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Rikuoh Tsujitani 2024-03-11 20:27:41 +09:00
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Signed by: riq0h
GPG key ID: 010F09DEA298C717

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@ -533,14 +533,20 @@ tags: ['novel']
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”一九四六年三月二十日。親愛なるお父さんへ。お父さん、私はやりました。見事にソ連兵を撃退して、ポーゼンを解放したのです。途中で初めての部下もできました。捕らえた百名余のソ連兵たちも、今では私たちに従って農作業に従事しています。来たるべき東方生存圏の姿をいち早く実践しているようで、とても誇らしい気持ちになりました。とはいえ、今日はお休みしなければなりません。窓の外では今、季節外れの大雪が降っています。じきに春の目覚めが訪れるというのに空はずいぶん気まぐれなものです。でも、ひょっとするとこの雪が敵の進軍を食い止める役に立つのかもしれま”
 いつもの小気味よい改行音ではなく、なにかが詰まったような鈍い音がした。それきり、どのキーを押しても奥に進まない。どうやらまた故障したようだった。もともと崩れた建物の中から拾ってきたものだったので調子が悪いのは仕方がない。手探りでなんとかアームを引き戻してやると、なんとか続きを打てるようになった。
”一九四六年三月二十日。親愛なるお父さんへ。捕虜にしたソ連兵たちのお仕事が決まりました。今のところは農作業と街の再建に従事させています。来たるべき東方生存圏の姿をいち早く実践しているようで、とても誇らしい気持ちです。とはいえ、今日はお休みしなければなりませんね。窓の外では今、季節外れの大雪が降っています。ブリュッセルでもきっとそうだと思います。じきに春の目覚めが訪れるというのに空はずいぶん気まぐれなものです。でも、もしかするとこの雪が敵の進軍を食い止める役に立つのかもしれま”
 いつもの小気味よい改行音ではなく、なにかが詰まったような鈍い音がした。それきり、どのキーを押しても奥に進まない。どうやらまた故障したようだった。もともと崩れた建物の中から拾ってきたものだったので調子が悪いのは仕方がない。だが、私の方もいい加減に慣れてきて、手探りでアームを引き戻してやるとタイプライタは再びまともに動くようになった。
「ずいぶん熱心に書いているのね」
 背後からいきなりリザちゃんの声がしたので、ちょっとびっくりしつつも自信満々に答える。
「うん、戦争が終わったら”たいぴすと”になるの。だからいっぱい練習しないと」
「……そう」
 彼女はここのところ頻繁に上空を飛び回って哨戒に当たっている。友軍にせよ敵にせよ早めに見つけるに越したことはない。しかし、あれから一週間余りが経過しているのに、相変わらず周辺は嘘みたいに静まり返っている。ベルリンの様子も相変わらず分からないままだ。
 彼女はここのところ頻繁に上空を飛び回って哨戒に当たっている。友軍にせよ敵にせよ早めに見つけるに越したことはない。しかし、あれから一週間余りが経過しているのに、相変わらず周辺は嘘みたいに静まり返っている。
「なんか見えた?」
「なんにも。一体どうなっているのかしら」
 あまりにも情報がなさすぎた。無線設備もなければ斥候を送る兵力もない私たちには、今、ベルリンがどうなっているのかも分からない。
「ちょっと遠くまで飛んでみるとか――」
「ダメ。この街の防衛能力は私たち二人にかかってる。入れ違いになったら一巻の終わりよ」
 こんなやり取りをもう何度も繰り返している。一体