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Rikuoh Tsujitani 2024-02-12 22:07:53 +09:00
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 最後の会合は割にあっさりしたものだった。法的手続きを神に置き換えることに成功した我々は「西暦二〇三六年九月十一日、国際連合安全保障理事会決議一六七八に基づき、新たに魔法能力行使者による戦闘行動を認める。」と将校が告げた言葉に神託を見出し、例の彼女が合意を示したと同時に殺戮が合法化された事実を受け入れられるのだ。
 砂塵嵐の吹き荒むかの地に屹立する未承認国家TOAは、今年で自称建国二〇周年を迎える。皮肉にもその年で同時に滅亡を迎えることは、当の彼らも今では受け入れているのだろう。もともと無謀でしかなった革命政権の樹立がここまで息を保っていられたのは、ひとえに人権意識の高まりや、常任理事国の承認の遅れ、近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
 読者諸兄もご存知の通り、年前にようやく前述の「国際連合安全保障理事会決議一六七八」が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。例によってひとたび神託を受けた我々は数百台の戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、スターバックスの新商品ほどの関心も持たなくなる。圧倒的物量の前にTOAの民兵組織は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違いなかった。
 しかし、三年前に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って堂々と抗戦を始めたのだ。かの地に住まう人々を気にかける数少ない良心的進歩派(ここで両手を掲げて二本の指をくいくいと動かす)も、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちらの戦死者の数が急速に増えたからだ。
 批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー軍人が勝てる相手ではない。何万ドルもする無人機は出すたびに塵と化して消えていった。どうやら連中が手駒にせしめた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力行使者と呼称)
 こうして国連軍が何年もかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物体と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でも大儲けをしているやつらがいる。一体どういうカラクリなのか、日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の我々にはまるで見当もつかない。
 さて、当然、もはや状況は常人の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法行為能力者を派兵するのが筋だ。ところが、記録の残るかぎり各国に正式に登録されていて、かつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた魔法能力行使者はまったくいなかった。およそ成年手前で例外なくピークを迎えて、以降は衰える一方の魔法力は常備常設を良しとする近代的軍備の観点にまるでそりあわない。
 最後の会合は割にあっさりしたものだった。法的手続きを神に置き換えることに成功した我々は「西暦二〇三六年七月二〇日、国際連合安全保障理事会決議一六七八に基づき、新たに魔法能力行使者による戦闘行動を認める。」と将校が告げた言葉に神託を見出し、例の彼女が合意を示したと同時に殺戮が合法化された事実を受け入れられるのだ。
 砂塵嵐の吹き荒むかの地に屹立する未承認国家TOAは、あとちょうど半年で自称建国二〇周年を迎える。皮肉にもその直前で滅亡を迎えることは、当の彼らも今ではそろそろ受け入れてつつあるだろう。もともと無謀でしかなった革命政権の樹立がここまで息を保っていられたのは、ひとえに人権意識の高まりや、常任理事国の承認の遅れ、近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
 読者諸兄もご存知の通り、年前にようやく前述の「国際連合安全保障理事会決議一六七八」が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。例によってひとたび神託を受けた我々は数百台の戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、スターバックスの新商品ほどの関心も持たなくなる。圧倒的物量の前にTOAの民兵組織は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違いなかった。
 しかしある時、突然に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って堂々と抗戦をせしめた。かの地に住まう人々を気にかける数少ない良心的進歩派(ここで両手を掲げて二本の指をくいくいと動かす)も、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちらの戦死者の数が急速に増えだしたからだ。
 批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一基何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化して消えていった。どうやら連中が手駒にせしめた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力行使者と呼称)
 こうして国連軍が手間暇をかけて端っこからちまちまと削り取ってきた解放地域はみるみるうちに押し戻され、状況はすっかり元通りになった。不思議なことにあらゆる物体と金銭が文字通り露と消えたのに、こんな状況でも大儲けをしているやつらがいる。一体どういうカラクリなのか、日々真面目に対立を煽って日銭を稼いでいる身分の私にはまるで見当がつかない。
 さて、当然、もはや状況は常人の手に負える段階ではない。国連軍としても対等の魔法能力行使者を派兵するのが筋だ。ところが、記録の残るかぎり各国に正式に登録されていて、かつ軍事訓練を受けており、実際の戦闘経験も持ち合わせた魔法能力行使者はまったくいなかった。およそ成年手前で例外なくピークを迎えて、以降は衰える一方の魔法力は常備常設を良しとする近代的軍備の観点にまるでそりあわない。
 それでもロシアをはじめとする東側諸国にはぼちぼちいるそうだが、貸してくれといって借りられるようなら苦労しない。仮想敵国から戦略級魔法能力行使者をレンタルするなんて核兵器のデリバリーサービスよりもハードルが高い。月にロケットを送りこんだAmazonにも不可能なことはある。
 結局、最後の頼みは我らが合衆国軍だった。だいぶ衰えたとはいえ今なお最強の軍勢を誇ると知らしめたい彼らは、五年前からずっと大量の派兵協力をしているし、言うまでもなく戦死者の数も飛び抜けて多い。虎の子の魔法能力行使者を送り出すなどまともな民主主義国家なら絶対に民意が許さないだろうが、アメリカ合衆国の国民は乗り気そのものだった。そういうわけで、今回のジョイントミッションが実現したのである。
「メアリー・ジョンソン……大尉とお呼びした方が?」
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 指揮系統に彼女を組み込む都合上、どうしてもそれなりの地位を与える必要性があったのだろう。小隊長程度の命令に左右されるようでは並外れた戦闘能力をいかんなく発揮できないし、かといって高級将校に堂々と楯突かれては作戦遂行の妨げになる。大尉相当官として扱うのは理にかなっている。
「じきにあなたの飼っている犬も少尉になりますよ」
 笑ってくれた。いい感じだ。著名人のInstagramはこまめにチェックしておかないといけない。以前は本当に面倒くさかったが、今時は手頃なプランの機械学習ツールにまとめて投げればイヤフォンで文字起こしの要約が聞ける。
「ところで、つい数時間前まではロサンゼルスにいましたよね。そっちでも記者連中に捕まっていたので?」
「ところで、ついさっきまではロサンゼルスにいましたよね。そっちでも記者連中に捕まっていたので?」
「そうね、映画の出演者インタビューに出てて」
 彼女が目配せをする。当然知っているんでしょ、とでも言いたげだ。まだ五秒足らずのフッテージしか出回っていない作品だが、もちろん知っている。業界関係者の知人から第二次世界大戦で辛い役目を背負わされた魔法能力行使者の話だと聞いた。珍しく親が俳優でも富豪でもインフルエンサーでもないのに公募のオーディションからじわじわと登り詰めてきた彼女の、初の主演作品だ。
「ええ、やっぱり空を飛ぶシーンとかは自分の魔法でやるんですか?」
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「まあ、私ひとりだけならそんなに面倒じゃないわね、なんて」
 そんな一介の女優でしかない彼女が、どういうわけか合衆国政府に登録されている最上等級の魔法能力行使者で、そのために出動を要請する召集令状が下されたのは果たして幸運だったと言えるだろうか。映画の興行収益はすでに確約されたようなものだ。
 実在の軍人の役を演じる女優が、本当に軍人となって戦争に赴く――どこぞの出版社に提案したら「話ができすぎている」と即ボツを食らいそうなあらすじとはいえ、しかしこれはまごうことなき現実である。世論は大いに湧いた。いかに無敵に等しい戦略級魔法能力行使者であっても、無垢な少女を戦争に駆り出すのはどうなのだ、ともっともらしい道徳論を説く者があれば、しきりに言葉尻を捉えて無垢な少女だと良くないのか、じゃあ素行不良の少年なら構わないのかといった反論が打ち出され、少女性をことさらに重要視するのはセクシストだしエイジズムだとの論陣が張られた。
 そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないんだろ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だという意見がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が強制的に戦争に駆り出させるなどそもそもが言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧喧諤諤にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが民主主義であり自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、西側陣営を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
 世間は彼女が招集に応じるかどうかおよそ半々と見ていたが、女優のキャリアを保てるスケジュールを条件に割とあっさり合意した。その日、各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた年間の軍事教練もきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
 今のところ、なぜ戦争に行くのかという肝心要の質問には曖昧な回答を繰り返している。愛国心がどうとかなんとか、みたいな話も彼女の世代では今時やりづらいだろう。そんなダサいことを言ったら一日の間にフォロワーが七桁は減る。もっとも、今となっては数億人のフォロワー数を誇る彼女にはどのみち関係がなさそうである。いずれにしても、理由は分かっていない。
 そうは言ってもおっさんだったらどうせ誰も気にしないのだ、真に弱いのは女子どもでも障害者でもなく五体満足の中年男性だという意見がSNS上で万バズを獲得し、対して国家が強制的に戦争に駆り出させるなどそもそもが言語道断との進歩的見識が各メディアに並ぶも、西側諸国でもなにげに徴兵を実施している国々には都合が悪く言葉を濁さざるをえない。そうして喧喧諤諤にやり合っているうちに誰も彼も飽きはじめて、もう本人が決めればいいじゃん、それが民主主義であり自由主義国家の姿だろう、みたいな粗雑な結論が持ち出される始末。かくして、西側陣営を占める十数億人の責任は選挙権すら持たないたった一人のティーンエイジャーに丸投げされたのだった。
 世間は彼女が招集に応じるかどうかおよそ半々と見ていたが、女優のキャリアを保てるスケジュールを条件に割とあっさり合意した。その日、各国の酒場では徴兵拒否に賭けていた方の札束が宙に舞ったという。彼女は自らに課せられた年間の軍事教練もきっちりこなしたので、途中で逃げ出す方に賭けていた方も遠からず私財をなげうった。
 今のところ、なぜ戦争に行くのかという肝心要の質問には曖昧な回答を繰り返している。愛国心がどうとかなんとか、みたいな話も彼女の世代では今時やりづらいだろう。そんなダサいことを言ったら一日の間にフォロワーが七桁は減る。もっとも、今となっては数億人のフォロワー数を誇る彼女にはどのみち関係がなさそうである。いずれにしても、理由は分かっていない。若い世代を代表するアイドルであり、女優であり、兵器であり、広告塔でもある彼女の本心は謎に包まれている。
 もし、そいつが掴めたら私もしがないフリーライターから脱出できるのだが。
「ところで、ジョン・ヤマザキさん。あなたは日系人?」
 不意にエスニックな出自を聞かれて少々たじろいだ。そういうセンシティブな質問をされたからには多少は打ち解けているのかもしれない。
「おや、多少はフランクにいっても良さそうな雰囲気かな。たぶん、まあ、そうだろうと思うよ。途中で色々混ざってはいるけどね」
 なぜか知らないが私の両親も、さらにその上の両親も、ヤマザキという名字の語感を気に入っていたらしい。ある上等なウィスキーと同じだからとかいうふざけた理由を聞かされた時には呆れかえったものが、ライター稼業を始めてからは両親にも祖父母にも、私の遺伝子の元となった最初の日本人にも毎日感謝を捧げている。この名字は相手に覚えてもらえやすいからだ。これがもしジョン・スミスだったら話している最中にも忘れられかねない。
 と、いう話をさっそくしてやったら、目の前のメアリー・ジョンソンは初めて年齢相応に顔をくしゃりと丸めて大笑いした。いいぞ、流れは確実に私に来ている。今なら彼女の生理周期さえ教えてもらえそうだ。(この一文は後で必ず削除しておくこと!)
 と、いう話をさっそくしてやったら、目の前のメアリー・ジョンソンは初めて年齢相応に顔をくしゃりと丸めて大笑いした。いいぞ、流れは確実に私に来ている。今なら彼女の生理周期さえ教えてもらえそうだ。
「ところで、私が日系人だとなにか特別に教えてもらえることがあるのかな」
「私が着る複合素材スーツ、スポンサーの都合で日本のアニメがモチーフらしいの。なにか知ってるかと思って。おかしいわよね、これから戦いに行くのに」
 全然知らない上にどうでもいい話題だったが私はあくまで歩調を合わせた。
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 突如もたらされた破格の条件に、何人かの記者が颯爽と起立した。その顔ぶれを眺めると、いかにも毎日筋トレを欠かさずやっているような血色の良い白人男性ばかりが視界に入る。逞しく筋骨隆々で顎もシャープ。それでいて有害な男らしさはみじんも見せず、デカいくせにむしろコンパクトな印象を受ける。そして、顔にはお決まりの最新スマートグラスだ。「男性2.0」の理想像がショーウインドウされているかのようだった。彼らは決して政治的に間違えない。顔にへばりついているメガネが「正しい会話」の例を逐一サジェストしてくれるからだ。私の稼ぎでは本体代こそなんとか出せても機械学習ツールのサブスク料金は払えない。彼らはどうせ会社に払ってもらっているのだろう。
 私は割と聞こえるくらいの音量で舌打ちをした。ここまできて計画が台無しになってしまった。
 今回の作戦をつつがなく終わらせた彼女に後で正式な取材を仕掛ける予定だったのに、スマートグラス装備の完全無欠な白人男性様の記者が半日も張り付いて回られたら打つ手はない。この中にいるラッキーな誰かは日が沈むまでにメアリー・ジョンソン大尉の専属記者に成り上がって、彼女についてのありとあらゆる情報を独占していることだろう。その頃には私の名字がヤマザキだったかタナカだったかなんてどうでもいい話になっている。
 くそっ。私はまた舌打ちした。AIとは名ばかりのマルコフ連鎖風情に舌打ちのニュアンスが理解できるならやってみるがいい。
 くそっ。私はまた舌打ちした。AIとは名ばかりのマルコフ連鎖風情に舌打ちのニュアンスが理解できるならやってみるがいい。一回目はやつらに対して、二回目は自分に対してだ。
 しかし彼らはただ落ち着いた佇まいで事の推移を見守っていた。将校は満足げに微笑んで言う。
「では、立候補して頂いた方から直ちに選考に入らせてもらいます。選考結果は――」
「待って。一ついいかしら」
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 再びどよめく会場。今度こそ絵になる台詞が聞けそうだと連中のスマートグラスが即時録画モードに切り替わる。
「だって、今から人を選んでどうこうなんてやっていたらまた何週間もかかってしまうもの。今日、すぐに作戦を実行すべきよ。敵に時間を与えていたらそれだけ対策する手間を与えてしまう」
 戦略級魔法能力行使者に対策もなにもあったものか、と当然の突っ込みが頭をよぎるが、彼女の女優譲りのピンと張り詰めた声色がこの上なく動画映えするのも間違いない。言っていることも理屈の上では正論だ。そんな感じの考えが誰の脳裏にも描かれている間に、彼女の選考は終わり、すぐさま選考結果が公に通知された。
「そこにいる人、あなた。焦げ茶のジャケットを着ている。いや、あなただって」
「そこにいる人、あなた。しわっぽい焦げ茶のジャケットを着ている。いや、あなただって」
 びっと高らかに人差し指を突き出した方向が自分のいる位置にずいぶん近かったので、まずきょろきょろと左右を見回し、それから背後にも首を回したが『焦げ茶のスーツ』を着ている人物は見当たらなかった。
 私以外には。
「ジョン・ヤマザキさん。あなたが私専属の従軍記者です」
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「では質問の続きを。これまでになんらかの軍歴、民間軍事企業での勤務経験、またはその他戦闘経験をお持ちですか?」
「いいえ」
 淀みなく答える。
「紛争地域などでの取材経験は?」
「ありません」
「なるほど」
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 殺風景なタブレットの画面に私は黙々とサインを刻みつけた。私の入っている保険はもともと歯科しかカバーしていない最安のプランだ。インフルエンザの治療薬に一〇〇〇ドル近い費用を要求する彼らが、戦地で負った怪我を補償するなど天地がひっくり返っても起こりえない。他にもいくつかのサインを機械的に施して、私は自身の権利を自らの手によって一枚ずつ剥ぎ取っていった。
「以上で事務手続きは完了です。現時点をもってあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮下に入ります。作戦行動中は任務遂行の妨げにならないようご注意ください」
「せいぜい努力するよ」
 基地の外ではすでに頭部、胸部、背面に大小のカメラを取り付けた中隊の兵士たちが整列して待っていた。「PRESS」と大きく太字でペイントされた、規定の防護服に身を包んだ私はいつもより物理的に重い足取りでそちらへ近づく。件の彼女の指揮下に入っていても、TOAの領域内に入るまでは中隊の戦闘車輌に乗り込む手はずになっている。私の姿を認めると、さっそく四人いるそれぞれの小隊長が手短に挨拶をしてくれた。
 基地の外ではすでに頭部、胸部、背面に大小のカメラを取り付け、戦闘用グラスを装着しの一個中隊が整列して待っていた。「PRESS」と大きく太字でペイントされた、規定の防護服に身を包んだ私はいつもより物理的に重い足取りでそちらへ近づく。件の彼女の指揮下に入っていても、TOAの領域内に入るまでは中隊の戦闘車輌に乗り込む手はずになっている。私の姿を認めると、さっそく四人いるそれぞれの小隊長が手短に挨拶をしてくれた。
「これであなたもコンテンツ化された一員ですな」
 そのうちの一人、エドガー少尉が皮肉まじりに私のカメラを顎でしゃくった。
「我々は敵との戦いをコンテンツに、大尉は我々との活動をコンテンツに、あなたは大尉をコンテンツにする。持ちつ持たれつでいきましょうや」
「だとしたら敵はなにをコンテンツにするんだろうな」
「だとしたら敵はなにをコンテンツにするんだろうな」
 私のすっとぼけた疑問に彼は笑っていない目で、はは、と乾いた笑いを発した。
「やつらはそれが嫌だからああなったんでしょう」
「あいつらに『PRESS』なんて文字が読めるのかな」
「まあ、法ですからね」
「まあ、相手がなんであれ国際法ですからね」
 最後に、いよいよ戦略級魔法能力行使者こと魔法少女、メアリー・ジョンソン大尉が姿を現した。公衆の面前での劇的な指名の後、私はすぐさま国連職員に取り囲まれてバッググラウンドチェックを受けさせられていたため一言もしゃべっていない。なんであれ真っ先に聞くのは「なぜ並みいる男性2.0たちを差し置いて私を指名したのか?」であるべきだが、どうしても印象的な人物を演じないと気がすまない私の職業病が災いしてか、実際に口から出たのはてんで関係のない話だった。
「いや参ったね。君のそのスーツは涼しそうでなによりだが、こっちは蒸し暑くてたまらないよ。私のと交換しないか」
 暦の上では真夏を過ぎてもその暑さがやわらぐ気配はみじんもない。今日の気温も軽々と三〇度を越えていた。彼女はくすり、とはにかんだが大量の部下を前にした手前、表情を引き締めるのも早かった。
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「じゃあ一人増やして外出役と留守番役で分けよう。僕が留守番役で、外出役のやつから話を聞く」
 結局、適切な質問を繰り出せないまま彼女は一足先に作戦行動に赴いた。滑走路の手前から奥に向かって、徒競走のクラウンチング・スタートをする要領で駆け出すとあっという間に大空に飛び立った。目視できなくなるほど小さくなるまでに一分とかからなかった。
 彼女が空を飛んだり、なにかを壊す様子はYoutubeのPR動画で何度も観たことがあるが、直に目の当たりにしたのはこれが初めてだ。ただのティーン・エイジャーにしか見えない彼女が戦略級兵器に変身した瞬間と言える。我々もさっそく各自の戦闘車輌に乗り込んで後を追った。先のエドガー少尉が手招きして呼んでくれたので、彼の隣に便乗する格好となった。
 白黒黄色の大の男たちがたっぷり何人乗り込んでも、戦闘車輌のクーラーは隅々まで効いていて心地が良い。各自の歩兵と車輌の上部についたカメラはすでにストリーミング配信を開始している。とりあえず、エドガー少尉の胸元に向かって営業スマイルを送り込んでやる。「ハーイ、今回、作戦に同行することになったフリーライターのジョン・ヤマザキだ。彼らが今から連中をぶちのめしてくれる」
 エドガー少尉はやや間を置いてから真っ黒な顔に白い歯をのぞかせ、苦笑いをした。
「”お前はなにをするんだ”ってツッコまれてますよ」
「ああ、やっぱりそのグラスにコメントが映っているのか」
「衛星から降ってくる戦闘情報の邪魔にならないよう直近のコメントだけですがね」
「じゃあ、この会話もLLMの助けを借りて成り立っているのかな」
 私の意地悪な質問に、彼はさっと首を振りニカッと笑う。
「あんなもの戦闘にはなんの役にも立ちませんよ。ここではファックもシットもオープンフリーです」
「なるほどね、趣味が合いそうだ」
「さすが”魔法少女”に選ばれただけあって変わり者ですね」
 おやおや、とわざとらしく身を乗り出す仕草をして核心に迫る。
「エドガー少尉は”魔法少女”に詳しいのかな。もしや訓練時から関わりが?」
 しかし、そこはさしもの軍人。ガードは固かった。
「はっは、その手は食いませんよ。彼女に関することは我々はなにも喋りません。年金が惜しいですからね」
 礫砂漠同然のごつごつとした荒道を進み続けて一時間、ようやくTOAの支配領域が近づいてきた。
 TOAと近隣諸国との国境は隔絶されている。比喩ではない。敵方の魔法能力行使者が文字通り、彼らの主張する国境線に沿って全長数百メートルの絶壁を掘ったのだ。いくつかの場所には橋がかけられていて、陸路で通行したければそこを通る以外に手段はない。もちろん、そこには重武装の兵士たちが常時控えている。普段は入念なチェックを経た上で民間人の「入国」も許されているし、一時期は旅行がブームになっていたこともあるが、例の国連安保理決議が採択されてからは人通りが途絶えた。
 国境線の数マイル手前で戦闘車輌が次々と停止する。灼熱の荒野に足を踏み出すと、さっそくエドガー少尉が部下たちに号令をかける。
「まもなくジョンソン大尉が橋の上の軍勢を一掃する。それまでは奇襲に備えて各自待機」
 まるで頃合いを図ったかのように遠くの空がぴかぴかと光りだした。こんな白昼に落雷――というわけではなく、もちろん彼女が戦闘を開始する兆候である。しかしこんな遠目ではなにをしているのか分からない。
 そういえば、彼女のボディカメラはもうストリーミング配信中に違いない。ポケットからスマートフォンを取り出して彼女のYoutubeチャンネルにアクセスする。画面上ではまさしく、墨を塗りつぶしたように漆黒の国境線に向かって彼女が急降下を始めるところだった。これみよがしに片手に集めた魔力の塊を見せつけるのは、おそらく視聴者に対するサービスなのだろう。ばちばちばちとスピーカー越しに爆ぜるその塊が、視界に橋が大きく映り込んだと同時に解き放たれた。
 轟音。よくできたCGと比べるとなぜか嘘っぽく見える衝撃波とともに、橋の奥に控えていた小隊規模の兵士たちが一瞬で炭化した。
 空中で静止した彼女が耳のインカムに向かって言う。
「0A、目標の排除が完了」
 入れ違いに、スピーカーではなく近場に立っていたエドガー少尉もインカムに応える。
「1B、了解」
 ふと目が合った彼は自嘲をにじませつつ言った。
「ま、ざっとこんなもんですわ。遅くとも今週末には帰れますよ。せいぜいお互いに無駄死には避けましょう」
 今日は気の利いた返事を思いつくのが難しい日だと思った。
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 かりかりに焼けた死体を戦闘車輌で轢き潰しながら無事に「入国」を果たした後、いくつかの渓谷地帯を抜けるとごく平穏そうな田舎町の風景が見えてきた。「ここからは徒歩で行きましょう。スポンサーのためにね」と言う少尉の言葉に従って、ついに快適な社会に今生の別れを告げる。どれほどの速度で滑空したのやら、舗装路に鉄球をぶつけたようなクレーターをズドンと穿って彼女も降りてきた。さっそく私はボディカメラをオンにする。配信関連の手続きは設定済みらしいので、これでもう全世界数十億人の前に彼女の姿が映っているはずだ。
「皆さんご存知の魔法少女ことメアリー・ジョンソン大尉です。実は彼女は体重が5トンもあるのでご覧の通り、コンクリートにへこみが――」
「ちょっと、なに適当なこと言ってるの」
 表情こそ基地の頃と同じく笑っているが、目は全然笑っていなかったので全速力で後ずさった。
「すいません、嘘です。本当は公称通り五二.四八キログラムです」
 時計とSNSを連動させて自動投稿しているであろう数値を下二桁まで読み上げるとようやく彼女は落ち着いた。
 先頭を魔法少女、最後方を戦闘車輌で固めての行軍が始まった。私はストリーミング配信のために二番目の位置を歩いている。もし敵の掃射が守られていない首より上に当たったら即死だが、飄々と言う「弾より私の方が速いから」との力強い声に説得されて、なんとかこの立ち位置に踏みとどまっている。
 途中、オオバナミズキンバイが咲いたこじんまりとした公園をくぐり抜けて、さらに別の大通りに進んだ。この地の住民は先日までに配信された緊急避難メッセージを読んで逃げたのかも知れない。念には念を入れて無人機で紙のビラを撒く案もあったが資源の無駄遣いとの批判を受けて中止された。
 灼熱の日差しがじりじりと首筋を焼き焦がす。周りの兵士たちの小銃は神経質に水平に保たれている。今ここで、奥の街角からひょいと現地住民が顔を出したらどうなるだろうか。国際連合安全保障理事会決議一六七八は非武装の者の殺傷を認めていないものの、この地で武装していない民間人は珍しい。文言に「非戦闘員」や「非軍属」と記されなかったのはそのためだ。わずか数秒の間に区別がつくのは武器を持っているかどうかくらいしかない。