13話の終わり
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Rikuoh Tsujitani 2024-02-09 15:10:19 +09:00
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「マリエン……大尉殿とまるで同じ名前……では?」
 最初に沈黙を破ったのは伍長さんだった。特に珍しくはないからもちろん同じ名前の人がいてもおかしくはない。しかし苗字も、立場もまるっきり同じ、ということがそうありえるだろうか。
「それに、魔法少女でもある」
「放っておくわけにはいかないわね」
 リザちゃんはオーク材の両手に光の源を送り込み、鉄格子を左右にこじ開けた。尋常ならざる力を見たその子――マリエンちゃんは白線の稜線を揺らがせて大きく後ずさった。
「心配しないで。私たちも魔法少女よ。一緒に行きましょう」
 そう言ってから、手近な一等兵さんに女の子を引き連れるように指示をした。さっそくハンス一等兵が鉄格子の中に入って、手招きをする。だが、その子は壁際に背を付けたまま動かない。
「ねえ、おじさんたちってどこの人?」
 そこはかとなく硬質な響きを感じさせる声色に、ハンス一等兵は堂々と答えた。
「我々はドイツ国防軍の者だ。この街を解放しに――」
 突然、少女の手のひらに光の源が迸ったのが見えた。わずか一、二秒にも満たない間。まず、気配に気づいた私が鉄格子に向かうも、すでに手遅れなのは明らかだった。次に、リザちゃんがハンス一等兵の外套を掴んで引き倒そうとした――そこで、時間切れだった。
 素性不明の魔法少女の手のひらから放たれた魔法はハンス一等兵の上半身を突き破った。そのまま空いた穴を通り抜け、反対側の壁を倒壊させた。
 唐突に時間が流れ出す。リザちゃんが引き寄せたハンス一等兵の輪郭は胸部から上が消失していた。肉が焦げた匂いと、鉄臭さが立ち込める。
 絶叫。おそらくはパウル一等兵のもの。小銃を構える音。伍長さんかエルマー一等兵か、または両方。そして銃声がまばらに鳴り響いた。
 壁にはりついた点描の集合体がぐちゃぐちゃに揺れ動く。弾倉二つぶんの銃弾を受けた少女はやがて力なく地面に崩折れた。
「死んだか」
 伍長さんが速やかに弾倉を替えながら言う――打ち捨てられた弾倉が静まりかえった空間に残響を穿つ――しかし、床に転がる稜線はまだかすかに揺れ動いていた。
 当然ながら魔法少女は一時的に体力を失うとしても、銃弾を受けたくらいで死んだりはしない。 「待って」
 私はさらに銃撃を繰り返そうとする部下を制してから、身じろぎしている稜線に向かって歩を進めた。目の前まで近づいてしゃがみ込むと、床と布切れがこすれ合う音を通じて輪郭がますます鮮やかになった。
「あなたこそ一体誰なの。答えてちょうだい」
 眼前の少女はことさらに強い力で床に手をつき、上体を起こして顔を上げた。表情は分からないけれど、その声には憎しみがこもっていた。
「私は、マリエン・クラッセ。偉大なるマルクス・レーニン主義に仕える科学社会主義的魔法少女よ」
 言ったが早いか、彼女はすばやく姿勢を整えて両手をこちらに向けた。刹那、光の源が迸る。が、二度も同じ手を食らうほど私は油断していなかった。「しゅっ」前方に振り抜いた二本の指から顕現した魔法の短剣が、少女の両手をか細い腕ごと引きちぎった。
 甲高い悲鳴とともに白線の輪郭が床にもんどり打ってじたばたと動く。今度こそ致命傷を与えたに違いない。その身じろぎは彼女の生命の灯火が垂れ流されていくにつれて、徐々におとなしくなっていった。
「……ヨシフ・スターリン書記長、万歳、ソヴィエト社会主義共和国連邦……ばん……ざ……」
 そして、出会ったばかりの魔法少女――初めて目にした敵国の魔法少女は事切れた。振り返って、背後の友軍に伝える。
「早く施設を壊そう」
 直後、鋭い地響きがして身体が、部屋が、空間全体が激しく揺れた。まるで私の意思に建物が応じたように思われたが、まもなくもっと納得のいく答えに行き当たった。
「敵だ」
「どうやらアカ野郎どももまったく同じことを考えていたようだな。ここはすでに撤収済みだったんだ」
 二度目の地響きで天井から壁に向かって亀裂が走る音がした。やむをえず私たちは、二つの死体をその場に置いたまま、可能なかぎり急いでエレベータに飛び乗った。もはや吐き気の心配などしていられなかった。
 最上階に着くと、手近な部屋の小窓から外を窺うことができた。リザちゃんと伍長が交互に叫ぶ。
「戦車がいるわ」
「KV-1が三台、随伴歩兵もわんさかいやがる」
「正面口からのこのこ出ていったらあっという間に蜂の巣ね」
 繰り返し音が鳴っていたからか、私にもぼんやりと重戦車の輪郭が見えていた。人影ははっきりとは映っていなかったけど、戦車の位置からそう離れてはいないだろう。
「私とリザちゃんがここから窓を突き破って奇襲を仕掛ける。他のみんなはその間に正面突破して」
 即興で打ち出されたやぶれかぶれの作戦にパウル一等兵がうめき声を上げる。
「くそっ、なんでこんなことになっちまったんだ」
「他に手はないの。アーリア民族の一員なら誇らしく戦ってちょうだい」
 ことここに及んで、私はついにパウル一等兵を叱った。彼は「ちくしょう」とか細い声で答えたものの、それでも小銃を腰より上の高さに構えたようだった。