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Rikuoh Tsujitani 2023-12-30 22:03:09 +09:00
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title: "地面と対話するためのインターフェイス"
date: 2023-12-30T08:11:23+09:00
draft: true
tags: ['essay', 'diary']
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ランニングを始めた頃、僕が最初に買った靴はアシックスの[JOLT2](https://www.asics.com/jp/ja-jp/jolt/c/ja40101126/)だった。見た目は少々無骨だが頑丈で、文字通り駆け出しのランナーを保護するための機構が盛り込まれたプロダクトだ。その上、ありえないくらい安い。Amazonで買えば4000円台で手に入る。僕は今でもランニングを始める人には自信を持ってJOLTを勧める。現行のJOLT4はきっとさらに改良が進んでいるのだろう。
履いた時の感触はいかにもがっちりしている。足を踏み込むと、固い。地面の固さが伝わっているのではない。靴底が一枚岩を象って地面の凹凸を吸収している。それゆえ走り方や路面状況に脚部が侵される心配はほとんどない。なにかと故障の絶えない初期のランニングにおいて極めて重要な要素を満たしている。
しかし、走り出して数ヶ月も経つと他の選択肢が欲しくなってくる。念に念を入れて厚着しすぎた服をだんだんと脱ぎたくなるように、一度解放されてみたいという気持ちが強まってきたのだ。順調に習慣化が進んだセルフご褒美の側面もある。そこで、次に選んだのがアディダスの[Pureboost](https://shop.adidas.jp/products/GW8589/)と[Adizero RC](https://shop.adidas.jp/products/ID6915/)だ。
Pureboostに搭載されたブーストフォームはまったくの新感覚を僕に与えた。間違いなくJOLTより薄いはずなのに、決して浅くない。それでいて地面とのインタラクションを程よく感じられる。そんな絶妙な調整が僕をひたすら前へと運んだ。以降、5年間に渡り僕の不動のメインシューズであり続けたのも、ひとえにこの完璧なバランス感のおかげと言える。
対してAdizero RCの扱いにはだいぶ困らされた。というのも、地面との接地感が強すぎるのである。当時、僕はランニングシューズの性能表をあまり理解しておらず、ほぼ見た目だけで選んでいた。前述の二足を選んだのも機能性で振り分けたわけではなく、たまたま欲しい色とデザインをしていたからだった。当然、あからさまな初心者を脱したとはいえ今なお保護を要する僕の脚に、Adizero RCがもたらす刺激の強烈さは絶えられなかったらしい。ほどなくして僕は一回目の故障を経験する。
JOLTを履いていた頃、地面との対話は良くも悪くも皆無に等しかった。すべて靴のソールがよしなにやってくれていたからだ。折衝の手間が省けているからどんなふうに走っても地面に反発されることはない。がっちりしたソールに足先を委ねて、ただひたすら走るだけだった。Pureboostはもっと気が利いていて、ブーストフォームが不愉快な会話をフィルタする。僕は疲れて気まずくなったら口を閉じて後は彼に任せればよかった。
Adizero RCはそうではない。一歩踏み出すたび、剥き出しの牙と化した地面が僕の足裏を鋭く貫く。別に地面は敵意を以て襲いかかってきているわけではない。地面とはもともとそういう生き物なのだ。旧い時代、われわれ人類の祖先はベアフットで地面と対話するにあたり、自らの足裏の皮膚を硬化させることによって彼らの対話プロトコルに適応してきた。
だが現代では、より合理的な手法として靴を通して地面と対話する。靴が代わりに地面と接地して、ユーザが期待しうるインタラクションを提供している。そこへいくとAdizero RCのそれは僕には過激すぎたと言わざるをえない。奇妙なことに、ウォーキング用として見るとAdizero RCはとても具合が良くなる。ベアフットに近いオーガニックな接地感覚が、徒歩では快さに変換されて足裏に伝わる。230g台という異常な軽さが単なる街歩きをより軽快に彩ってくれる。
それから5年も経つと、言うまでもなく靴の状態は一変している。歩きでしか使っていないAdizero RCは今でもぴかぴかで真新しいが、ひたすら走り倒されたPureboostはグレーカラーではないはずのソール部分まで黒く薄汚れている。ところどころにはほつれや破れも見られ、いくらなんでも買い替えないわけにはいかなくなった。ステップアップの時期だ。
経験を重ねた僕の走力は飛躍的に向上した。5kmも走れば寝る以外なにもできなくなったあの頃から、寝起きでもハーフマラソンを走り余裕を持て余すほどに進歩を遂げた。速度も8分/kmから4分/kmへと2倍伸び、もはやいっぱしの市民ランナーを気取っても差し支えはないと自負している。
そうして、次に選んだシューズはアディダスの[Ultraboost Light](https://shop.adidas.jp/products/HQ6351/)だ。Pureboostの上位モデルでソール部分がより強化されているものの、Lightの方は幾ばくかの軽量化が図られている。試着した直後の感触ではオリジナルのUltraboostのクッション性能に感銘を受けたが、1時間以上も走ることを考えたら多少は軽くなければいけないだろう。
実際この推測は大いに当たった。Ultraboost Lightの走り出しは、それでもまあ、若干重い。Pureboostより40グラムも重いのだから致し方ない。しかし、靴底に織り込まれた高反発性の素材が自重を上回る加速感を足に与えてくれる。不思議と、重いはずなのにPureboostよりも速く走ることができる。
走り出して30分も経つ頃にはPureboostより旺盛に盛られたブーストフォームのぎちりとした感触が、地面の過剰なインタラクションを排して心地よいフィードバックに変換する。疲れを疲れとも思わせない新時代のテクロジーがランニングの後半に力をもたらしめる。結果、購入当日にしていきなりベストスコア更新を達成した。
靴はまさしく地面と対話するためのインターフェイスと言える。靴によって地面は表情を変え、野性味あふれる猛獣にも、押し黙ってクッションを膨らませる黒子にも変化しうる。毎日、どの靴を選んで外に繰り出すかで、僕たちは常に地面との対話方法を選択しているのである。