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Rikuoh Tsujitani 2025-03-27 16:55:50 +09:00
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title: "生地探しの旅Ⅱ:クラシックかつロック"
date: 2025-03-27T16:55:25+09:00
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tags: ["diary"]
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[前回](https://riq0h.jp/2025/03/12/160842/)の続き。スーツスタイルをやっていくからにはやはりネクタイは欠かせない。当初は横着してノーネクタイ前提のコーディネートを考えていたが、いざ立派なセットアップを身に着けると物足りなさを感じたのだ。今更ながらクラシックなファッションを順に追っていくと、なぜそこにそれが必要なのかが直感的に分かってくる。本当に需要のない装飾であれば現在まで存続していないだろう。
しかし今時はクールビズやビジネスルールの緩和化によって、平日の通勤時間帯でもスーツ姿にノーネクタイの人たちをよく見かける。今では誰も彼もがしている服装とはいえ、あくまでこれは「当たり前になった」のであって「カッコよくなった」わけではないところに留意する必要がある。真剣に伝統を追い求めるからには歴史の積み重ねに忠実でなければならない。
あるいは、考え方によってはむしろお堅い伝統美こそが反抗的なのかもしれない。スーツ・ネクタイを強制的に着用させられている人たちと、着なくてよくなったので着ていない人々が大勢を占めている今日において、自らの意思でスーツ・ネクタイを完璧に着こなそうとする人は昔ほど多くはいない。年々、厳しさを増す日本の気候も相まって、機能性を捨てた昔ながらの服飾はおのずと逆張りの文脈を帯びはじめる。
これは必ずしもファッションに限った話ではない。今の世の中は温度差が激しすぎて風邪を引きそうになるほど支配と奔放が社会に同居している。日々すさまじい屈従を強いられている人がいる一方、あまりにも自由すぎるがゆえに生活を持ち崩して泣き言を漏らす人も珍しくない。そういった暮らし向きを慰撫する柔らかい言葉も巷には溢れかえっている。両者の立場は対極的でも自律性に欠ける点では共通している。今や受動的な態度は世俗的であり、高度な自律性や忍耐こそがロックなのだ。
つまり、自律的に伝統美を極めた人間はクラシックかつロックな存在になれる。僕もぜひともそれを目指したい。なので今後は自らの意思でネクタイを締めようと思う。さっそく専門店に行ってみると、その彩色とデザインの豊かさに驚いた。ありきたりなネイビーや黒のネクタイはそこでは隅に追いやられ、色とりどりのレジメンタル、ドット、小紋付きのものが堂々たる主役を飾っている。ネクタイを服飾ではなく規範と見なす場ではまず目にする機会はないだろう。
加えて、スーツ同様に季節感の要素もある。シルク100のつるりとした触感のネクタイは通年用だが、縫い目が粗く通気性に長けたフレスコ生地は春夏に向いている。言わずもがなリネンは夏用、ウールは冬用、コットンリネンやウールシルクといった二者混のものはさらに生地の表情が多様となる。もちろん、単体で見るぶんには鮮やかでも手持ちのスーツとの相性を考慮しなければコーディネートはうまくいかない。
ここへきて「無地のネイビー、グレーのスーツが至高、シャツは白が至高」としきりに伝統が語る真意に腹落ちした。それらの服飾要素が派手になればなるほど他の選択肢が格段に減っていくからだ。単価が比較的安く、日によって変えやすいネクタイは遊べる範囲がとても広いのに、スーツやシャツにチェック柄などを取り入れてしまうと途端に全体の構成が難しくなる。
さしあたり僕はシャツを仕立ててもらった店で[無地のボルドー](https://shop.shirt.co.jp/shop/g/gGBOS013AAS/)と[モノトーン調のレジメンタル](https://shop.shirt.co.jp/shop/g/gGKMA157AAR/)をそれぞれ購入した。最初は手堅く行こう。せっかくなら秋口までを視野に入れたいのでフレスコ生地のものを選んだ。いざ現物を触ってみると、その手触りの良さにまたもや驚かされる。このような間違いのない品物に関する知見が増えるたび、値段には相応の理由があると改めて実感できる。
ところで、僕はごく限られたイベントを除いてネクタイをろくに締めた経験がない。職業柄、転職時にもスーツ・ネクタイは必須ではないため最後に締めたのは何年も前の話だ。当然ながら、ネクタイをまともに締めることができない。ただ締めるだけならできなくもないがいまいち格好がつかない。服飾としてネクタイを検討するなら、少なくとも結び目の下にいい感じの凹み(ディンプルと呼ぶらしい)くらいは作れるようになっていないといけない。
結局、いい歳して就活を控えた学生よろしく鏡の前で何度もネクタイを締める練習を繰り返した。こちとら芸術点優先なのだから就活生の若造連中と一緒にしないでもらいたい、などと懸命に抗ってみるも、外出直前にネクタイを相手に四苦八苦している様はどう見ても若造のそれである。クラシックかつロックな存在となれる日はまだ遠い。