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@ -70,6 +70,8 @@ tags: ['novel']
 たとえ光が見えなくても。
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第一章:ケルン爆撃
”一九四七年十月二〇日。昨月の今頃はあんなに暑かったのに、このところめっきり冷え込んできました。同じドイツでもミュンヘンとケルンでは少し調子が違うようです。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当はすぐにでも空を蹴って会いにいきたいのだけれど、あいにく今の私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、管制官が仰るには戦争でもっと功績を立てれば、どんどん偉くなって、したいことがなんでもできるようになるそうです。”
 チーン、とタイプライタが鳴り、ハンマーが紙面の端に到達したことを知らせてくれる。一旦、タイピングを止めて手探りで本体のレバーを引っ張り、改行する。
@ -236,9 +238,9 @@ tags: ['novel']
「ちょっと、揺らしすぎだよ、机」
 はにかみながら嗜めると、予想に反してリザの深刻そうな声が返ってきた。
「私じゃない。空襲よ」
 覆いかぶさるように空襲警報のサイレンが耳に入ってくる。二人して椅子から立ち上がった。空襲警報が鳴ったら心身の状態に関わらず出動する決まりになっている。「着替え、一人でできそう?」彼女の声に「うん、ドレス、まだベッドの上にあるから」
 数分でめいめいに服装を着込んで出動の準備を整えた。今度はリザの手に引かれて玄関から勢いよく飛び出す。最寄りの基地までは歩いて十分足らずだけど、杖に頼っていては決してそんなに早くはたどりつけない。早足で歩く彼女の歩幅に負けじと大股で歩き続けた。
 今日は人に手を引かれてばかりだ。
 覆いかぶさるように空襲警報のサイレンが耳に入ってくる。二人して椅子から立ち上がった。空襲警報が鳴ったら心身の状態に関わらず出動する決まりになっている。「着替えなくちゃ」彼女の声に「うん、ドレス、まだベッドの上にあるから」と答えた。机の上にナプキンを投げ捨てて、私は彼女の言う通りに手足を上げ下げして、SS特別管制官大佐の名の下で正式に認可された戦闘服たるオーバードレスを着せてもらった。私の着替えが済むと、すぐにリザちゃんは隣の部屋に駆け込んで自分の支度をはじめた。
 数分後、彼女の手に引かれて玄関から勢いよく飛び出す。最寄りの基地までは歩いて十分足らずだけど、杖に頼っていては決してそんなに早くはたどりつけない。早足で歩く彼女の歩幅に負けじと大股で歩き続けた。
 なんだか今日は人に手を引かれてばかりだ。
 風が頬を撫でつける空白の時間の後、彼女の足が止まった。「身分証を」という端的な男の人の声に応じて、私も鞄から身分証明書を取り出す。直後、男の人の声はうわずり「どうぞお通りください」と丁寧な物腰に変わった。
 基地の建物内に入ると足音がかつかつと硬質な響きになった。辺りは騒然としていたのにリザの歩みは管制官のいる部屋に入るまでもう止まらなかった。それで私もするべきことが判った。両足をこつんと合わせて直立不動の姿勢をとり、敬礼をした。
「よし、さっそく国土を汚す敵を駆逐してくれ。私、アルベルト・ウェーバーSS特別管制官大佐の権限により、魔法能力の発動を許可する」
@ -298,12 +300,36 @@ tags: ['novel']
 確かに、白線の肩口を触るとそこには折れた木材があるのみで、腕や手は残っていなかった。同様に、右足も破損していた。
 無言で残っている方の腕を自分の肩に回して彼女を背負った。無線機を人の体で覆う格好になったのでいかにも違和感が強い。
「敵……どうなったの」
私たちの街を燃やしている」
「街を燃やしている」
 私は静かに答えた。大聖堂の屋根から見える暗闇の景色は、街の人々の悲鳴、絶叫、敵機が落とす爆弾の爆発音、ぱちぱちと火炎が爆ぜる音が情報源となって、かくも鮮やかな輪郭に彩られていた。
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第二章:ピノッキオ
”一九四七年十一月一日。ケルンは今日も煙くさいです。街のあちこちがまだもくもくしています。私のせいです。もっと戦闘機を落とせていたらこんなことにはならなかったのに。今日は同僚のリザちゃんの話を書こうと思います。彼女も私と同じで、役目を持って生まれた子どもでした。私の目が光を映さないように、彼女は手足が一つもありません。せめて格好だけでも普通にさせようとして、家具職人の父がクルミの木で作った義肢をこしらえたそうですが、あいにくどんなに力を込めても動かすことはできません。"
 チーン。私はレバーを引き上げるついでにリザちゃんの様子を見にいった。椅子から立ち上がって一回転。前へ進む。そのうち扉に手がぶつかるので部屋を出るぶんには歩数を数える必要はない。
 壁伝いによりかかって何歩か歩いて、隣の部屋のドアノブに手を触れる。だいたいの見当をつけてドアを軽くノックした。
「リザちゃん? 調子どう?」
 返事の代わりにちょっとうんざりしたようなため息が返ってきた。
「そう一時間置きに聞きにこなくても私は元気だって。元気じゃないのは肩から先だけ」
 ドアノブをひねって部屋に入ると、真っ暗闇の視界の中にぽつんと座る少女の白線が描かれた。姿勢からしてベッドの上に座っているのだろうと思われた。彼女に必要な四つの義肢は予備が用意されているので昔ほどの不便はないという。けれど、不器用な人が動かす操り人形のようにぎくしゃくと動く白線を見るかぎり、日常生活にも支障をきたしているのは明らかだった。
「やっぱり、イタリアの木じゃないと相性が悪いのかもね」
 窓の方に顔を向けながらリザちゃんが言った。ムッソリーニ首相が王様に叱られて以来、イタリアのほとんどの土地はずっと敵にとられたままで、木材の輸入は滞っている。たまたま難を逃れていた彼女はドイツ軍に「セッシュウ」されて、一度も故郷に帰る許しをもらえていない。「セッシュウ」されると、別の国の人でもその国のきまりに従わなければいけないのだと、管制官が言っていた。
 だから、今の彼女の手足はイタリアではなくドイツの木でできている。私は彼女の隣に腰掛けて、肩口から伸びる白の稜線を手でなぞった。
「ちょっと固いね」
「たぶんオーク材だと思う。私はウォールナットの方が好きかな」
 右手でゆるく握りこぶしを作って、幅の広い肩の付け根あたりをこつこつと叩いてみた。しっかりした響きの少ない鈍い感触が手のひらに伝わる。
「オークはドイツの国樹なんだって」
 現在、ヨーロッパの至るところにあるオークの樹林には、そこかしこに私たちの鉤十字がはためいているという。仕えるべき国家の存在を木々に教えてあげているのだ。
「ふうん」
 少しの沈黙を隔てた後、ぽつりとリザちゃんが謝った。
「ごめんね、お世話できなくて。一人じゃ着替えとか、大変でしょ」
「ううん、最近はちょっとこつを覚えてきたつもり」
 手をぱたぱたと振って否定したが、それをすり抜けて彼女のオーク材の指先が私の襟口を不器用につまんだ。
「でも服の後ろ前が逆だよ」
「え、ほんと」
一九四七年十一月一日。ケルンは今日も煙くさいです。街のあちこちがもくもくしています。私のせいです。いざという時に

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@ -66,7 +66,7 @@ Neo65はBakeneko65と同じO-ringマウント主体のキーボードだが、
若干の混乱を余儀なくさせられたのは、基板がANSIとISOの両方の配列をサポートしている都合上、特定のキーに限っては異なる向きでスイッチを装着しなければならなかったところだ。ただでさえフォームに接続口が遮られていて手探り状態なのに向きまで変わるとなると、スイッチピンの損傷を恐れて力を入れる勇気がつかずなかなかに手間取った。
加えて、Neo65のO-ringマウントはだいぶ癖が強い。しっかり留まるのはそれだけ高精度に設計されている証ではあるが、代わりに一度はめたら外す作業が極めて困難になってしまう。キーボードの先頭の列をキーごと持ち上げれば容易にマウントを解除できるBakeneko65と比べると、メンテナンス性の低さは否めない。
加えて、Neo65のO-ringマウントはだいぶ癖が強い。しっかり留まるのはそれだけ高精度に設計されている証ではあるが、代わりに一度はめたら外す作業が少々困難になってしまう。一旦、背面を経由しないといけないようだ。キーボードの先頭の列をキーごと持ち上げれば容易にマウントを解除できるBakeneko65と比べると、メンテナンス性の低さは否めない。
他方、筐体の高級感、ビルドクオリティは非常に優れていると言える。背面の真鍮プレートはいかにもリッチな印象を受けるし、15インチのートPCをも上回りかねない圧倒的な重量は制動性の向上に一躍買っていると考えられる。そのようにして完成した漆黒のキーボードを見ると、実に非の打ちどころのない自己完結した世界観がいきおい目の前に出現する。気品に満ちた佇まいと他の何者とも交わらない獣性が融合した蠱惑的なインスピレーションがかき立てられる。