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「ぱん、ぱん」
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迂闊にも身じろぎしたソ連兵が、もう一人、二人、どこかで死んだ。
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ロシア語で号令がかかる。不思議にも、言葉が分からないはずなのにそれが号令であることははっきりと認識できた。一斉に金属音が響く。ずぼずぼと雪を踏みしめる音がする。ソ連兵が押し寄せる。
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「ぱん、ぱん、ぱん」
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「ぱん!、ぱん!、ぱん!」
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振動も音質も曖昧な雪上の足音に向かって、魔法の銃弾を送り続けるも敵勢力の突進が衰える気配はなかった。踏みしめられた雪の上に足音が重なり、私の耳に入る轟音はいよいよ文字通りの雪崩を打って迫った。
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銃剣突撃されるのって苦手だ。銃弾はあまり痛くないのになんで刃物で刺されるのってあんなに苦しいんだろう。
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まもなく深々と突き立てられるであろう刃に備えて、すでに潰れている目をさらにつむろうとしていると、まったく見当違いな方向から激しく銃声が鳴り響いた。
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その銃弾は私の両脇を大きくそれて飛び、近くのソ連兵を雪原に押し倒していった。そこで、私の視界はようやく正面玄関から現れた部下たちの輪郭を形成した。
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咄嗟に私はなけなしの魔力を踵に移して彼らの方向に飛んだ。しかし飛んだというよりは滑り込んだというような感じに近い。受ける風の鋭さが私の高度の低さを知らせてくれる。今の私にはまともに浮遊する力も残されていなかった。でも、行かなければならない。理由ははっきりしている。
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雪原のソ連兵たちが態勢を立て直しつつある。予想外な場所からの掃射で突進が崩れたのも一時のことに過ぎない。立てる者、弾が当たらなかった者、雪原から離れている者が次々と銃口をたった三人しかいない分隊崩れの集団に向けている様子がありありと想像できた。
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ならば。
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私が受け止めるしかない。
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銃弾に先回りして彼らの盾になる。
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伍長さんの叫び声が近い。入れ替わりに聞こえるロシア語の号令の後、私の全身は七.六二ミリの小さな穴がぼこぼこと穿たれた。いつもなら圧迫感に耐えきれず早々に倒れ込んでしまうけれど、今回ばかりは踵をしかと踏みしめて歯を食いしばった。
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「リザちゃん!」
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無線機越しに向かって叫ぶ。包囲網のもう半分を彼女が殲滅しきっていることを祈るしかない。だらだらとこぼれ落ちる光の源をなんとか力を振り絞って押し留めようとするも、迫る次弾がそれを許さなかった。鈍くささやかな鈍痛が私の絶望をじわじわと押し広げていく。
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このまま撃たれ続けて一歩も動けなくなったら、私はソ連軍の捕虜になってしまう。光の源に祝福を受けた肉体は名誉の自決を許してくれない。
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「リザちゃ――」
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「待って、いまやる」
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あたかも荷物運びを頼まれたような調子で、頭上から声がした。無線機越しにではない。降り注ぐ大口径の魔法が視界にまばらに映る人影を抹消せしめた時、私は初めて彼女が近くにいることを悟った。ふわりと降り立った彼女の輪郭はいつもと変わりがなさそうだった。
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「あ、ありがとう――」
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「まだ奥から大隊が来ているわ。さっさと逃げましょう。私と手を繋いで」
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「え、でも――」
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彼女の言わんとすることは分かっていた。当座の魔力を失った私を持ち運ぶつもりだ。とりあえず前線を離脱すれば体力を回復する時間が得られる。
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でも、しかし、後ろにいる三人の部下たちはどうするのか。近くに敵がいるというのなら、徒歩でしか動けない彼らに逃げ道はない。
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「伍長さんたちはどうするの、このままやられちゃうよ」
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「いいから、早く」
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「よくないよ、どうして」
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「後で説明するから――」
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「今、説明してよ」
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力の抜けた身体をよろめかせながらも立ち止まって彼女の手を振りほどいた。だけどもリザちゃんはもっと強い力でオーク材の手を肩に被せた。
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「もう死んでるんだよ、みんな」
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「え……」
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背後を振り返っても、そこに白線の輪郭は一つもなかった。ただの漆黒の空間が広がっているばかりだった。
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「伍長さん?」
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返事はなかった。
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「……そうだ、パウル一等兵はいるでしょう。あんなにうるさかったんだから、今くらいしゃべってよ」
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震えた声で呼びかけるも、返事はなかった。どの呼びかけも遠くから迫りくる軍勢の狂騒に吸い込まれていった。
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「あんなに銃弾を受けたのに」
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地面に埋まったかと思うほど強く踏みしめた足を抜き、ほとんど這って動きながら背後の地面をまさぐった。手のひらに三人の生暖かい亡骸が触れるのにそう時間はかからなかった。
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リザちゃんはなにも言わなかった。うん、言われなくても分かっている。たとえ私の魔法が百の戦闘機を撃墜し、十の戦車を覆すとしても、私自身はちっぽけだ。五フィートにも満たない私ひとりで、銃弾を受けきれるはずがない。
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口から変なうめき声が漏れた。
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私が銃剣を受けていればよかった。私が注意を引きつけておけば三人の歩兵くらいどこかに逃げおおせたかもしれない。
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私が、
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「ぐずぐずしていないで!」
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突如、ものすごい力で引っ張られた。全身がのろのろと浮き上がる。身体の熱で溶けた雪とも、自分自身も涙とも分からない液体が頬を伝い、口の中に苦味を与えた。
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私は本当に目が見えていなくてよかったと思う。
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私のせいで死んだ三人の部下のあっけない死に様も、運んでもらっているのに身体を折り曲げて泣き叫ぶ自分の姿も、なにもかも漆黒の視界の中に溶け込んでしまうのだから。
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