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「だって、ここの人たちはあたしを必要としてくれる。外に住んでいる人と違って。あたしがいないと生きられないから」
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「だって、ここの人たちはあたしを必要としてくれる。外に住んでいる人と違って。あたしがいないと生きられないから」
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「そんなこと――」
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「そんなこと――」
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「あるでしょ。お姉ちゃんは合衆国に入れたのに、私は入れてもらえなかった。私たちに寛容な人たちとそうでない人たちで国を分けたって言っていたのに、全然そうじゃなかった」
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「あるでしょ。お姉ちゃんは合衆国に入れたのに、私は入れてもらえなかった。私たちに寛容な人たちとそうでない人たちで国を分けたって言っていたのに、全然そうじゃなかった」
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メアリー大尉の魔法能力の発現が確認されたのは公式の資料によると、八歳の頃。ちょうど内戦が勃発した時期と合致する。当時、合衆国政府が南側に門戸を開いたのは旧合衆国の国籍または永住権を持つ者に対してのみだった。戦争難民としての身分しかなかったバルタージー家は、国益に適う彼女を除いて体よく放逐せしめられたのだろう。あぶれた難民たちはTOAに留まって白人至上主義者の的当てに使われるか、メキシコ側に逃げるしかない。
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メアリー大尉の魔法能力の発現が確認されたのは公式の資料によると、八歳の頃。ちょうど内戦が勃発した時期と合致する。当時、合衆国政府が南側に門戸を開いたのは旧合衆国の国籍または永住権を持つ者に対してのみだった。戦争難民としての身分しかなかったバルタージー家は、国益に適う彼女を除いて体よく放逐せしめられたのだろう。あぶれた難民たちはTOAに留まって白人至上主義者の的当てに使われるか、メキシコ側に逃げるしかない。その渦中で、妹の方も遅れて発現した。
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「ここの人たちは肌が白くないと仲良くしてくれないじゃない」
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「ここの人たちは肌が白くないと仲良くしてくれないじゃない、パパとママも、そのせいで」
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「そうだね。でもたぶん、白いかどうかは本当はどうでもよくって、ここの人たちは周りが変わっていくのが怖かっただけなんだよ。自分も変えられてしまいそうで」
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「そうだね。二人とも殺されちゃった。でもたぶん、肌が白いかどうかは本当はどうでもよくって、ここの人たちは周りが変わっていくのが怖かっただけなんだよ。自分も変えられてしまいそうで」
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飄々とした淀みのない言い回しに最強の姉が言葉に詰まる。最強の妹はなおも攻勢を緩めない。
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飄々とした淀みのない言い回しに最強の姉が言葉に詰まる。最強の妹はなおも攻勢を緩めない。
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「だから、私がなにも変わらないようにしてあげた。誰とも交わらなくても、傷ついて倒れても、死んでもここで暮らしていける。私の魔法で」
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「だから、私がなにも変わらないようにしてあげた。たとえもうやめてくれとせがまれても、骨になって魂を失っても、絶対に変わることを許さない。ずっとここに閉じ込めて、変わる必要のない人生を与え続けるんだ」
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最強の姉を持つ最強の妹がアンデッドの国を作った理由は、ひどく迂遠な、あまりにも重く苦しい皮肉をまとった復讐だった。
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「でも、違法だわ。私たち、魔法能力行使者は――」
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「でも、違法だわ。私たち、魔法能力行使者は――」
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そこで唯一、姉が振りかざせたのは、法的手続きの正当性。もちろん、今さらそんな理屈が通用する相手でないことは明らかだった。
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唯一、姉が振りかざせたのは、法的手続きの正当性。もちろん、今さらそんな理屈が通用する相手でないことは明らかだった。
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「いいじゃない、彼らが言う決まりなんて。彼らは私に”来るな”と言った。だからここで好きにやらせてもらっている。そうしたら今度は奪いに来るの?」
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「いいじゃない、彼らが言う決まりなんて。彼らは私に”来るな”と言った。だからここで好きにやらせてもらっている。そうしたら今度は奪いに来るの?」
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「元々が間違いだったのよ」
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「元々が間違いだったのよ」
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「間違いかどうかは誰が決めるの? アメリカ? それとも国連?」
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「間違いかどうかは誰が決めるの? アメリカ? それとも国連?」
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度重なる挑発に最強の姉はついに説得を諦めたようだった。大股で肩を怒らせて近づきながら断言した。
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度重なる挑発に最強の姉はついに説得を諦めたようだった。大股で肩を怒らせて近づきながら断言した。
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「今は私が決める」
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「いいえ」
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言葉に熱が帯びる。
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「今は、私が決める」
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最強の妹も不敵な笑みを浮かべて、ようやく立ち上がった。
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最強の妹も不敵な笑みを浮かべて、ようやく立ち上がった。
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「それならいいよ、分かりやすいから」
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「それならいいよ、分かりやすいから」
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紫と蒼の光をまとった両者の拳が交わる。衝突して相殺された膨大なエネルギーが発散し、周囲に鋭く圧力を散らした。逃げ遅れた私はその一片を受けて吹き飛ばされ、近くの戦闘車輌に背中をしたたかに打ちつけた。肺の中の空気が絞り出される圧迫感に気を失いかけたが、辛くも自我を取り戻して車輌の背面に回ることに成功した。車輌の陰から半身を乗り出してストリーミング配信を続行する。間違いなく、今が最高の視聴者数だ。
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紫と蒼の光をまとった両者の拳が交わる。衝突して相殺された膨大なエネルギーが発散し、周囲に鋭く圧力を散らした。逃げ遅れた私はその一片を受けて吹き飛ばされ、近くの戦闘車輌に背中をしたたかに打ちつけた。肺の中の空気が絞り出される圧迫感に気を失いかけたが、辛くも自我を取り戻して車輌の背面に回ることに成功した。車輌の陰から半身を乗り出してストリーミング配信を続行する。間違いなく、今が最高の視聴者数だ。
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「あんた、まだ生理来ていないでしょ」
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「あんた、まだ生理来ていないでしょ」
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「はあ?」
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「はあ?」
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息を荒らげながらこの局面で不謹慎な質問をする姉に、さしもの最強の妹も眉をひそめた。
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息を荒らげながらこの局面で不謹慎な質問をする姉に、さしもの最強の妹も眉をひそめた。
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「あれって、最悪なんだ。砲弾を食らうより全然痛いし、イライラするし、血がいつまでも止まらないし」
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「あれって、最悪なんだ。砲弾を食らうより全然痛いし、イライラするし眠れないし、血がいつまでも止まらないし」
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「なに言ってんの?」
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「なに言ってんの?」
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「だから、私、めっちゃ練習したんだ。せめて血だけはなんとかならないかなって。せっかく魔法が使えるんだし。勝手に使ったら怒られるけど、血を操作する時に発生するジュール熱は――」
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「だから、私、めっちゃ練習したんだ。せめて血だけはなんとかならないかなって。せっかく魔法が使えるんだし。勝手に使ったら怒られるけど、質量がほとんどない血を操作する程度ならジュール熱は――」
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さっきまで死にかけ同然に見えた彼女は演技のワンシーンを終えたばかりのようにすくっと何事もなく立ち上がった。
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さっきまで死にかけ同然に見えた彼女は演技のワンシーンを終えたばかりのように平然と立ち上がった。
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「――大したことないんだ。だから誰にもバレない。あんたにもね」
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「――大したことないんだ。だから誰にもバレない。あんたにもね」
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改めて見ると、彼女の傷跡からはもう血が止まっていた。逆に、敵方の魔法少女を覆う血はもぞもぞと波打って膨張しはじめている。
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改めて見ると、彼女の傷跡からはもう血が止まっていた。逆に、敵方の魔法少女を覆う血はもぞもぞと波打って膨張しはじめている。
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「え、ちょっと、これなに」
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「え、ちょっと、これなに」
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意思を持ったように動く血液の奔流が蒼の刃を包み込み、またたく間にその圧力でもって刀身を粉砕した。
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意思を持ったように動く血液の奔流が蒼の刃を包み込み、またたく間にその圧力でもって刀身を粉砕した。
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目的を済ませた血流は滑らかに空中を這い動いて持ち主の手元に舞い戻る。まったくの無傷としか言いようのない状態に戻った彼女は手の先に真っ赤な血の刀身を再生成した。加えて、その刀身に紫の炎が宿る。
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目的を済ませた血流は滑らかに空中を這い動いて持ち主の手元に舞い戻る。まったくの無傷としか言いようのない状態に舞い戻った彼女は手の先に真っ赤な血の刀身を再生成した。加えて、その刀身に紫の炎が宿る。
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「お姉ちゃん、マジで化け物だね」
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「お姉ちゃん、マジで化け物だね」
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ここへきて初めて顔を引きつらせた妹に対して姉は誇らしげに言う。
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ここへきて初めて顔を引きつらせた妹に対して姉は誇らしげに言う。
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「そうまでしないと同じ化け物のあんたを止められないからね」
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「だから、化け物のあんたを止められる」
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両者、三度間合いを図り、最後の戦いが始まろうとしていた。
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両者、三度間合いを図り、最後の戦いが始まろうとしていた。
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魔法鋳造された血の刃が容赦なく振りかぶられる。当初は再生成した刀身で受けるつもりの敵方も、寸前になにかに気づいたのか身体をそらして退避を選択した。だが、触れていないはずの刃の軌跡が胸元に裂傷をもたらす。「いたっ」妹はさらに大きく後ろに退くも、漏れ出た血液はたちまち血の刃に回収されていった。そのぶん、紫の輝きがいくらか増したように見える。
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魔法で鋳造された血の刃が容赦なく振りかぶられる。当初は再生成した刀身で受けるつもりの敵方も、寸前になにかに気づいたのか身体をそらして退避を選択した。だが、触れていないはずの刃の軌跡が胸元に裂傷をもたらす。「いたっ」妹はさらに大きく後ろに退くも、漏れ出た血液はたちまち血の刃に回収されていった。そのぶん、紫の輝きがいくらか増したように見える。
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「お姉ちゃんの方が悪役に向いているんじゃないの」
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「お姉ちゃんの方が悪役に向いているんじゃないの」
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「そうね、次は悪役のオファーを受けようかしら」
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「そうね、次は悪役のオファーを受けようかしら」
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刃そのものの直径よりも射程が広いと悟った敵の魔法少女は、次の袈裟斬りを半身ぶん余計に動いてかわす。同じ工程が繰り返された後、二人の位置取りは次第に後方にずれて尖塔の支柱に近づいた。
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刃そのものの直径よりも射程が広いと悟った敵の魔法少女は、次の袈裟斬りを半身ぶん余計に動いてかわす。同じ工程が繰り返された後、二人の位置取りは次第に後方にずれて尖塔の支柱に近づいた。
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おのずと支柱に背面を追い詰められた格好となった妹は首を狙った一撃を前転で大きく回避して、後方に移動する。代わりに切られた支柱はすさまじい切れ味で両断された。尖塔全体が危うげに地響きをたてて揺れるも、辛うじて倒壊には至らない。
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おのずと支柱に背面を追い詰められた格好となった妹は首を狙った一撃を前転で大きく回避して、後方に移動する。代わりに切られた支柱はすさまじい切れ味で両断された。尖塔全体が危うげに地響きをたてて揺れるも、辛うじて倒壊には至らない。
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建物に頓着せず振り返りざまに下された刃はなおも敵方の首筋を捉えていたが、そこで初めて妹の刃が押し留めた。久方ぶりの鍔迫り合いが実現する。ぎりぎりぎりと音をたてて震える両者の刃はしかし、徐々に姉の方が優勢に傾いている。
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建物に頓着せず振り返りざまに下された刃はなおも敵方の首筋を捉えていたが、そこで初めて妹の刃が押し留めた。久方ぶりの鍔迫り合いが実現する。ぎりぎりぎりと音をたてて震える両者の刃はしかし、徐々に姉の方が優勢に傾いている。
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「それで受けた時点で負けよ」
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「それで受けた時点で負けよ」
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この頃にはもう私は、車輌から身体をはみ出して従軍記者、配信者としての責務をまっとうすべく働いていた。最強の魔法能力行使者同士の戦い――冷戦の時代でさえ実現しなかった蠱惑的な破滅への魅力に、私もこの時ばかりは身を焦がさずにはいらなかった。
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この頃にはもう私は、車輌から身体をはみ出して従軍記者、配信者としての責務をまっとうすべく働いていた。最強の魔法能力行使者同士の戦い――キューバ危機の際には危うく逃れた蠱惑的な破滅への魅力に、私もこの時ばかりは身を焦がさずにはいらなかった。
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最強の妹がいま一度、不敵に笑う。
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最強の妹がいま一度、自慢げに笑う。
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「三割の力で五秒も耐えられたら上出来でしょ」
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「三割の力で五秒も耐えられたら上出来でしょ」
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ずん、とつま先から飛び出た魔法の刃が、あたかも吸い込まれるように姉の腹に突き刺さった。貫通した蒼の刃が自らをどす黒く染めて背中を突き破る。
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ずん、とつま先から飛び出た魔法の刃が、あたかも吸い込まれるように姉の腹に突き刺さった。貫通した蒼の刃が自らをどす黒く染めて背中を突き破る。
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「殺すつもりなんてなかったんだけど、お姉ちゃん、マジで強かったからさ」
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「殺すつもりなんてなかったんだけど、お姉ちゃん、マジで強かったからさ」
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深く咳き込んだ彼女の口からも大量の血があふれ出た。
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深く咳き込んだ姉の口からも大量の血があふれ出た。
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「ごほっ、ごっ、ハァ……足から出すとは考えたわね」
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「ごほっ、ごっ、ハァ……足から出すとは考えたわね」
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「手からしか出しちゃいけないなんて決まっていないからね」
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「手からしか出しちゃいけないなんて決まっていないからね」
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しかし、米軍の最強兵器メアリー大尉の目は未だ死を悟ったようには見えなかった。むしろ毒々しく爛々と輝き、今にも自分になにができるのか見せたがっているように微笑んだ。先ほどまで勝利を確信していた妹の顔つきが徐々に歪みはじめた。
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しかし、米軍の最強兵器メアリー大尉の目は未だ死を悟ったようには見えなかった。むしろ毒々しく爛々と輝き、今にも自分になにができるのか見せたがっているように微笑んだ。先ほどまで勝利を確信していた妹の顔つきに険しさが立ち込める。
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地面の血溜まりが自ら起き上がり、主人の元に戻っていく。どれほどの深手もものともせず、まるで現実を否定する仕草で突き刺さった刃を包み込んだ。そうして取り込まれた刃はどうやら魔法少女の体内に吸収されたように見え、さらに増幅した血の刃には紫と蒼の炎が煌々と灯っていた。
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地面の血溜まりが自ら起き上がり、主人の元に戻っていく。どれほどの深手もものともせず、まるで現実を否定する挙動で突き刺さった刃を包み込んだ。そうして取り込まれた刃はどうやら魔法少女の体内に吸収されたように見え、さらに増大した血の刃には紫と蒼の炎が煌々と灯っていた。
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最後の連撃にはさほどの衝撃はなかった。ただ単純に、切り裂かれて漏れた血が刃に吸い取られる。切るたびに吸い取られる。傍目にはまったく傷を負わされていないように見える妹は、血を失うたびに動きを鈍らせ、それがさらなる追撃の契機と化して自らを追い詰めた。
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ほんのさっきまで逆転勝利を確信していた妹の頬に、冷や汗が滲んだ。
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ついに最強の妹は尻もちをついて地面に倒れ込んだ。もはや身体のどこからも魔法を生成することは叶わない。大勢に第二、第三の人生を与えてなお余りある魔法力は、今や文字通り血を分けた姉に奪い尽くされたのだ。
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お返しとばかりに突き出された刃は妹に傷を与えたようには見えなかった。ただ、蒼のオーラが血でできた通り道を伝って、紫のオーラへ。吸収されていく様子が見て取れた。死人を蘇らせ、魔法能力を遠隔で操る妹に対して、姉は相手の魔法能力を奪い取る業によって上回った。
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ついに最強の妹は尻もちをついて地面に倒れ込んだ。もはや身体のどこからも魔法を発動することは叶わない。大勢に第二、第三の人生を与えてなお余りある魔法能力は、今や文字通り血を分けた姉に奪い尽くされたのだ。
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「勝負あったわね」
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「勝負あったわね」
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最初の構図通りの仁王立ちに戻った彼女が勝利を宣言する。妹にはもはや満足に言い返す気力も残っていない様子だった。
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最初の構図通りの仁王立ちに戻った彼女が勝利を宣言する。妹にはもはや満足に言い返す気力も残っていない様子だった。
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「……ずるいよ、お姉ちゃん。それって私を倒すためだけの魔法じゃん。もし、血液型の合わない相手だったら――」
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「……ずるいよ、お姉ちゃん。それって私を倒すためだけの魔法じゃん」
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「戦いは相手を選んでするものよ」
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「戦いは計画してするものよ。刃はなるべく鋭く研いで、一撃で終わらせるべきなの」
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戦意を失った相手を前に彼女は光り輝く血の剣を身体の内に取り込んだ。二人ぶんの魔力を得たこの魔法少女は歴史上において間違いなく最強の行使者だろう。
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戦意を失った相手を前に、彼女は光り輝く血の大剣を身体の内に取り込んだ。二人ぶんの魔力を得たこの魔法少女は歴史上において間違いなく最強の行使者だろう。
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「それで、どうするの、これから」
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「それで、どうするの、これから。私を殺すつもり?」
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力なく地面にへたり込んだまま妹が尋ねる。疑いようのないテロリスト、大量殺人犯、魔法能力行使法違反者に、姉は厳かに宣告する。
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力なく地面にへたり込んだまま妹が尋ねる。疑いようのないテロリスト、大量殺人犯、魔法能力行使法違反者に、姉は厳かに宣告する。
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「私と一緒に住むのよ。あんたが一八歳を越えるまで」
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「いいえ。私と一緒に住むのよ。あんたが一八歳を越えるまで」
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「え?」
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「え?」
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「ちょっと寒いところに引っ越すけど我慢してね」
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「ちょっと寒いところに引っ越すけど我慢してね」
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むんず、と妹の腕を掴んだ姉の全身には紫と蒼のオーラがたぎる。魔法能力を全開にさせる兆候だ。そして、思い出したように私の方向に向き直る。厳密には、私の胸元のカメラに向かって呼びかけた。
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むんず、と妹の腕を掴んだ姉の全身には紫と蒼のオーラがたぎる。魔法能力を全開にさせる兆候だ。そして、思い出したように私の方向に向き直る。厳密には、私の胸元のカメラに向かって呼びかけた。
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「えー、皆さん。私、メアリー・ジョンソン大尉は今から脱走してただのアイシャに戻ります! では! 今日の配信が面白いと思った方はぜひチャンネル登録をよろしく! じゃあね!」
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「えー、皆さん。私、メアリー・ジョンソン大尉は今から脱走してただのアイシャに戻ります! 今日の配信が面白いと思った方はぜひチャンネル登録と高評価をよろしく! じゃあね!」
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どん、と地面を蹴って空へと飛び立つ。二人の魔法少女は輝く太陽の逆光に包まれて、あっという間に姿を消した。
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どん、と地面を蹴って空へと飛び立つ。二人の魔法少女は輝く太陽の逆光に包まれて、あっという間に姿を消した。
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夢か幻のような一瞬の出来事だった。
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夢か幻のような一瞬の出来事だった。
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合衆国政府最強、国連軍指定の魔法少女が、敵の魔法少女をさらっていなくなった。
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合衆国政府最強、国連軍指定の魔法少女が、敵の魔法少女をさらっていなくなった。
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現実を受け入れられずに空を仰いで固まったままの私を正気に戻したのは、尖塔の方から聞こえるエドガー少尉の声だった。
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現実を受け入れられずに空を仰いで固まったままの私を我に返らせてくれたのは、尖塔の方から聞こえるエドガー少尉の声だった。
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「一列だ、そのまま歩け。止まるなよ」
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「一列だ、そのまま歩け。止まるなよ」
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両手――たまにどちらかが、あるいは両方ともないのもいる――を後ろに回して、尖塔のエントランスからぞろぞろと出てきたのは一様に皮膚が土気色の兵士たち。全員が武装解除された状態で、こちらの兵士たちの誘導に従って歩いている。呆けた雰囲気をしているであろう私に気づくと少尉も上を仰ぎ見た。
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両手――たまにどちらかが、あるいは両方ともないのもいる――を後ろに回して、尖塔のエントランスからぞろぞろと出てきたのは一様に皮膚が土気色の兵士たち。奥の方からはいっとう立派な服装に身を包んだ将校や、官僚、閣僚らしき人物も並んでいた。全員が武装解除された状態で、こちらの兵士たちの誘導に従って歩いている。呆けた雰囲気をしているであろう私に気づくと少尉も上に顔を傾けた。
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「上の階から見てましたよ。行ってしまったんですね、彼女ら」
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「上の階から見てましたよ。行ってしまったんですね、彼女ら」
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「そのようだ」
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「そのようだ」
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予めすべてを知っていた口ぶりの少尉にようやく私は問う。
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予めすべてを知っていた口ぶりの少尉に私は問う。
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「分かっていたんだな」
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「分かっていたんだな」
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「バレちゃ仕方がないですね。彼女を訓練したのは我々です」
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「バレちゃ仕方がないですね。彼女を訓練したのは我々です。三日前に訓練兵が上官になった」
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横を見ると、戦闘車輌の後部座席に次々とTOAの兵士たちが収容されていく様子が見えた。
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横を見ると、戦闘車輌の後部座席に次々とTOAの兵士たちが収容されていく様子が見えた。
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「殺さないのか」
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「殺さなかったんだな」
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あくまで淡々と、そっけなく少尉は肩をすくめて答える。
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これにもあくまで淡々と少尉は肩をすくめて答える。
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「そりゃムカつきますけどね。腐った死体みたいなやつらに散々ニガーだのなんだの言われるのは。でも、殺すべきかどうかは私の判断することじゃない。決めるのは法律だ。我々はそういうふうにやっていくしかないんです」
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「そりゃムカつきますけどね。散々ニガーを殺せとのたまってた連中です。実際に手を下しもしたでしょう。でも、こいつらをどうすべきかは私の判断することじゃない。決めるのは法律だ。勝手に処刑したり反乱を起こしたりする連中と一緒にはなりたくない」
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全員の収容が終わると、エドガー少尉は衛星通信で国境外に待機している部隊と連絡をとった。想定以上の捕虜を護送しなければならなくなったので自分たちが帰るための追加の車輌が必要になったのだ。
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結局、法的手続きが一番ましな神らしい。
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かくしてTOAことトゥルース・オブ・アメリカは解体された。ことが終わると真夏の太陽がよりいっそう激しく、私を照らしていることに気がついた。
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全員の収容が終わると、エドガー少尉は衛星通信で国境外に待機している部隊と連絡をとった。想定以上の数の捕虜を護送しなければならなくなったので自分たちが帰るための追加の車輌が必要になったのだ。
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かくしてTOAことトゥルース・オブ・アメリカは名実ともに滅びた。
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ことが終わると真夏の太陽がよりいっそう激しく、私を照らしていることに気がついた。
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激動の一年間が過ぎ去り、銀行口座がゲームのバグみたいな桁数に達した頃、私のプライベート用電話に一通のメッセージが届いた。座標と、一言。
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「スマートグラスはなし」
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調べてみると、座標の指し示す先は南極大陸だった。もちろん普通ならこんな馬鹿げたメッセージは相手にしないが、私にはこの送り主に心当たりがあった。すぐさまヘリコプターと操縦手を手配して、翌週の講演会やイベント、取材の予定をすべてキャンセルした。
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現地に向かう道すがら、ふと気になってYoutubeのチャンネルを開いた。当時と比べるとサブスクライブ数は一〇〇〇分の一以下、SNSのフォロワー数はさらに減っていたが、動画の中の彼の調子に翳りは見られない。
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ドナルド・J・トランプ元TOA永世大統領。今年で御年八九歳になる。最先端のアンチエイジング手術を繰り返しているおかげで肌質は未だピチピチ、食事にもなにかと気を遣っているそぶりがうかがえる。語彙力はもともと小学三年生程度しかないので多少滑舌が悪ろうとも別段の差し支えはない。
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国連安保理決議が採択される前の時点で、この永世大統領はどこからか情報を掴んでいたらしい。すべての実務を閣僚に丸投げした後、家族と金塊を連れてロシアへと華々しい亡命を果たした。今ではロシア政府の掲げる政策の先進性や文化芸術を宣伝するご当地外国人Youtuberとなって絶賛ご活躍中だ。政府要人との交流も厚く、直々に記念楯が贈られている。合衆国政府による再三にわたる受け渡し要求もどこ吹く風。そんな彼の動画のコメント欄は、ティーカップの上げ下ろしに世界同時革命の緊急メッセージを読み取った陰謀論者たちで埋め尽くされている。
|
||||||
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南極大陸のその座標には場違いなほど平凡な一戸建てが建てられていた。ドアベルを鳴らすとまるで友達を出迎えるようにインターホンから「ハーイ」と声がした。がちゃり、と電子錠が開く音がして「開いているから勝手に上がって」と、これまた友人にすすめるような口ぶりで招かれる。言われるままに玄関に上がると、特に豪華でも貧相でもない雰囲気のリビングで、頭からすっぽりと大型のスマートグラスをかぶったメアリー大尉、もとい、アイシャが立っていた。
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||||||
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予想だにしない出迎えに手前で固まっていると、ちょうど一段落がついたのか彼女はグラスを脱いで私の方に向き直った。服装は至って気だるげな部屋着で、もうビビットな色彩の三〇〇ポンドもある複合素材スーツは着ていない。
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||||||
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「あ、久しぶり。ちょっと偉そうな感じになったね。ここのところ引っ張りだこみたいじゃない」
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「おかげさまでね」
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答えつつも私の目線は彼女の両手にあるグラスにあった。これにツッコまないのは野暮だろう。
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「えっと、宗旨替えでもしたのかな。私にはあんなメッセージを送っておいて」
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「ん? これのこと? これはセーフよ。ゲーム機だもん」
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あっけからんと答えながら彼女はグラスを充電ドックに差し込んで、近くのソファに倒れ込んだ。ずいぶんやり込んでいたのか「あ〜」と変なうなり声をあげて背筋を延ばす。
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「いまダンジョンの十二階層でレイドボスと戦ってるところなんだ。でも、何度やっても勝てない。現実だったら絶対にワンパンで殺れるんだけどな。ゲームって難しいね」
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「あまり聞かない類の感想だな」
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||||||
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彼女にとってゲームとは現実よりも弱い自分を体験するためのものらしい。
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「それで、あの子は?」
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かつて最強の座を競い合った最強の妹、サルマ・バルタージー。あの時は確かに一緒に住むと言っていた。時計を見るまでもなく心拍数の上昇を感じながら問うと、これまた彼女は平然と答える。
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「上の部屋にいるんじゃない? さっきのゲームもマルチプレイしてたし。そろそろ降りてくるんじゃない?」
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||||||
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見計らったように背後から階段を降りる音がして、ごく平然とアメリカ合衆国と国連を敵に回して戦ったもう一人の魔法少女が姿を現した。こちらは予想に反して外出に耐えうる服装をしている。
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「あ、配信の人」
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「そういうふうに覚えられているのか」
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やや詰問気味の視線を姉の方に向けると釈明が返ってきた。
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「いや、私はちゃんと説明したつもりだけど」
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とても国家を手玉にとった人間同士の会話とは思えない。隅々にまで床暖房が行き届いた暖かい部屋の中で、カジュアルな服装に身を包んだ二人の姿はどこからどうみても長期休暇中の子どもそのものだ。実際、妹の方はすたすたと私の横を通り過ぎて冷蔵庫からジュースを手に取った。ついでに私にも一本くれた。
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「はい」
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「どうも?」
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ぎこちないイントネーションでお礼を言う。しかし、砂糖とカフェインがぎっしり入ったマウンテンデューは三十路すぎの男には少々重かった。
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結論から言うと、二人の存在は合法になった。
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あの劇的な脱出劇の直後、慌てふためいた合衆国政府が即座にデフコン1を発動させるも、すでにストリーミング配信の内容を分析していた世界各国の有識者から「もはや核兵器が有効とも限らない」との強い制止がかかり、ひとまずは刺激を避けて交渉を行う計画が進んだ。これに対して、南極大陸の観測所に居座った彼女が要求した条件は次の通り。
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一つ、合衆国政府、および各国政府は私、アイシャ・バルタージー個人と相互不可侵条約を締結すること。二つ、別紙に記載の座標を中心に半径一〇〇ヘクタールを私固有の領土とする。三つ、私とその家族の身の安全を保障して十分に文化的な家屋と飲食料を提供すること。三つ、この二つの条件が確実に履行されている場合に限り、私、アイシャ・バルタージーは戦争犯罪人サルマ・バルタージーが魔法能力を完全に喪失するまで監督責任を負うものとする。四つ、両者の魔法能力の消滅をもって同条約を発展的に解消し、過去のいかなる罪にも問うてはならない。四つ、以上に掲げた条件が不当に破棄されるか、あるいはその計画が露見した場合はダーツで選んだ国の上空で魔法能力を発動する。
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数ヶ月に及ぶ議論の末、現存するすべての政府は彼女の要求を呑んだ。前例なき未曾有の国際条約が締結される調印式の前後では、インターネット上のありとあらゆる空間で彼女の出自や民族に対する罵詈雑言や差別発言が相次ぎ、あるいは逆に人類全体が崇め奉るべき新しい神であるとの新宗教が現れ、一方、どうせ若い女だから手加減されてるんだろう、もし中年男性なら予告なく南極ごと核爆撃されていた、と恨み節を上げる投稿がSNSで万バズを獲得した。そしてそのどれもが、LLMによるチェックシステムによって適宜フィルタリングされ”良識的”な人々の目に留まることなく電子の海の仄暗い奥底に埋もれていった。
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「ほら、あれがそうよ」
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アイシャが自分のYoutubeチャンネルで背景に映り込ませているダーツの実物が壁にかけられていた。およそ数百の隙間の一つ一つにポップな字で国名が刻まれている。ゲームで負けが込むと振り返って矢を投げるふりをするのが彼女の定番の持ちネタの一つだ。
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「今はどれくらい魔法が使えるんだ」
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「核兵器にギリ負けるくらい」
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「じゃあダメじゃないか」
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「そう。だから公言しないでよ。サルマから吸い取った魔法能力はだんだん抜けていっている」
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「逆に私は、戦闘機にギリ勝てるくらいにはなったかな」
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二杯目のマウンテンデューをぐびぐびと飲みながら、ソファに深く身を預けたサルマが言う。
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「ふうん、じゃあそのうち逆転するかもな。そうしたら今度は世界征服を狙ってみるか」
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オフレコなのをいいことに際どい質問をすると、妹は年相応の仕草で足をぱたぱたさせた。
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「いや、もう面倒だしいいかな。今はゲームをやってる方が楽しい。こっちならお姉ちゃんに負けないし」
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ひとまず世界滅亡の危機は去ったようだ。しかし今日のゲームにはふんだんにLLMや機械学習の産物が応用されていることはもうしばらく黙っておこう。
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法的手続きの守り方にも色々ある。最強の姉は秩序に逆らう手本を妹に見せてうまく納得せしめた。刃はなるべく鋭く研いで、使う時は一撃で終わらせないといけない。
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呼ばれたのでわざわざやってきたものの、歳と身分を越えた愛の告白とか、世界に変革をもたらす上位魔法世界からの招待状といった、奇想天外な新しい物語は紡がれそうになかった。どうやら本当に話し相手が欲しかっただけみたいだ。
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魔法少女二人との他愛もない雑談に応じつつも、私の頭には薄汚れた大人の計算が渦巻いていた。
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二人の魔法能力が通常戦力を下回るほど衰えたら、その時に世界はどうするのだろう? これ幸いと抹殺しにかかるのだろうか? あるいは、なんであれ一度合意した手続きを守るだろうか? もし誰かが守らなかったら、守らせるために別の戦いを行えるだろうか?
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ぬくぬくとしたリビングから窓の外を眺めると、蒼と紫と、その他の様々な色にオーロラが光り輝いていた。
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そのどれもが、仲睦まじく交わっているようにも、互いに反発して争っているようにも見える。
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色もトゥルースもフェイクも綯い交ぜになった、三十二ビットトゥルーカラーの世界。
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