアップしているアニメキャラクターの画像が出てきた。彼女とは似ても似つかないが確かに衣装の見た目はよく似ている。やや趣が違うもののちゃんとスカーフも付いている。
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実際、彼女が敵から発見されようがされまいが大した差はない。M1エイブラムス戦車の主砲が直撃しても無傷でいられる不滅の身体は広告にはうってつけだ。そういう事情もあって、彼女のビビットなスーツにはスポンサード企業のロゴが所々に刻まれている。まるでF1レーサーみたいだ。よく映る上半身の方ほど協賛金も大きいのだろう。
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続けて、作戦の収支報告が行われた。無人機のストリーミング配信はなにげに馬鹿にならない利益を上げていたがそれでも累積赤字を埋めるほどには至っていなかった。そこで、今回は随伴歩兵のボディカメラでもストリーミング配信を行って収益を改善させるほか、VRコンテンツを開発している各企業に三次元データを販売するとのことだった。ついでに、歩兵の心拍や表情の動きなども常時モニタリングして関連業界のスポンサード企業に提供される計画になっている。
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こうして得られた収益の一部は資金運用にも用いられ、それ自体も再販可能な債権として売り出される。主に再販を手掛けるのはもちろんスポンサード企業に名を連ねている銀行や証券会社だ。かつてSDGsという持続可能性や資源の再利用を象徴するフレーズが流行っていたが、今回の作戦はまさにそれの鑑と言えるに違いない。骨にこびりついた肉の一片をも丁寧にしゃぶりつくし、骨からも出汁をとるような心構えには感服せざるをえない。さっそく市場を見てみると、スポンサード企業の株価が軒並み上昇していた。
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ここまで順調に進んでいた会見は、話し手が将校に変わったあたりで途端に雲行きが怪しくなった。「急な話で申し訳ないが今回は報道各社の皆さんにもご協力を仰ぎたい」その一言で今までコンテンツを中継する立場でしかなかった我々の座席に、さあっと視線が投げかけられた。
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突然の話に我々一同困惑を隠しきれずにどよめいていると、将校が有無を言わせない朗らかな態度で話しはじめた。
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「今回、主要スポンサード企業からの強い要請を受けて、国連軍指定魔法能力行使者、つまり、メアリージョンソン大尉のコンテンツ化をより促進させる方針を固めました。つきましては、彼女を撮影取材する従軍記者を募集したい」
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まるでそれぞれの言葉が細切れに分かれたワードサラダみたいに聞こえる。周囲のざわつきが臨界点に達した後、たまらず誰かが挙手もせず発言をした。
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「先ほどの説明では歩兵にボディカメラがついているのでは」
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実際、彼女が敵から発見されようがされまいが大した差はない。M1エイブラムス戦車の主砲が直撃しても無傷でいられる不滅の肉体は広告塔にうってつけだ。そういう事情もあって、彼女のビビットなスーツにはスポンサード企業のロゴが所々に刻まれている。まるでF1レーサーみたいだ。よく映る上半身の方ほど協賛金も大きいのだろう。
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続けて、作戦の収支報告が行われた。無人機のストリーミング配信はなにげに馬鹿にならない利益を上げていたがそれでも累積赤字を埋めるほどには至っていなかった。そこで、今回は随伴歩兵のボディカメラでもストリーミング配信を行って収益を改善させるほか、VRコンテンツを開発している各企業に三次元データを販売するとのことだった。ついでに、歩兵の心拍や筋肉の動きなども常時モニタリングして関連業界のスポンサード企業に提供される計画になっている。
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こうして得られた収益の一部は資金運用にも用いられ、それ自体も再販可能な債権として売り出される。主に再販を手掛けるのはもちろんスポンサード企業に名を連ねている銀行や証券会社だ。
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かつて「SDGs」という持続可能性や資源の再利用を象徴するフレーズが流行っていたが、今回の作戦はまさにそれの鑑と言えるに違いない。骨にこびりついた肉の一片をも丁寧にしゃぶりつくし、骨からも出汁をとって出し殻も売りつけるような心構えには感服せざるをえない。さっそく市場を見てみると、スポンサード企業の株価が軒並み上昇していた。
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ここまで順調に進んでいた会見は、話し手が若い将校に変わったあたりで途端に雲行きが怪しくなった。「急な話で申し訳ないですが、今回は報道各社の皆さんにもご協力を仰ぎたいと思っております」その一言で今までコンテンツを中継する立場でしかなかった我々の座席に、ざっと視線が投げかけられた。
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突然の話に報道関係者一同困惑を隠しきれずにどよめいていると、将校が軍人らしからぬ滑らかな口調で話しはじめた。
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「今回、主要スポンサード企業からの要請を受けて、国連指定魔法能力行使者、つまり、メアリー・ジョンソン大尉のコンテンツ化をより強力に推進する方針を固めました。つきましては、彼女を撮影取材する従軍記者を募集します」
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まるでそれぞれの言葉が細切れに分かれたワードサラダみたいに聞こえる。周囲のざわつきが臨界点に達する。たまらず誰かが挙手もせず発言をした。
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「先ほどの説明によると歩兵にボディカメラがついているのでは」
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しかし、将校の返答は明らかに予想問答を経た淀みのないものだった。
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「各兵士の撮影映像はコンテンツの趣旨が異なるので彼女を主に映し続けるわけにはまいりません。それから――」
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「各兵士の撮影映像はコンテンツの趣旨が異なるので彼女を主に映し続けるわけには参りません。それから――」
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「あの魔法少女にもカメラがついているじゃないか」
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また誰かが将校の発言を遮ってしゃべったが、彼が無言でひと睨みすると黙った。一瞬で笑顔に舞い戻った将校が話を続ける。
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「それから、ちょうど今ご指摘があったように、メアリー・ジョンソン大尉のボディカメラは彼女の視点をコンテンツ化するものであって、彼女をコンテンツ化するものではございません。以上の理由から、彼女と共に行動して撮影する専従の要員が求められているのです」
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また誰かが将校を遮ってしゃべったが、彼が無言でひと睨みすると黙った。一瞬で笑顔に舞い戻り話が続けられる。
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「――それから、ちょうど今ご指摘があったように、メアリー・ジョンソン大尉のボディカメラは彼女の視点をコンテンツ化するものであって、彼女をコンテンツ化するものではございません。以上の理由から、彼女を撮影する専従の要員が求められているのです」
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今度は他の記者が丁寧に挙手をした。指名を受けて立ち上がった記者は大手新聞社の社名を名乗ってから質問をした。
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「なにも生身の人間が撮影しなくてもドローンなどで撮影すればよいのでは」
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もっともな意見だ。報道陣も一様に頷いて見せる。だが、将校の切り返しはすばやい。
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「皆さんも承知の通り、かの地のインフラ設備は十二年遅れています。衛星経由で操縦できない装置に役割を委ねるわけにはまいりません」
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そうだった。TOAの支配領域内は未だに旧式の5Gネットワークがそのまま使われている。互換性は保たれているためストリーミング配信程度なら問題ないが、軍事に関わる重要な通信はすべて携帯型の衛星ネットワーク設備を経由していう。言うまでもなくドローンの操縦は後者に該当する。自動操縦の技術はまだ信頼度が低い。
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これらすべてを解決しうる技術を開発するために今さら余計な時間と費用を投じるくらいなら、そこらの記者を一人捕まえて戦場に投げ込んだ方が経済的合理性に適うだろう。言われてみればその通りだ。
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おおかた、報道陣各位が同様の結論に至ると会場内は静かになった。そこで将校が繰り返し尋ねる。「では、誰か、ぜひ立候補を。録画や取材で得た内容は我々に提供してもらいますが、各自そちらの方で自由に使って構いません」
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突如もたらされた破格の条件に、何人かの記者が颯爽と起立した。その顔ぶれを眺めると、いかにも毎日筋トレを欠かさずやっているような血色の良い白人男性ばかりが視界に入る。逞しく筋骨隆々で顎もシャープ。それでいて有害な男らしさはみじんも見せず、デカいくせにむしろコンパクトな印象を受ける。そして、顔にはお決まりの最新スマートグラスだ。「男性2.0」の理想像がショーウインドウされているかのようだった。彼らは決して政治的に間違えない。顔にへばりついているメガネが「正しい会話」の例を逐一サジェストしてくれるからだ。私の稼ぎでは本体代こそなんとか出せても機械学習ツールのサブスク料金は払えない。彼らはどうせ会社に払ってもらっているのだろう。
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「ただ撮影すればいいだけならそうでしょう。しかし、ストリーミング配信のリアクション解析で得られた各種情報から、視聴者が求めているのは圧倒的なライブ感、リアル感だということが分かっています。ここだけの話、無人機の方の視聴者数は減少傾向にあるのが実情です」
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インターネットの蛇口をひねれば無料の娯楽がだばだばと溢れ出してくる時代、反復的に爆弾を落として窪んだ地表を映すだけの配信コンテンツがそう長持ちするわけがないのは、言われてみれば確かな話に思える。
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イベント企業のプレゼンで新規企画の立ち上げを発表するかのような若い将校の口ぶりも、要するに視聴者はもっと文字通り血湧き肉躍る映像を求めているということだろう。
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大方、報道陣各位が同様の結論に至ると会場内は静かになった。そこで将校が繰り返し尋ねる。「では、誰か、ぜひ立候補を。もちろん諸々の免責事項には同意して頂きますが、うまくいけばインフルエンサーの仲間入りですよ」
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将校に促されて、何人かの記者が颯爽と起立した。顔ぶれを眺めるといかにも毎日筋トレを欠かさずやっているような血色の良い白人男性ばかりが視界に入る。逞しく、筋骨隆々で、顎もシャープ。それでいて有害な男らしさはほのかにも漂わせず、デカいくせにむしろコンパクトな印象を受ける。そして、顔にはお決まりの最新スマートグラスだ。さながら「男性2.0」の理想像がショーウインドウされているかのようだった。彼らは決して政治的に間違えない。顔にへばりついているメガネが「正しい会話」を逐一サジェストしてくれるからだ。私の預貯金では本体代こそなんとか出せても専用LLMツールのサブスク料金は到底払えない。彼らはどうせ会社に出してもらっているのだろう。
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私は割と聞こえるくらいの音量で舌打ちをした。ここまできて計画が台無しになってしまった。
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今回の作戦をつつがなく終わらせた彼女に後で正式な取材を仕掛ける予定だったのに、スマートグラス装備の完全無欠な白人男性様の記者が半日も張り付いて回られたら打つ手はない。この中にいるラッキーな誰かは日が沈むまでにメアリー・ジョンソン大尉の専属記者に成り上がって、彼女についてのありとあらゆる情報を独占していることだろう。その頃には私の名字がヤマザキだったかタナカだったかなんてどうでもいい話になっている。
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今回の作戦をつつがなく終わらせた魔法少女に後で正式な取材を仕掛ける予定だったのに、スマートグラス装備の完全無欠な白人男性様の記者に一日、二日も張り付かれたら勝ち目はない。この中にいるラッキーな誰かはやがて彼女の専属記者に成り上がり、魔法少女に関する一切の情報を独占していることだろう。その頃には私の名字がヤマザキだったかタナカだったかなんてどうでもいい話になっている。
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くそっ。私はまた舌打ちした。AIとは名ばかりのマルコフ連鎖風情に舌打ちのニュアンスが理解できるならやってみるがいい。一回目はやつらに対して、二回目は自分に対してだ。
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しかし彼らはただ落ち着いた佇まいで事の推移を見守っていた。将校は満足げに微笑んで言う。
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「では、立候補して頂いた方から直ちに選考に入らせてもらいます。選考結果は――」
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「待って。一ついいかしら」
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またぞろ将校に横槍が入れられた。彼はなにかと会話を遮られる定めにあるらしい。ところが今回、話の続きを阻んだのは報道陣ではなく会場内の民間人でもなく、真横に立ってスーツをアピールしていたメアリー・ジョンソン大尉だった。
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しかし彼らは矮小な私になどてんで気を払わず、落ち着いた佇まいで事の推移を見守っていた。将校は満足げに微笑んで言う。
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「では、立候補して頂いた方には直ちに選考のご案内をいたします。選考結果は後日――」
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「待って。ちょっといいかしら」
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またぞろ将校に横槍が入れられた。今日の彼は会話を遮られる定めにあるらしい。ところが今回阻んだのは報道陣ではなく、会場内の民間人でもなく、真横に立ってスーツをアピールしていた魔法少女――メアリー・ジョンソン大尉だった。
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「メアリー大尉……? その、なにか」
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さしもの将校も作戦の最重要人物による質問とあっては無碍にはできない。高品質に保たれたビジネスフェイスが崩れ去り、人間らしい焦燥を見せる。当の本人はそれを知っているのかいないのか、意を決したふうに言う。
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「その従軍記者、私が選びたいわ」
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再びどよめく会場。今度こそ絵になる台詞が聞けそうだと連中のスマートグラスが即時録画モードに切り替わる。
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「だって、今から人を選んでどうこうなんてやっていたらまた何週間もかかってしまうもの。今日、すぐに作戦を実行すべきよ。敵に時間を与えていたらそれだけ対策する手間を与えてしまう」
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戦略級魔法能力行使者に対策もなにもあったものか、と当然の突っ込みが頭をよぎるが、彼女の女優譲りのピンと張り詰めた声色がこの上なく動画映えするのも間違いない。言っていることも理屈の上では正論だ。そんな感じの考えが誰の脳裏にも描かれている間に、彼女の選考は終わり、すぐさま選考結果が公に通知された。
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「そこにいる人、あなた。しわっぽい焦げ茶のジャケットを着ている。いや、あなただって」
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びっと高らかに人差し指を突き出した方向が自分のいる位置にずいぶん近かったので、まずきょろきょろと左右を見回し、それから背後にも首を回したが『焦げ茶のスーツ』を着ている人物は見当たらなかった。
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さしもの将校も作戦の最重要人物による質問とあっては無碍にはできない。高品質に保たれたビジネスフェイスが崩れ去り、にわかに人間らしい焦燥を見せる。彼女はそれを知っているのかいないのか、意を決したふうに言う。
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「その従軍記者、私が選ぶわ」
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再びどよめく会場。今度こそ絵になる台詞が聞けそうだと言わんばかりに連中のスマートグラスの縁が光り、次々と撮影モードに切り替わる。
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「だって、今から人を選んでどうこうなんてやっていたらまた何週間もかかってしまうもの。今日、すぐに作戦を実行すべきよ。敵に時間を与えていたらそれだけ対策する隙を与えてしまう」
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戦略級魔法能力者相手に対策もなにもあったものか、と当然の突っ込みが頭をよぎるが、彼女の女優譲りのピンと張り詰めた声色がこの上なく動画映えするのも間違いない。言っていることも理屈の上では正論だ。そんな感じの考えが誰の脳裏にも描かれている間に彼女の選考は終わり、すぐさま選考結果が公に通知された。
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「そこにいる人、あなた。しわっぽい茶色のジャケットを着ている。いや、あなただって」
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びしっと高らかに人差し指を突き出した方向が自分のいる位置にずいぶん近かったので、まずきょろきょろと左右を見回し、それから背後にも首を回したが『茶色のジャケット』を着ている人物は見当たらなかった。
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私以外には。
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「ジョン・ヤマザキさん。あなたが私専属の従軍記者です」
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どうやら種が芽吹いたらしい。
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「ジョン・ヤマザキさん。あなたが私の従軍記者です」
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どうやら、種が芽吹いたらしい。
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@ -121,102 +122,108 @@ tags: ['novel']
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「紛争地域などでの取材経験は?」
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「ありません」
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「なるほど」
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急きょ応対にあたった事務方の職員がバックグラウンドチェックで得られた私の経歴を参照しつつ、スマートグラス越しに自己申告情報をてきぱきと打ち込んでいく。空中に浮かぶ仮想のキーボードは装着者本人にしか見えないとはいえ、タイピングしている指の動きを見ていればだいたいなにが書かれているのか想像がつく。
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急きょ応対に当たった事務方の職員がバックグラウンドチェックで得られた私の経歴を参照しつつ、スマートグラス越しに自己申告情報をてきぱきと打ち込んでいく。空中に浮かぶ仮想のキーボードは装着者本人にしか見えないとはいえ、タイピングしている指の動きを見ていればだいたいなにが書かれているのか想像がつく。
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「ちなみに、今回のオファーについてどのようにお考えですか?」
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神経質に指がぴたりと静止して視線の先が私に向けられる。こうなったらやぶれかぶれだ。こんな大チャンスをふいにするライターがどこにいる。
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「ええ、もちろんお受けするつもりです。確かに私はこの種の経験が浅いですが、誰にでも最初はあるものです。私の場合、たまたまそれが今回の作戦だったのでしょう」
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神経質に両手がぴたりと静止して視線の先が私に向けられる。こうなったらやぶれかぶれだ。こんな大チャンスをふいにするライターがどこにいる。
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「ええ、もちろんお受けするつもりです。確かに私はこの種の経験がまったくありませんが、誰にでも最初はあるものです」
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「なるほど」
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さらに何行かの文字を打った後、職員の彼女は脇から取り出したタブレット端末を差し出してきた。
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「では、こちらに署名をお願いします。私ども国連組織は、今回の作戦の参加に際して被る損害、事故、怪我および疾病、後遺症、死亡等に一切の責任を負いません。いかなる民間保険でもこれらは補償されませんので前もってご了承ください」
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殺風景なタブレットの画面に私は黙々とサインを刻みつけた。私の入っている保険はもともと歯科しかカバーしていない最安のプランだ。インフルエンザの治療薬に一〇〇〇ドル近い費用を要求する彼らが、戦地で負った怪我を補償するなど天地がひっくり返っても起こりえない。他にもいくつかのサインを機械的に施して、私は自身の権利を自らの手によって一枚ずつ剥ぎ取っていった。
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さらに何行ぶんかの文章を打った後、職員の彼女は脇から取り出したタブレット端末を差し出してきた。
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「では、こちらに署名をお願いします。私ども国連組織は、今回の作戦の参加に際して被る損害、事故、怪我および疾病、後遺症、死亡等に一切の責任を負いません。公的、民間を問わずいかなる保険制度でもこれらは補償されませんので前もってご了承ください」
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タブレットの殺風景な白画面に私は堂々とサインを刻みつけた。私の入っている保険はもともと歯科しかカバーしていない最安のプランだ。インフルエンザの治療薬一つにさえ保険金を出し渋る彼らが、戦地で負った怪我を負担するなど天地がひっくり返っても起こりえない。他にもいくつかのサインを機械的に施して、私は自身の権利を自らの手によって一枚ずつ法的に剥ぎ取っていった。
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「以上で事務手続きは完了です。念の為に言っておきますが、これよりあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮統制下に入ります。作戦行動中は任務遂行の妨げにならないようご注意ください」
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「せいぜい努力するよ」
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基地の外ではすでに頭部、胸部、背面に大小のカメラを取り付け、戦闘用グラスを装着したの一個中隊が整列して待っていた。「PRESS」と大きく太字でペイントされた、規定の防護服に身を包んだ私はいつもより物理的に重い足取りでそちらへ近づく。件の彼女の指揮下に入っていても、TOAの領域内に入るまでは中隊の戦闘車輌に乗り込む手はずになっている。私の姿を認めると、さっそく四人いるそれぞれの小隊長が手短に挨拶をしてくれた。
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「これであなたもコンテンツ化された一員ですな」
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基地の外ではすでに頭部、胸部、背面に大小のカメラを取り付け、軍事用グラスを装着した一個中隊が整列して待っていた。「PRESS」と大きく太字で印字された、規定の防護服に身を包んだ私はいつもより物理的に重い足取りでそちらへ近づく。作戦行動中は中隊の戦闘車輌に乗り込む手はずになっている。私の姿を認めると、四人いる小隊長が手短に挨拶をしてくれた。
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「まさかいきなり大注目のストリーマーに仕立てられるとはお互い大変ですね」
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そのうちの一人、エドガー少尉が皮肉まじりに私のカメラを顎でしゃくった。
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「不運にも命を賭けないと金を稼げない身分でね」
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すかさず私も皮肉で応じる。
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「我々は敵との戦いをコンテンツに、大尉は我々との活動をコンテンツに、あなたは大尉をコンテンツにする。持ちつ持たれつでいきましょうや」
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「だとしたら、敵はなにをコンテンツにするんだろうな」
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私のすっとぼけた疑問に彼は笑っていない目で、はは、と乾いた笑いを発した。
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「やつらはそれが嫌だからああなったんでしょう」
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「あいつらに『PRESS』なんて文字が読めるのかな」
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「まあ、相手がなんであれ国際法ですからね」
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最後に、いよいよ戦略級魔法能力行使者こと魔法少女、メアリー・ジョンソン大尉が姿を現した。公衆の面前での劇的な指名の後、私はすぐさま国連職員に取り囲まれたため一言もしゃべっていない。なんであれ真っ先に聞くのは「なぜ並みいる男性2.0たちを差し置いて私を指名したのか?」であるべきだが、実際に口から出たのはてんで些末な挨拶だった。
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「やあ、調子はどうかな」
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「生理中で睡眠不足で最悪。今にも世界を滅亡に追い込みそう。なんてね」
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すでにカメラが回っているかのような気の利いた冗談に少々たじろいたが、言わずもがな彼女は女優だった。「そういうあなたは?」と水を向けられたからには、こちらも印象的な人物を演じないわけにはいかない。
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最後に、いよいよ戦略級魔法能力者こと魔法少女、メアリー・ジョンソン大尉が姿を現した。公衆の面前での劇的な指名の後、私はすぐさま国連職員に取り囲まれたため一言もしゃべっていない。なんであれ真っ先に聞くのは「なぜ並みいる男性2.0たちを差し置いて私を指名したのか?」であるべきだが、実際に口から出たのはごくつまらない質問だった。
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「やあ、出陣を前にして気分はどんな感じかな」
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「生理痛で睡眠不足で最悪。今にも世界を滅亡に追い込みそう。なんてね」
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もうカメラが回っているかのような気の利いた冗談に気圧されかけるも、言わずもがな彼女は女優であった。「そういうあなたは?」と水を向けられたからには、こちらも印象的な人物を演じないわけにはいかない。
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「いや、暑すぎて参ったね。君のそのスーツは涼しそうでなによりだが、こっちはこんなのを着せられてたまらないよ。良かったら私のと交換しないか」
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夏真っ盛りの本日、気温は軽々と三〇度を越えていた。彼女はくすり、とはにかむ。
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「いいけど、こう見えても三〇〇ポンドくらいあるし、背面を溶接してるのよこれ」
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さすが、戦略兵器が着る服は格が違った。
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夏真っ盛りの本日、元々の土地柄も相まって気温はゆうに三〇度を越えていた。彼女はくすり、と微笑んだ。
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「いいけど、こう見えても重さが三〇〇ポンドくらいあるし、背面を溶接してるのよこれ」
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さすが、生きた戦略兵器のために作られた防護服は格が違った。
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「困ったな。クーラーの効いた戦闘車輌から一歩も出ないで済む方法は他にないものかね」
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阿吽の呼吸で彼女の表情がわざとらしく険しくなる。
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「思ったよりやる気がなさそう。今からでも別の記者に変えようかしら」
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「なんだか思ったよりやる気がなさそう。今からでも別の記者に変えようかしら」
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「じゃあ、もう一人増やして外出役と留守番役で分けよう。私が留守番役で、外出役のやつから話を聞く」
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取り留めのない応酬が続くも、適切な質問は繰り出せないまま彼女は一足先に作戦行動に赴いた。滑走路の手前から奥に向かって、徒競走のクラウンチング・スタートをする要領で駆け出すとあっという間に大空に飛び立った。目視できなくなるほど小さくなるまでに一分とかからなかった。
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彼女が空を飛んだり、なにかを壊す様子はYoutubeのPR動画で何度も観たことがあるが、直に目の当たりにしたのはこれが初めてだ。ただのティーン・エイジャーにしか見えない彼女が戦略級兵器に変身した瞬間と言える。我々もさっそく各自の戦闘車輌に乗り込んで後を追った。先のエドガー少尉が手招きして呼んでくれたので、彼の隣に便乗する格好となった。
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白黒黄色の大の男たちがたっぷり何人乗り込んでも、戦闘車輌のクーラーは隅々まで効いていて心地が良い。各自の歩兵と車輌の上部についたカメラはすでにストリーミング配信を開始している。とりあえず、エドガー少尉の胸元に向かって営業スマイルを送り込んでやる。「ハーイ、今回、作戦に同行することになったフリーライターのジョン・ヤマザキだ。彼らが今から連中をぶちのめしてくれる」
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取り留めのない応酬を続けていても、なかなか適切な質問が繰り出せないまま彼女は一足先に作戦行動に移ってしまった。滑走路の手前から奥に向かって、徒競走のクラウンチング・スタートの要領で駆け出すとあっという間に大空に飛び立った。目視できなくなるほど小さくなるまでに一分とかからなかった。
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彼女が空を飛んだり、なにかを壊す様子はPR動画で何度も観たことがあるが、直に目の当たりにしたのはこれが初めてだ。”無垢な少女”が兵器に変身した瞬間と言える。我々もさっそく各自の戦闘車輌に乗り込んで後を追った。先のエドガー少尉が手招きして呼んでくれたので、彼の隣に便乗する格好となった。
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大の男たちがたっぷり何人乗り込んでも、戦闘車輌のクーラーは隅々まで効いていて心地が良い。各自の歩兵と車輌の上部についたカメラはすでにストリーミング配信を開始している。とりあえず、少尉の胸元に向かって営業スマイルを送り込んでやる。
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「やあ、今回の作戦に同行することになったフリーライターのジョン・ヤマザキだ。彼らが今から連中をぶちのめしてくれる」
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エドガー少尉はやや間を置いてから真っ黒な顔に白い歯をのぞかせ、苦笑いをした。
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「”お前はなにをするんだ”ってツッコまれてますよ」
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「ああ、やっぱりそのグラスにコメントが映っているのか」
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「衛星から降ってくる戦闘情報の邪魔にならないよう直近のコメントだけですがね」
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「戦闘情報の表示の邪魔にならないよう直近のコメントだけですがね」
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「じゃあ、この会話もLLMの助けを借りて成り立っているのかな」
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私の意地悪な質問に、彼はさっと首を振りニカッと笑う。
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「あんなもの戦闘にはなんの役にも立ちませんよ。ここではファックもシットもウエポンフリーです」
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私の意地悪な質問に、彼はさっと首を振る。
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「あんなもの殺し合いにはなんの役にも立ちませんよ。戦場ではファックもシットもウエポンフリーです」
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「なるほどね、趣味が合いそうだ」
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「さすが”魔法少女”に選ばれただけあって変わり者ですね」
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おやおや、とわざとらしく身を乗り出す仕草をして核心に迫る。
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「エドガー少尉は”魔法少女”に詳しいのかな。もしや訓練時から関わりが?」
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しかし、そこはさしもの軍人。ガードは固かった。
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「はっは、その手は食いませんよ。彼女に関することは我々はなにも喋りません。年金が惜しいですからね」
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礫砂漠同然のごつごつとした荒道を進み続けて一時間、ようやくTOAの支配領域が近づいてきた。
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TOAと近隣諸国との国境は隔絶されている。比喩ではない。敵方の魔法能力行使者が文字通り、彼らの主張する国境線に沿って深さ約一マイルの絶壁を掘ったのだ。いくつかの場所には橋がかけられていて、陸路で通行したければそこを通る以外に手段はない。もちろん、そこには重武装の兵士たちが常時控えている。普段は入念なチェックを経た上で民間人の「入国」も許されているし、一時期は旅行がブームになっていたこともあるが、例の国連安保理決議が採択されてからは人通りが途絶えた。
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おやおや、とあからさまに身を乗り出す仕草をして核心に迫る。
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「さてはエドガー少尉は”魔法少女”に詳しいのかな。もしや訓練時から関わりが?」
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しかし、そこはいっぱしの軍人。ガードは固かった。
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「はっはっは、その手は食いませんよ。彼女に関することは我々はなにもしゃべりません。年金が惜しいですからね」
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砂漠同然の荒野を進み続けて一時間、ようやくTOAの支配領域が近づいてきた。
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かの地と隣国との国境は隔絶されている。比喩ではない。敵方の魔法能力者が文字通り、彼らの主張する国境線に沿って深さ約一マイル、長さ約半マイルの絶壁を掘ったのだ。いくつかの場所には橋がかけられており、陸路で通行したければそこを通る以外に手段はない。もちろん、そこには重武装の部隊が常時控えている。”建国”当初は比較的往来が自由で奇特な移住希望者や旅行者で賑わっていた時期もあったものの、例の国連安保理決議以降は人通りが途絶えてしまった。その上、この物々しさでは誰も寄り付きようがない。
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国境線の数マイル手前で戦闘車輌が次々と停止する。灼熱の荒野に足を踏み出すと、さっそくエドガー少尉が部下たちに号令をかける。
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「まもなくジョンソン大尉が橋の上の軍勢を一掃する。それまでは奇襲に備えて各自待機」
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まるで頃合いを図ったかのように遠くの空がぴかぴかと光りだした。こんな白昼に落雷――というわけではなく、もちろん彼女が戦闘を開始する兆候である。しかしこんな遠目ではなにをしているのか分からない。
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そういえば、彼女のボディカメラはもうストリーミング配信中に違いない。ポケットからスマートフォンを取り出して彼女のYoutubeチャンネルにアクセスする。画面上ではまさしく、墨を塗りつぶしたように漆黒の国境線に向かって彼女が急降下を始めるところだった。これみよがしに片手に集めた魔力の塊を見せつけるのは、おそらく視聴者に対するサービスなのだろう。ばちばちばちとスピーカー越しに爆ぜるその塊が、視界に橋が大きく映り込んだと同時に解き放たれた。
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轟音。よくできたCGと比べるとなぜか嘘っぽく見える衝撃波とともに、橋の奥に控えていた小隊規模の兵士たちが一瞬で炭化した。
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空中で静止した彼女が耳のインカムに向かって言う。
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「0A、目標の排除が完了」
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入れ違いに、スピーカーではなく近場に立っていたエドガー少尉もインカムに応える。
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「まもなく大尉が橋の上の敵勢力を一掃する。それまでは各自待機」
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ちょうど頃合いを図ったかのように遠くの空がぴかぴかと光りだした。こんな晴天の白昼に雷鳴――というわけではなく、もちろん彼女が戦闘を開始する兆候である。しかしこんな遠目ではなにをしているのか分からない。
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そういえば、彼女のボディカメラはもうストリーミング配信中に違いない。ポケットから電話を取り出して彼女のチャンネルにアクセスする。本来ならオフラインでもおかしくない場所だが、車載の衛星通信機材が電波を発しているおかげでマンハッタンのど真ん中よりも高速にインターネットが使える。
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画面上では、暗い国境線に向かってまさに彼女が急降下を始めるところだった。これみよがしに手のひらの紫の塊を見せつけるのは、きっと視聴者に対するサービスなのだろう。ばちばちばちとスピーカー越しに爆ぜる魔法の砲弾が、視界に橋が大きく映り込んだと同時に解き放たれた。
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轟音。よくできたCGと比べると微妙に嘘っぽく見える衝撃波とともに、橋の奥に控えていた小隊規模の兵士たちが一瞬で炭化した。
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空中で静止した彼女がインカムに向かって言う。
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「0A、敵勢力の排除が完了」
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入れ替わりに、スピーカー越しにではなく隣に立つエドガー少尉の声が直に聞こえた。
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「1B、了解」
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ふと目が合った彼は自嘲をにじませつつ言った。
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ふと目が合った彼は自嘲がちに言った。
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「ま、ざっとこんなもんです。せいぜいお互いに無駄死には避けましょう」
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かりかりに焼けた死体を戦闘車輌で轢き潰しながら無事に「入国」を果たした後、いくつかの渓谷地帯を抜けるとごく平穏そうな地方都市の風景が見えてきた。「ここからは徒歩で行きましょう。スポンサーのためにね」と言う少尉の言葉に従って、ついに快適な社会に今生の別れを告げる。どれほどの速度で滑空したのやら、舗装路に鉄球をぶつけたようなクレーターをズドンと穿って彼女も降りてきた。さっそく私はボディカメラをオンにする。配信関連の手続きは設定済みらしいので、これでもう全世界数十億人の前に彼女の姿が映っているはずだ。
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「皆さんご存知の魔法少女ことメアリー・ジョンソン大尉です。実は彼女は体重が5トンもあるのでご覧の通り、コンクリートにへこみが――」
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かりかりに焼けた死体を戦闘車輌で轢き潰しながら無事に「入国」を果たした後、でこぼこした道路を進むと平穏そうな地方都市の風景が見えてきた。「ここからはしばらく徒歩で行きましょう。スポンサーのためにね」と皮肉っぽく言う少尉の言葉に従って、快適な車内にしばしの別れを告げる。どれほどの速度で落下したのやら、舗装路に鉄球をぶつけたようなへこみをドスンと穿って彼女も降りてきた。さっそく私はボディカメラをオンにする。配信関連の手続きは設定済みらしいので、これでもう全世界数億人の視聴者の前に彼女の姿が映っているはずだ。
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「皆さんご存知の魔法少女ことメアリー・ジョンソン大尉です。実は彼女は体重が五トンもあるのでご覧の通り、歩くたびコンクリートに陥没が――」
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「ちょっと、なに適当なこと言ってるの」
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表情こそ基地の頃と同じく笑っているが、目は全然笑っていなかったので全速力で後ずさった。
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「すいません、嘘です。本当は公称通り一二〇.七ポンドです」
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時計とSNSを連動させて自動投稿しているであろう数値を下二桁まで読み上げるとようやく彼女は落ち着いた。
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先頭を魔法少女、最後方を戦闘車輌で固めての行軍が始まった。私はストリーミング配信のために二番目の位置を歩いている。もし敵の掃射が守られていない首より上に当たったら即死だが、飄々と言う「弾より私の方が速いから」との力強い声に説得されて、なんとかこの立ち位置に踏みとどまっている。
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途中、オオバナミズキンバイが咲いたこじんまりとした公園をくぐり抜けて、さらに別の大通りに進んだ。この地の住民は先日までに配信された緊急避難メッセージを読んで逃げたのかも知れない。念には念を入れて無人機で紙のビラを撒く案もあったが資源の無駄遣いとの批判を受けて中止された。
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灼熱の日差しがじりじりと首筋を焼き焦がす。周りの兵士たちの小銃は神経質に水平に保たれている。今ここで、奥の街角からひょいと現地住民が顔を出したらどうなるだろうか。国際連合安全保障理事会決議一六七八は非武装の者の殺傷を認めていないものの、この地で武装していない民間人は珍しい。文言に「非戦闘員」や「非軍属」と記されなかったのはそのためだ。わずか数秒の間に区別がつくのは武器を持っているかどうかくらいしかない。
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それにしても全員無言でずっと魔法少女の背中を映し続けているのは撮れ高が良くないんじゃないか。太陽に照らされて光り輝く複合素材スーツの背面を眺めていると、頃合いよく彼女が振り向いた。カメラに向かって満面の笑みでポース。決して私に対してでなくともそこはかとなく気分は良い。
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「皆さん、ここが敵地の最前線です。大人の人たちには懐かしい街並みかもしれませんね、この通り今は不正に占領されているので閑散としていますが、解放された暁にはまた賑わうでしょう。ほら、ヤマザキさん、振り向いて」
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今の私は全身が立脚みたいなものなので、カメラアングルを大きく変えるには身体ごと動かざるをえない。言われるままにすると大粒の汗を額に浮かばせながら歩く兵士たちの列が見えた。
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「すいません、嘘です。本当は公称通り一二〇.七一ポンドです」
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時計とSNSを連動させて自動投稿しているであろう数値を下二桁まで読み上げるとなんとか彼女は落ち着いた。
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先頭を魔法少女、後方を戦闘車輌で固めての行軍が始まった。私は今回の役割のために武器も持たず二番目の位置を歩いている。もし敵の掃射が首より上に当たったら即死だが「弾より私の方が速いから」との力強い声に説得されて、辛うじてこの立ち位置に踏みとどまっている。
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途中、オオバナミズキンバイが咲いたこじんまりとした公園をくぐり抜けて、別の大通りに進んだ。この地の住民は国連安保理決議の前後に逃げたのだろう。今回の作戦前日に無人機で紙のビラを撒く案もあったが資源の無駄遣いとの批判を受けて中止された。
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真夏の日差しがじりじりと首筋を焼き焦がす。周りの兵士たちの小銃は厳かに水平に保たれている。今ここで、奥の街角からひょいと現地住民が顔を出したらどうなるだろうか。国際連合安全保障理事会決議一六七八は非武装者の殺傷を認めていないものの、この地で武装していない民間人は珍しい。文言に「非戦闘員」や「非軍属」と記されなかったのはそのためだ。わずか数秒の間に区別がつくのは武器を持っているかどうかくらいしかない。
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それにしても、全員が無言で延々と魔法少女の背中を映し続けているのは素人目にも撮れ高が良くなさそうに感じる。太陽に照らされて光り輝く複合素材スーツの背面を眺めていると、頃合いよく彼女が振り向いた。カメラに向かって満面の笑みでピースをする。決して私に対してでなくともそこはかとなく気分が良い。
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「皆さん、ここが敵地の最前線です。この通り今は不法に占領されているので閑散としていますが、解放された暁には帰還した住民たちの手によって再び賑わうでしょう。ほら、ヤマザキさん、振り向いて」
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今の私は全身が立脚みたいなものなので、カメラアングルを変えるには身体ごと動かざるをえない。言われるままにすると大粒の汗を額に浮かせて歩く兵士たちの列が見えた。
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「全隊、止まれ!」
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見計らったように彼女――ジョンソン大尉――が低い声で命令すると、総勢一〇〇人いる男たちの塊が一斉にぴたりと止まった。
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見計らったように彼女――メアリー大尉――が低い声で命令すると、総勢一〇〇人いる男たちの塊が一斉にぴたりと止まった。
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「これより四個小隊に別れて作戦区域内を探索する! エドガー少尉は私と直進、ラング少尉は東、ブラッド少尉は西、ウェイ少尉は南側で戦闘車輌を保持して待機! 非武装者への攻撃は避けよ!」
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手短な応答を経て一つの大きな塊が四つに分裂した。まるで繰り返し練習したかのような洗練されたすばやい再編成は、実のところこんな場所で行う必要性はまったくない。本当に繰り返し練習して準備した「視聴者サービス」なのだろうとひとりでに納得した。
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それでも私の視界には映らないコメント欄が湧きたち、投げ銭が毎秒飛んでくる様子がありありと想像できた。
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散開が済むと身軽になった小隊の進軍速度が速くなった。後ろ向きでカメラに向かって話しながら器用に歩く魔法少女は、後ろに目でも生えているかのような正確さで壁や曲がり角をひょいひょいと避けて進む。なにも知らなければ旅行系のYoutuberが年相応のコメントをしているようにしか見えない。
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事態が変化したのは大通りを抜けて住宅街に入り込んだ辺りだった。ここまで来るとおおよそみんな逃げたのだろうと当たりがついて、歩兵たちの警戒心はかなり緩んでいた。他の小隊からの報告も「異常なし」が続いて、過酷な戦場はのどかな小旅行の風景に変化しつつあった。
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そんなところへ、まったくなんの前触れもなく近くの家の玄関ががちゃり、と開いて老婆が表に出てきた。その季節外れの厚着をした老婆が二歩、三歩と歩いたところで歩兵たちはようやく敵地にいる人間の姿を認識した。
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一斉に小銃が老婆に向けられる。誰も彼もが「フリーズ」だとか「オンザグラウンド」だとか叫び散らかすものだから、逆になにも相手に伝わらないように思われた。
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しかし老婆は敵国に対する敵愾心が旺盛なのか、はたまた単純に耳が遠いのか、歩みを止める気配はなく我々の行く手を横に通り過ぎようとしていた。
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手短な応答を経て一つの大きな塊が四つに分裂した。まるで繰り返し練習したかのようなすばやい再編成は、実のところこんな場所で行う必要性はまったくない。おそらく、予め計画された「視聴者サービス」の一環なのだろう。
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それでも私の視界には映らないコメント欄がいっそう湧きたち、世界各地から投げ銭が毎秒飛んでくる様子がありありと想像できた。
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散開が済むと身軽になった小隊の進軍速度が速くなった。後ろ向きでカメラに向かって話しながら歩く魔法少女は、器用に壁や曲がり角をひょいひょいと避けて進む。なにも知らなければ旅行系のストリーマーが年相応のトークをしているようにしか見えない。
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事態が変化したのは大通りを抜けて住宅街に入り込んだあたりだった。ここまで来るとおおよそ街の状況に当たりがついて、歩兵たちの警戒心はかなり緩んでいた。他の小隊からの報告も「異常なし」が相次ぎ、過酷な戦場の姿は蜃気楼のごとく立ち消えつつあった。
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そんなところへ、なんの前触れもなく近くの家の玄関ががちゃり、と開いて老婆が表に出てきた。その季節外れの厚着をした老婆が二歩、三歩と歩いたところで、兵士たちはやっと敵地にいる人間の姿を認識した。
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一斉に小銃が老婆に向けられる。誰も彼もが「フリーズ」だとか「オンザグラウンド」だとか叫び散らかすものだから、逆になにも相手に伝わっていない感じがした。
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しかし老婆は敵国に対する敵愾心が旺盛なのか、はたまた単純に耳が遠いのか、歩みを止める気配はなく我々の行く手を横に通り過ぎようとしている。
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「ちょっと、ちょっと。みんな落ち着いて。お婆ちゃんでしょ」
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上滑りした雰囲気を取り繕う口調で、前にメアリー大尉が立ちふさがった。非武装者の、それも老婆に武器を向ける歩兵の集団など、まったく好ましい構図ではない。
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上滑りした雰囲気を取り繕う口調で、前にメアリー大尉が立ちふさがった。非武装者の、それも老婆に銃器を向ける歩兵の集団など、まったく好ましい構図ではない。
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「ですが――」
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「私に任せて」
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数億人規模のサブスクライバーの手前、堂々とした口調でエドガー少尉を牽制しつつ、彼女は単身で十二フィート先の老婆に近寄る。
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数億人規模の視聴者の手前、自信満々の口調でエドガー少尉を牽制しつつ、彼女は単身で十二フィート先の老婆に近寄る。
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「お婆ちゃん! あの!」
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ほぼ怒号に近い声量で声を張ると老婆はゆっくり首を傾けて顔を合わせた。
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「はあ?」
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聞こえているかどうかも定かではない気の抜けた返事をする敵地の非武装者を見て、兵士たちの間に安堵が広まった。
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「なんだ、マジでただのボケ老人かよ」
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兵士の誰かがつぶやいた。
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束の間。二番目に立っていた私には彼女が息を呑む声が聞こえていた。
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これは。
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なにかが起きる。
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ピッ、ピッ、と馬鹿にしたような電子作動音が老婆の服の中から響く。刹那、私は彼女の目がティーンエイジャーのそれから凍てついた殺人兵器に切り替わるのを見た。放たれた銃弾を手で掴めるほどすばやく動く手でも、起爆直前の爆弾を人体から取り外すのは不可能だ。記者としての性と命を守ろうとする本能がせめぎ合う。
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結局、前者を選びかけた私は横にいた名もなき歩兵に押し倒されて地面に伏せる格好となった。
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以下、公式Instagramアカウントからの引用。
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『ハーイ、私はメアリーです。八歳の頃に魔法能力に目覚めました。たくさんの親族と仲良く暮らしています。母と父と四つ年下の妹もいますが、今は離れて住んでいます。家族からはアイシャと呼ばれています。二〇二〇年にパレスチナで生まれましたが、戦争難民として親族のいるアメリカにやってきました。でも、まさか人生で二回も戦争に巻き込まれるなんてね! ロサンゼルスのみんな、もしまたそうなったらごめんね!』
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彼女がなぜ招集に応じたのか、十数億人が見ているストリーミング配信の中で唐突に明らかとなった。合法的に妹と会うためだったのだ。合衆国はTOAへの移動を禁止しているし、魔法行使能力者は国家の承認がなければ魔法の行使を許されない。
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彼女がなぜ招集に応じたのか、数億人が見ているストリーミング配信の中で唐突に明らかとなった。合法的に妹と会うためだったのだ。合衆国はTOAへの移動を禁止しているし、魔法行使能力者は国家の承認がなければ魔法の行使を許されない。
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だが招集に応じて自ら戦略級兵器になれば。
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まったく合法的に妹に会いに行ける。
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「なんでこんなことをしているのか私には判らない」
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