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Rikuoh Tsujitani 2024-02-21 15:10:59 +09:00
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@ -19,7 +19,7 @@ tags: ['novel']
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 最後の会合は割にあっさりしたものだった。法的手続きを神に置き換えることに成功した我々は「西暦二〇三六年七月二〇日、国際連合安全保障理事会決議一六七八に基づき、新たに魔法能力行使者による武力行使を認める」と将校が告げた言葉に神託を見出し、件の魔法少女が合意を示したと同時に殺戮が合法化された事実を受け入れられるのだ。
 砂塵嵐の吹き荒むかの地に屹立する未承認国家TOAは、あとちょうど半年で自称建国二周年を迎える。皮肉にもその直前で滅亡を余儀なくされることは、当の彼らも今では受け入れつつあるだろう。もともと無謀でしかなかった革命政権がここまで息を保っていられたのは、人権意識の高まりや近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
 砂塵嵐の吹き荒むかの地に屹立する国連未承認国家TOAは、あとちょうど半年で自称建国二周年を迎える。皮肉にもその直前で滅亡を余儀なくされることは、当の彼らも今では受け入れつつあるだろう。もともと無謀でしかなかった革命政権がここまで息を保っていられたのは、人権意識の高まりや近隣諸国の内政事情などがたまたまもつれたからに過ぎない。
 読者諸兄もご存知の通り、三年前にようやく前述の『国際連合安全保障理事会決議一六七八』が採択され、たちまちかの地は月面が嫉妬するほど大小のクレーターが穿たれるに至った。ひとたびことが決まると世界の人々は戦略爆撃機の下でどれほどの人間が臓腑を撒き散らそうが、随時入れ替わるトレンド投稿の一スクロール分くらいしか関心を払わなくなった。圧倒的物量の前にTOAの軍勢は総崩れ、後は連中の指揮官が窓際にでも現れるのを待って頭をぶち抜けば一件落着に違いなかった。
 しかしある時、唐突に状況が変わった。TOAは奥の手を隠し持っていたのだ。一体どこで拾ってきたのやら、どの国にも未登録の魔法能力行使者を使って反転攻勢に打って出た。かの地に住まう人々を気にかける数少ない”良心的進歩派”両手を掲げて二本の指をくいくいと動かすも、この件を皮切りにあっさり手のひらを返した。こちら側の戦死者の数が急速に増えだしたからだ。
 批判を受けた国連軍はさっそくすべての爆撃機を無人機に切り替えて地上軍の展開を中止したものの、何百マイルも離れた安全な場所でコーヒー片手に操縦しているデスクワーカー空軍兵士が勝てる相手ではない。一つ何万ドルもする無人機は出すたび出すたび塵と化していった。どうやら、連中が手駒に仕立てた魔法能力行使者は大道芸人崩れで終わるような半端者ではないらしい。いわゆる戦略兵器等級の最上位魔法能力行使者だ。(以下、戦略級魔法能力者と呼称)
@ -236,123 +236,123 @@ tags: ['novel']
 休んでいる暇はなかった。他の小隊から続々と敵襲を報せる連絡が入ってくる。無線越しに聞こえる爆発音と、遠くの爆発音が幾度となくシンクロした。
「ああああああああ……!!!」
 突如、大通りの角から一斉に人々が走りこんできた。一様に土気色の肌をした彼らは手に武器も持たず、自我も持たない。この地に敵方の魔法能力者が降臨して以来、繰り返し行われている敵方の基本戦術だ。
 充填魔による遠隔自爆攻撃。先ほどの老婆はたまたま不活性化していただけだった。
 充填魔による遠隔自爆攻撃。先ほどの老婆はたまたま不活性化していただけだった。
「ファーック!」
「シット!」
 誰かが大声で叫んだ。
 今頃、映像と音声の自動解析を担っているファッキンAIシステムが、せかせかと我々のストリーミング配信のための警告を生成していることだろう。このストリーミング配信には不適切な表現が含まれています、このストリーミング配信には暴力的な表現が含まれています、このストリーミングには……ワンタップで飛ばされるユニバーサル多言語対応人工音声付き警告文のために、今日も各社クラウドサーバの中で動くLLMオンデマンドサービスが唸りを上げ二酸化炭素を大量に撒き散らす。法的合意の言質は一ヘクタールの森林よりも重い。
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 充填魔は火薬とは異なり刺激に対して反応するとは限らない。すべて魔法能力行使者の遠隔操作によって起爆する。本来は肉体から飛ばして行使する魔力を、離して置いて後から発動させている。どれほどの距離で、どれほどの量の、どれほどの個数を管理できるかは魔法能力行使者の等級次第だ。むろん、国境線を物理的に引くほどの持ち主の手にかかれば一〇〇や二〇〇の充填魔力をコントロールするくらい造作もない。
 充填魔は火薬とは異なり刺激に対して反応するとは限らない。魔法能力者の遠隔操作によって起爆する。本来は肉体から飛ばして行使する魔法能力を、離して後から発動させている。どれほどの距離で、どれほどの量の、どれほどの個数を管理できるかは魔法能力者の等級次第だ。むろん、国境線を物理的に引くほどの力の持ち主にかかれば一〇〇や二〇〇の充填魔力をコントロールするくらい造作もない。
 その圧倒的な光景を今、まさに目の当たりにしている。
 小隊の総力をあげた銃撃の雨が迫りくる人間爆弾たちを蹴散らしていく。前後に怒号を飛ばしてすばやく後退しつつも面制圧の手を緩めない。それでも肉の壁の圧力に根負けしかけた時、空から彼女が魔法を投げつけて前方の敵を消滅させる。私は身をかがめつつ、懸命に胸をそって魔法少女の働きぶりをレンズに捉え続けた。当面の脅威が去ると彼女はまた別の小隊の援護に向かい、順繰りで対処を重ねる。時々、敵方の魔法能力行使者が距離間隔を誤ったのか早期に起爆した人間爆弾が周りを巻き込んで蒼の火柱を吹く。
 何百人もの死体が平凡な街並みの街路に積み重なり、意思なき人間爆弾が動かなくなった他の爆弾につまずいてこける頃合いになると、戦いはようやく消化試合の様相を帯び始めた。
 戦闘車輌もやがてバックアップに駆けつけ、前後をそれぞれ二台の車体で塞ぐ陣形が完成した。銃座に備え付けの機銃もなかなかに物を言い、最後の方は魔法の航空支援に頼らずとも敵を消耗させることができた。
 静寂が訪れて、ひと心地つくと全小隊が結集して点呼が始まった。私のいるエドガー小隊は幸いにもファーストコンタクトの時点でメアリー大尉と一緒にいたおかげで死傷者ゼロだったが、他の小隊には二、三人の戦死者が現れた。他に数名の重傷者はすぐさま車輌に収容され、来た道を戻って母国へと帰っていった。
「あいつはネクロマンサーって呼ばれているんですよ。作戦上の識別名。珍しい魔法なんでね」
 横向きに駐車されたままの車輌に背中を預けたエドガー少尉が、先進国では実質有罪的扱いの紙タバコに火をつけて言った。まるで今さら思い出したかのような口ぶりだった。
 死体を蘇らせるからネクロマンサー。この上なく単純な名付けだ。そう、入り口で彼女が屠った部隊も、さっきまで戦っていた軍勢も老婆も、最低一回は死んだ経験のある人々だ。この地で一度目の人生を生きている人間は、敵方に魔法能力者が現れてからは確認されていない。
 地上軍の展開が中止されたそもそもの理由も、蘇って襲いかかってくる連中の相手をさせられる状況に厭戦気分が増したせいだった。銃撃を受けて蜂の巣にされても魔力を吹き込んでやればたちまち生き返る。復活した際に脳味噌がカピカピになっていたり、漏れ出ていて機能しなければ、こうして爆弾に使われる。
 おかげさまで先の空爆で失われた人員もことごとく復活。人間爆弾の在庫として第二、第三の人生を歩んでいる。ついさっきまた死んだ連中の中にも含まれていたに違いない。一連の戦術が功を奏して今日この日まで戦場の有利は彼らに大きく傾いていたが、代わりにこの国連未承認国家に支持を表明していた奇特な国々についに手のひらを返される顛末と相成った。いくらなんでも死人と握手はしたくないらしい。
 小隊の総力をあげた銃撃の雨が迫りくる人間爆弾たちを蹴散らしていく。前後に怒号を飛ばしてすばやく後退しつつも面制圧の手を緩めない。それでも肉の壁の圧力に根負けしかけた時、空から彼女が魔法を投げつけて前方の敵を消滅させる。私は身をかがめつつも、懸命に胸をそって魔法少女の働きぶりをカメラレンズに捉え続けた。直近の脅威が去ると彼女はまた別の小隊の援護に向かい、順繰りで対処を重ねる。時々、敵方の魔法能力者が距離感覚を誤ったのか早々に起爆した人間爆弾が周りを巻き込んで蒼の火柱を吹く。
 何百人もの死体が平凡な街並みの街路に積み重なり、人間爆弾が動かなくなった他の爆弾につまずいて転ぶ頃合いになると、戦いはようやく消化試合の様相を帯び始めた。
 やがて戦闘車輌もバックアップに駆けつけ、前後を二台の車体で塞ぐ陣形が完成した。車輌に備え付けの機銃もなかなかに物を言い、最後の方は魔法の”航空支援”に頼らずとも敵を消耗させることができた。
 静寂が訪れて、ひと心地つくと全小隊が結集して点呼が始まった。私のいるエドガー小隊は幸いにもファーストコンタクトの時点でメアリー大尉と一緒にいたおかげで死傷者ゼロだったが、他の小隊には二、三人の戦死者が現れた。他に数名の重傷者は直ちに予備の車輌に収容され、来た道を戻って母国へと帰っていった。
「敵方の魔法能力者はネクロマンサーって呼ばれているんですよ。作戦上の識別名。遠隔操作はともかく、死人を蘇らせるのは珍しい魔法なんでね」
 横向きに駐車されたままの車輌に背中を預けたエドガー少尉が、先進国では実質有罪扱いの紙タバコに火をつけて言った。
 死人を蘇らせるからネクロマンサー。この上なく単純な名付けだ。そう、国境で彼女が屠った部隊も、さっきまで戦っていた軍勢も老婆も、最低一回は死んだ経験のある人々だ。この地で一度目の人生を生きている人間は、敵方に魔法能力者が現れてからは確認されていない。
 地上軍の展開が中止されたそもそもの理由も、蘇って襲いかかってくる連中の相手をさせられる状況に厭戦気分が増したせいだった。銃撃を受けて蜂の巣にされても魔法を吹き込んでやればたちまち生き返る。蘇生した際に脳味噌がカピカピになっていたり、漏れ出ていて機能しなければ、こうして魂なき人間爆弾として転用される。
 おかげさまで先の空爆で失われた”国民”もことごとく復活。人間爆弾の在庫として第二、第三の人生を歩んでいる。一連の戦術が功を奏して戦況は大きく彼らに傾いたが、代償として国連未承認国にも拘らず支持を表明してくれていた奇特な国々をすべて失った。
 いくらなんでも死人と握手はしたくないらしい。
「ずいぶん飄々としているな。危うく死ぬところだったのに」
 エドガー少尉は持ち前の白い歯を浮かべてかぶりを振った。カメラに映っていても平気で紙タバコを地面に投げ捨てる豪胆さがそのまま台詞に現れる。
「でもやつら、銃を撃つのが下手くそですから。六年前の方がよほどきつかった。俺みたいな人種のやつにジャッジされたくないだろうが、連中はどうであれ一回目の人生をまっとうするつもりで戦っていた。今のやつらは違う」
 エドガー少尉は持ち前の白い歯を浮かべてかぶりを振った。カメラに映っていても平気で紙タバコを地面に投げ捨てる豪胆さが台詞に現れる。
「でもやつら、銃を撃つのが下手くそですから。六年前の方がずっときつかった。俺みたいな人種のやつにジャッジされたくないだろうが、連中はどうであれ人生をまっとうするつもりで戦っていた。今のやつらは違う」
 最後の方には軽蔑の色も滲んでいた。「別にそんなに嫌うつもりはなかったんじゃないかな」と喉元まででかかった言葉を胃の奥に引っ込める。意図せず感情がこもっていたことに彼自身も気づいたのか、取り繕うように「俺を撮っていてどうするんです。あなたの仕事はあっちでしょう」と死体の山の前に佇む魔法少女を指差した。
 それもそうだ。激戦を終えた世界の英雄にインタビューをしなければならない。
 カメラアングルを意識してじわじわと近づくと、彼女はもう準備ができていた様子だった。ゆっくり振り返ると威厳に満ちた顔つきでしめやかに語りだす。
「これが、TOAに囚われた人々の末路です。”古き良き”をキャッチコピーにこの地に吸い寄せられた人々は、その魂を失ってもなお朽ちた肉体にやすらぎを得ることなく使役されています。このように、魔法能力の不正行使は人類全隊に悪影響を及ぼすのです。強ければ強いほど……同じ戦略兵器級魔法能力行使者として食い止めなければなりません」
 滔々とした語り口調はいかにも本心そのものを打ち明けているように聞こえる。繰り返し、彼女が招集に応じた理由として述べている「公式見解」の一つだ。愛国心というほどパトリオットではなく、殺れるから殺りにきたというほどアナーキーでもない。良い線を突いている。ところが、彼女の一枚上手な点はそうしてしっかり嵌めたであろう仮面をあっさり脱いで見せることである。数秒の沈黙を経た後に、がらりと顔つきを変えた彼女は「なーんて、ね」と苦笑して肩をすくめた。
 それもそうだ。激戦を終えた英雄にインタビューをしなければならない。
 カメラアングルを意識してじわじわと近づくと、彼女はもう準備ができていた。ゆっくり振り返ると威厳に満ちた顔つきでしめやかに語りだす。
「これが、TOAに囚われた人々の末路です。ある種の原理主義をキャッチコピーにこの地に吸い寄せられた人々は、その魂を失ってもなお朽ちた肉体にやすらぎを与えられることなく使役されています。このように、魔法能力の不正行使は人類全体に悪影響を及ぼすのです。強ければ強いほど……同じ戦略兵器級魔法能力行使者として食い止めなければなりません」
 滔々とした語り口調はいかにも本心を打ち明けているように聞こえる。繰り返し、彼女が招集に応じた理由として述べている「公式見解」の一つだ。愛国心というほどパトリオットではなく、殺れるから殺りにきたというほどアナーキーでもない。良い線を突いている。だが、彼女の一枚上手な点はそうしてしっかり嵌めたであろう仮面を鮮やかに脱いで見せるところにある。数秒の沈黙を経た後に、がらりと顔つきを変えた彼女は「なーんて、ね」と苦笑して肩をすくめた。
「堅苦しい話はおしまい。ちょうど私が使えるパンチングマシーンを探していたの」
 どんっ、とコンクリートを数インチへこませて垂直に飛び上がる。さてはて、結局はどれが本音なのか。あるいはどれ一つとして本音ではないのか。こうして近づいて話しかけられる立場になってもなお掴みきれないでいる。
 都市を抜けるとまた広大な渓谷と砂漠が待ち受けていた。ここからTOAが定めた首都圏内に入るまではほぼ似たりよったりの景色が続くことになる。こんなただ開けた場所で敵がわざわざ襲いかかってくるわけでもなく、とっくの昔に航空戦力が払底して久しい敵軍の実情もあり、我々は涼しい戦闘車輌の中に舞い戻った。空中を偵察している彼女もとうとう暑さにやられたのか、定期的に車輌のハッチを開けて涼みにやってくる。軍事用の火炎放射器をくすぐったがるこの動画は特に再生数が多い彼女でも暑さや寒さの不快感は拭いがたいらしい。
「私が思うに、行使者にとって危険かどうかで選り分けられているんじゃないかって」
 事前に計画されていた時間に差し掛かるとすべての車輌が一旦停車して交代で休憩をとった。クーラーが名残惜しかったが「彼女を撮りに来たはずでしょう」と詰め寄る少尉に根負けさせられた。
 タイミングを見計らって話しかけると、持参した敷物の上に座る魔法少女がカメラの前で家族について話してくれた。私たちの食事は国連軍の標準コンバットレーションだが彼女は専用のものを食べている。
 どんっ、とコンクリートを数インチへこませて垂直に飛び上がる。視聴者サービス。さてはて、結局はどれが本音なのか。あるいはどれ一つとして本音ではないのか。こうして近づいて話しかけられる立場になってもなお掴みきれない。
 都市を抜けるとまた広大な荒野が待ち受けていた。ここからTOAが定めた首都圏内に入るまではほぼ似たりよったりの景色が続くことになる。こんな開けた場所で敵がわざわざ襲いかかってくるわけもなく、初期の段階で航空戦力が払底した敵軍の実情もあり、我々は嬉々として涼しい戦闘車輌の中に舞い戻った。空中を偵察している彼女もとうとう暑さにやられたのか、定期的に車輌のハッチを開けて涼みにやってくる。軍事用の火炎放射器をくすぐったがるこの動画は特に再生数が多い彼女でも暑さや寒さの不快感は拭いがたいらしい。
 事前に計画されていた時間帯に差し掛かると全車輌が停車して交代で休憩をとった。私も休みたかったが「大尉を撮りに来たはずでしょう」と詰め寄る少尉に根負けさせられた。
 タイミングを見計らって話しかけると、持参した敷物の上に座る魔法少女がカメラの前で家族の話をしてくれた。私たちの食事は国連軍のコンバットレーションだが、食事に気を遣う彼女は専用のものを食べている。
「じゃあ、親戚はたくさんいるけどご両親とは離れて住んでいるんだね」
「うん、そうね。色々と複雑で……でも、おかげさまで暮らしには不自由しなかったわ。親戚というよりは一族という言い方が私にはしっくりくる」
 スポンサード企業から「血で汚れて企業ロゴが見えない」とクレーム連絡が入ったので、彼女は休憩中に新品の複合素材スーツに着替えている。溶接作業は小指でやっていた。
「ご両親とそのうち会ったりするつもりは?」
「ええ、今回のが終わったら会いにいくと思う。どこにいるかは知っているから」
「ええ、今回の作戦が終わったら会いにいくと思う。どこにいるかは知っているから」
「妹さんとも?」
「ええ、もちろん。あの子、今はだいぶ変わっちゃったけど、昔はなにもないようなところで転ぶような子だったから、心配で」
 彼女は持参の敷物をくるくると巻いて立ち上がった。視線はこちらに向いているので単に後片付けを先に済ませたかったのだろう。
「ええ、もちろん。あの子、昔はなにもないようなところで転ぶような子だったから、心配で」
 彼女は敷物をくるくると巻いて立ち上がった。はこちらに向いているので単に後片付けを先に済ませたかったのだろう。
「ご家族――メアリー大尉の一族の皆さんは今回の招集をどう思っているのかな」
 これはだいぶ攻めた質問のつもりだったが、予想に反して彼女はふふ、と微笑んだ。
「実はアンケートをとったのよ。反対八、賛成十で、多数決なら賛成寄りだけど、一人のを変えたら同数になっちゃう。それで、私そっちのけで議論しているんだって、一族全員でご飯を食べている写真が送られてきたの」
 これはだいぶ攻めた質問のつもりだったが、予想に反して彼女はふふ、とはにかんだ。
「実はアンケートをとったのよ。反対八、賛成十で、多数決なら賛成寄りだけど、一人の意見を変えたら同数になっちゃう。それで、私そっちのけで議論しているんだって、一族全員でご飯を食べている写真が送られてきたの」
「仲が良くてなによりだ」
「ええ、本当に」
 カメラ越しに数億人が見ている手前、私的な質問をするのは気が引けるが今こそすべきだった質問をする頃合いのように思えた。
「ところでそろそろ……従軍記者に私を選んだ理由を聞いてもいいかな。電話を開く余裕もなくて見ちゃいないが、今頃ありとあらゆるゴシップサイトが私の個人情報を掘りまくっているはずだ。きっと友人と三等親のSNSアカウントはどれも山のようなダイレクトメッセージで埋まっているだろうね」
 すると、彼女は「実はそんな大した理由じゃないの」ともっと気まずい顔をした。もちろん、下手に「運命を感じた」などと言われたら取材要求の代わりに殺害予告が殺到しかねないので、私としてもこの場ではなるべく些末な方がありがたい。
 カメラ越しに数億人が見ている手前、私的な質問をするのは気が引けるが今こそすべきだった質問をする頃合いに思えた。
「ところでそろそろ……従軍記者に私を選んだ理由を聞いてもいいかな。電話を開く余裕もなくて見ちゃいないが、今頃、世界中の人々が私の個人情報を掘りまくっているはずだ。きっと友人と三等親のSNSアカウントはどれも山のようなダイレクトメッセージで埋まっているだろうね」
 すると、彼女は「実はそんな大した理由じゃないの」と気まずい顔をした。別に期待はしていない。下手に「運命を感じた」などと言われたら取材要求の代わりに殺害予告が殺到しかねないので、私としてもこの場ではなるべく些末な理由の方がありがたい。
「私と会うような大人の人ってみんな、これをつけてるでしょ」
 彼女の顔にはかかっていなかったがこめかみの横を上下につまむ仕草をしたので、スマートグラスのことを言っているのだと分かった。
 彼女の顔にはかかっていないがこめかみの横の空間を上下につまむ仕草をしたので、スマートグラスのことを言っているのだと分かった。
「最強のアイドルを前に”間違える”わけにはいかないからね。ファンに火をつけられるかもしれない」
 私がこれみよがしに両手の二本指をくいくい、とすると彼女も話しながら同じ仕草をしてくれた。
「そう。みんな雲の上から”正解”をもらってきているだけなの。じゃあ私は一体誰としゃべってるの? ってなっちゃって」
「それに」と彼女はさらに続けた。どうやら今度こそ本当に本心を語っているように見えて私は内心気兼ねしていた。数多あるスポンサー企業の中にはLLM関連企業もあるに違いない。
「そういう大人の人ってネットの調子が悪い場所だと黙りこくっちゃうの。まるで喋り方を忘れたみたいに」
「そういう大人の人って電波の調子が悪い場所だと黙りこくっちゃうの。まるでしゃべり方を忘れたみたいに」
「先祖返りしたのさ。インターネットを失った我々は言葉を知る前の原始人と同じだ。実感が薄い暮らしを送っているから石器時代にも戻れない」
「ほらね、私と話す大人の人はそういうことは言ってくれない。ああ、でも彼らは別ね」
 彼女は運転席の方に目配せした。
「偉くない軍人の人は言葉遣いがひどいけどちゃんと話している気がする。それも訓練を受けて初めて知ったの」
「なるほどね」
 シットもファックもウエポンフリーなのは今や逆に特権かもしれない。どんなささやかな田舎の小役人も、オフィスの一角に両肩より気持ち広い程度の机しか持たないデスクワーカーも、今ではみんな間違えることを恐れている。
 金と立場に恵まれている人間は雲の上の神に教えを請うことでそのリスクを極限に減らしているが、そうでない人間はせいぜいハウツー本でも読んで朝令暮改で変わるルールに追いすがるしかない。
 ふと車輌の外を眺めると、渓谷の隙間に滑り込んだ太陽の光が山々に影を落としていた。この地に住まう連中もきっと変わるのが嫌で、時間の止まった魔法の死体に閉じこもる方を選んだのだろう。
 ストリーミング配信による収益化には敵方への情報漏洩を懸念する声もあったという。だが見るかぎり、そんなものは杞憂でしかない。
「分かる気がするよ」
 ファックもシットもウエポンフリーなのは今や逆に特権かもしれない。どんな田舎のささやかな小役人も、オフィスの一角に両肩の幅より狭い机しか持たないデスクワーカーも、今ではみんな間違えることを恐れている。
 金と立場に恵まれている人間は雲の上の神に教えを請うことでそのリスクを極限に減らしているが、そうでない人間はせいぜいハウツー本でも読んで朝令暮改で変わり続けるルールに追いすがるしかない。
 ふと車輌の外を眺めると、山々の隙間に滑り込んだ太陽の光が影を落としていた。この地に住まう人々もきっと変わるのが嫌で、時間の止まった魔法の死体に閉じこもる方を選んだのだろう。
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 長い長い荒野を抜けるといよいよ我々は敵の首都がそびえる州に侵入した。途中、少尉の号令で近隣の街にて現地調査を行ったが、予想に反して協力的とまではいかないまでも対話に応じる住民が大半だった。
 長い長い荒野を抜けるといよいよ我々は敵の首都がそびえる地域に侵入した。途中、近隣の町で現地調査を行ったが、予想に反して協力的とまではいかないまでも対話に応じる住民が大半だった。
「どうでもいいよ、俺はここでこいつらを作って、売って、死ぬだけだね」
 胸に風通しのよさそうな大穴が空いた農夫は、我々に気前よくトウモロコシを提供した後につぶやいた。すでに一回死んでいそうだが、とあえてぶしつけな質問をしてみると農夫は意外にも怒らず、ただぶっきらぼうに答えた。
「そうは言っても目が覚めたらベッドから出なきゃならんだろう。一回死んでも自分で自分を殺し直すのは神への冒涜だからな」
 ぼろぼろのズボンから、さらにぼろぼろの聖書を取り出して一文を諳んじる。
 胸に風通しのよさそうな大穴が空いた農夫は、我々に気前よく農作物を提供した後につぶやいた。すでに一回死んでいそうだが、とあえてぶしつけな質問をしてみると農夫は意外にも怒らず、ただぶっきらぼうに答えた。
「そうは言っても目が覚めたらベッドから出なきゃならんだろう。一回死んだからといって、自分で自分を殺し直すのは神への冒涜だからな」
 ぼろぼろのズボンから、さらにぼろぼろの本を取り出して「モーセの十戒」の一文を諳んじる。
「”汝、殺すなかれ”だ。殺されるな、とは書いていない」
 また、別の町では自衛精神旺盛な顔色の悪い住民たちが銃を持って戸外で威嚇してきた。向こうは蘇ってもこっちはそうはいかない。
 すわ戦闘か、と思いきや顎の辺りに骨が目立つ町長らしき人物が出てきて、口元をカラカラと震わせながら住民を強く戒めた。
 また、別の町では自衛精神旺盛な顔色の悪い住民たちが銃を持って戸外で威嚇してきた。
 向こうは蘇ってもこっちはそうはいかない。すわ戦闘か、と思いきや顎周りに骨が目立つ町長らしき人物が出てきて、口元をカラカラと震わせながら住民を強く戒めた。
「やめろ、もうやめろ、お前ら。次があると思っているのか」
 そして、前面に立つこちらの魔法少女を指差した。
「こいつらも出してきた以上、また蘇らせてもらえる保証はないんだぞ。その時に脳みそがまだ残っているのかも」
 途端に戸外に立つ自警団たちはうろたえた。
「あんたたちも私たちに構わずとっとと行ってくれ。もう終わりにしたいんだ。空爆のあった次の日、目が覚めて脚がまだ残っているかどうか、腕はついているか怯えるのには疲れた。最後の人生はおとなしく暮らしたい」
 こんな状況に至るまでこの地に留まっていた住民でも、必ずしも体制に殉じているわけではなさそうだった。むしろ、時代に取り残されたので追いかけるのをやめたといった具合の諦観が、この土地のどこにも深々とへばりついていた。
「この国は国外への移住はいつでも自由と聞いているが」
「自由さ、そりゃあね。だが、魔力の範囲がどこまで届くのかは分からん。少しでもはみでた瞬間に、私たちはただの死体になっちまう。それに」
「こいつらも魔法能力者を出してきた以上、また蘇らせてもらえる保証はないんだぞ。その時に脳味噌がまだ残っているのかも」
 事態を悟った自警団たちは一様にうろたえた。
「あんたたちも我々に構わずとっとと行ってくれ。もう終わりにしたいんだ。空爆のあった次の日、目が覚めて脚がまだ残っているか、腕はついているか怯えるのには疲れた。最後の人生はおとなしく暮らしたい」
 こんな状況に至るまでこの地に留まっていた住民でも、必ずしも体制に殉じているわけではなさそうだった。むしろ、時代に取り残されたので追いかけるのをやめたといった具合の諦観が、この土地のどこにも深々と根を張っていた。
「この国は国外への退去はいつでも自由と聞いているが」
「自由さ、そりゃあね。だが、魔法の効力がどこまで届くのかは分からん。少しでもはみでた瞬間に、私たちはただの死体になっちまう。それに」
 黒目しかない双眸がすぼまって私たちに向けられた。
「私たちはもはやまるきり化け物じゃないか。外に出ていけば撃たれて死ぬのがオチだ」
 結局、先の戦いを除いて目立った組織的抵抗はほとんどなかった。この地の方針として警察組織は自警団に取って代わられ、その自警団も仮初の死に慣れすぎたせいで本当に死ぬのが怖くなっている。
 それでも時々、死にしては活きの良いのが街角でぶっ放してくることがあった。筋力不足なのか極端に縦ブレした銃撃をてんで明後日の方向に散らした後、こちら側の応射をしたたかに食らって二度目か三度目の人生が終了する。
 道の要所を守っている警備隊は例によって上空から魔法少女の一撃でことごとく滅せられた。彼らには次の人生もない。下手に原型を保ったまま死んで爆弾の在庫になるよりは慈悲深いのかもしれない。
 首都が近づいてくるといい加減に荒野は終わり、ささやかな緑地がところどころに見えはじめた。
 度重なる空爆によって痛めつけられたこの地の首都にビルはなく、かといって誰にも必要とされない建物が再度建てられることもなく、いくつかの重要な建築物を除いてはまるで入植当時の素朴な景色が遠目に広がっている。
 陽が落ちて空が闇夜に包まれると我々は戦闘車輌でぐるりと周囲を取り囲んだ仮設の陣地を平原に構築して野営を始めた。
 夜中は本来、ストリーミング配信の視聴者数をもっとも見込める頃合いだが、戦場で動くのに適した時間帯ではない。
 例によって各自のレーションを黙々と食べる。気温が下がった夜間ならヒーターでレーションを温めるのも悪くない。いくらかマシな味になる。
「私たちはもはやまるきりゾンビかアンデッドじゃないか。外に出ていけば撃たれて死ぬのがオチだ」
 結局、先の戦いを除いて組織的抵抗は一つも起こらなかった。この地の政策で警察組織は自警団に取って代わられて久しく、その自警団も仮初の死に慣れすぎたせいで本当に死ぬのが怖くなっている。
 それでも時々、死にしては活きの良いのが街角でぶっ放してくることがあった。筋力不足なのか極端に縦ブレした銃撃を明後日の方向に散らした後、こちら側の応射をしたたかに食らって二度目か三度目の人生を終えていく。稀にまっすぐ撃ち放たれた銃弾はどれもメアリー大尉が手前でキャッチした。
 道の要所を守っている重武装の警備隊は例によって魔法の砲撃でことごとく滅せられた。彼らには次の人生もない。下手に原型を保ったまま死んで爆弾の在庫になるよりは慈悲深いのかもしれない。
 首都が近づいてくるといに荒野は終わり、ささやかな緑地がところどころに見えはじめた。
 度重なる空爆によって痛めつけられたこの地の首都に高層建築物は一つを除いてなく、かといって誰にも必要とされない建物が再度建てられることもなく、あたかも入植当時の素朴な景色が遠目に広がっている。
 陽が落ちきって空が闇夜に包まれると、我々は戦闘車輌で周囲を取り囲んで野営地を築いた。
 夜中は本来、ストリーミング配信の視聴者数をもっとも見込める時間帯だが、戦場で動くのに適した環境ではない。
 昼に引き続きレーションを黙々と食べる。気温が下がった夜間なら同封のヒーターでレーションを温めるのも悪くない。いくらかマシな味になる。
「なんとかここまで来れたね」
 戦場の女神にカメラを向けると「健康と肌と強さのために早寝早起き」を謳う合衆国保健福祉省の動画案件を健気にこなした後、気の利いた小話をしてくれた。
「実際に、寝た方がいいのは確かよ。たっぷり七、八時間も寝たら世界が光り輝いて見えるけど、忙しくて五時間も寝られない日が続くとなにもかも壊したくなる」
 戦場の女神にカメラを向けると合衆国保健福祉省の動画案件(健康と肌と強さのために早寝早起き!)をこなした後、気の利いた小話をしてくれた。
「実際に、寝た方がいいのは確かよ。たっぷり七、八時間も寝たら世界が光り輝いて見えるけど、五時間も寝られない日が続くとなにもかも壊したくなる」
「なにもかも壊せそうな君が言われるとぞっとするな」
もちろん本当にはやらない。みんなも安心していいわよ。私が許可なく一定の分速以上で動いたり、一定以上のジュール熱を発したら、これがピカピカ光ってデフコン1が発動しちゃうから」
 そう言うと、なんだかんだでなにげに丈夫だった複合素材スーツの下の方をめくって、足首にまきつけられた装置を見せた。
 デフコン1とは六年前に一度しか発動したことがない合衆国政府の最大の戦争準備体制である。核兵器の使用を含むあらゆる攻撃が許可される。
ほんの冗談よ。みんなも安心して。私が事前の許可なく一定の時速以上で動いたり、一定以上のジュール熱を発したら、これがピカピカ光ってデフコン1が発動しちゃうから」
 そう言うと複合素材スーツの下の方を、めくって足首に巻きつけられた黒色の装置を見せた。
 デフコン1とは過去に一度しか発動していないアメリカ合衆国政府における最大の戦争準備体制である。核兵器の使用を含むあらゆる攻撃が可能になる。
「そうしたらさすがの君も死んでしまうのかな」
 彼女は力なく笑った。
 彼女は芝居がかった調子で両手を広げた。
「さあ、やってみないとわからないわね。これ以上寝不足になったらやろうかしら」
「おっ、反乱の扇動かな。すぐそこにいる別の魔法能力者と気が合うかもしれない」
「そう……たぶん、そんな感じだと思うの……彼女も、思い詰めちゃっただけで」
「そう、たぶん、そんな感じだと思うの。彼女も、思い詰めちゃっただけで」
 彼女は敵の魔法能力者を「彼女」と呼ぶ。どんな人物なのか事前に知らされているに違いないが、さすがに国家機密を尋ねるわけにはいかない。
「そういえばあれからすっかり人間爆弾が来なくなったな」
きっと私がいるって分かったのよ。むやみに特別な魔法を使ったら疲れるから」
「そういうものか。君にもあるのかな、特別な魔法とか
「私がいるって分かったのよ。むやみに特別な魔法を使ったら疲れるから」
「そういうものか。君にもあるのかな、特別な魔法」
「ええ、とっておきのがね。秘密だけど」
 魔法能力者同士の戦闘にはほとんど前例がない。戦力の大量投入、制圧力が物を言う普通の人間の戦争とは別の理屈が働いているのだろう。
 宣伝通り、最後の哨戒を終えた彼女は早々に一台分割り当てられた車輌の中に入って寝静まった。取材対象が寝たなら今日は業務終了だ。みんながそうしているようにカメラのスイッチをオフにする。
 従軍記者の役得で巡回の義務がなかった私もとっくに寝ていいはずだったが、首都に近づくにつれて様々な思い出が去来して寝るに寝られなかった。やむをえず寝袋から這い出て野営地の外れまで歩いた。歩いているうちに思い出は過去から現在に急速に進んで、町長の言葉が脳裏に蘇った。
”外に出ていけば撃たれて死ぬだけさ
 これも一種の因果応報、なのだろうか。少なくとも以前の彼らは撃たれる側の人種ではなかった。だからどこでも銃器を振りかざすことに頓着しなかったし、それこそが最大の権利だと信じきっていた。自分たちの支持する思想の持ち主が乱射事件を引き起こしても、被害者への同情や自戒よりも武器を奪われる方を激しく警戒した。
 戦略級魔法能力者同士の戦闘には前例がない。戦力の大量投入、制圧力が物を言う通常の戦争とは別の理屈が働いているのだろう。
 最後の哨戒を終えた彼女は宣言通り、一台分割り当てられた車輌の中に入って寝静まった。取材対象が寝たなら今日は業務終了だ。兵士たちがそうしているようにカメラをオフにする。
 従軍記者の役得で巡回の義務を課せられていない私もとっくに寝ていいはずだったが、首都に近づくにつれて様々な思い出が去来して寝るに寝られなかった。やむをえず寝袋から這い出て、戦闘車輌を乗り越えて平原を歩いた。歩いているうちに思い出は過去から現在に急速に進んで、ゾンビかアンデッドと化した町長の言葉が脳裏に蘇った。
”外に出ていけば撃たれて死ぬ”
 これも一種の因果応報、なのだろうか。少なくとも以前の彼らは撃たれる側の人種ではなかった。だからどこに行くにも銃器を振りかざしていたし、それこそが最大の権利だと信じきっていた。自分と同じ思想の持ち主が乱射事件を引き起こしても、被害者への同情や自戒よりも銃を奪われる方を激しく警戒した。
「ここにいたんですか」
 突然、背後から話しかけられてぎくりとした。振り返ると小銃のサーチライトを照らすエドガー少尉の姿が見えた。
 突然、背後から話しかけられてぎくりとした。振り返ると小銃のタクティカルライトを照らすエドガー少尉の姿が見えた。
「少尉が歩哨を?」
「まさか、するやつもいるかもしれませんが俺は部下に丸投げです。じゃなきゃなんのための階級章か分からない」
 少尉はわざとらしく肩をすくめて小銃を下ろした。
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「ジョン・ヤマザキさん。あんた、軍歴がないっていうのは、嘘だな」
 私はあっさりと認めた。
「バレちゃ仕方がないな」
「あんなに手早く戦闘車輌を乗り降りする素人はいませんよ。あと、レーションもかなり食べ慣れている。普通はもっと手間取るものです」
 言われてみれば確かにそうだ。目のやり場や身体の動きには気をつけていたが、まさかそんなところで露呈するとは。
 魔法少女に気に入られたフリーライターが戦場を共にする。いくらなんでもできすぎた話だ。出版社に提案したらこれも即ボツだろう。いくら彼女が強力な兵器でも国連軍という巨大な組織はそういうふうには動かない。
 あの時のバックグラウンドチェックで彼らは私の軍歴を正確に把握していた。私は正直に答えたから国連に認められたのではない。元スパイらしくきちんと嘘をついたから認められたのだ。
「あんなに戦闘車輌に慣れた素人はいませんよ。それに、レーションもかなり食べ慣れている。普通はもっと手間取るものです」
 言われてみれば確かにそうだ。視線や身体の動きには気をつけていたが、まさかそんなところで露呈するとは。
 魔法少女に気に入られた貧乏フリーライターが戦場を共にする。いくらなんでもできすぎた話だ。出版社に提案したらこれも即ボツだろう。いかに彼女が作戦の要でも国連という巨大な組織はそういうふうには動かない。
 あの時のバックグラウンドチェックで彼らは私の軍歴を正確に把握していた。私は正直に答えたから国連に認められたのではない。元スパイらしくきちんと嘘をついたから認められたのだ。
 ”念の為に言っておきますが、これよりあなたはメアリー・ジョンソン大尉の指揮統制下に入ります。”
 そう、私も元は大尉だった。
 奥にぽつんとそびえている巨大な看板が壊れかけの電灯にちかちかと照らされている。
 空爆で街が破壊されつくしても誇らしげに人々を出迎える看板だけは、当時の思い出をそのまま切り取ったかのようだった。
 奥にぽつんと佇む巨大な看板が、壊れかけの電灯にちかちかと照らされている。
 空爆で街が破壊されつくしても誇らしげに人々を出迎える看板だけは、過去の姿をそのまま切り取ったかのようだった。
『ようこそテキサス州ダラスへ』
 他ならぬ私の故郷である。
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六年前、一つの大国が引き裂かれた。あるいは、とっくにばらばらだったのかもしれない。二二四年に実施された大統領選挙において華々しく復活を果たしたドナルド・J・トランプ大統領は、さっそく公約通りに連邦議会の権限を大幅に縮小させる大統領令を下した。これにより彼は議会の承認を得ることなく世界最強の大国を動かす力を手に入れたのだった。
 だが、四年後の二二八年。絶大な権力を元手に行われるはずだった数々の改革や刷新はついぞ行われず、もっぱら自身にかけられていた容疑の赦免と莫大な借金の免除、関連企業の救済などに傾注していた彼は、選挙シーズンが来て初めて大統領選挙を廃止していなかったことに気がついた。まだ数字をいじりたい帳簿が山ほどあったのか、彼は「内敵より国家を守る決断」と称して事実上の独裁を宣言した。直後、生まれたての永世大統領自称はホワイトハウスから即刻追い出されることになる。ワシントンD.Cを挟むバージニア州およびメリーランド州政府が即座に離反を宣言したため、じきに南北から殺到するであろう州兵を前に居残る決断はできなかったようだ。
 実権を取り戻した連邦議会は直ちに満場一致で大統領の罷免を可決、新たな大統領が選出されてワシントンD.Cに首都を置く従来のアメリカ合衆国は原状復帰したかに思われた。ところが、いち早く新体制支持を表明したテキサス州に向かったトランプ元大統領は、そこで新たな国家の樹立を主張したのだった。なるべく長い方が箔が付くと考えたのか、建国年は最初にトランプ政権が成立した二一七年としている。
 かくして、旧アメリカ合衆国はワシントンDCを首都とする従来のアメリカ合衆国と、テキサス州ダラスを新たな首都とする新国家に分裂した。
 未承認国家TOA、その正式名称はトゥルース・オブ・アメリカ。二日酔いの後の悪夢みたいな馬鹿げた名前の新国家は、実際の武力行使を伴う現実として旧合衆国国民に選択を迫った。歴史的大移動――北から南へ、南から北へ――まもなく、白人至上主義者と陰謀論者の楽園が誕生した。
 一方、選択肢を持てなかった人間もいる。さしずめテキサス州防衛隊第一九連隊に所属していた州兵の私などはそうだっただろう。競技会で少々腕を鳴らす程度の州兵が、わずか数日の間にトゥルース・オブ・アメリカの陸軍大尉に命ぜられて一個中隊を率いることになったのだ。同日付でテキサス州防衛隊本部は国軍総司令本部に格上げされ、ビールの飲み過ぎで腹が出っ張った顔見知りの上官が准将閣下として召し上げられていった。
 たちの悪い冗談そのものの見出しが踊るディスプレイを横目で追いながら出動義務に応じると、基地の裏庭で「逃亡を画策していた」とされる数名の下士官が銃殺刑に処されているのを目の当たりにした。処刑した方もされた方も友人だった。
 こうして私はなし崩し的に戦争に駆り出されたが、以降は特に語るほどのことはない。圧倒的な物量差に加え、短気なインフルエンサーの指揮する戦争が有利に運ぶはずもなく、私が率いた中隊は私も含めて一週間と経たずに合衆国軍に制圧された。まんまと囚えられた後はリサイクルされ、今度は合衆国軍のスパイとなった。勤務評価では兵士としてはいまいちでも間諜としては大いに役立ったらしい。三年後、国連安保理決議の採択とともに私はTOAを脱出、自動的に除隊された。三年間のスパイ勤めに対する恩給は、まあそれなりには出た。
 公にはできない仕事でキャリアに穴を空けた私に就けるまともな仕事はなかった。社会は内戦が起ころうが母国の一部が空爆されようがほぼ滞りなく進んでいた。以来、LLMには決して書けないような人々を怒らせる小話を書いて日銭を稼ぐ日々だ。あまりうまくはいっていない。軍のツテを駆使してでも基地に潜り込んで、魔法少女の特ダネを掴まなければ来年までに貯金が尽きていただろう。
 もっとも、エドガー少尉は多くを知りたがらなかった。「所属部隊は?」「ここの第一九連隊だ」「そうですか、苦労しましたね」これで終わりだった。彼が去った後、しばらくして私もようやく眠れそうになったので元いた寝袋にくるまって目を閉じた。起きた後に捕縛されていたら、それはそれで仕方がないと思った。
 意外にも、朝日に照らされた後の状況に変化はなかった。少尉とは何事もなかったかのように挨拶を交わし、ばっちり睡眠をとって替えの複合素材スーツに着替えた我々の最強兵器は、敷物を巻きながら溌剌とした様子でカメラの前に現れた。
「ハーイ、今日は敵地の首都、私たちのダラスを奪還しにいきます!」
 我々は戦闘車輌に乗り込んでルート二〇を直進する。先の町民がいたコロラド・シティからやや大きいアビリーンに到達すると緑地は目に見えて増えた。空軍基地の街として知られるこの都市にはもう一機も戦闘機は残っていない。互いの人生が一回目だった頃の戦いで合衆国軍にあらかた撃ち落とされた上に、三年後の空爆でも空軍基地は優先的な破壊目標だったからだ。
 六年前、一つの超大国が引き裂かれた。あるいは、とっくにばらばらだったのかもしれない。二二四年に実施された大統領選挙において華々しく復活を果たしたドナルド・J・トランプ第四十七代大統領は、さっそく公約通りに連邦議会の権限を大幅に縮小させる大統領令を下した。これにより彼は議会の承認を得ることなく世界最強の大国を動かす力を手に入れたのだった。
 だが、四年後の二〇二八年。絶大な権力を元に行われるはずの改革や刷新はついぞ行われなかった。もっぱら自身にかけられていた容疑の赦免と莫大な借金の免除、癒着企業の救済などに傾注していた彼は、選挙シーズンが来て初めて大統領選挙を廃止していなかったことに気がついた。
 まだ数字をいじりたい帳簿が山ほどあったのか、彼は「内敵より国家を守る決断」と称して事実上の独裁を宣言した。直後、生まれたての永世大統領自称はホワイトハウスから即刻追い出されてしまう。ワシントンD.C.を挟むバージニア州およびメリーランド州政府が即座に離反を宣言したため、じきに左右から押し迫るであろう州兵を前に居残る決断はできなかったようだ。
 実権を取り戻した連邦議会は直ちに満場一致で大統領の罷免を可決、新たな大統領が選出されてワシントンD.C.に首都を置く従来のアメリカ合衆国は原状復帰したかに思われた。ところが、トランプ元大統領はいち早く新体制支持を表明していたテキサス州へと向かい、そこで新たな国家の樹立を主張したのだった。
 なるべく長い方が箔が付くと考えたのか、建国年は最初にトランプ政権が成立した二〇一七年としている。ちょうど半年後の二〇三七年一月に自称建国二〇周年を迎える予定だった。
 かくして、旧アメリカ合衆国はワシントンD.C.を首都とする従来のアメリカ合衆国と、テキサス州ダラスを首都とする新国家に分裂した。
 国連未承認国家TOA、その正式名称はトゥルース・オブ・アメリカ。二日酔いの後のイカれた悪夢みたいな名前の新国家は、実際の武力行使を伴う現実として旧合衆国国民に選択を迫った。歴史的大移動――南から北へ、北から南へ――まもなく、白人至上主義者と陰謀論者の楽園が誕生した。
 一方、選択肢を持てなかった人々もいる。さしずめテキサス州防衛隊第一九連隊に所属していた州兵の私などはそうだっただろう。競技会で少々腕を鳴らす程度の州兵が、わずか数日の間にトゥルース・オブ・アメリカの陸軍大尉に命ぜられて一個中隊を率いることになったのだ。同日付でテキサス州防衛隊本部は国軍総司令本部に格上げされ、ビールの飲み過ぎで腹が出っ張った顔見知りの上官が准将閣下としてオースティンに召し上げられていった。
 笑えない冗談みたいな見出しが踊り狂うディスプレイを横目に出動義務に応じると、基地の裏庭で「集団逃亡を扇動していた」とされる数名の下士官が銃殺刑に処されているのを目の当たりにした。処刑した方もされた方も友人だった。
 こうしてなし崩し的に戦場に駆り出されたが、以降は特に語るほどの話はない。圧倒的な物量差に加え、短気なインフルエンサーの指揮する戦争が有利に運ぶはずもなく、私が率いた中隊は一週間と経たずに合衆国軍に制圧された。捕らえられた後はいいように再利用され、今度は合衆国軍側のスパイとなった。勤務評価が言うにはそこそこ役に立ったらしい。三年後、国連安保理決議の採択とともに私はTOAを脱出、自動的に除隊された。三年間のスパイ勤めに対する恩給は、まあそれなりには出た。
 公にはできない仕事でキャリアに穴を空けた私に就けるまともな仕事はなかった。社会は内戦が起ころうが母国の一部が空爆されようがほぼ滞りなく進んでいた。以来、人々を怒らせる小話を書いて日銭を稼ぐ日々だ。あまりうまくはいっていない。軍のツテを駆使してでも魔法少女とお近づきになれなければ今年中に貯金が尽きていただろう。
 もっとも、エドガー少尉は多くを知りたがらなかった。「所属部隊は?」「ここの第一九連隊だ」「そうですか、苦労しましたね」これで終わりだった。彼が去った後、しばらくして私もようやく眠れそうになったので元いた寝袋にくるまって目を閉じた。起きた時に捕縛されていたら、それはそれで仕方がないと思った。
 意外にも、朝日に照らされた翌日の状況に変化はなかった。少尉と何事もなかったかのように挨拶を交わし、ばっちり睡眠をとった我々の最強兵器は、敷物を巻き終えて溌剌とした様子でカメラの前に現れた。
「ハーイ、今日は敵地の首都、私たちのテキサスを奪還しにいきます!」
 我々は戦闘車輌に乗り込んでルート二〇を直進する。昨日のコロラド・シティからやや大きいアビリーンに到達すると緑地は目に見えて増えた。空軍基地の街として知られるこの都市にさえ戦闘機はもう一機も残っていない。互いの人生が一回目だった頃の戦いで合衆国軍にあらかた撃ち落とされた上に、三年後の空爆でも空軍基地は優先的な破壊目標だったからだ。
 ここ、アビリーンの街並みも荒廃している。住民たちは残った資材を再利用してあちこちにバラック小屋を建てて暮らしている。戦闘車輌が舗装の甘い道路を踏み鳴らして続々と横断していくと、小屋から散弾銃を持った土気色の主人たちが現れたが、特になにもするでもなく我々を見送っていった。こちらもこれ以上はなにもしない。この地の実情はよく分かった。
 ウェザーフォードを越え、フォートワースに着くと兵士たちも多少はピリピリとしてきた。首都のダラスとはもう目と鼻の先、太陽は高く昇っている。他愛もない雑談が減り、魔法少女の空中偵察は格段に回数が増えてあまり涼みに戻ってこなくなった。
「ここからは徒歩で行かざるをえませんね」