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Rikuoh Tsujitani 2024-02-19 15:12:23 +09:00
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 その少女は前線基地の会議室に舞い降りてやってきた。いや、舞い降りたという表現はいささか上品にすぎる。今日は作戦指揮に関わる国連軍の将校や事務方の重鎮、民間関係者、そして我々のような記者が一堂に会する最後の場――あけすけに言ってしまえば、これまで丹念に積み上げてきた法的手続きが実る時――ついに果実として収穫できる日だった。
 そこへ、いきなり基地の天井を突き破って部屋に突っ込んできたのが彼女だ。当然、記者たちはカメラのシャッターを盛んに切りまくってこれに応じる。戦闘機の爆撃にも耐えうるように設計された最新の3Dプリンター基地を秒で破壊せしめた彼女が一体なにを言うのか、なんでこんなだいそれた真似をしでかしたのか、会議室の全員が固唾をんで見守った。実際、軍人としての彼女の性格は多くが謎に包まれている。
 そこへ、いきなり基地の天井を突き破って部屋に飛び込んできたのが彼女だ。当然、記者たちはカメラのシャッターを盛んに切りまくってこれに応じる。戦闘機の爆撃にも耐えうるように設計された最新の3Dプリンター基地を秒で破壊せしめた彼女が一体なにを言うのか、なんでこんなだいそれた真似をしでかしたのか、会議室の全員が固唾をんで見守った。実際、軍人としての彼女の性格は多くが謎に包まれている。
”こんな安普請の基地で本当に守りを固めているつもり? もっとちゃんとしなさいよ”
”3Dプリンター工場による大量生産物は自然破壊の大きな要因であり、抗議としてデモンストレーションを――”
”予行練習のつもりだった。後でもう一回やっていい?”
 正直、なにを言ってもらっても構わない。どうであれ絵になる。彼女の影響力は国家元首にも匹敵する。どんな内容でろうとも人々の注目を掴んで離さない。上へ上へぐんぐん伸びていく株にはぶら下がっておくのが得策だ。
 しかし、私が予想していたどの台詞とも異なり、彼女は長いブロンドの髪の毛をわたわたとたくしあげてこう言った。額に汗を滲ませ、等身大に焦りを見せた様子で。
 正直、なにを言ってもらっても構わない。なんであれ絵になる。彼女の影響力は国家元首にも匹敵する。どんな内容でろうとも人々の注目を掴んで離さない。上へ上へぐんぐん伸びていく株にはぶら下がっておくのが得策だ。
 しかし、私が予想していたどの台詞とも異なり、彼女は長いブロンドの髪の毛をわたわたとたくしあげてこう言った。額に汗を滲ませ、人間らしい焦りを見せた様子で。
「今、何時何分? たぶん、ギリ遅刻じゃないと思うんだけど」
 結論から言うと、彼女が基地を破壊して会議室に突っ込んだのは午前八時五九分、五五秒。遅刻五秒前だった。
 彼女こそが、私の今回の取材対象だ。本作戦の要、国連指定魔法能力行使者、PR上の都合で我々報道関係者が『魔法少女』と呼んでいる人物との初めての出会いだった。
 結論から言うと、彼女が基地の天井を破壊して会議室に突っ込んだのは午前八時五九分、五五秒。遅刻五秒前だった。
 彼女こそが、私の今回の取材対象だ。本作戦の要、国連指定魔法能力行使者、兼、映画女優。PR上の都合で我々報道関係者が『魔法少女』と呼んでいる人物との出会いだった。
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 最後の会合は割にあっさりしたものだった。法的手続きを神に置き換えることに成功した我々は「西暦二〇三六年七月二〇日、国際連合安全保障理事会決議一六七八に基づき、新たに魔法能力行使者による戦闘行動を認める。」と将校が告げた言葉に神託を見出し、例の彼女が合意を示したと同時に殺戮が合法化された事実を受け入れられるのだ。
 砂塵嵐の吹き荒むかの地に屹立する未承認国家TOAは、あとちょうど半年で自称建国二周年を迎える。皮肉にもその直前で滅亡を迎えることは、当の彼らも今では受け入れつつあるだろう。もともと無謀でしかなった革命政権がここまで息を保っていられたのは、ひとえに人権意識の高まりや、安保理常任理事国の承認の遅れ、近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
 読者諸兄もご存知の通り、三年前にようやく前述の「国際連合安全保障理事会決議一六七八」が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。例によってひとたび神託を受けた我々は数百台の戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、随時入れ替わるトレンド投稿の一スクロール分しか関心を持たなくなる。圧倒的物量の前にTOAの軍隊は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違いなかった。
 しかしある時、突に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って堂々と抗戦を開始せしめた。かの地に住まう人々を気にかける数少ない良心的進歩派(ここで両手を掲げて二本の指をくいくいと動かす)も、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちらの戦死者の数が急速に増えだしたからだ。
 批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化して消えていった。どうやら連中が手駒に仕立てた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力者と呼称)
 こうして国連軍が手間暇をかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物体と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でも大儲けをしているやつらがいる。一体どういうカラクリなのか、日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の私にはまるで見当がつかない。そもそもこの場にフリーライター風情の私が潜り込めているのも厳密には合法と言いがたいコネや搦手を散々使った結果だ。
 さて、当然、もはや状況は常人の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法能力行使者を派兵するのが筋だ。ところが、記録の残るかぎり各国に正式に登録されていて、かつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた魔法能力行使者はまったくいなかった。およそ成年手前で例外なくピークを迎えて、以降は衰える一方の魔法力は常備常設を良しとする近代的軍備の観点にまるでそりあわない。当人が軍属を希望するともかぎらない。
 それでもロシアをはじめとする東側諸国にはぼちぼちいるそうだが、貸してくれといって借りられるようなら苦労しない。仮想敵国から戦略級魔法能力行使者をレンタルするなんて核兵器のデリバリーサービスよりもハードルが高い。月にロケットを送りこんだAmazonにも不可能なことはある。
 最後の会合は割にあっさりしたものだった。法的手続きを神に置き換えることに成功した我々は「西暦二〇三六年七月二〇日、国際連合安全保障理事会決議一六七八に基づき、新たに魔法能力行使者による武力行使を認める」と将校が告げた言葉に神託を見出し、件の魔法少女が合意を示したと同時に殺戮が合法化された事実を受け入れられるのだ。
 砂塵嵐の吹き荒むかの地に屹立する未承認国家TOAは、あとちょうど半年で自称建国二周年を迎える。皮肉にもその直前で滅亡を余儀なくされることは、当の彼らも今では受け入れつつあるだろう。もともと無謀でしかなった革命政権がここまで息を保っていられたのは、人権意識の高まりや近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
 読者諸兄もご存知の通り、三年前にようやく前述の『国際連合安全保障理事会決議一六七八』が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。ひとたびことが決まると世界の人々は戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、随時入れ替わるトレンド投稿の一スクロール分くらいしか関心を払わなくなった。圧倒的物量の前にTOAの軍勢は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違いなかった。
 しかしある時、突に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って反転攻勢に打って出た。かの地に住まう人々を気にかける数少ない良心的進歩派(両手を掲げて二本の指をくいくいと動かす)も、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちらの戦死者の数が急速に増えだしたからだ。
 批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化していった。どうやら連中が手駒に仕立てた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の最上位魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力者と呼称)
 こうして国連軍が手間暇をかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物品と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でもちゃっかり金儲けをしているやつらがいる。どういうカラクリなのか日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の私にはまるで見当がつかない。そもそもこの場にフリーライター風情の私が潜り込めているのも厳密には合法と言いがたいコネや搦手を散々使った結果だ。
 さて、当然、事態はもはや通常戦力の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法能力者を派兵するのが筋だ。ところが国連軍内はおろか各国にも、正式に登録済みでかつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた戦略級魔法能力者はまったくいなかった。およそ一八歳で例外なくピークを迎えて、以降は弱まる一方の魔法能力は常備常設を良しとする近代的軍備の規範にまるでそぐわない。なにより当人が軍属を希望するともかぎらない。
 それでもロシアをはじめとする東側諸国にはぼちぼちいるそうだが、貸してくれと頼んで借りられるようなら苦労しない。専制国家から戦略級魔法能力者をレンタルするなんて核兵器のデリバリーサービスよりもハードルが高い。月にロケットを送りこんだAmazonにも不可能なことはある。
 念の為に日本政府にも打診を試みたものの、よく知られている通りこの国は「我が国に上位等級の魔法能力行使者は存在しない」との公式見解を戦後からずっと堅持しているため、今回も協力は得られなかった。
 結局、最後の頼みは我らが合衆国だった。だいぶ衰えたとはいえ今なお最強の軍勢を誇ると知らしめたい彼らは、五年前からずっと大量の派兵協力をしているし、言うまでもなく戦死者の数も飛び抜けて多い。虎の子の魔法能力行使者を送り出すなどまともな民主主義国家なら絶対に民意が許さないだろうが、アメリカ合衆国の国民は乗り気そのものだった。そういうわけで、今回のジョイントミッションが実現したのである。
 結局、最後の頼みの綱は我らがアメリカ合衆国だった。だいぶ衰えたとはいえ今なお最強の軍勢を誇ると知らしめたい彼らは、当初より盛んに派兵を行っている。大量殺戮を呼ぶ戦略級魔法能力者を送り込むなどまともな民主主義国家なら絶対に民意が許さないだろうが、かの地への厳しい制裁を望む合衆国国民は乗り気そのものだった。そういうわけで、今回のジョイントミッションが実現したのである。
「メアリー・ジョンソン……大尉とお呼びした方が?」
 劇的なイベントの後に殺到した記者がはけた後、コーヒーと名刺を同時に差し出しながら私は軽妙に尋ねた。あんなふうに我先と詰め寄る記者はトーシロ同然だ。取材される当人からしたらみんな同じ顔に見えてなにも印象に残らない。応対だって機械的にならざるをえない。話しかけるなら一番最後。最低でも三〇分は空ける。経験に培われた私の流儀だ。案の定、ティーンにそぐわないいかつい階級章をわざとらしく持ち出したことで、彼女はふふ、と苦笑いをした。
「冗談みたいよね。大尉になったのってほんの日前なのよ」
 指揮系統に彼女を組み込む都合上、どうしてもそれなりの地位を与える必要性があったのだろう。小隊長程度の命令に左右されるようでは並外れた戦闘能力をいかんなく発揮できないし、かといって高級将校に堂々と楯突かれては作戦遂行の妨げになる。大尉相当官として扱うのは理にかなっている。
じきにあなたの飼っている犬も少尉になりますよ
 笑ってくれた。いい感じだ。著名人のInstagramはこまめにチェックしておかないといけない。以前は本当に面倒くさかったが、今時は手頃なプランの機械学習ツールにまとめて投げればイヤフォンで文字起こしの要約が聞ける。
 殺到した記者がはけた頃合いを見計らって、コーヒーと名刺を同時に差し出しながら私は軽妙に尋ねた。あんなふうに我先と詰め寄る記者は素人同然だ。取材される当人からしたらみんな同じ顔に見えてなにも印象に残らない。回答も機械的にならざるをえない。話しかけるなら一番最後。最低でも三〇分は空ける。経験に培われた私の流儀だ。案の定、ティーンに似つかわしくない階級章をわざと持ち出したことで、彼女はふふ、と苦笑いをした。
「冗談みたいよね。大尉になったのってほんの日前なのよ」
 指揮系統に彼女を組み込む都合上、どうしてもそれなりの地位を与える必要性があったのだろう。小隊長程度の命令に左右されるようでは並外れた能力をいかんなく発揮できないし、かといって高級将校に堂々と楯突かれては計画の妨げになる。大尉相当に遇するのは理にかなっている。
計算上は夏の間に大将になれますね
 笑ってくれた。いい感じだ。他にも引き出しは色々と用意してある。著名人のSNSはこまめにチェックしておかないといけない。以前は面倒くさかったそうだが、今時は手頃なプランのLLMツールにまとめて投げればイヤフォンで文字起こしの要約が聞ける。こうした大規模言語モデルの産物は”AI”などという尊大なブランディングネームの助けを借りつつも、我々の生活に溶け込んで久しい
 ”ハーイ、私はメアリーです。八歳の頃に魔法能力に目覚めました。たくさんの親族と仲良く暮らしています。父と母と四つ年下の妹もいます……。”
「ところで、ついさっきまではロサンゼルスにいましたよね。そっちでも記者連中に捕まっていたので?」
「そうね、映画の出演者インタビューに出てて」
 彼女が目配せをする。当然知っているんでしょ、とでも言いたげだ。まだ五秒足らずのフッテージしか出回っていない作品だが、もちろん知っている。業界関係者の知人から第二次世界大戦で辛い役目を背負わされた魔法能力行使者の話だと聞いた。珍しく親が俳優でも富豪でもインフルエンサーでもないのに公募のオーディションからじわじわと登り詰めてきた彼女の、初の主演作品だ。
 彼女が目配せをする。当然知っているんでしょ、とでも言いたげだ。まだ五秒足らずのフッテージしか出回っていない作品だが、もちろん知っている。業界関係者の知人から第二次世界大戦で厳しい役目を背負わされた魔法能力者の物語だと聞いた。珍しく親が俳優でも富豪でもインフルエンサーでもないのにじわじわと子役の出演歴を重ねてきた彼女の、初の主演作品だ。
「ええ、やっぱり空を飛ぶシーンとかは全部自分の魔法でやるんですか?」
「意外にそうでもないわ。CGの方がリアルに見えるって変よね、でも画面で観ると本当にそうなの」
「あなたの世代からすると変に聞こえるでしょうが、一昔前はドイツの話を撮りたかったら本当にドイツに行ってたんですよ」
「まあ、私ひとりだけならそんなに面倒じゃないわね、なんて」
 そんな一介の女優でしかない彼女が、どういうわけか合衆国政府に登録されている最上等級の魔法能力行使者で、そのために出動を要請する召集令状が下されたのは果たして幸運だったと言えるだろうか。映画の興行収益はすでに確約されたようなものだ。
 実在の軍人の役を演じる女優が、本当に軍人となって戦争に赴く――どこぞの出版社に提案したら「話ができすぎている」と即ボツを食らいそうなあらすじとはいえ、しかしこれはまごうことなき現実である。世論は大いに湧いた。いかに無敵に等しい戦略級魔法能力行使者であっても、無垢な少女を戦争に駆り出すのはどうなのだ、ともっともらしい道徳論を説く者があれば、しきりに言葉尻を捉えて無垢な少女だと良くないのか、じゃあ素行不良の少年なら構わないのかといった反論が打ち出され、少女性をことさらに重要視するのはセクシストだしエイジズムだとの論陣が張られた。
 そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないのだ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だ、と恨み節を上げる投稿がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が強制的に戦争に駆り出させるなどそもそもが言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧喧諤諤にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが民主主義であり自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、西側陣営を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
 世間は彼女が招集に応じるかどうかおよそ半々と見ていたが、特に悶着もなく驚くほどあっさり合意した。その日、各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた一年間の軍事教練もきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
 今のところ、なぜ戦争に行くのかという肝心の質問には曖昧な回答を繰り返している。愛国心がどうとかなんとか、みたいな話も彼女の世代では今時やりづらいだろう。そんなダサいことを言ったら一日の間にフォロワーが七桁は減る。もっとも、今となっては数億人のフォロワー数を誇る彼女にはどのみち関係がなさそうである。いずれにしても理由は分かっていない。若い世代を代表するアイドルであり、女優であり、兵器であり、広告塔でもある彼女の本心は謎に包まれている。
 そんな上り調子の女優が、どういうわけか合衆国政府に登録されている最上位の魔法能力者で、そのために出動を要請する召集令状が下されたのは果たして幸運か、はたまた不幸か。少なくとも、新作映画の興行収益は確約されたようなものだ。
 過去に実在した軍人を演じる女優が、本当に軍人となって戦争に赴く――どこぞの出版社に提案したら「話ができすぎている」と即ボツを食らいそうなあらすじとはいえ、しかしこれはまごうことなき現実である。世論は大いに湧いた。いかに無敵に等しい戦略級魔法能力者であっても、無垢な少女を戦争に駆り出すのはどうなのだ、ともっともな道徳論を説く者があれば、言葉尻を捉えて無垢な少女だと良くないのか、じゃあ素行不良の少年なら構わないのかといった反論が打ち出され、少女性にことさらに着目するのはセクシストでエイジズムだとの論陣が張られた。
 そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないのだ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だ、と恨み節を上げる投稿がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が戦場に呼びつけるなどそもそもが言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧々諤々にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、自由世界を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
 世間は彼女が招集に応じるかどうか半々と見ていたが、特に悶着もなく驚くほどあっさり合意した。その日、各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた一年間の軍事教練もきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
 今のところ、なぜ戦争に行くのかという肝心の質問には曖昧な回答を繰り返している。愛国心がどうとかなんとか、みたいな話も彼女の世代では歓心を買いづらいだろう。下手にダサい物言いをすれば一日の間にフォロワーが七桁は減る。もっとも、今となっては数億人のフォロワー数を誇る彼女にはどのみち関係がなさそうである。いずれにしても理由は分かっていない。若い世代を代表するアイドルであり、女優であり、兵器であり、広告塔でもある彼女の本心は謎に包まれている。
 もし、そいつが掴めたら私もしがないフリーライターから脱出できるのだが。
「ところで、ジョン・ヤマザキさん。あなたは日系人?」
 不意にエスニックな出自を聞かれて少々たじろいだ。そういうセンシティブな質問をされたからには多少は打ち解けているのかもしれない。
「おや、多少はフランクにいっても良さそうな雰囲気かな。たぶん、まあ、そうだろうと思うよ。途中で色々混ざってはいるけどね」
 なぜか知らないが私の両親も、さらにその上の両親も、ヤマザキという名字の語感を気に入っていたらしい。ある上等なウィスキーと同じだからとかいうふざけた理由を聞かされた時には呆れかえったものが、ライター稼業を始めてからは両親にも祖父母にも、私の遺伝子の元となった最初の日本人にも毎日感謝を捧げている。この名字は相手に覚えてもらやすいからだ。これがもしジョン・スミスだったら話している最中にも忘れられかねない。
 と、いう話をさっそくしてやったら、目の前のメアリー・ジョンソンは初めて年齢相応に顔をくしゃりと丸めて大笑いした。いいぞ、流れは確実に私に来ている
「おや、フランクにいっても良さそうな雰囲気ですかね。じゃあそうしよう。たぶん、まあ、そうだろうと思うよ。元を辿ればね」
 なぜか知らないが私の両親も、さらにその上の両親も、ヤマザキという名字の語感を気に入ったらしい。ある上等なジャパニーズ・ウィスキーと同じだからとかいうふざけた理由を聞かされた時には呆れかえったものが、ライター稼業を始めてからは両親にも祖父母にも、私の遺伝子の元となった最初の日本人にも毎日感謝を捧げている。この名字は相手に覚えてもらやすいからだ。これがもしジョン・スミスだったら話している最中にも忘れられかねない。
 と、いう話をさっそくしてやったら、目の前のメアリー・ジョンソンは年齢相応に顔をくしゃりと丸めて大笑いした。いいぞ、確実に流れが来ている。私は勢いづいた
「ところで、私が日系人だとなにか特別に教えてもらえることがあるのかな」
「私が着る複合素材スーツ、スポンサーの都合で日本のアニメがモチーフらしいの。なにか知ってるかと思って。おかしいわよね、これから戦いに行くのに」
 全然知らない上にどうでもいい話題だったが私はあくまで歩調を合わせた。
「なんでも金に替えようとみんな一生懸命なのさ。だから無人機のカメラも常にストリーム配信されているし、そこでの投げ銭や広告収入が国連軍の活動資金になっている。君のそのなんとかスーツにもボディカメラがついているだろう。今はなにもかもがコンテンツなのさ」
 すると、彼女が途端に押し黙ったので、私はしまった、と強く後悔した。うら若き少女には不適切な表現だったかもしれない。それともこれはあれか、マンスプレイニングってやつか。ストリーミングでなにが流行っているかなんて大人の私より彼女の方が詳しいに決まっている。
「なんでも金に替えようとみんな一生懸命なのさ。だから無人機のカメラ映像も常に配信されているし、そこでの投げ銭や広告収入が国連軍の活動資金になっている。君のそのなんとかスーツにもボディカメラがついているだろう。なにもかもがコンテンツ化される時代だ」
 すると、彼女が途端に押し黙ったので、私はしまった、と強く後悔した。うら若き少女には不適切な表現だったかもしれない。それともこれはあれか、マンスプレイニングってやつか。ストリーミング配信の現状なんて大人の私より彼女の方が詳しいに決まっている。
 幸いにも、彼女は私のせいで抑うつ気味になったわけではなかった。ただ、うつむいて絞り出すようにして言ったのが印象深い。
「そうね……分かってる。みんなが色々考えて、私でお金儲けをしたいのも、なにかやろうとしているのも。でも、私しか彼女を止められないんだ」
「彼女? 女だったのか」
 敵の魔法能力行使者の素性は明かされていないはずだ。身体的性別か、性自認だけでも判明すれば大きな情報になる。
「あ、えっと、それは国家機密で、ごめんなさい」
「別に構わないよ。聞かなかったことにしよう」
 そこへ基地内に放送が流れて、国連軍の事務方による重要な会見が行われるとの告知が知らされた。こういう局面でかけるべき言葉を探さずに済んだのは運が良い。
「また後で!」
 敵の魔法能力者の素性は一切明かされていないはずだ。性別か、あるいは性自認だけでも判明すれば大きな情報になる。
「あっ、えっと、それは国家機密で、ごめんなさい」
「別に構わないよ。聞かなかったことにしよう」
 あえてあっさり退く。ここで深追いすれば警戒される。
 そこへ基地内に放送が流れて、まもなく重要な会見が行われるとの告知が行われた。
「また後で他の話が聞けると期待しておくよ」
 あえて名残惜しさを残す形で会話をぶった切る。さっと身を翻して数十分後の算段をつける。
 さあ、種は撒いた。うまく芽吹いてくれるといいのだが。
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 会見の内容は淡々としていた。まず、展開が中止されていた地上軍が再編されて一個中隊規模がかの地に投入されるという。圧倒的に強いとはいえやはりいたいけな少女を一人で戦地に向かわせる構図に広報担当経由でなんらかの改善要求が入ったのか、急きょ事実上の随伴歩兵をあてがう形を作ったらしい。味方の死傷者を増やしたくないから展開が中止されたのに、ここへきてそのリスクを元に戻したがるとは世間様の考えはつくづく理解不能だ。とはいえ、各SNSの感情解析データはどれもこの発表直後五分以内において良好な数値を指し示している。
 次に、今回の作戦をスポンサードしてくれた各国企業の紹介と宣伝。一社あたり分足らずとはいえ参画企業がかなり多かったのでだいぶ時間がかかった。防具となる複合素材スーツを提供している日本のメーカーはスポンサードにスポンサードを重ねているみたいで、デザインの仕様が協賛関係のためにテレビ局の意向を汲んでいると説明していた。さっそく件のスーツを着て現れた彼女が、百マイル先からでも視認できそうなビビットな色彩をまとっていたのはそのためだ。会見中に調べてみたら、タイアップしているアニメキャラクターの画像が出てきた。大勢の前で笑顔を振りまく彼女とは似ても似つかないが確かに衣装の見た目はよく似ている。やや趣が違うもののちゃんとスカーフも付いている。
 会見の内容は淡々としていた。まず、展開が中止されていた地上軍を再編して一個中隊規模をかの地に投入するという。圧倒的に強いとはいえ”無垢な少女”を一人で戦地に向かわせる構図に広報担当経由でなんらかの改善要求が入ったのか、急きょ事実上の随伴歩兵をあてがう形を作ったらしい。味方の死傷者を増やしたくないから撤退させたのに、ここへきてそのリスクを増やしたがるとは世間様の考えはつくづく理解不能だ。各SNSの感情解析データはどれもこの発表直後五分以内において良好な数値を指し示している。
 次に、今回の作戦をスポンサードしてくれた各国企業の紹介と宣伝。一社あたり分足らずとはいえ参画企業がかなり多かったのでだいぶ時間がかかった。防具となる複合素材スーツを提供している日本のメーカーはスポンサードにスポンサードを重ねたみたいで、デザイン部分についてはテレビ局と共同で企画開発したと説明していた。さっそくスーツを着て現れた彼女が、数マイル先からでも視認できそうなビビットな色彩をまとっていたのはそのためだ。調べてみるとタイアップしているアニメキャラクターの画像が出てきた。彼女とは似ても似つかないが確かに衣装の見た目はよく似ている。やや趣が違うもののちゃんとスカーフも付いている。
 実際、彼女が敵から発見されようがされまいが大した差はない。M1エイブラムス戦車の主砲が直撃しても無傷でいられる不滅の身体は広告にはうってつけだ。そういう事情もあって、彼女のビビットなスーツにはスポンサード企業のロゴが所々に刻まれている。まるでF1レーサーみたいだ。よく映る上半身の方ほど協賛金も大きいのだろう。
 続けて、作戦の収支報告が行われた。無人機のストリーミング配信はなにげに馬鹿にならない利益を上げていたがそれでも累積赤字を埋めるほどには至っていなかった。そこで、今回は随伴歩兵のボディカメラでもストリーミング配信を行って収益を改善させるほか、VRコンテンツを開発している各企業に三次元データを販売するとのことだった。ついでに、歩兵の心拍や表情の動きなども常時モニタリングして関連業界のスポンサード企業に提供される計画になっている。
 こうして得られた収益の一部は資金運用にも用いられ、それ自体も再販可能な債権として売り出される。主に再販を手掛けるのはもちろんスポンサード企業に名を連ねている銀行や証券会社だ。かつてSDGsという持続可能性や資源の再利用を象徴するフレーズが流行っていたが、今回の作戦はまさにそれの鑑と言えるに違いない。骨にこびりついた肉の一片をも丁寧にしゃぶりつくし、骨からも出汁をとるような心構えには感服せざるをえない。さっそく市場を見てみると、スポンサード企業の株価が軒並み上昇していた。