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@ -80,7 +80,7 @@ tags: ['novel']
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両手でバッグを掴んで上にもちあげると肩掛けが釘から外れる。それを頭から被るようにして肩口に合わせると、また左に三歩歩いて、冷えたドアノブを触った。すぐ隣に立てかけられた杖も忘れずに持っていかないといけない。これがあるのとないのとじゃ大違い。部屋を出ると廊下が待ち受けているが、左手の杖先で床を叩きながら右手で壁をなぞっていくと、思いのほか簡単に玄関までたどりつける。
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まだお日さまの熱を頭のてっぺんに感じる時間なのに、外は肌寒かった。さっき手紙で書いてばかりだというのに、横着せず右へ四歩半歩いてコートを持ってくるべきだった。でも、杖の先っぽで石畳をとん、とんと叩きながら道を歩いているうちに、だんだん身体が温まってきた。
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この杖は先端がとても硬くできている。なので固い地面を叩くと甲高い音とともに、衝撃が指先に伝わる。すると、私の真っ暗な視界の中に白線の波がざざあ、と描かれていく。音の調子と衝撃の具合で、あと何歩歩くと壁があるのか、どの辺りに他の人が立っているのかだいたい分かる。
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今しがた、目の前に白線の壁の輪郭ができあがったので、私はそれをひょいとよけて道を曲がった。
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今しがた、目の前に白線の壁の輪郭ができあがったので、私はそれをひょいとよけて道を曲がった。土地勘のないケルンの街も今ではだいぶ楽に歩けるようになった。
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こういうのって誰でもできるわけじゃないみたい。管制官が「まるでコウモリみたいだね」とおっしゃっていた。聞いた話では、コウモリさんは目はほとんど見えないのだけれど、代わりに壁とおしゃべりをして場所を教えてもらうんだそう。一体、どんなふうにおしゃべりしているのかな。
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でも、確かに私とそっくりだ。杖でコツコツと叩くと地面が壁やお店の場所を教えてくれる。きっと私はコウモリとして生まれるはずだったのに、間違えて人間に生まれてきてしまったんだ。だとしたら、なんて運の良いことでしょう。人間じゃなかったらチョコレートは食べられないもの。
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また角を曲がって路地に入ると、もう杖はいらなくなった。鼻をくすぐるチョコレートの甘い匂いが、ひとりでに私の足をお店の前に運んでくれるからだ。揺るぎない自信を持って手を前に突き出すと、果たしてそこには目的地のドアノブがあった。ぐい、と手前に引くと、愛想の良さそうなおじさんの声が出迎えた。
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@ -205,7 +205,7 @@ tags: ['novel']
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「嘘じゃないよ。君だってドレスをじかに目にしただけで死んでしまいそう、と言ったじゃないか。扱うべき者が扱えば効力は倍増される。兵器と一緒だ」
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管制官はひとしきりの賛辞を私に送ると「そろそろ時間だ」と告げ、今日一日はドレスを着たまま楽しんでいていいと許可を与えてくれた。彼が部屋から去った後、すっかり調子に乗った私は床を静かに蹴って宙に浮かんだ。
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あまりにも軽く薄いオーバードレスの生地がふわりとたなびいた。漆黒の世界でも思い描けば私は部屋に咲く一輪の花だった。
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固い木材の天井に、いつも広げているおでこがこつんと当たった。
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固い木材の天井に、おでこがこつんと当たった。
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リザが遅い昼食の時間を告げに部屋に来るまで、私はそのままでいた。
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@ -234,7 +234,7 @@ tags: ['novel']
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がたがたと机が揺れだした。
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きっと今の私はとんでもなく緩んだ顔つきをしているのだろう、と思った。
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「ちょっと、揺らしすぎだよ、机」
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はにかんで嗜めると、リザの深刻そうな声が返ってきた。
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はにかんで嗜めると、予想に反してリザの深刻そうな声が返ってきた。
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「私じゃない。空襲よ」
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覆いかぶさるように空襲警報のサイレンが耳に入ってくる。二人して椅子から立ち上がった。空襲警報が鳴ったら心身の状態に関わらず出動する決まりになっている。「着替え、一人でできそう?」彼女の声に「うん、ドレス、まだベッドの上にあるから」
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数分でめいめいに服装を着込んで出動の準備を整えた。今度はリザの手に引かれて玄関から勢いよく飛び出す。最寄りの基地までは歩いて十分足らずだけど、杖に頼っていては決してそんなに早くはたどりつけない。早足で歩く彼女の歩幅に負けじと大股で歩き続けた。
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@ -243,5 +243,11 @@ tags: ['novel']
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基地の建物内に入ると足音がかつかつと硬質な響きになった。辺りは騒然としていたのにリザの歩みは管制官のいる部屋に入るまでもう止まらなかった。それで私もするべきことが判った。両足をこつんと合わせて直立不動の姿勢をとり、敬礼をした。
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「よし、さっそく国土を汚す敵を駆逐してくれ。私、アルベルト・ウェーバーSS特別管制官大佐の権限により、魔法能力の発動を許可する」
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「はっ」
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ほどなくして私たちは風が強まる夕暮れ時の滑走路に姿を晒した。
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ほどなくして私たちは風が強まる夕暮れ時の滑走路に姿を晒した。背中に角ばった無線機を背負って、服はドレスを着ている。あの日、血だまりの中に座り込む私に、管制官が「ご褒美になんでも一つ叶えてあげよう」とおっしゃったので「いつもきれいなお洋服が着たい」と答えたのがきっかけだった。
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訓練中に散々聞かされた我が軍の誇るアラドやフォッケウルフの勇ましいエンジン音とプロペラのうなり声が私を鼓舞させる。一分と駆動音を聞かないうちに、左右に並ぶ戦闘機の一つ一つの形状や位置関係までもが、実に鮮明な白線の網目で描き出された。
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もしかすると、このうちの一つに両手でぺたぺたと隅から隅まで触って形を確かめさせられた機体があるのかもしれない。私たちの魔法は神から授けられた力。偉大なる第三帝国が神に代わってこの世界を統治するためにもたらされた力だ。その圧倒的な能力の前には、人間の善悪は関係ないのだという。だから、私は決して善人を撃ってはならない。撃っていいのはフューラーに歯向かう者だけ。
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「マーリア・クレッセン、ただいま出撃します」
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「同じく、リザ・エルマンノ、ただいま出撃します」
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私たちの出撃には燃料も滑走も必要ない。ただ足元に意識を込めると、たちまち光の源が呼応して飛翔に必要な魔法力を授けてくれる。灰色にくすんだ舗装路の一帯に二点の光が灯った。ふわり、と身体が浮く。そこから上空百メートルまで飛翔するのは一瞬だった。下ろしたてのオーバードレスが風にたなびいて激しく揺れる。
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敵はすでにオランダを支配下に収め、ドイツに
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