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Rikuoh Tsujitani 2024-01-29 22:26:48 +09:00
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@ -66,12 +66,12 @@ tags: ['novel']
<祖国に勝利をもたらした後、毎日だって見せられるさ。では、改めて帰投を命じる。通信終了。ハイル・ヒトラー>
「はい、直ちに帰投します。ハイル・ヒトラー」
 ところで、私はお手紙を送る時に必ず年も書くようにしているの。そうじゃないと何年も文通することになった時、どれがどの八月だったかそのうちに判らなくなってしまうかもしれないでしょう?
 一九四年十月二一日。この日も私たちは勝利を収めました。
 一九四年十月二一日。この日も私たちは勝利を収めました。
 たとえ光が見えなくても。
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”一九四年十一月七日。昨月の今頃はあんなに暑かったのに、このところめっきり冷え込んできました。同じドイツでもミュンヘンとケルンでは少し調子が違うようです。引っ越して三年が経とうとしているのにまだ慣れていません。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当はすぐにでも空を蹴って会いにいきたいのだけれど、あいにく今の私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、管制官が仰るには戦争でもっと功績を立てれば、どんどん偉くなって、したいことがなんでもできるようになるそうです。”
”一九四年十一月七日。昨月の今頃はあんなに暑かったのに、このところめっきり冷え込んできました。同じドイツでもミュンヘンとケルンでは少し調子が違うようです。引っ越して三年が経とうとしているのにまだ慣れていません。ブリュッセルのお空模様はいかがでしょうか。本当はすぐにでも空を蹴って会いにいきたいのだけれど、あいにく今の私は上官の許可なくしては男の人の背丈より高く飛ぶことも許されていません。でも、管制官が仰るには戦争でもっと功績を立てれば、どんどん偉くなって、したいことがなんでもできるようになるそうです。”
 チーン、とタイプライタが鳴り、ハンマーが紙面の端に到達したことを知らせてくれる。一旦、タイピングを止めて手探りで本体のレバーを引っ張り、改行する。
”それにしても、まだ子どもの私が「上官」とか「管制官」とか言って、言葉にしてみたらずいぶんおかしい話に聞こえるでしょうね。今の私はなんでも中尉なんだそうです。私よりたっぷり何フィートも大柄な男の人たちが、前を歩くとさっと右、左に避けてくれるのが分かります。姿は見えなくても足音でだいたいどんな背格好なのか分かりますから。”
 チーン。また、音が鳴った。再びレバーを引いて改行する。
@ -305,7 +305,7 @@ tags: ['novel']
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”一九四年十一月十五日。ケルンは今日も煙くさいです。街のあちこちがまだもくもくしています。私のせいです。もっと戦闘機を落とせていたらこんなことにはならなかったのに。次はがんばります。今日は、同僚のリザちゃんの話を書こうと思います。彼女は私より一つ歳上のお姉さんです。私と同じ、役目を持って生まれた子どもでした。私の目が光を映さないように、彼女は手足が一つもありません。せめて格好だけでも普通にさせようとして、家具職人の父が地元の木で作った義肢をこしらえたそうですが、あいにくどんなに力を込めても動かすことはできません。"
”一九四年十一月十五日。ケルンは今日も煙くさいです。街のあちこちがまだもくもくしています。私のせいです。もっと戦闘機を落とせていたらこんなことにはならなかったのに。次はがんばります。今日は、同僚のリザちゃんの話を書こうと思います。彼女は私より一つ歳上のお姉さんです。私と同じ、役目を持って生まれた子どもでした。私の目が光を映さないように、彼女は手足が一つもありません。せめて格好だけでも普通にさせようとして、家具職人の父が地元の木で作った義肢をこしらえたそうですが、あいにくどんなに力を込めても動かすことはできません。"
 チーン。私はレバーを引き上げるついでにリザちゃんの様子を見にいった。椅子から立ち上がって一回転。前へ進む。そのうち扉に手がぶつかるので部屋を出るぶんには歩数を数える必要はない。
 壁伝いによりかかって何歩か歩いて、隣の部屋のドアノブに手を触れる。だいたいの見当をつけてドアを軽くノックした。
「リザちゃん? 調子どう?」
@ -529,7 +529,7 @@ tags: ['novel']
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 ”一九四年十一月二三日。このお手紙は同僚のリザちゃんに書いてもらっています。頭で中で考えることをお話するのはおかしな感じがします。たぶん、お父さんにはお返事を書く暇がないのでしょう。せめて一度くらいお返事を頂きたかったのですが、どこかで生きて戦っているのだと信じます。たとえブリュッセルが敵の手に渡っても……"
 ”一九四年十一月二三日。このお手紙は同僚のリザちゃんに書いてもらっています。頭で中で考えることをお話するのはおかしな感じがします。たぶん、お父さんにはお返事を書く暇がないのでしょう。せめて一度くらいお返事を頂きたかったのですが、どこかで生きて戦っているのだと信じます。たとえブリュッセルが敵の手に渡っても……"
「これはだめよ」
 かりかりと鉛筆を走らせる音を止めて、リザちゃんが忠告した。
「ブリュッセルが占領されたことなんて私たちは知らない」
@ -643,7 +643,7 @@ tags: ['novel']
 にたにたと笑うパウル一等兵の顔の輪郭が、声の調子に合わせてゆらゆらと動く。こういう時って大声で怒鳴ったりしないといけないのかな、と考えていたあたりで、横から伍長さんが「上官にその口の聞き方はなんだ」とたしなめると彼はすぐに直立不動の姿勢になおった。
「申し訳ない、こいつらは国民突撃隊上がりで」
 国民突撃隊、と聞くとケルンの街角で管制官に叱られていた男の子たちを思い出す。彼らもそのうちこうやって兵士になっていくのだろうか。この兵士たちも昔はああいう感じだったのだろうか。大人の男の人はみんな紳士なのに、男の子はどうしてあんなに乱暴なんだろう。男の子はいつ、どこで急に「紳士」に早変わりするんだろう。
 暖炉の火の灯った温かい部屋でうたた寝をしていると、夜が来るのも早かった。作戦行動の細かい指示はリザちゃんが伍長さんと相談して決めていたので、私がすべき仕事は特になにもなかった。アルベルト一等兵が沸かしたお風呂に入って、エルマー一等兵が作った夕飯を食べ、クルツ一等兵にトイレを案内してもらい、オットー一等兵が整えた客室のベッドで眠ればよかった。最後に、パウル一等兵がのそのそと近づいてきて、私のそばに座った。吐く息がお酒くさかったので、手には酒瓶かなにかが握られているに違いなかった。
 暖炉の火の灯った温かい部屋でうたた寝をしていると、夜が来るのも早かった。作戦行動の細かい指示はリザちゃんが伍長さんと相談して決めていたので、私がすべき仕事は特になにもなかった。アルベルト一等兵が沸かしたお風呂に入って、エルマー一等兵が温め直した夕飯を食べ、クルツ一等兵にトイレを案内してもらい、オットー一等兵が整えた客室のベッドで眠ればよかった。最後に、パウル一等兵がのそのそと近づいてきて、私のそばに座った。吐く息がお酒くさかったので、手には酒瓶かなにかが握られているに違いなかった。
「よう、臨時大尉どの」
「なによ」
 つん、とすました顔で応じたが、彼はまったく意に介さない様子で会話を続ける。
@ -681,6 +681,14 @@ tags: ['novel']
 ただ与えられるままにして食べるシチューは、とてもとてもおいしかった。人生で一番おいしかった。これからは、二度と味わえない。決して味わえない。
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”一九四六年十一月三〇日。これからは日記を書くことにします。お手紙として書くと「ケンエツ」されてしまうけれど、戦争が終わって平和になった後にお父さんに手渡すぶんにはその心配はいりません。その頃には秘密だったことも色々とお話できるようになっているでしょうから、きっと大丈夫です。なにより、誰かに自分の考えていることを正直に話さないといい加減におかしくなってしまいそうです。”
「いいの、こんなこと書いて」
 鉛筆の音と交互にリザちゃんが心配そうに言う。
「うん、いいの。かっこつけるのも疲れちゃった」
”私たちは今、合流した分隊と一緒にポーランドの地を進んでいます。ソ連兵に見つからないようにこそこそと、まるでねずみみたいに歩くのは疲れます。幸い、まだ敵には一度も見つかっていません。一週間近くも南下し続けたののでそろそろ目的地につくでしょう。ぶんぶん飛び回りもしないし、撃ってもこない建物を壊すのは楽だと思います。早く任務を遂行して、ベルリンに戻らなければなりません。あれほどのソ連兵が押し寄せたら、いくら最強の我が軍でも苦戦するかもしれません。どうして管制官は私たちにベルリンを守る役目を仰せつけなかったのでしょうか?”
 相変わらず、私は新しくできた部下たちに助けを借りている。昨日となにも変わらないはずなのに、なにやらべたべたした質感の汚れが上塗りされている感じがした。私がなんでも一人でできたらこういう気持ちから逃れられたと思うと、地面のかすかな振動に合わせて曖昧に揺れ動く白線の軌跡が妙に恨めしかった。
 リザちゃんから聞いた話によると、私たちはシュナイデミュールと呼ばれる小都市を通り過ぎてポーゼンの北東付近にまで接近しているらしい。目標の「研究施設」を破壊するためにポーゼンの市街地まで行く必要はないけど、伍長さんとの約束で街を解放してあげないといけない。『たとえ人を殺して家を奪った兵士たちでも、軍事上の利害は一致している』リザちゃんの前に言った言葉を半ばおまじないのように頭の中で繰り返した。どのみち、私たちにはなにもできない。お巡りさんも判事さんもここにはいない。