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自分の身体がまるまる折りたたんで入りそうな大きさの旅行鞄に、持っているお洋服をどんどん詰め込んでいく。干し肉とか、炒ったスイートコーンとか、豆の缶詰も入れる。ピクニックの時期からはだいぶ離れているのに、こうして荷造りをしていると小さい頃を思い出す。初めから終わりまでお父さんに手を引かれていたのに途中で疲れてしまって、帰り道はおんぶをねだったのだった。
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外套の下にも重ね着をして厚手の手袋をはめた。そして最後の最後に、旅行鞄の一番上に、私たちの勝負服であり、軍服であり、戦闘服でもあるオーバードレスを飾るように畳み入れる。どんな時でも作戦行動中は軍規に則らなければならない。
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でも今は、規則を破って裏庭から空を飛ぼうとする、もこもこしたただの魔法少女だ。
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「曇ってるわね」
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「滑走路じゃないところで飛ぶのって久しぶり」
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薄曇りの空を仰ぎ見てつぶやく。晴れていないのは好都合。今回は友軍の機体にも見つけてほしくない。
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足裏に力を込めると、地面に縛りつけられていた身体がふわりと浮いた。
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曇っているらしい空を仰ぎ見て言う。晴れていないのは好都合。今回は友軍の機体にも見つけてほしくない。
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踵に力を込めると、長らく地面に縛りつけられていた身体がふわりと浮いた。
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湿り気のある空を一時間も飛ぶと平べったいアーヘンの街並みが高速で手前から近づいてきて、そこを通り過ぎるとリエージュ州が見えてきた。ここはもうベルギーだけど、高度を下げると至るところにはきっと私たちの鈎十字がはためいているに違いない。ベルギーは私たちの一員なのだ。なのに、北海の向こうからイギリスやアメリカが奪い取りに来る。
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ブリュッセルに近づくにつれて、薄汚れた硝煙が曇り空に混じりはじめた。私は咳き込みながらケルンとそっくりだと思った。
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さらに高度を下げて、街の音に耳をそばだてた。もしかしたらチョコレートの匂いも漂ってきて、お店を探す手間が省けるかもしれない。
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しかし、予想に反して辺りは静まりかえっていた。たまらず、左右を見回してリザちゃんの点線に向かって手信号を送る。無線機を背負っていないのでお話するにはよほど近づかないと聞こえない。彼女の輪郭は距離が縮まるたびに精細さを増した。
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「あの! ブリュッセル! どんな感じ?」
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風切り音に負けない大声で呼びかける。返事も負けず劣らずの大声で返ってきた。
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「人が全然いない! どうしてかしら!」
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「降りて探してみよう!」
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彼女の先導に従って石畳の上に降り立った。足を二回、かつん、かつん、と強く踏み鳴らして白線のさざなみを立てると、視界の中にぼんやりと粗く狭くブリュッセルの大通りが描かれた。十歩も進んだらまた踏み鳴らさないといけない。ただでさえ大きな旅行鞄を片手に持っているのに、長細い杖でもう片方の手を塞ぐ危険は冒せなかった。
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確かに、街の中は嘘みたいに静まりかえっていた。人の気配もしない。
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