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応援に駆り出された同級生や待機していた地元の後援会に足止めを食らいつつも、急ぎ医務室に向かった勇はベッドに腰掛けるユンの姿を認めるやいなや声を張り上げた。
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応援に駆り出された同級生や待機していた隣近所の後援会に足止めを食らいつつも、急ぎ医務室に向かった勇は病床に腰掛けるユンの姿を認めるやいなや声を張り上げた。
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「ふざけんなよお前、なにやってんだ」
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ユンは腕や胸に巻かれた包帯を勲章のように見せびらかしたが、一番目立っていたのは根元から失われた前歯だった。ここ数十分のうちに止血は済んだようだが痛ましい姿に変わりはない。
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ユンは腕や胸に巻かれた包帯を勲章のように見せびらかしたが、一番目立っていたのは根元から失われた前歯だった。ここ数十分のうちに止血は済んだようだが痛ましい姿には変わりない。
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「ふざけてねえよ、ちゃんと勝っただろう」
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岩のような巨躯のユン・ウヌから見た目通りの野太い声が弾き出される。
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「あんなの運が良かっただけだ。鏡見ろよ。もしやつらが慌ててお前に全弾ぶっ放してたらどうするんだ。もし、一発の硬式弾でも目に入ったら――」
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ユンはくっくっと不敵に笑った。このいかつい男に堂々と俺お前で物申せる同級生は勇くらいしかいない。
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岩のようなユン・ウヌから見た目通りの野太い声が弾き出される。
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「あんなの運が良かっただけだ。鏡見ろよ。もしやつらが全弾ぶっ放してたらどうするんだ。もし、一発の硬式弾でも目に入ったら――」
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ユンはくっくっと不敵に笑った。このいかつい大男に堂々と俺お前で物申せる同級生は勇くらいしかいない。
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「そうしたら、めでたく”公死”って話になるだろうな。公死園ってそういうことだろうが。戦場で華々しく散れるのなら本望だ……なんてな」
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「死ぬなら決勝が終わってからにしろ」
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ぬうっとユンの丸太のごとく太い腕が勇の肩に添えられた。たっぷりの痛罵を浴びせても彼はちっとも懲りていない様子だった。
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「真面目な話、お前だったら絶対に高台を獲りにいくと思ったんだ。おれは弾倉がほとんど空だったし、あの状況で装備を活かそうと思ったらあれしかなかったんだ」
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「死ぬなら決勝が終わってからにしろ。優勝したら道頓堀に叩き込んでやる」
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声を荒らげる勇の肩にユンの丸太のごとく太い腕が添えられた。たっぷりの痛罵を浴びせても彼はちっとも懲りていない様子だった。
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「まあ落ち着け。真面目な話、お前だったら絶対に高台を獲りにいくと思ったんだ。おれは弾倉がほとんど空だったし、あの状況で装備を活かすにはあれしかなかったんだ」
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勇は肩の手を払いのけた。
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「だが危険すぎる。お前のその歯はどうするんだよ。差し歯どころか歯医者に行く金もないくせに」
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「公死園決勝と引き換えに前歯一本なら安い代償だな」
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悪びれもせずにユンはごつごつした顔をニイッと歪ませて歯抜けの笑顔を晒した。
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その後、負傷兵のユンを除く選手たちは監督に招集を命じられて手狭な控室に集合した。決勝進出への労い、もし優勝すれば我が校に記念杯が再び帰ってくる栄光、勝って兜の緒を締めよの故事成語の意味と由来、かつて主将として三〇年前に帝國実業を優勝に導いた監督の昔話……などが滔々と語られ、最後に「勇だけ残れ」と告げられた。
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閑散とした部屋で監督と二人、年嵩でもユンに負けず劣らずの恵体を持つ彼が険しい目線を勇に向けること一分弱、目上の者に向かって先に口を開くのは憚られるゆえ頑なに沈黙を守っていたが、秒を追うごとに吉報ではない確信がどんどん増していった。ようやく重苦しい声音で監督が放った言葉は彼を動揺させた。
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「勝ったには勝った。それはめでたい。だが勝ち方がよくなかったな」
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「公死園決勝進出と引き換えに前歯一本なら安い代償だな」
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悪びれもせずにユンはごつごつした面をニイッと歪ませて歯抜けの笑顔を晒した。
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つくづく呆れたやつだ、と勇は思った。
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その後、負傷兵のユンを除く選手たちは監督に招集を命じられて控室に集合した。決勝進出への労い、優勝すれば我が校に記念杯が帰ってくる栄誉、勝って兜の緒を締めよの故事成語の意味と由来、かつて主将として三〇年前に帝國実業を優勝に導いた監督の昔話……などが滔々と語られ、最後に「勇だけ残れ」と告げられた。
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閑散とした部屋で監督と二人、年嵩の中年でもユンに負けず劣らずの恵体を持つ指導者が険しい目線を向けること一分弱。目上の者より先に口を開くのは憚られるゆえ頑なに沈黙を守っていたが、秒を追うごとに朗報ではない確信がどんどん増していった。ようやく重苦しい声音で監督が放った言葉は勇を動揺させた。
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「勝ったには勝った。それはめでたい。だが、勝ち方がよくなかったな」
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ユンのことだ、と直感した。
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「はい。自分も彼にはよく言って聞かせました。あれは危険すぎると――」
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だが、監督は厳しい顔をごくわずかに振って制した。
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「そうじゃない。逆だ。なぜ、主将たるお前があのような勇姿を公死園で見せられなかったのだ」
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「そうじゃない。逆だ。なぜ、主将たる貴様があのような勇姿を準決勝で見せられなかったのだ」
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「は――いえ、しかし――」
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予想外の詰問に勇は言い淀んだ。軍刀なんて装備するくらいなら予備弾倉を一個多く持つ方がいいに決まっている。あれは相当近づかないと使えない上に急所判定でなければ一撃必殺にならない。そうでなくても、あの時は弾薬が限られていたから正面きっての対決は到底無理だ。言い訳は山のようにわいたがどれも監督の期待する答えとは違っているような気がした。
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想定外の詰問に勇は言い淀んだ。軍刀なんて装備するくらいなら予備弾倉を一個多く持つ方がいいに決まっている。あれは相当近づかないと使えない上に急所判定でなければ一撃必殺にならない。そうでなくても、あの時は弾薬が限られていたから正面きっての対決は到底無理だ。言い訳は山のようにわいたが、どれも監督の期待する答えとは違っているような気がした。
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「すいません。自分も軍刀を装備すべきでしょうか」
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代わりに、質問の形式で回答を保留した。
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「いや、そうは言っていない。別に軍刀でなくてもいい。だが、誉れ高き公死園の戦場で華々しい成果を上げるのは、ユンではなくお前であるべきなのだ」
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「そうは言っていない。別に軍刀でなくてもいい。だが、誉れ高き公死園の戦場で華々しい成果を上げるのは、ユンではなく貴様であるべきなのだ」
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「というと……?」
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勇には監督の言っている含意が解らなかった。あれこれ言ってもユンは立派な戦績を持つ副主将だ。先の行動の通りやや独断専行気味のきらいはあるが、とにかく文句なしに強い。強くなければ強豪の帝國実業の前衛は務まらない。主将の勇も近距離戦では一度も勝った試しはない。
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勇には監督の言わんとすることが分からなかった。あれこれ言ってもユンは立派な戦績を持つ副主将だ。やや独断専行のきらいはあるが、とにかく文句なしに強い。強くなければ強豪帝國実業の前衛は務まらない。主将の勇も近距離戦では一度も勝った試しはない。
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「やつは外地人だ」
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「え、いや違いますよ、両親はいませんが祖母と鶴橋に住んでいます」
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監督があまりにも見当違いなことを言ったので、うっかり言葉が口を衝いて出た。どんな状況であれ目上の者の意見を否定するのはとんでもない無礼に値する。はっ、と息を呑んで監督の顔を見ると、案の定、その表情は厳しさを増していた。それでも監督は若干の間を置いて、今度ははっきりと言い直した。
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「そういう意味ではない。大和の血統ではないということだ。あいつは朝鮮人だろう」
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勇は虚を突かれて言葉を失った。それをどう受け取ったのか定かではないが、勢いを取り戻した監督はさらに話を続けた。
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「別に朝鮮人や支那人が選手にいようと構わん。強ければ入れるし弱ければ捨てる。勝利こそがすべてだ。だが、この晴れ舞台、公死園の大詰め、ここ一番という時に栄光に浴するのは、われわれ日本人でなければならん。それがお前の責務だ」
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「しかし、自分としては――分隊としての役割、分隊としての勝利――そういうものも、あるかと愚考いたしますが――ユンの剣戟もそれはそれで戦略の価値ありかと――」
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理に反する都合を突きつけられて必死に弁明を繰り出す勇であったがそれが火に油を注ぐ行為でしかないのは目に見えていた。ついさっきまでは他ならぬ本人を罵倒していたのに、どういうわけか今ではすっかり擁護したくて仕方がなかった。
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「では、あのユンに錦を飾る名誉を差し出すというのか。寛大なことだ。そんなぬるい気持ちで決勝に臨んでいてはとても勝ち抜けないぞ。所詮は別の民族なのだ。まあ、それはそれとして、だ」
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唐突に監督の拳がすさまじい速度で勇の頬に叩き込まれた。いつもと違って意表を突かれたために彼は姿勢を崩して地面に尻をついた。遅れてやってくる鋭い痛みを上塗りするように、仁王立ちの監督が見下ろす眼差しで告げる。
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「上官への言葉遣いには気をつけろ。お前は二回も口ごたえをした。決勝進出に免じて精神注入棒は勘弁してやる。だが、その頬の痛みはやつを擁護する割に合うかよく考えておくんだな」
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ほぼ反射的な動作で直立不動の姿勢に戻り、勇は大声を張った。
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「え、いや違いますよ。両親はいませんが祖母と鶴橋に住んでいます」
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監督が見当違いなことを言ったので、うっかり言葉が口を衝いて出た。どんな状況であれ目上の者の意見を否定するのはとんでもない無礼に値する。はっ、と息を呑んで監督の顔を見ると、案の定その表情は厳しさを増していた。監督は若干の間を置いて、今度ははっきりと言い直した。
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「そういう意味ではない。大和の血筋ではないということだ。あいつは朝鮮人だろう」
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口火を切った監督は熱っぽい調子で話を続けた。
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「別に朝鮮人や支那人が選手にいようと構わん。強ければ入れるし弱ければ捨てる。勝利こそが帝國実業のすべてだ。だが、この晴れ舞台、公死園の大詰め、ここ一番という時に栄光に浴するのは、われわれ日本人でなければならん。それがお前の責務だ」
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「しかし、自分としては――分隊としての役割、分隊としての勝利――そういうものも、あるかと愚考いたしますが――ユンの剣術もそれはそれで検討の余地ありかと――」
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集団競技の定石に反する責務を突如押しつけられてなんとか弁明を絞り出す勇であったが、それが火に油を注ぐ行為でしかないのは目に見えていた。ついさっきまでは他ならぬ本人を非難していたのに、なぜか今では擁護したくて仕方がなかった。
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「では、あの朝鮮人に錦を飾る名誉を差し出すというのか。寛大なことだ。そんなぬるい気持ちで決勝に臨んでいてはとても勝ち抜けないぞ。所詮は別の民族なのだ。まあ、それはそれとして、だ」
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唐突に、監督の拳がすさまじい速度で頬に叩き込まれた。いつもと異なり意表を突かれたために彼は姿勢を崩して床に尻をついた。遅れてやってくる鈍痛を上塗りするように、仁王立ちの監督が見下ろす眼差しで告げる。
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「上官への言葉遣いには気をつけろ。貴様は二度も口ごたえをした。決勝進出に免じて精神注入棒は勘弁してやる。だが、その頬の痛みはやつを贔屓する割に合うかよく考えておくんだな」
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反射的な動作ですばやく直立不動の姿勢に戻り、勇は大声を張った。
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「ご指導ありがとうございました!」
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監督が部屋の扉を開け放って場を後にすると、入れ替わりに二人の部員が顔を覗かせた。主将が説教されていると見取って入れずにいたのだろう。勇は彼らが試合に出場していた分隊員と判ると頬の痛みに構わず詰め寄った。二人は気配に勘づいて先ほどの勇とまったく同じ直立不動の体勢をとった。
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「貴様ら、あの試合でなにをしていたッ」
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主将として、帝國軍人さながらの低い声音を腹から絞り出すと左側の方が先に大声で釈明をした。
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監督が部屋の扉を開け放って場を後にすると、入れ替わりに二人の分隊員が顔を覗かせた。主将が説教されていると見て入れずにいたのだろう。勇は彼らが試合に出場していた分隊員と判ると頬の痛みに構わず詰め寄った。二人はすぐに気配に勘づいて、先ほどの勇とまったく同じ直立不動の体勢をとった。立場を先輩と後輩に変えて、先ほどの状況が再演される。
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「貴様ら、あの試合でなにをしていた!」
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主将として相応しい、帝國軍人さながらの低い声音を腹から押し出すと左側の方が先に大声で釈明をした。
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「自分は弾薬を切らしておりまして、移動途中の際の接敵で退場と相成りました!」
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建物に潜んでいる最中にやられたのはこいつだったか、と彼は納得を得る。しかし声はあくまで厳しさを保った。
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建物に潜んでいる最中にやられたのはこいつだったか、と勇は納得を得る。しかし声はあくまで厳しさを保った。
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「隠密を怠るから敵に発見されるのだ! この土壇場では不運も自己責任と捉えろ!」
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「申し訳ありません! 基礎練徹底いたします!」
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「申し訳ありません!」
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「それで――」
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次に勇の鋭い目線は右側に向いた。
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次に勇の鋭い目は右側に向いた。
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「貴様はまだ生きていたな」
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「自分も弾薬が心許なく、遠方より機会をうかがっており……」
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「何発残ってたんだ」
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「はっ、十三発を残すのみとなっておりました」
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かっ、と身体中の血が沸騰するのを感じた。さらに大きく声を跳ね上げたので低い音程を維持するのにたいそう苦労した。
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「一人胴体四発と見ても三人は仕留められるではないか! 準決勝の舞台で退場するのが惜しくなったのか?」
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ぐいっと「帝國実業高等学校」の刺繍が施された戦闘服の胸ぐらを掴むと、下級生らは今にも泣き出しそうな表情で謝罪した。だが、彼は容赦しなかった。
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「はっ、主弾倉は尽き、予備弾倉の十三発を残すのみとなっておりました」
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かっ、と体中の血が沸騰するのを感じた。さらに大きく声を跳ね上げたので低い音程を維持するのに大層苦労した。
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「一人胴体四発と見ても三人は仕留められるではないか! 準決勝の舞台で退場するのが惜しくなったのか!」
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ぐいっと「帝國実業高等学校」の刺繍が施された戦闘服の胸ぐらを掴むと、下級生は今にも泣き出しそうな表情で謝罪した。だが、彼は容赦しなかった。
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「貴様らが身を賭していれば副主将は歯を失わなかった。そこに直れ!」
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二人が姿勢を正すか正さないかのうちに、勇は今しがた自分が食らったのと同じ要領で二人の頬に拳を振り抜いた。後ろに倒れ込む下級生に向けて一転、落ち着いた声色で言う。
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二人が姿勢を正すか正さないかのうちに、勇は今しがた自分がされたのと同じ要領で二人の頬に拳を振り抜いた。後ろに倒れ込む下級生たちに向けて一転、落ち着いた声色で言う。
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「貴様らは二年生がてら優秀な成績を収めて分隊員に選ばれた。決勝では誉れ高く戦え。来年もあるなどと思うな」
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「ご指導ありがとうございました!」
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二人揃って自分とそっくりの絶叫を張り上げた後輩を後に、ようやく勇は公死園戦場を後にした。
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「はっ、ご指導ありがとうございました!」
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二人揃って自分とそっくりの絶叫を張り上げた後輩を背に、勇は疲弊した顔つきで湯浴みをしに向かった。
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敷地の正面口では約束の時間を大幅に過ぎたにも拘らず和子が待っていた。第一試合が終わってだいぶ経ち、人混みがまばらになった周辺で互いの姿を見つけるのは容易だった。先に目ざとく勇の姿を認めると、彼女は白く細い腕にはめられた腕時計の文字盤をつつく仕草をした。「三〇分遅刻。もう帰ろうかと思っちゃったわ」
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敷地の正面口では約束の時間を大幅に過ぎていたにも拘らず和子が待っていた。第一試合が終わってだいぶ経ち、人混みが薄れた施設周辺で互いの姿を見つけるのは容易だった。先に目ざとく勇の姿を認めると、彼女は白く細い腕にはめられた腕時計の文字盤をつつく仕草をした。「三〇分遅刻。もう帰ろうかと思っちゃったわ」
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「悪い、勝ったら勝ったで色々あるんだ」
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適当にごまかそうとした言い草に、和子は持ち前のよく通る声で指摘した。
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「その頬の腫れとなにか関係があるの?」
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「これは――その――」
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またしても言い淀む勇。華々しく決勝進出を決めた分隊の主将なのに、なんだって今日はこんなに釈然としないんだろうと彼は自分でも疑問を感じた。
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手で頬を覆ったが手遅れだ。またしても言い淀む。華々しく決勝進出を決めた高校の主将なのに、なんだって今日はこんなに釈然としないんだろうと彼は疑問を感じた。
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「隠し事はなしよ」
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結局、勇は洗いざらいをすべて話した。聞かれなくても帰り道のどこかでどうせ話していた。ありていに言えば、彼は今もやもやしていた。それを晴らしたくて仕方がなかった。健全に交際している間柄で、硬式戦争とも運動部とも無縁の才女は中立の相談相手にはうってつけだと思った。
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結局、勇は洗いざらいをすべて話した。聞かれなくても帰り道のどこかで話していただろう。ありていに言えば、彼はもやもやしていた。それを晴らしたくて仕方がなかった。健全に交際している間柄で、硬式戦争とも体育会系のしきたりとも無縁の才女は中立の相談相手にはうってつけだと思った。
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「ずいぶんgroteskな話ねえ」
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一通りの話を聞いて、彼女は聞き慣れない単語を流暢に発話して感想を述べた。語感からしてドイツ語だろうと思われた。もし帝國実業で横文字など口走ったらすぐさま「英米思考」のレッテルを貼られて張り手が飛んでくるだろう。女子高の教育はその辺りの区別が進んでいるのかもしれない。
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「たぶん勇さんは言われていることと現実の行為にkluftを感じているんじゃないかしら」
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彼女は聞き慣れない単語を流暢に発音して端的に感想を述べた。語感からしてドイツ語だろうと思われた。もし帝國実業で横文字など口走ったらすぐさま「英米思考」のレッテルを貼られて張り手が飛んでくるに違いない。女子高の教育はその辺りの区別が進んでいるのかもしれない。
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「たぶん勇さんは言われていることと現実にkluftを感じているんじゃないかしら」
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「日本語で頼むよ。ドイツ語の成績は補習付きの可しか取ったことないんだ」
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「だからその――たとえば、公死っていうの、晴れ舞台で死ぬのは尊く崇高だっていうんでしょう」
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「だからその――たとえば、公死っていうの、晴れ舞台で死ぬのは尊く崇高だっていうんでしょう」
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仮想体力制度導入以前の公死園大会ではよく人が死んでいたという。特に白熱した年には二桁に及ぶこともある。新聞やテレビが毎年発表する死者や重傷者の数が少なすぎると「根性が足らぬ」と市井で批判されるのが当時の習わしだった。
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「そうだ。だから公死園で死ぬと本物の殉死と同じように靖国神社に祀られるんだ。ものすごい名誉なことだ」
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「でも、それなら勇さんはなんでユンさんが怪我したのをそんなに怒ったの? そんなに誉れ高いならそこはよくやった、次もそうしろと褒めるべきじゃない?」
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「それは――」
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本人には「決勝の後に死ね」と言ったが、むろん本心ではない。尊い公死に臨んで戦えと言われれば、胸がわく思いがして感動が押し寄せてくる。けれども実際には、たった一発の銃弾ももらわないように戦う。敵が退場判定を受けてから放たれた硬式弾でも当たりどころが悪ければ試合出場が危ぶまれる。和子のはきはきとした指摘は公死園駅に着いて、阪神本線大阪梅田行の電車に乗り込んだ後も止まらなかった。
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「そもそも私には男の人たちが言う硬戦の浪漫ってよく解らないわ。そんなに危険なら兜を着けるとか、そもそも絶対に怪我をしないような弾を使うとかすればいいじゃないの」
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これにはさすがの勇も反論したくなった。
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「そんなの軟派だ。中学生までの軟戦と同じじゃないか。遊びと変わらない。真剣になれない」
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「そんなことないでしょう。私の弟は軟式戦争部だけど真面目にやっているわ」
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「でも、それなら勇さんはなんでユンさんが怪我したのをそんなに怒ったの? 名誉だというならよくやった、次もそうしろと褒めるべきじゃない?」
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「それは――」
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本人には「死ぬなら決勝が終わってからにしろ」と言ったが、むろん本心ではない。誇り高き公死のために戦えと言われれば、胸がわく思いがして感動が押し寄せてくる。けれども実際には、たった一発の銃弾にも当たらないように戦う。敵が退場判定を受けてから放たれた硬式弾でも当たりどころが悪ければ選手生命が危ぶまれる。和子のはきはきとした指摘は公死園駅に着いて、阪神本線大阪梅田行の電車に乗り込んだ後も止まらなかった。
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「そもそも私には男の人たちが言う硬戦の浪漫ってよく解らないわ。そんなに危険なら兜を着けるとか、なるべく怪我をしないような弾を使うとかすればいいじゃないの」
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しかし、これにはさすがの勇も反論したくなった。
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||||
「そんなの軟派だ。中学生までの軟式戦争と同じじゃないか。遊びと変わらない。真剣になれない」
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||||
「そんなことないでしょう。私の弟は軟戦部だけど真面目にやっているわ」
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||||
「それは中学生だからだ。高校生になって硬式に触れて始めて本物がどう違うか分かる」
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||||
脳裏に帝國実業に入学して間もない頃の記憶が鮮明に蘇った。硬式戦争部の新入生は横一列に並べられて最初の「洗礼」を受けさせられる。先輩が放つ硬式弾の的にされて、身体でその痛みに慣れさせられるのだ。全国各地から集められた軟式戦争部の優秀な兵士たちが、苦痛に顔を歪めて次々と地面をのたうち回る。泣きわめく者も、口から泡を吹いて気絶する者さえいた。一ヶ月の間に仮想体力の二倍に匹敵する硬式弾を直立不動で受けきれなかった者は退部を余儀なくされる。実際、毎年そこでおよそ半数の新入部性が脱落して工業科や商業科に転部していく。
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||||
初日で「おれは三倍でもやれる」と言い切り、挑発に乗った先輩方に四倍以上の硬式弾を浴びせられても痣だらけのまま立っていたのがユンで、次の日に同じ宣言をしてやはり集中砲火を乗り切ったのが勇だった。この時点で二人の実力は周囲に知らしめられていた。唐辛子のように辛く、苦瓜のように苦いのに、白砂糖の甘さを持つ思い出だ。
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||||
脳裏に帝國実業に入学して間もない頃の記憶が鮮明に蘇った。新入部生は横一列に並べられて最初の「洗礼」を受ける。先輩が放つ硬式弾の的にされて、身体で痛みに慣れさせられるのだ。全国各地から集められた軟戦上がりの有望な選手たちが、苦痛に顔を歪めて次々と地面をのたうち回る。泣きわめく者も、口から泡を吹いて気絶する者さえいた。一ヶ月の間に仮想体力の二倍に匹敵する硬式弾を直立不動で受けきれなかった者は退部を余儀なくされる。現に毎年そこでおよそ半数の新入部生が脱落して工業科や商業科に転部していく。
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||||
初日で「おれは三倍でもやれる」と啖呵を切り、挑発に乗った先輩方に三倍どころでは済まない量の硬式弾を浴びせられても痣だらけのまま立っていたのがユンで、次の日に同じ宣言をしてやはり集中砲火を乗り切ったのが勇だった。この時点で二人の威容は周囲に知らしめられていた。唐辛子のように辛く、苦瓜のように苦いのに、白砂糖の甘さを持つ思い出だ。
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||||
「じゃあ仮想体力制ってなんなのよ。昔みたいに倒れるまで撃ち合っていたらいいじゃない」
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||||
その美しい思い出を彼女の鋭い反論がたちまち突き破る。
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「それは危険だから――あっ」
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||||
「ほら、やっぱり死ぬのは怖いんじゃない。私だって勇さんに死んでほしくないわ」
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気まずくなって視線をそらすと、電車内の液晶画面に投影された広告が目に入った。(男女で一つ、性別は二つ、子供は三人 帝國家庭庁)ちょうどそれが入れ替わって、新しい広告が表示される。
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「ほら、やっぱり死ぬのは怖いんでしょう。私だって勇さんに死んでほしくないわ」
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||||
気まずくなって視線をそらすと、電車内の液晶画面に投影された広告が目に入った。(男女で一つ、性別は二つ、子供は三人 帝國家庭庁)それが入れ替わって、新しい広告が表示される。
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**『三菱重工の最新無人航空機……二四時間無給で働く警備員の代わりに! 町内會の見回り要員に! 果ては外地不穏分子の監視、鎮圧にも! 一部法人に限り武装改造も承り〼』**
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||||
生え際の後退した男性の姿が目立つ車内をつと見回して、勇はなんとか有効な反論を思いついた。
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生え際の後退した男性の姿が目立つ電車内を見回して、勇はなんとか有効な反論を思いついた。
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「今は徴兵に行ける人手が少ないみたいなんだ。帝國を支えてくれた年長者を守るには、強くたくましく、五体満足の若者が必要なんだ」
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「でもそれって、なんだかいいように使われているみたいだわ」
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和子も車内を見て言った。
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「おれには社會のことは解らないよ。だけど、和子だって弱い男なんて厭だろう」
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「まあ、それはそうだけど……」
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||||
ちょうど電車が野田駅で停車したので、和子は口をつぐみ持ち前の大和撫子然とした黒髪をなびかせて勇の脇を通り過ぎた。家まで送るよ、と申し出かけたがぴしゃりと先手を打たれた。
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||||
「今日は送ってもらわなくていいわ。勇さんの家族が英雄の凱旋を待ちわびているでしょうから」
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そう言い残すと、華奢で可憐な身体が扉の向こうに吸い込まれていくように消えていった。躍起になって反論したので怒らせたか、と彼は不安を抱いたがしかし、またぞろ入れ替わった広告を見て気持ちを奮い立たせた。(権利と義務は表裏一体! 徴兵にはなるべく早く応じませう! 大阪市男子道徳課)
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||||
所詮、女の子には解らないことだ。死線のぎりぎりを見極める攻防、盤面を見通して敵を征服し尽くした時のえもしれぬ高揚感。銃撃を加えた相手が地に伏した際の確かな手応え。こんな実感の伴う競技は他にありえない。そうして先んじて軍人精神の端に触れた者のみが、徴兵されてもただのいち歩兵ではなく幹部候補生相当の扱いで外地の各方面に配属されていくのだ。本職として軍人にならなくてもその精神は社會の至るところで実力を発揮する。それは、汗水を垂らして命を危険に晒しているからこそ得られる能力だからだ。戦争部に入部できない婦女子方とはそもそも相容れない。
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電車が大阪梅田駅に着くと一気に人がどやどやと降りはじめた。背広を着た初老の會社員たちが早くも疲れきった顔を並べて駅にあふれかえる。勇も乗り換えのために人の波に倣って後へと続く。
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地下通路を登って地上に出ると、外はまだ昼過ぎだった。ひやりとした地下とはうって変わり、厳しい真夏の日差しが皮膚を焼きつける。友邦国たるドイツやイタリア式の建築が随所に見られる大阪駅周辺の街並みを一息で横断して、大阪駅の中に入ると外地の物品を扱う露店が駅中を賑わせていた。「フィリピン直輸入指定農園高級品」と題された派手な電燈の下には、照明ではなく自らが発光しているのかと思うほど黄色く輝いたバナナが鎮座している。素人目に見ても判るほど造形が整っているが、値段も庶民にはなかなか手が出ない。まずもって高校生の勇には縁のない特産品だ。かぐわしい果実の香りを振り払って商店街を後にする。
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大阪駅から環状線の電車に乗り込んで二駅、こじんまりとした桜ノ宮駅に降り立つと、学生無料の駐輪場に停めておいた自転車に乗り換えて帰路を急ぐ。そこから野江駅の向こう側まで一五分ほど自転車を走らせると、築二〇年のやや色褪せた一戸建てがある。父と母と、弟とが共に住まう葛飾家の住宅だ。
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和子も電車内を見て言った。
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「おれには社會のことは解らないよ。だけど、和子も弱っちい男なんて厭だろう」
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「まあ、それはそうだけど……」
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ちょうど電車が野田駅で停車したので和子は口をつぐみ、大和撫子然とした黒髪をなびかせて勇の脇を通り過ぎた。家まで送るよ、と申し出かけたがぴしゃりと先手を打たれた。
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「今日は送ってもらわなくていいわ。勇さんのご家族が英雄の凱旋を待ちわびているでしょうから。それじゃあね」
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そう言い残すと、華奢で可憐な身体が扉の向こうに吸い込まれていくように消えていった。躍起になって反論したので怒らせたか、と勇は不安を抱いたが、再び入れ替わった広告を見て気持ちを奮い立たせた。(権利と義務は表裏一体! 徴兵にはなるべく早く応じませう! 大阪市道徳課)
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所詮、女の子には解らないことだ。死線のぎりぎりを見極める攻防、戦場を見通して敵を征服し尽くした時のえもしれぬ高揚感。銃撃を加えた相手が地に伏した際の確かな手応え。こんな実感の伴う競技は他にありえない。そうして先んじて軍人精神に触れた者のみが、ただのいち歩兵ではなく幹部候補生の扱いで外地の各方面へと配属されていくのだ。本職として軍人にならなくてもその経験は社會の至るところで実力を発揮する。それは、汗水を垂らして命を危険に晒して得た能力だからだ。戦争部に入部できない婦女子方とは元より相容れない。
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電車が大阪梅田駅に着くと一気に人が降りはじめた。背広を着た初老の會社員たちが早くも疲れきった顔を並べて駅にあふれかえる。勇も乗り換えのために人の波に倣って後へと続いた。
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地下通路を登って地上に出る。外はまだ昼過ぎだった。ひやりとした地下とはうって変わり、厳しい真夏の日差しが皮膚を盛んに焼きつける。友邦国たるドイツやイタリア様式の建築物が随所に見られる駅前を横断して大阪駅の中に入ると、構内は外地の物品を扱う露天商の呼び込みで賑わっていた。「フィリピン直輸入指定農園高級品」と題された派手なのぼりの下には、照明ではなく自らが発光しているのかと思うほど黄色く輝いたバナナが鎮座している。素人目に見ても判るほど造形が整っているが、肝心の値段は庶民にはなかなか手が出ない。高校生の勇には縁のない特産品だ。かぐわしい果実の香りを振り払って構内を通り過ぎる。
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大阪駅から環状線の電車に乗り込んで二駅、こじんまりとした桜ノ宮駅に降り立ち、学生無料の駐輪場に停めておいた自転車に乗り換えて帰路を進む。そこから野江駅の向こう側まで一五分ほど自転車を走らせると、築二〇年のやや色褪せた一戸建てがある。父と母と、弟とが住まう葛飾家の住宅だ。
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