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「私がやったら通路ごと吹き飛ばしちゃうかも」
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リザちゃんは「ぱんぱん」が大の苦手なのだった。でも今は仕方がない。どのみち壊す予定の建物に気を使っていられない。
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しかし、待てど暮せど敵はおろか、誰も通路の先には現れなかった。ここが研究所なら科学者やお医者さんみたいな人がいてもおかしくないと思っていたのだけれど、そういう人もここには見当たらない。
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結局、最初の手がかりは突き当りの分かれ道にかかっていた看板で見つかった。ハンス一等兵が読み上げる。
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「右、神秘部」
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「左、人事管理部」と続けて言う。「どちらに行くべきははっきりしているな」伍長さんが声を張った。
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結局、最初の手がかりは突き当りの分かれ道にかかっているらしい看板で見つかった。ハンス一等兵が読み上げる。
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「左、人事管理部」
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ひと呼吸おいて「右……神秘……部」言う。「どっち行くべきはこの上なくはっきりしているな」伍長さんが応じる。
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特に反対意見を唱える人はおらず、私たちは黙って右の通路を進んだ。手前の「資材室」と書かれた部屋――例によってハンス一等兵が読み上げた――を二人がかりで蹴破り、かちゃかちゃを小銃を構えたその先には、どうやら変な物ばかりが置かれているらしかった。みんなが口々にうめく中、人がいないと判るまで後ろに立っていたパウル一等兵も前に出てきて素っ頓狂な声を上げる。
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「なん、だ、こりゃあ……」
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「なに、どうしたの? なにがあるの?」
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ひとり、話から置いてけぼりの私だけが右往左往していた。部屋の中を歩き回っていると、足先が丸みを帯びたなにかにコツンと当たった。誰も注意を促さないので私は身をかがめてそれを持ち上げた。触った感触からすると金属質で、円盤のような形をしていた。それ以上のことは私にはなにも判らなかった。わんちゃんに向かって投げるフリスビーをとっても大きくしたらこんな感じかもしれない、と勝手な感想を抱くに留まった。
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「これ、なにに見える?」
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頭の中に体調一二フィートの巨大なわんちゃんが思い浮かんだところで想像力の限界が来て、私は円盤を持ったまま振り返った。しばらく回答を待っていると、意外にも物静かなエルマー一等兵が答えてくれた。
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「ユーフォーってご存知ですか。それに似ているように見えます」
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「ユー、フォー?」
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「正直に申し上げていいものか自信がないので容赦願いたいのですが」
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なにやらとても言いづらそうにしていたので私は「うん、いいよ」と先を促した。
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「その、世の中にある低俗な雑誌とか、にはですね、その、そういうお話が載っております。なんでも、まさに大尉がお持ちの円盤のようなものが、空を飛んでいるのを見た人がいる、と」
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「これが?」
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私がぐい、とさらに高く円盤を持ち上げると、彼はさらに遠慮がちに話し続けた。
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「いえ、それが聞いた話では、もっと、ずっと大きくて、戦闘機や戦車に匹敵するほどだそうです。見た人によれば、その円盤は雷鳴より高速に移動して、どうやら他の惑星から来ているようだと」
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「えーっ」
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私はびっくりして持ち上げた円盤を取り落とかけた。
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「他の惑星ってどこ? 月とか?」
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エルマー一等兵はこのことについて話すのがよほど苦痛なのか、息も絶え絶えといった調子でお話を締めくくった。
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「月もそうですが、火星から来た、と申す者もいます。あるいは金星、木星、いや、ずっと遠いところから来たのだ、という者まで……いずれにしても、とんでもなく低俗な話です」
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「ようするにこういうことね。ここにある円盤とか、そこの水晶球とか、あっちにある変な絵とか仏像とか――」
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リザちゃんがオーク材の手で指し示したものを一つずつ叩いていったからか、それぞれ微妙に違う音が部屋中に鳴り響いた。
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「――要するにオカルトじみたなにかをわざわざ研究していたってこと?」
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「そんなもののために我が軍とソビエトのアカ野郎どもが後生大事にこの建物を守りくさっていたってことですかね」
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呆れぎみの疑問符を並べたリザちゃんに続いて、伍長さんははっきりと怒った態度で言った。
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「この部屋ってそんなに変なんだ」
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「大尉殿の後ろの壁にはでっかい掛け軸がかかっているんですがね……なんていうか、悪趣味ですよ。今この時ばかりは目が見えない方がマシだって思いますよ」
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誰も彼もが奇妙な不愉快さを抱えたまま、私たちは資材室を後にした。次に出くわしたのは世界各地の前衛芸術が並んでいる部屋――よほど気味が悪かったのかみんなすぐに出てきたし、私には見えないので意味がない――その次の部屋は、中にアクリル材でできた透明な密室があったという。しかし中にはなにも入っていなかった。
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通路を道なりに進むと、ずいぶん広い食堂もあった。うってかわってここは一等兵さんたちが口々に喜びの声を上げて、併設されている調理室からまだ腐っていない食糧を次々と手に入れてきた。そのうちいくらかは布や厚紙でくるまれて私の旅行鞄にも収まった。
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ちょうどお腹が空く頃でもあったので、私たちはここでご飯を食べることにした。背もたれのない小さな椅子がそこかしこに転がっていて歩きづらかったけど、リザちゃんの手を借りて私もなんとかみんなと同じ机の前に座ることができた。
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「それにしても拍子抜けしたな」
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口をむしゃむしゃさせながらパウル一等兵が言った。
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「今のところ変なオカルト道具以外はなにもないな」
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ハンス一等兵も同僚に賛同を示して、先ほど頑張って喋って疲れ果てたのかエルマー一等兵は「うん」とだけ答えた。
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「大尉殿。あなたがたの任務はここを破壊するってことでしたね。上からなにか聞いておられなかったのですか」
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一方、伍長さんは明らかに詰め寄る態度で私たちに迫った。ここへ来るまでに二週間以上。いつどこから襲いかかってくるか分からないソ連兵に怯えながら潜伏を続け、実際に一度は戦い、結果的には損耗なしとはいえかなりの苦労を経てここに来ている。それが、ただのおかしなおもちゃが集められた施設を壊すだけで終わっては割に合わない。伍長さんの怒りはもっともだった。
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「ごめんなさい。私たちも施設を破壊しろ、としか命令されていなくて」
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しかし、私たちにも事情は知らされていなかった。あわよくば街を再占領して後方に注意を惹きつけられるといった考えも、街が廃墟と化しているのなら大した効果は得られそうにない。高出力の無線設備とやらも撤去されているに違いない。
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つまり、ほとんど無駄骨だったということだ。
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「なんにせよ命令は命令よ。さっさと破壊してベルリンに戻りましょう」
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リザちゃんの一言で不承不承ながらもみんなの意見はまとまった。ここまで無傷で生き残っただけありがたいのかもしれない。最後に食堂を簡単に点検した後、一行はのろのろと部屋を出た。そういえば行きはエレベータだったから、帰りもエレベータに乗らないといけない。そして地下から最上階に登って、また徒歩で一階に降りる形になる。
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体力の消耗を厭わないのなら天井を破壊して一階に戻りたい、と強く思った。
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「ここって地下何階なんだろうね」
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「他に下りたり上ったりするところがないならここが一階じゃないの。地下何メートルかまでは分からないけど」
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もし地下何十メートルも下だったら壊して戻るのは無理そうだ。なけなしの魔法力と吐き気が左右に乗っかった天秤はあっけなく後者に傾いた。たしか上りのエレベータは下りよりちょっぴりマシだったはず。
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そんな心配で頭をいっぱいにしながら踵を返そうとすると、どこからか声が聞こえた。
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「……けて……助けて……」
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「ねえ、今の聞こえた?」
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咄嗟に前を歩く分隊に呼びかけるも、誰も同意を返さない。でも、その声は繰り返し、繰り返し聞こえてきた。回数を追うごとにはっきりと、次第に位置関係までもが掴めはじめた。
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「助けて! 助けて!」
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視界に映る白線の輪郭は壁を表している。その奥に、別の白点が見えた。私はどうしてもそこに行かなければいけないような気がした。
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「ねえ、どうしたの――」
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リザちゃんの問いに答える間もなく、私は天秤を吹き飛ばして天井ではなく真横の壁に魔法を解き放った。突然の出来事にパウル一等兵が絶叫し、伍長さんは小銃を構え、リザちゃんは私の肩を抑えたが、壁の向こう側に別の部屋があることが分かると、みんなの動きがぴたりと静止した。
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「だ、誰!?」
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ぴん、と張り詰めた甲高い声があたりにこだまして鮮やかに白線の稜線を作り上げる。
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「牢屋だ、牢屋の中に子どもがいるぞ」
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伍長さんが空いた大穴をくぐって中に入る。
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「ひでえな、首が繋がれてやがる」
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がしゃがしゃと打ち鳴らす音から、声の主と私たちの間には固い鉄格子がはまっているようだった。
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「一体なんなんだこの部屋は……」
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一等兵さんたちがそれぞれ鉄格子の外の様子を探るなか、リザちゃんはゆっくりと子どもの近くに歩み寄った。怯えているのか、床に座ったままじりじりと後ずさりして「誰なの」と言葉を繰り返す。
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「私たちは――」
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ちょっと悩んだ後に彼女は言った。
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「――あなたを助けに来たのよ。ねえ、お名前、なんていうの? どうしてここに閉じ込められているのか分かる?」
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努めて優しげに尋ねたおかげか、鉄格子の中の子どもはおずおずと自身の名前と役目を告げた。
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「あたしは……あたしの名前は、マリエン・クラッセ。魔法少女なの」
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