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@ -33,7 +33,7 @@ tags: ['novel']
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指揮系統に彼女を組み込む都合上、どうしてもそれなりの地位を与える必要性があったのだろう。小隊長程度の命令に左右されるようでは並外れた戦闘能力をいかんなく発揮できないし、かといって高級将校に堂々と楯突かれては作戦遂行の妨げになる。大尉相当官として扱うのは理にかなっている。
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「じきにあなたの飼っている犬も少尉になりますよ」
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笑ってくれた。いい感じだ。著名人のInstagramはこまめにチェックしておかないといけない。以前は本当に面倒くさかったが、今時は手頃なプランの機械学習ツールにまとめて投げればイヤフォンで文字起こしの要約が聞ける。
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”ハーイ、私はメアリーです。たくさんの家族と仲良く暮らしています。父と母と三つ年下の妹もいます……。”
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”ハーイ、私はメアリーです。たくさんの家族と仲良く暮らしています。父と母と四つ年下の妹もいます……。”
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「ところで、ついさっきまではロサンゼルスにいましたよね。そっちでも記者連中に捕まっていたので?」
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「そうね、映画の出演者インタビューに出てて」
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彼女が目配せをする。当然知っているんでしょ、とでも言いたげだ。まだ五秒足らずのフッテージしか出回っていない作品だが、もちろん知っている。業界関係者の知人から第二次世界大戦で辛い役目を背負わされた魔法能力行使者の話だと聞いた。珍しく親が俳優でも富豪でもインフルエンサーでもないのに公募のオーディションからじわじわと登り詰めてきた彼女の、初の主演作品だ。
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会見の内容は淡々としていた。まず、展開が中止されていた地上軍が再編されて一個中隊規模がかの地に投入されるという。圧倒的に強いとはいえやはりいたいけな少女を一人で戦地に向かわせる構図に広報担当経由でなんらかの改善要求が入ったのか、急きょ事実上の随伴歩兵をあてがう形を作ったらしい。味方の死傷者を増やしたくないから展開が中止されたのに、ここへきてそのリスクを元に戻したがるとは世間様の考えはつくづく理解不能だ。とはいえ、各SNSの感情解析データはどれもこの発表直後五分以内において良好な数値を指し示している。
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次に、今回の作戦をスポンサードしてくれた各国企業の紹介と宣伝。一社あたり二分足らずとはいえ参画企業がかなり多かったのでだいぶ時間がかかった。防具となる複合素材スーツを提供している日本のメーカーはスポンサードにスポンサードを重ねているみたいで、デザインの仕様が協賛関係のためにテレビ局の意向を汲んでいると説明していた。さっそく件のスーツを着て現れた彼女が、百マイル先からでも視認できそうなビビットな色彩をまとっていたのはそのためだ。会見中に調べてみたら、タイアップしているアニメキャラクターの画像が出てきた。大勢の前で笑顔を振りまく彼女とは似ても似つかないが確かに衣装の見た目はよく似ている。
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実際、彼女が敵から発見されようがされまいが、スーツが本当に防具として機能しようがしまいが大した差はない。M1エイブラムス戦車の主砲が直撃しても無傷でいられる不滅の身体は広告にはうってつけだ。銃撃を受けて破れない程度に頑丈であればいい。そういう事情もあって、彼女のビビットなスーツにはスポンサード企業のロゴが所々に刻まれている。まるでF1レーサーみたいだ。よく映る上半身の方ほど協賛金も大きいのだろう。
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次に、今回の作戦をスポンサードしてくれた各国企業の紹介と宣伝。一社あたり二分足らずとはいえ参画企業がかなり多かったのでだいぶ時間がかかった。防具となる複合素材スーツを提供している日本のメーカーはスポンサードにスポンサードを重ねているみたいで、デザインの仕様が協賛関係のためにテレビ局の意向を汲んでいると説明していた。さっそく件のスーツを着て現れた彼女が、百マイル先からでも視認できそうなビビットな色彩をまとっていたのはそのためだ。会見中に調べてみたら、タイアップしているアニメキャラクターの画像が出てきた。大勢の前で笑顔を振りまく彼女とは似ても似つかないが確かに衣装の見た目はよく似ている。やや趣が違うもののちゃんとフードも付いている。
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実際、彼女が敵から発見されようがされまいが大した差はない。M1エイブラムス戦車の主砲が直撃しても無傷でいられる不滅の身体は広告にはうってつけだ。そういう事情もあって、彼女のビビットなスーツにはスポンサード企業のロゴが所々に刻まれている。まるでF1レーサーみたいだ。よく映る上半身の方ほど協賛金も大きいのだろう。
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続けて、作戦の収支報告が行われた。無人機のストリーミング配信はなにげに馬鹿にならない利益を上げていたがそれでも累積赤字を埋めるほどには至っていなかった。そこで、今回は随伴歩兵のボディカメラでもストリーミング配信を行って収益を改善させるほか、VRコンテンツを開発している各企業に三次元データを販売するとのことだった。ついでに、歩兵の心拍や表情の動きなども常時モニタリングして関連業界のスポンサード企業に提供される計画になっている。
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こうして得られた収益の一部は資金運用にも用いられ、それ自体も再販可能な債権として売り出される。主に再販を手掛けるのはもちろんスポンサード企業に名を連ねている銀行や証券会社だ。かつてSDGsという持続可能性や資源の再利用を象徴するフレーズが流行っていたが、今回の作戦はまさにそれの鑑と言えるに違いない。骨にこびりついた肉の一片をも丁寧にしゃぶりつくし、骨からも出汁をとるような心構えには感服せざるをえない。さっそく市場を見てみると、スポンサード企業の株価が軒並み上昇していた。
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ここまで順調に進んでいた会見は、話し手が将校に変わったあたりで途端に雲行きが怪しくなった。「急な話で申し訳ないが今回は報道各社の皆さんにもご協力を仰ぎたい」その一言で今までコンテンツを中継する立場でしかなかった我々の座席に、さあっと視線が投げかけられた。
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@ -163,7 +163,7 @@ tags: ['novel']
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しかし、そこはさしもの軍人。ガードは固かった。
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「はっは、その手は食いませんよ。彼女に関することは我々はなにも喋りません。年金が惜しいですからね」
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礫砂漠同然のごつごつとした荒道を進み続けて一時間、ようやくTOAの支配領域が近づいてきた。
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TOAと近隣諸国との国境は隔絶されている。比喩ではない。敵方の魔法能力行使者が文字通り、彼らの主張する国境線に沿って全長数百メートルの絶壁を掘ったのだ。いくつかの場所には橋がかけられていて、陸路で通行したければそこを通る以外に手段はない。もちろん、そこには重武装の兵士たちが常時控えている。普段は入念なチェックを経た上で民間人の「入国」も許されているし、一時期は旅行がブームになっていたこともあるが、例の国連安保理決議が採択されてからは人通りが途絶えた。
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TOAと近隣諸国との国境は隔絶されている。比喩ではない。敵方の魔法能力行使者が文字通り、彼らの主張する国境線に沿って深さ約一マイルの絶壁を掘ったのだ。いくつかの場所には橋がかけられていて、陸路で通行したければそこを通る以外に手段はない。もちろん、そこには重武装の兵士たちが常時控えている。普段は入念なチェックを経た上で民間人の「入国」も許されているし、一時期は旅行がブームになっていたこともあるが、例の国連安保理決議が採択されてからは人通りが途絶えた。
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国境線の数マイル手前で戦闘車輌が次々と停止する。灼熱の荒野に足を踏み出すと、さっそくエドガー少尉が部下たちに号令をかける。
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「まもなくジョンソン大尉が橋の上の軍勢を一掃する。それまでは奇襲に備えて各自待機」
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まるで頃合いを図ったかのように遠くの空がぴかぴかと光りだした。こんな白昼に落雷――というわけではなく、もちろん彼女が戦闘を開始する兆候である。しかしこんな遠目ではなにをしているのか分からない。
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@ -175,7 +175,6 @@ tags: ['novel']
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「1B、了解」
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ふと目が合った彼は自嘲をにじませつつ言った。
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「ま、ざっとこんなもんです。せいぜいお互いに無駄死には避けましょう」
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今日は気の利いた返事を思いつくのが難しい日だと思った。
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「皆さんご存知の魔法少女ことメアリー・ジョンソン大尉です。実は彼女は体重が5トンもあるのでご覧の通り、コンクリートにへこみが――」
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「ちょっと、なに適当なこと言ってるの」
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表情こそ基地の頃と同じく笑っているが、目は全然笑っていなかったので全速力で後ずさった。
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「すいません、嘘です。本当は公称通り五四.四八キログラムです」
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「すいません、嘘です。本当は公称通り一二〇.七ポンドです」
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時計とSNSを連動させて自動投稿しているであろう数値を下二桁まで読み上げるとようやく彼女は落ち着いた。
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先頭を魔法少女、最後方を戦闘車輌で固めての行軍が始まった。私はストリーミング配信のために二番目の位置を歩いている。もし敵の掃射が守られていない首より上に当たったら即死だが、飄々と言う「弾より私の方が速いから」との力強い声に説得されて、なんとかこの立ち位置に踏みとどまっている。
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途中、オオバナミズキンバイが咲いたこじんまりとした公園をくぐり抜けて、さらに別の大通りに進んだ。この地の住民は先日までに配信された緊急避難メッセージを読んで逃げたのかも知れない。念には念を入れて無人機で紙のビラを撒く案もあったが資源の無駄遣いとの批判を受けて中止された。
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灼熱の日差しがじりじりと首筋を焼き焦がす。周りの兵士たちの小銃は神経質に水平に保たれている。今ここで、奥の街角からひょいと現地住民が顔を出したらどうなるだろうか。国際連合安全保障理事会決議一六七八は非武装の者の殺傷を認めていないものの、この地で武装していない民間人は珍しい。文言に「非戦闘員」や「非軍属」と記されなかったのはそのためだ。わずか数秒の間に区別がつくのは武器を持っているかどうかくらいしかない。
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それにしても全員無言でずっと魔法少女の背中を映し続けているのは撮れ高が良くないんじゃないか。太陽に照らされて光り輝くブロンドのロングヘアーを眺めていると、頃合いよく彼女が振り向いた。カメラに向かって満面の笑みでポース。決して私に対してでなくともそこはかとなく気分は良い。
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それにしても全員無言でずっと魔法少女の背中を映し続けているのは撮れ高が良くないんじゃないか。太陽に照らされて光り輝く複合素材スーツの背面を眺めていると、頃合いよく彼女が振り向いた。カメラに向かって満面の笑みでポース。決して私に対してでなくともそこはかとなく気分は良い。
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「皆さん、ここが敵地の最前線です。大人の人たちには懐かしい街並みかもしれませんね、この通り今は不正に占領されているので閑散としていますが、解放された暁にはまた賑わうでしょう。ほら、ヤマザキさん、振り向いて」
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今の私は全身が立脚みたいなものなので、カメラアングルを大きく変えるには身体ごと動かざるをえない。言われるままにすると大粒の汗を額に浮かばせながら歩く兵士たちの列が見えた。
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「全隊、止まれ!」
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@ -237,9 +236,9 @@ tags: ['novel']
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何百人もの死体が平凡な街並みの街路に積み重なり、意思なき人間爆弾が動かなくなった他の爆弾につまずいてこける頃合いになると、戦いはようやく消化試合の様相を帯び始めた。
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戦闘車輌もやがてバックアップに駆けつけ、前後をそれぞれ二台の車体で塞ぐ陣形が完成した。銃座に備え付けの機銃もなかなかに物を言い、最後の方は魔法の航空支援に頼らずとも敵を消耗させることができた。
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静寂が訪れて、ひと心地つくと全小隊が結集して点呼が始まった。私のいるエドガー小隊は幸いにもファーストコンタクトの時点でメアリー大尉と一緒にいたおかげで死傷者ゼロだったが、他の小隊には二、三人の戦死者が現れた。他に数名の重傷者はすぐさま車輌に収容され、来た道を戻って母国へと帰っていった。
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「あいつはネクロマンシーって呼ばれているんですよ。作戦上の識別名」
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「あいつはネクロマンサーって呼ばれているんですよ。作戦上の識別名。珍しい魔法なんでね」
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横向きに駐車されたままの車輌に背中を預けたエドガー少尉が、先進国では実質有罪的扱いの紙タバコに火をつけて言った。まるで今さら思い出したかのような口ぶりだった。
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死体を蘇らせるからネクロマンシー。この上なく単純な名付けだ。そう、入り口で彼女が屠った部隊も、さっきまで戦っていた軍勢も、おそらくはさっきの老婆も――最低一回は死んだ経験のある人々だ。この地で一度目の人生を生きている人間は、敵方にそいつが現れてからは珍しい存在になった。
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死体を蘇らせるからネクロマンサー。この上なく単純な名付けだ。そう、入り口で彼女が屠った部隊も、さっきまで戦っていた軍勢も、おそらくはさっきの老婆も――最低一回は死んだ経験のある人々だ。この地で一度目の人生を生きている人間は、敵方に魔法能力者が現れてからは確認されていない。
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地上軍の展開が中止されたそもそもの理由も、蘇って襲いかかってくる連中の相手をさせられる状況に厭戦気分が増したせいだった。銃撃を受けて蜂の巣にされても魔力を吹き込んでやればたちまち生き返る。復活した際に脳味噌がカピカピになっていたり、漏れ出ていて機能しなければ、こうして爆弾に使われる。
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おかげさまで先の空爆で失われた人員もことごとく復活。人間爆弾の在庫として第二、第三の人生を歩んでいる。ついさっきまた死んだ連中の中にも含まれていたに違いない。一連の戦術が功を奏して今日この日まで戦場の有利は彼らに大きく傾いていたが、代わりにこの国連未承認国家に支持を表明していた奇特な国々についに手のひらを返される顛末と相成った。いくらなんでも死人と握手はしたくないらしい。
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「ずいぶん飄々としているな。危うく死ぬところだったのに」
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@ -286,6 +285,7 @@ tags: ['novel']
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シットもファックもウエポンフリーなのは今や逆に特権かもしれない。どんなささやかな田舎の小役人も、オフィスの一角に両肩より気持ち広い程度の机しか持たないデスクワーカーも、今ではみんな間違えることを恐れている。
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金と立場に恵まれている人間は雲の上の神に教えを請うことでそのリスクを極限に減らしているが、そうでない人間はせいぜいハウツー本でも読んで朝令暮改で変わるルールに追いすがるしかない。
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ふと車輌の外を眺めると、渓谷の隙間に滑り込んだ太陽の光が山々に影を落としていた。この地に住まう連中もきっと変わるのが嫌で、時間の止まった魔法の死体に閉じこもる方を選んだのだろう。
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ストリーミング配信による収益化には敵方への情報漏洩を懸念する声もあったという。だが見るかぎり、そんなものは杞憂でしかない。
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@ -315,7 +315,7 @@ tags: ['novel']
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陽が落ちて空が闇夜に包まれると我々は戦闘車輌でぐるりと周囲を取り囲んだ仮設の陣地を平原に構築して野営を始めた。
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夜中は本来、ストリームの視聴者数をもっとも見込める頃合いだが、戦場で動くのに適した時間帯ではない。
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「なんとかここまで来れたね」
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戦場の女神にカメラを向けると「健康と肌と強さのために早寝早起き」を謳う合衆国保険福祉省との広告用メッセージを健気にこなした後、気の利いた小話をしてくれた。
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戦場の女神にカメラを向けると「健康と肌と強さのために早寝早起き」を謳う合衆国保健福祉省との広告用メッセージを健気にこなした後、気の利いた小話をしてくれた。
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「実際に、寝た方がいいのは確かよ。たっぷり七、八時間も寝たら世界が光り輝いて見えるけど、忙しくて五時間も寝られない日が続くとなにもかも壊したくなる」
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「なにもかも壊せそうな君が言われるとぞっとするな」
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「もちろん本当にはやらない。みんなも安心していいわよ。私が許可なく一定の分速以上で動いたり、一定以上のジュール熱を発したら、これがピカピカ光ってデフコン1が発動しちゃうから」
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@ -324,9 +324,14 @@ tags: ['novel']
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「そうしたらさすがの君も死んでしまうのかな」
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彼女は力なく笑った。
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「さあ、やってみないとわからないわね。これ以上寝不足になったらやろうかしら」
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「おっ、反乱の扇動かな。すぐそこにいる別の魔法能力行使者と気が合うかもしれない」
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「そう……たぶん、そんな感じだと思うの……彼女も。追い詰められちゃっただけで」
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彼女は敵の行使者を「彼女」と呼ぶ。どんな人物なのか事前に知らされているに違いないが、さすがに国家機密を尋ねるわけにはいかない。
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「おっ、反乱の扇動かな。すぐそこにいる別の魔法能力者と気が合うかもしれない」
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「そう……たぶん、そんな感じだと思うの……彼女も、思い詰めちゃっただけで」
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彼女は敵の魔法能力者を「彼女」と呼ぶ。どんな人物なのか事前に知らされているに違いないが、さすがに国家機密を尋ねるわけにはいかない。
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「そういえばあれからすっかり人間爆弾が来なくなったな」
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「きっと私がいるって分かったのよ。むやみに特別な魔法を使ったら疲れるから」
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「そういうものか、君にもあるのかな、特別な魔法とか」
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「ええ、まあね。ずっと練習してきたから。秘密だけど」
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魔法能力者同士の戦闘にはほとんど前例がない。戦力の大量投入、制圧力が物を言う普通の人間の戦争とは別の理屈が働いているのだろう。
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宣伝通り、最後の哨戒を終えた彼女は早々に一台分割り当てられた車輌の中に入って寝静まった。取材対象が寝たなら今日は業務終了だ。みんながそうしているようにカメラのスイッチをオフにする。
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従軍記者の役得で巡回の義務がなかった私もとっくに寝ていいはずだったが、首都に近づくにつれて様々な思い出が去来して寝るに寝られなかった。やむをえず寝袋から這い出て野営地の外れまで歩いた。歩いているうちに思い出は過去から現在に急速に進んで、町長の言葉が脳裏に蘇った。
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”外に出ていけば撃たれて死ぬだけさ”
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@ -409,16 +414,16 @@ tags: ['novel']
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私から数フィートほどしか離れていない場所に彼女と、もう一つの人影がともに墜落した。さきほどの衝撃で慣れていてもコンクリートがめくれ上がる衝撃に耐えきれず、私は早くもその場に転倒を余儀なくされる。
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慌てて起き上がるともうもうと立ち込める煙の隙間に我らが魔法少女の背中が見えた。その奥に、気だるそうに尻もちをついたまま座り込む別の少女――魔法少女が、いた。
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「いったいなあ、なにするのアイシャお姉ちゃん」
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まるで小物をぶつけられた、でも言わんばかりの気安さで敵方の魔法少女は頭をかいた。対する、こちら側の魔法少女の声は震え、怒りと、そして悲哀に包まれていた。
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まるでちょっとこづかれた、とでも言わんばかりの気安さで、黒い癖毛の魔法少女は頭をかいた。対する、こちら側の魔法少女の声は震え、怒りと、そして悲哀に包まれていた。
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「もうこんなことやめてよ、サルマ」
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実際、二人の顔つきはとても良く似ていた。片方は映画の役柄のために髪の毛をブロンドに染めていたものの、彼女らの出自を示す濃いベージュの肌とはっきりとした目立ちは揺るぎない血縁を示している。
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メアリー・アイシャ・バルタージー・ジョンソンはパレスチナ人を祖先に持つパレスチナ系アメリカ人だ。
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日々の礼拝のために敷物を持参するイスラム教徒である。
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日々の礼拝のために敷物を持参するイスラム教徒である。複合素材スーツにはちゃんとフードも付いている。
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以下、公式Instagramアカウントからの引用。
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『ハーイ、私はメアリーです。たくさんの親族に守られてみんなで仲良く暮らしています。母と父と三つ年下の妹もいますが、今は離れて住んでいます。家族からはアイシャと呼ばれています。二〇二〇年にパレスチナで生まれて戦争難民としてアメリカにやってきました。でも、まさか人生で二回も戦争に巻き込まれるなんてね! ロサンゼルスのみんな、もしまたそうなったらごめんね!』
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『ハーイ、私はメアリーです。たくさんの親族に守られてみんなで仲良く暮らしています。母と父と四つ年下の妹もいますが、今は離れて住んでいます。家族からはアイシャと呼ばれています。二〇二〇年にパレスチナで生まれて戦争難民としてアメリカにやってきました。でも、まさか人生で二回も戦争に巻き込まれるなんてね! ロサンゼルスのみんな、もしまたそうなったらごめんね!』
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彼女がなぜ招集に応じたのか、十数億人が見ているストリーミング配信の中で唐突に明らかとなった。合法的に妹と会うためだったのだ。合衆国はTOAへの移動を禁止しているし、魔法行使能力者は国家の承認がなければ魔法の行使を許されない。
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だが招集に応じて自ら戦略級兵器になれば。
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まったく合法的に妹に会いに行ける。
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@ -433,8 +438,8 @@ tags: ['novel']
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飄々とした淀みのない言い回しに最強の姉が言葉に詰まる。最強の妹はなおも攻勢を緩めない。
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「だから、私がなにも変わらないようにしてあげた。たとえもうやめてくれとせがまれても、骨になって魂を失っても、絶対に変わることを許さない。ずっとここに閉じ込めて、変わる必要のない人生を与え続けるんだ」
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敵方の魔法少女は白人至上主義者の手駒などではなかった。むしろ国家を収奪せしめ、ひどく迂遠な、あまりにも重く苦しい皮肉をまとう復讐を行っていた。
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「でも、違法だわ。私たち、魔法能力行使者は――」
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唯一、姉が振りかざせたのは、法的手続きの正当性。もちろん、今さらそんな理屈が通用する相手でないことは明らかだった。
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「そんな……あんた、わざと……でも、違法だわ。私たち、魔法能力行使者は――」
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言葉を詰まらせた姉が振りかざせたのは、法的手続きの正当性。もちろん、今さらそんな理屈が通用する相手でないことは明らかだった。
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「いいじゃない、彼らが言う決まりなんて。彼らは私に”来るな”と言った。だからここで好きにやらせてもらっている。そうしたら今度は奪いに来るの?」
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「元々が間違いだったのよ」
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「間違いかどうかは誰が決めるの? アメリカ? それとも国連?」
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@ -442,7 +447,7 @@ tags: ['novel']
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「いいえ」
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言葉に熱が帯びる。
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「今は、私が決める」
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最強の妹も不敵な笑みを浮かべて、ようやく立ち上がった。
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最強の妹も不敵な笑みを浮かべて、ようやく立ち上がった。頭一つぶん背が低くとも全身から迸る圧迫感に差はない。
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「それならいいよ、分かりやすいから」
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紫と蒼の光をまとった両者の拳が交わる。衝突して相殺された膨大なエネルギーが発散し、周囲に鋭く圧力を散らした。逃げ遅れた私はその一片を受けて吹き飛ばされ、近くの戦闘車輌に背中をしたたかに打ちつけた。肺の中の空気が絞り出される圧迫感に気を失いかけたが、辛くも自我を取り戻して車輌の背面に回ることに成功した。車輌の陰から半身を乗り出してストリーミング配信を続行する。間違いなく、今が最高の視聴者数だ。
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二人の魔法能力がぶつかるたび、相当に重いはずの車輌がぐわんぐわんと揺れて傾ぎ、尖塔を支える太い支柱にひびが刻まれた。数回の応酬を経て互いに有効打を望めないと悟ると、両者は一転して跳躍して距離を取り合った。手から放たれた魔法能力の塊がソニックウェーブを起こして水平に滑空する。小隊規模の兵士を瞬時に屠るほどの威力を持つこの塊を、しかし受け手側は片手を振り払っただけで横に弾き飛ばす。直後、近場で大きく爆発が起こり、蒼と紫の火柱が立ち上った。
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@ -544,8 +549,9 @@ tags: ['novel']
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現地に向かう道すがら、ふと気になってSNSを開いた。全盛期と比べるとフォロワー数は一〇〇分の一以下に減っていたが、懲りずに全文大文字で投稿している彼の調子に翳りは見られない。ショート動画での投稿もお手の物だ。
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ドナルド・J・トランプ元TOA永世大統領。今年で御年八九歳になる。最先端のアンチエイジング手術を繰り返しているおかげで肌質は未だピチピチ、食事にもなにかと気を遣っているそぶりがうかがえる。語彙力はもともと小学三年生程度しかないので多少滑舌が悪ろうとも別段の差し支えはない。
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国連安保理決議が採択される前の時点で、この永世大統領はどこからか情報を掴んでいたらしい。すべての実務を閣僚に丸投げした後、家族と金塊を連れてロシアへと華々しい亡命を果たした。今ではロシア政府の掲げる政策の先進性や文化芸術を宣伝するご当地外国人Youtuberとなって絶賛ご活躍中だ。政府要人との交流も厚く、直々に記念楯が贈られている。合衆国政府による再三にわたる受け渡し要求もどこ吹く風。そんな彼の動画のコメント欄は、ティーカップの上げ下ろしになんらかの緊急メッセージを読み取った陰謀論者たちで埋め尽くされている。
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南極大陸のその座標には場違いなほど平凡な一戸建てが建てられていた。ドアベルを鳴らすとまるで友達を出迎えるようにインターホンから「ハーイ」と声がした。がちゃり、と電子錠が開く音がして「開いているから勝手に上がって」と、これまた友人にすすめるような口ぶりで招かれる。言われるままに玄関に上がった途端、とてつもない暖気に全身が満たされた。廊下を歩いていくと特に豪華でも貧相でもない雰囲気のリビングで、頭からすっぽりと大型のスマートグラスをかぶったメアリー大尉、もとい、アイシャが立っていた。
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予想だにしない出迎えに手前で固まっていると、ちょうど一段落がついたのか彼女はグラスを脱いで私の方に向き直った。服装は至って気だるげな部屋着で、もうビビットな色彩の三〇〇ポンドもある複合素材スーツは着ていない。ただし、足首には今もなお枷が巻かれている。
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彼女の”領土”のすぐ手前には合衆国軍と中心として様々な国の軍隊が駐屯する基地が建設されている。私はそこで綿密なボディチェックを受けさせられ、ついになにもないことが分かるとようやく先に進むことを許された。南極の寒さはヒーターが効いた自動車を乗り降りするたびに身を突き刺すようだった。
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メッセージに示された座標上には場違いなほど平凡な一戸建てが建てられていた。ドアベルを鳴らすとまるで友達を出迎えるようにインターホンから「ハーイ」と声がした。がちゃり、と電子錠が開く音がして「開いているから勝手に上がって」と、これまた友人にすすめるような口ぶりで招かれる。言われるままに玄関に上がった途端、とてつもない暖気に全身が満たされた。廊下を歩いていくと特に豪華でも貧相でもない雰囲気のリビングで、頭からすっぽりと大型のスマートグラスをかぶったメアリー大尉、もとい、アイシャが立っていた。
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予想だにしない出迎えに手前で固まっていると、ちょうど一段落がついたのか彼女はグラスを脱いで私の方に向き直った。服装は至って気だるげな部屋着で、もうビビットな色彩の三〇〇ポンドもある複合素材スーツは着ていない。髪の毛もストレートパーマをかけたブロンドではなく癖のついた黒髪に戻っている。ただし、足首には今もなお枷が嵌められていた。
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「あ、久しぶり。ちょっと偉そうな感じになったね。ここのところ引っ張りだこみたいじゃない」
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「おかげさまでね」
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答えつつも私の目線は彼女の両手にあるグラスにあった。これにツッコまないのは野暮だろう。
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@ -589,6 +595,15 @@ tags: ['novel']
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魔法少女二人との他愛もない雑談に応じつつも、私の頭には薄汚れた大人の計算が渦巻いていた。
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二人の魔法能力が通常戦力を下回るほど衰えたら、その時に世界はどうするのだろう? これ幸いと抹殺しにかかるのだろうか? あるいは、なんであれ一度合意した手続きを守るだろうか? もし誰かが守らなかったら、守らせるために別の戦いを行えるだろうか?
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魔法能力は一八歳をピークに衰えていく。気まぐれな神が与えたもうた純粋な力だ。
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ほどなくするとアイシャは「そうだ、動画案件をやらなきゃ」と言い、電話を取り出しててきぱきとショート動画の撮影準備を始めた。なんでも合衆国保健福祉省からの依頼だという。
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「ほら、動画撮るから五分黙ってて」
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「あたしが映り込んだら面白いことになりそう」
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そんな妹の茶々を割に生真面目な声で制する。
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「だめ。あんたは戦争犯罪人なんだから、分別をわきまえなさい」
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「はいはい」
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「オホン、オホン……ハーイ、今日は全米の女の子たちへ、生理中に世界の滅亡をなるべく願わないようにするコツを伝授するね!」
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体よくソファから追い払われた私は窓際に寄りかかった。
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ぬくぬくとしたリビングから窓の外を眺めると、蒼と紫と、その他の様々な色にオーロラが光り輝いていた。
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七色の虹ほどはっきりとはしていない。朧げに揺れ動いている。
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そのどれもが、仲睦まじく交わっているようにも、互いに反発して争っているようにも見える。
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トゥルースもフェイクも色も綯い交ぜになった、三十二ビットトゥルーカラーの世界。
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