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@ -262,7 +262,8 @@ tags: ['novel']
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翌日、朝早くから自転車を駆って大阪城近くに敷地を構える帝國実業高校へと登校した。正門の前には不機嫌そうな顔のユンがすでに立っている。待ち合わせの約束など一度もした覚えはないが、いつからか正門前で肩を並べて登校するのが二人の習慣になっていた。
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翌日、朝早くから自転車を駆って大阪城近くに敷地を構える帝國実業高校へと登校した。中空を漂う無人航空機と勝手に競争した気になって意識的に並走を試みる。臣民の暮らしを守る安心と信頼の三菱重工製だ。
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正門の前には不機嫌そうな顔のユンがすでに立っていた。待ち合わせの約束など一度もした覚えはないが、いつからか正門前で肩を並べて登校するのが二人の習慣と化していた。自転車を降りて転がしながら歩く。
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「なんだそのツラは」
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「なんだそのツラは」
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「うるせえな」
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「うるせえな」
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ユンがずんずんと巨体を揺らして先に進んでしまったので、勇も後を追う。機嫌がコロコロ変わるのは彼の性分とはいえ、今日は特に悪い方に振れている気配がする。敷地の奥ではもう硬質小銃の低く鈍い銃声と怒声が聞こえてきている。
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ユンがずんずんと巨体を揺らして先に進んでしまったので、勇も後を追う。機嫌がコロコロ変わるのは彼の性分とはいえ、今日は特に悪い方に振れている気配がする。敷地の奥ではもう硬質小銃の低く鈍い銃声と怒声が聞こえてきている。
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「おれみたいなやつが他にもいたとはな」
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「おれみたいなやつが他にもいたとはな」
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「お前でも初手では使わんだろう。だが、あいつらはほとんど軍刀一つで戦っている。戦略を見直さなきゃならんぞ」
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「お前でも初手では使わんだろう。だが、あいつらはほとんど軍刀一つで戦っている。戦略を見直さなきゃならんぞ」
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「なるほど、それで昨日の電文か」
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「なるほど、それで昨日の電文か」
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そういえばあの電文は試合を観ている前提の内容だったな、と勇は思い直した。そうこうしている間に二人は硬式戦争部が専有する野戦場にたどり着いた。あどけなさの残る一年生たちは必死の形相で「洗礼」の第二段階に取り組んでいた。硬質弾をまともに受けた状態でひたすら走らされるのだ。仮想体力が零に尽きないうちに身動きが取れなくなるようでは選手にはなれない。足取りが緩む候補生に監督の檄が飛ぶ。
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そういえばあの電文は試合を観ている前提の内容だったな、と勇は思い直した。そうこうしている間に二人は硬式戦争部が専有する野戦場にたどり着いた。真横の駐輪場に自転車を停める。あどけなさの残る一年生たちは必死の形相で「洗礼」の第二段階に取り組んでいた。硬質弾をまともに受けた状態でひたすら走らされるのだ。仮想体力が零に尽きないうちに身動きが取れなくなるようでは選手にはなれない。足取りが緩む候補生に監督の檄が飛ぶ。
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「硬質弾ごときでへばっていてどうする! いま、海の向こうでは栄えある帝国軍人が自らの漏れた腸を引きずりながらでも支那の反乱分子どもと戦っておられるのだぞ!」
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「硬質弾ごときでへばっていてどうする! いま、海の向こうでは栄えある帝国軍人が自らの漏れた腸を引きずりながらでも支那の反乱分子どもと戦っておられるのだぞ!」
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二人の姿を認めると、候補生たちは険しい顔のまま一斉に直立不動の体勢に直ってお辞儀をした。
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二人の姿を認めると、候補生たちは険しい顔のまま一斉に直立不動の体勢に直ってお辞儀をした。
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「いいから続けていろ!」
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「いいから続けていろ!」
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「なんだ、ひと振りで済むとでも思ったのか。軍刀に弾切れはないぞ。お前が回避のために過剰に姿勢を崩せば敵は必ず押し切ろうとする。確実によけろ。ただし最小限でなければならん」
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「なんだ、ひと振りで済むとでも思ったのか。軍刀に弾切れはないぞ。お前が回避のために過剰に姿勢を崩せば敵は必ず押し切ろうとする。確実によけろ。ただし最小限でなければならん」
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それから、ユンは勇に負けず劣らずの痣を全身に作ってなんとか監督の年季の入った剣筋を最大三往復ほどよけることに成功した。続いて、勇も一回に限って回避に成功する。他の分隊員たちも半日かけて各々の力量に合った見極め方を掴みつつあった。
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それから、ユンは勇に負けず劣らずの痣を全身に作ってなんとか監督の年季の入った剣筋を最大三往復ほどよけることに成功した。続いて、勇も一回に限って回避に成功する。他の分隊員たちも半日かけて各々の力量に合った見極め方を掴みつつあった。
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まさか公死園決勝を明日に控えた最後の練習が軍刀の回避に費やされるとは思ってもみなかった。本来であれば強豪らしい強豪が勝ち上がってきて、以前の録画などを観ながら癖や作戦を探るのが常道だ。しかし、あんな奇天烈な戦い方をされたのでは座学などなんの意味もない。身体で覚えるしかなかった。
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まさか公死園決勝を明日に控えた最後の練習が軍刀の回避に費やされるとは思ってもみなかった。本来であれば強豪らしい強豪が勝ち上がってきて、以前の録画などを観ながら癖や作戦を探るのが常道だ。しかし、あんな奇天烈な戦い方をされたのでは座学などなんの意味もない。身体で覚えるしかなかった。
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夕暮れ時、分隊員は骨の髄まで軍刀の痛みを身に刻まれて解放された。やるだけのことはやったという面持ちだった。
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夕暮れ時、分隊員は骨の髄まで軍刀の痛みを身に刻まれて解放された。みんなやるだけのことはやったという面持ちだった。
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帰り道が正反対なのに下校時も勇はユンと連れ立って歩く。これも一種の腐れ縁、というやつだろうかと彼は決勝を控えた今になって思ったが、それはそれとしてまだしかめっ面をしているのは少々気に入らなかった。
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「だからお前のそのツラはなんなんだよ」
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業を煮やして正面切って問いただすと、巨体が傾いで視線が合う。
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「歯が痛えんだよ」
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ぼそっと言うとユンはすぐに顔をそらした。あれほど軍刀で叩かれても次第に慣れたふうだったのに歯痛には堪えられないのか。あの硬式弾はよほど当たりが悪かったらしい。
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「決勝が終わったら金貯めて歯医者に行けよ。歯は勝手には治らんぞ」
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「お前はおれの嫁かよ」
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二人の会話はほとんどそれで終わって、正門前で解散した。勇は自転車にまたがって、まだ明るい夕暮れの太陽と大阪城を横目に帰路に着く。
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行く時は一基しか見なかった無人航空機が帰り道ではばかに多い、と彼はすぐ異変に気がついた。しかもその数は家に近づくにつれてだんだんと増しているように思われた。空中を飛んで追い越していった無人航空機が四台目を数える頃には、気のせいではないと確信を持つに至った。
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住宅街に差し掛かると警察車輌がまばらに停車しているのが見えた。まっすぐには通れそうもないので自転車を降りて歩くと、さらに一台、二台、そして上空には無人航空機。ただごとではない。奇妙な焦燥感に急き立てれて躍起に自転車を押す。
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角を曲がって家の前の道路に来た時、彼の目には異常な光景が広がっていた。
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築二〇年の平凡な家の前を複数の警察車輌が取り囲んでいる。その手前には巨大なカメラやマイクを担ぎ持った報道機関と思しき人間が何人も集る。自分の家なのにそうではないような強烈な違和感に晒されて、彼はしばしそこに棒立ちになった。
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ところが、報道機関の一人が勇の姿を認めると状況は一変した。「あっ! あれは兄じゃないかっ」と誰かが指を差して叫んだ。他の者も「そうだ、公死園の……」と言うやいなや、大量のカメラとマイクと人が彼の前に殺到した。パシャパシャパシャとカメラのシャッターを切る音と、太陽の下でもなおまばゆいフラッシュの光に気圧されて呆然としていると、人波の奥から父が無理矢理に記者たちを押しのけて現れた。手には勇の旅行鞄が握られている。
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「おいっ、勇っ、今日は家に帰ってくるなっ」
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父の声に正気を取り戻した彼は「え、なんでですか」と未だ状況の掴めない返答をしたが、父は旅行鞄を押し付けて再度叫んだ。
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「功が憲兵に捕まった。だがお前は試合に専念しろ。あいつのことは俺がなんとかする」
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「そう言われても……どこに行けば」
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「友達の家でもどこでもいい」
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すぐに報道機関が父子を取り囲んで質問責めの体勢に入った。ほとんど防衛反応的な動作で完全に退路を塞がれる直前、勇は旅行鞄を盾代わりに脇の緩い記者を押し倒して包囲網を抜け出した。倒されても即座に起き上がり「あ、ちょっと、君! 弟君の件についてなにか一言!」と商魂たくましく尋ねる声が背後から追いかけてくるが、一旦抜けた窮地に舞い戻る勇ではなかった。そのまま、振り返らずに倒れていた自転車を引き起こして今来た道を戻った。
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友達の家、などと言われて思い浮かぶ場所は一つしかなかった。
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勇は帝國実業の校舎を通り過ぎてさらに向こう側、ユン・ウヌの家がある鶴橋へと自転車を走らせた。
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鶴橋に向かう途中、無人偵察機の数は増える一方だった。さっきのと違って明確な指向性を持って飛んでいるわけではないと判っているのに、勇にはなぜか自分がつけ回されているような気がしてならなかった。ぶんぶんと飛び回るそれらは鶴橋駅にたどり着いた途端に姿が見えなくなった。
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駅の出口には待ち合わせ場所によく使われる石像が置かれてある。雛壇を模した段差の下に、様々な出で立ちの民族衣装に身を包んだ複数の男女が笑顔で座り、一段高いところに和服を着た男が座っている。石像の側面には『八紘一宇の礎 〜みなさん仲良くしませう〜』と刻まれていた。
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ユンの家は鶴橋商店街の中にある。引きめき合う店の合間に佇む二階建て木造住宅は、一階が露店と居間と兼ねている。店の前で投げ出すように自転車を置いた勇を、露店で漬物を売っているユンの祖母が見るといつもの調子で二階の階段に向かって叫んだ。
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「ウヌ、あんたのチョルチンが来たよ!」
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チョルチンとは”親友”を意味する朝鮮語である。来るたびにそう言われるので意味を調べたら気恥ずかしくなってしまい、勇はむしろ知らないふりをしている。
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外からでも聞こえる階段をぎしぎし軋ませる音が響いて、まもなくユンの太い脚が垣間見えた。顔は相変わらず険しかったが、不機嫌を示すそれではないと彼は感じた。
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「なあ、ユン……その、言いにくいんだが、今晩……」
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旅行鞄を手にぶら下げながら言い淀んでいると、ユンははっきりと応じた。
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「テレビを観た。事情は判っている。早く家に入れ」
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ほっ、と安堵して勇は祖母に深くお辞儀をして、軒先で靴を脱いで居間をまたぎ、今にも崩れそうな階段をユンの後に続いて上った。
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二階にある四畳半の部屋がユンの根城だ。薄汚れた畳の上に万年床の布団、まるで使った形跡のない古びた勉強机には埃が積もり、さらにその上には読みかけの雑誌や紙切れや学校から支給された用紙などが堆積している。一方、部屋の片隅に置かれた旧式のテレビにはそれなりの手入れが施されている様子が見て取れた。テレビの画面では、今まさに勇の家が映し出されていた。彼は急速に、とんでもない異常事態が起きつつあることを悟った。
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テレビの右上には『北野高の首席入学生 治安維持法違反で逮捕さる!』と題する字幕が目立つ。さらにその下には『兄は硬式戦争部の主将』と丁寧な補足情報まで記されてあった。
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「治安維持法違反だと? 功のやつ、捕まらんと言ってたじゃないか!」
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勇は思わず大声をあげた。ユンは万年床にあぐらをかいて座って、腕組みをした。
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「身に覚えはあるようだな。お前の弟は計算機に詳しかった」
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