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Rikuoh Tsujitani 2024-03-06 13:34:10 +09:00
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@ -253,13 +253,14 @@ tags: ['novel']
 ため息をついて苦言を漏らすと、彼女は首の後ろをオーク材の指でなぞりながら告げた。
「そういうけど、あんただってドレスの後ろ前が逆よ」
「えっ!?」
 結局、ドレスを着直して、最後に携行荷物の確認もして、管制官のいる執務室に出頭する頃にはほとんど遅刻寸前の時刻になっていた。
 結局、ドレスを着直して、最後に携行物の確認もして――余ったチョコレートは必携――管制官のいる執務室に出頭する頃にはほとんど遅刻寸前の時刻になっていた。
「ハイル・ヒトラー!」
 二人してピンと声を張って敬礼する。ロングブーツの踵が鈍い音をたてた。
「いよいよ出撃だ。準備はいいかね」
「お休みになられている先輩方の穴を埋められるよう努力します」
「頼もしい言葉だ。期待しているぞ、大尉」
 そのまま、私たちは管制官の先導に従って基地の発着場に向かった。ごわごわした分厚い外套が早朝の切り裂くような寒さを一身に受け止めている。空を飛ぶのは気持ちがいいけど、冬はやっぱり寒い。
 幸いにも降雪の気配はない。陽光に照らされて雪も溶けている。
 発着場では私たちの他に、ドイツ空軍の戦闘機たちが勇ましい唸り声をあげて出撃の時を待っていた。その音を聴いているうちに、淡い白線が視界の左右に戦闘機の輪郭を描きはじめる。フォッケウルフもアラドも、訓練のたびに何度もぺたぺたと丁寧に触ってきたからどんな形をしているのか私にはよく分かる。
 滑走路の上に立った管制官が、プロペラ音に負けない大音声を張り上げる。
「私、アルベルト・ウェーバー管制官准将の権限により、マリエン・クラッセ大尉、およびリザ・エルマンノ大尉両名に魔法能力の行使を許可する」
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「そっちこそ、どこにいるの」
<木の上にいる。地上は地上でソ連兵がわんさかいるんだもの。あんたも気をつけて>
 ざわざわとしたノイズ混じりの声と入れ替わりに、確かにあちこちから聞き慣れない言葉が聞こえてきた。
 言われるがままに私も飛び上がり、手頃な枝の上に乗った。
 言われるがままに私も飛び上がり、手頃な枝の上に乗った。
 柔らかな泥を数多の軍靴が無作法に押し潰しながらやってきたのは、それから割にすぐのことだった。ぐしゃ、ぐしゃ、とソ連兵たちが土に足跡を残すたび、私の視界に描かれる輪郭の細やかさが増していく。目下の敵は小隊規模と見られた。
 大樹を掴む手に力がこもる。五つの指先が木の幹の奥に深くめり込んで、あたかも鉤爪のように機能する。私はコウモリだ。
 被弾したとはいえ小隊程度の敵を滅するのは私でもあまり難しくはない。軍靴が泥に沈む音が後方に移ろいで、後続が途絶えたことが判ると私の鉤爪はますます鋭く尖った。
 しかし、できない。
 目下の敵は小隊規模でも、この一帯には間違いなく複数の大隊が展開されているはずだ。事を荒立てればすぐさま増援がやってくるだろう。どっちに逃避すれば友軍側に近づくのかも、今の私には分からない。空を飛ばなければ――だが、制空権はもはや敵方にある。
 結局、小隊の進軍をただ黙って見送った。いずれ彼らがベルリンの街を焼き、銃弾を壁に穿つのかもしれない。
 気づいたら、私の鉤爪は木の幹をえぐりとっていた。濡れぼそった木片を投げ捨てると、ややずれた位置の幹を優しく掴んで小隊とは反対方向の木々に乗り移った。
「リザちゃん……」
 インカムに向かって小声で呼びかける。相手も小声で応じる。
<敵が多すぎる。多勢に無勢ね>
「でも」
 潜んだ声にも低く熱がこもる。
「このままじゃ、ベルリンが――」
 今月最初のミュンヘン大空襲が脳裏に蘇った。そこかしこから火柱が上がり、人々が悲鳴を上げて逃げ惑い、建物が崩れ去っていく。それが第三帝国の帝都で再演されるのだ。
<落ち着いて、考えがある>
「どうするの」
<このまま私たち二人でポーゼンまで行くの。もちろん大部隊が駐屯しているでしょうけど――私たちなら派手に撹乱ができる。そうしたら>
 ざらざらとしたノイズ混じりの声にほのかな期待が乗る。
「敵の進軍が止まるかもしれない」
<そう。ただ、飛んでいくのはダメね。体力を消耗するし、戦闘機がうじゃうじゃいるから>
 これは、私たちにしかできない任務だ。またぞろ、私の手が幹にめりこみはじめた。もし前線の都市を制圧できれば、他の魔法能力行使者の戦線復帰が間に合うかもしれない。
 きっとベルリンを守りきっている間に、イギリスやアメリカに潜入しているという仲間たちがチャーチルの首を、トルーマンの首を、必ずや討ち取ってくれる。
 なにも映さない私の目前に突如として現れた、戦争の趨勢を覆しかねない契機に身震いが止まらなかった。
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 私がいた収容所には変な部屋があった。ただの盲目の少女でしかなかった頃、帰り道で迷って階段をいくつも降りていった先に、それは広がっている。中にはほっそりとした、あるいはでっぷりとした壺ようなもの、細い棒切れのようなもの、ざらざらした手触りの、たぶん壁画かなにか――などが所狭しに置かれていた。
 中でも気を惹いたのは固くて重い、当時の私の背丈くらいある大きな円盤だった。一体、これはなにに使うものなんだろう。どうしてこんな形をしているんだろう。
 金属質のつるつるしたそれの手触りを確かめていると、急にドアが激しく開いて看守の人たちが大騒ぎで入ってきた。
 その後、私はたっぷり叱られてただでさえ少ないその日の食事が全部抜きになった。
「食料がないわね」
 出し抜けに、リザちゃんが言った。